選挙権

選挙権年齢を現行の「20歳以上」から「18歳以上」に引き下げる公職選挙法改正案が、衆議院で可決され、参議院に送られました。

この法改正によって生まれる新たな有権者は約240万人だそうです。

早ければ来年夏の参院選から引き下げられるそうですが、この大改革、いったい大丈夫なんでしょうか?

今時の18歳を大人扱いするなんて、皆不安に決まっています。しかし、

「少子高齢化の日本では高齢者の意見が政治に反映されやすい。若い世代の声をより政治に反映させていくためにも、18歳選挙権は必要になってくる」と主張する方もおいでのようです。

実際政治家の中には、現時点の高齢者こそが大票田と考えて、そちらにウケることばかり言う先生もいるようで、そういう政治の在り方(=「シルバー・デモクラシー」)を改めるには、若者に投票させることが必要だと聞きました。

「大阪都構想」も、年配者の手で葬られたと解説されています。

成功するかどうか分からない改革に賭けるより、現状が数年だけでも維持されれば良いと年配者は考えがちかもしれません。そういう発想の人々にハシモトさんは嫌われたと解説されています。

このまま将来を見据えた改革が先送りにされ続ければ、国全体が沈んで行くから、若者に投票させるべきだ!という考え方は分からないでもないです。

しかしです、そういう意見の人が見逃していることもあると、私は思っています。

見逃していることとは、

日本は世界一老舗店が多い国であること。

老舗店では、年配者が将来を見据えた改革・自分の存命中に成果の出ない改革を行っていること

の2点です。

そう、年配者にも改革は出来ます。

自分が継承した会社・店をより良くして次世代に渡そうと考えている人がたくさん居るのが、この国です。天災ばかりが多い国なのに、素晴らしい国に成っている理由はそれだと私は考えています。

一人の一生で完結と考える世界観の下では年配者は改革を好まない「抵抗勢力」なのでしょうが、老舗的世界観の下では年配者も改革を進んで実行します。

私自身に関して言えば、現在社長在任14年目、「ちんや」に入って20年目ですが、これからが改革の季節だと考えています。

だから、私が思いますことは、改革すべきは今時の年配者の心底だということです。

老舗的な年配者を励まし増やす改革こそ大事なのであって、右も左も分からない今時の18歳を単純に国づくりに関与させる「改革」って、どうなのかなと思います。

だいたいですよ、「選挙権」というキーワードをニュース検索に入れたらば、上位はAKBの選挙権ばっかりです。

AKBの選挙権は日本人以外に与えられて良いのか、

海外の票が2割に達していても、それでOKなのか、

若い方々は、そっちを真剣に議論してはいかがでしょう。

 

追伸

すき焼き思い出ストーリーの投稿を募集しています。

すき焼きは文明開化の昔から、日本人の思い出の中に生きてきた料理です。でも残念ながら、その思い出話しをまとめて保存したことはなかったように思います。

ご投稿くださったものは、「ちんや」創業135周年を記念して本に纏め、今後店の歴史の資料として、すき焼き文化の資料として、末永く保存させていただきます。

どうぞ、世界に一つだけの、すき焼きストーリーを是非、私に教えて下さい。

既にご応募いただいた、50本のストーリーはこちらです。

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて1.929日連続更新を達成しました。

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酪農王国

国際観光日本レストラン協会の総会が伊東市の「盧歓談(ロカンダ)」さんであり、翌日は「酪農王国・オラッチェ」に足をのばしました。

搾乳場に、売店やレストラン、体験施設、地ビール工場まで併設された施設です。見学しながら、

ああ、今時の「六次産業」の施設かなあ、と思っていましたが、よくよくこの施設について調べましたら、

!!!でした。

今日は、その驚きの内容をご説明しますが、まず場所から説明しないといけません。

「酪農王国」は丹那トンネルの真上に在ります。

丹那トンネルは東海道本線の熱海駅〜三島駅間にあるトンネルで、総延長7.8キロ、完成当時は鉄道用複線トンネルとしては日本最長でした。

1909年(明治42年)に計画が立てられてから1934年(昭和9年)に開通するまで、数十人の人命の損失を含む多大な苦労を乗り越えて建設されたトンネルです。

なぜ、難工事だったのか。

それは、この辺りこそ、伊豆半島が本州に衝突している所だからです。

最近箱根・大涌谷の噴火を伝える報道の中で伊豆半島がプレートに乗って来て本州にぶつかり・潜り込んでいる図が放送されていますが、あれがまさにこの場所です。

地震帯であるがために、トンネルの工事中の1930年に、なんと、ここを震源とする「北伊豆地震」が起きてしまいました。

掘削工事が断層に到達したところで大量の湧水が発生、地下水がトンネル内に抜けてしまいました。日本の土木関係者がそれまで経験したことのない量の湧水だったそうで、その上の丹那盆地は渇水に見舞われます。

工事前までは、豊富な水を使って稲作やワサビ栽培などが行われていましたが、人々は鉄道省から渇水補償金を貰って、酪農に転換、今では丹那盆地は伊豆でも有数の酪農地帯となっています。

これが丹那盆地の酪農業だということでした。

うーむ。

アイスクリームを喰いに行っただけなのに、

地球のプレート活動や、

昭和の難工事に想いを致すことになるとは。

おなかいっぱいです。

追伸

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木村荘平の正体

テレビの取材で木村荘平について語って欲しいと言われ出演しました。(放送は未だです)

でも時間を秒単位でしかいただけないテレビのこと、また内容的にも制約があって、まったく説明不足に終わったと思います。ですので、この場で捕捉しておきたいと思います。

まず、木村荘平についてご存知ない方は、私のブログの以下↓の号を読んでいただきまして、その後でこの文を読んでいただきたいと存じます。

2013年4月27日号

2013年6月4日号

2014年7月11日号

2014年7月12日号

さて、木村荘平は、日本初の牛鍋チェーン「いろは」を築いた人物です。

20店ほどの店の店長として、自分の妾を据えたことで大変有名ですが、今回の話題は荘平が何故チェーンを築けたか、ということでした。

その理由を番組では「本部一括仕入れ・薄利多売」に求めていました。

この回答は、まあ、当らずと言えども遠からず、という感じです。

荘平の正体は、牛鍋チェーンを展開した人というより、東京の家畜市場(屠殺場)を、政治力を使って独占的に支配した男というのが正しい姿です。

川上を支配したからこそのチェーンであったのであって、単なる一括仕入れではありません。

本来ならば、

荘平は明治政府の薩摩閥にコネ(「貸し」)があった。

薩摩閥が警視庁を支配していた。

その警視庁が家畜市場を支配していた。

という時代背景を押さえないとスッキリ分からない話しなのですが、

それを説明する時間は無いし、

またそういうことを伝える番組ではないし、

昼間のお子さんも視る気軽な番組だし、

むしろ現代のチェーン・レストランと比較して話した方が分かり易いということで「本部一括仕入れ・薄利多売」と成った次第です。

そう、藩閥とか妾とか屠殺とか、気軽な番組には合わない話題が満載なんですよね、荘平は。

だいたい「妾」は放送NGです。「愛人」ならOKですが、妾と愛人は違いますよね。

いつか深夜番組とかで、全部言ってOKな番組があれば、再度出てみたいですね。

局の方、ご検討下さい。

追伸

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肉汁がスゴーい♡♡♡

肉汁がスゴーい♡♡♡

とテレビで女子アナが絶叫しているのを頻繁に目にしませんか。

「安くて、うまい(?)」メンチカツのレポートです。

しかしですね、肉汁をスゴくするのは、とっても簡単ですよ。

挽き肉の中に脂を混ぜ込めば良いだけですから。

牛脂に含まれる何種類かの脂肪酸の中で、モタれると悪名高い「ステアリン酸」(分子式C17H35COOH)の融点 は69.9 °Cですから常温では固形ですが、揚げれば当然融(と)けますね。しかし、その周りは衣で覆われているのですから、融けたステアリン酸すなわち肉汁は外へ出られません。

だからナイフで切れば、それが飛び出して来て、「スゴーい♡♡♡」状態になるに決まっています。

しかし!その肉汁も冷めてきて品温が融点の69.9 °Cを下回ると、液状だったものが固形に戻って行きますから、ヒトはそれを消化するのに四苦八苦しなければなりません。

その状態を「モタレる」と申します。

なんで、そのようなものを喜ばないといけないのでしょう。私には、原価の安いものを好き好んでいる、お目出度い人にしか見えませんな。不思議です。

対するに「肉汁がスゴくない」メンチカツもあります。

「メンチカツの会」のメンチカツです。

「メンチカツの会」とは根岸の老舗洋食店「香味屋」のマダムK恵さんの誕生日を祝って毎年5月末に開催される会ですが、メインの料理がメンチカツなのです。

そしてそして、この会に招かれた客は、好きなだけ=わんこ蕎麦のようにメンチカツを食べられるのです。

わんこ蕎麦のようにメンチカツを食べるなんて、想像するだけで胃がモタレてきたなどという勿れ。

食べられるのです。

現に私は今回7個食べました。同じ机にいた鰻屋のIW本さんは9個食べました。

そしてモタレませんでした。

脂のこと以外に肉の熟成のこともあろうかと思いますが、あまり長い文になってもいけないので、その話しはさて置きまして、とにかく「香味屋」さんの肉はモタレません。

味付けも優しいお味。

今年80歳の私の父(=「ちんや」五代目)も、日頃「香味屋」さんの洋食を愛食しています。

「肉汁がスゴーい♡♡♡」みたいな流行り言葉に動かされないところに、私はいつも感心しています。

9個食べてもモタレないメンチカツを、ご馳走様でした、K恵さん。

追伸

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姑の思い出

「すき焼き思い出ストーリー」のサイトに新着投稿がありました。

家族と会社を一人で支えた、お姑さんと食べたすき焼の話しです。ご覧下さい。

題して、

『姑の思い出』

今から40年以上も前、私は蔵前在住の主人と見合をし、3カ月位たった頃、主人の弟妹達と顔合わせのボウリング大会を義母が計画を立てました。浅草でボウリングをし、その後若者5人を連れ、義母は迷いなく、ちんやののれんをくぐりました。

私は主人の家族達に囲まれ、緊張しながら鍋を前に、だが視線は和やかに語ろう、主人の家族1人1人にむけた。

義父は先に亡くなり、義母は子供4人をかかえ、夢中で家業を盛り立て長男へとバトンを渡そうとしている器の大きい女性です。

遠慮がちにすき焼きを食べる私に「たくさん食べなさい。お店の冷蔵庫にはお肉が待っている」と声を掛け、やわらかな照明の下で笑っていた。

その時の姑の笑顔と食事のにおいが感覚として残っている。

姑は19年前に他界しましたが、今でも我が家の特別の日はすき焼です。

すき焼の香りは喜びに続きます。

<終わり>

その他にも50話以上のストーリーがありまして、こちらでご覧いただけます。

追伸

『日本のごちそう すき焼き』は、平凡社より刊行されました。

この本は、

食文化研究家の向笠千恵子先生が、すき焼きという面白き食べ物について語り尽くした7章と、

全国の、有志のすき焼き店主31人が、自店のすき焼き自慢を3ページずつ書いた部分の二部で構成された本で、

この十年の「すきや連」活動の集大成とも言える本です。私も勿論執筆に加わっています。

是非是非お求めください。

弊店の店頭でも販売しますし、こちらからネットでも購入できます。

是非。

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イルカ漁

イルカの「追い込み漁」を「残酷だ!」と考える世界動物園水族館協会(WAZA)から、日本動物園水族館協会(JAZA)が除名されかかりました。

結局、JAZAは「追い込み漁」で捕獲されたイルカの入手を停止することに決め⇒WAZAに残留することを決定。しかし、それを不服とする一部の水族館はJAZAから離脱することを検討しているそうです。

WAZAって、一国を丸ごと除名とか出来たんだ!それも北朝鮮とかシリアとかでなくて、1882年から近代動物園を開設している日本国を除名だなんて、ちょっとあり得ない!

と私は思いましたが、除名出来るらしいので、それはさて置きまして、この件を皆さんはどう考えましたか?

・「追い込み漁」はイルカの体を傷つけないのに、何故「残酷だ!」と言われるのか不可解だ。

・イルカショーには元々興味がないので、どうでも良い。

⇒そんなところでしょう。私もそう思いました。

しかし、この話しはどうやら「追い込み漁」が残酷かどうかの話しではなく、やはり根本的にイルカを食用にすること自体が、欧米サイドから見ると気にいらない模様なのです。

だから「どうでも良い」というわけにはいかないかもしれません。

報道によりますと、WAZAの警告に至るまでの間には妥協を探る動きもあったようです。

食用の漁と、水族館用の漁の漁期を分ける案が検討されたそうですが、それではやはりダメでした。

食用を獲っているのと同一の人物が水族館用も獲るわけで、結局漁期の分割では通らなかったそうです。やはり食べるのが気に入らないのでしょう。

イルカと同じように今欧米から敵視されているものに、韓国の犬肉食があります。ソウル・オリンピックの時に叩かれましたが、しっかり続けられている模様です。

犬とは心が通じるから、犬食禁止は仕方ないよねと思う人が多いでしょう。しかし研究によっては犬より豚の方が知能が高く、人間は豚ともコミュニケーションが取れると考える学者が多いようです。

知能を基準に考えるのなら、豚も食用NGと成ってしまいます。

では馬はどうでしょう。馬については欧米の中で考えがわかれています。イギリス・アメリカなどのアングロサクソン人は馬を食べませんが、ヨーロッパには馬を食べる民族もいます。

結局どれを食べてOKで、どれがNGなのか、合理的な線引きは難しいようです。

線引きが難しいので、食の問題は文明の衝突の様相を呈しています。

ハラールに従った牛の屠殺の仕方は、現代にはそれよりもっと良い方法があるので、その基準で見ると残酷に見えてしまうのですが、あの戒律が考えられた当時は、牛を苦しませないようにと考えられ・教えられたものです。だからイスラム教徒は残酷だと言うのは控えた方が良いと思います。

そう、根本は、生き物を苦しませないように工夫をすること、

それから生き物を殺しつつも、心の中では手を合わせ・感謝すること、

それが大事だとしか、今は言えないと思います。

追伸

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94連敗

連敗記録を更新し続けていた東大野球部がついに勝ち、記録は94連敗で止まったそうです。

相手は法政。延長戦の末に白星を挙げ、2010年に早稲田に勝って以来の勝利となりました。誠におめでとうございました。

ほとんど高校野球経験者でかためた他校に東大が勝つのは大変なことで、実に素晴らしいと思います。最近は元巨人軍の桑田真澄さんがコーチしていたそうで、それが効いたらしいですが、そういうことは各スポーツ紙に書いてありますので、ここでは、

今日早慶戦が行われているのは、東大のおかげである、という歴史をご紹介しようと思います。

実は1903年に始まった早慶戦は1906年から1925年まで中断されていたのです。

理由は遺恨。

当時はプロ野球が未だなくて、早慶戦が野球の最高峰だったのですが、両校の応援団があまりに興奮して危険な状態に成ってしまったのです。

1906年秋、第1戦に勝利した慶應の学生が大隈重信邸に押しかけて万歳を唱えて騒ぐと、第2戦に勝利した早稲田の学生が今度は福澤諭吉邸に押しかけて騒ぐという具合です。

険悪な状況を危惧した両校当局が第3戦を中止して、以後早慶戦は行われなくなりました。

その後明治が入って早慶明3校のリーグが出来ても早慶戦だけは無し。

法政・立教が加わって5校のリーグに成っても、やはり早慶戦だけは無し。

この間復活を目指す動きが再三起こされたものの、その都度OBの強硬な反対で頓挫したと伝えられています。

その状態に突破口となったのが、東大(当時は東京帝国大学)の加盟でした。

この時現在と同じ6校の「東京六大学野球連盟」が創設され、ようやく19年ぶりに早慶戦が実現したのでありました。

その後も、応援団はすぐに紳士的に成ったわけではなく、1933年には早稲田側応援席からグランドに投げ込まれたリンゴを慶應サードの水原茂が投げ返すという事件(いわゆる「水原リンゴ事件」)が発生したりしていますが、なんとか早慶戦は今日まで開催され続けております。

応援団が騒ぐ場所も、

早=新宿

慶=銀座と

我々が学生の頃には既に固定されていて、両校が接触することもなくなりました。

めでたし、めでたし。

東大のおかげです。

 

追伸

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東京地下鉄道

東京商工会議所が発行している『東商新聞』には「壱号機紙上博物館」というコーナーがあり、私は毎回楽しみにしています。

2015年5月20号に掲載されていたのは、1927年に東洋初の地下鉄として浅草―上野間を走った第一号車でした。

新橋―横浜間の、日本初の鉄道は国策として設立されましたから、地下鉄も都の政策として設立されたと思っている方が多いかもしれませんが、地下鉄は違います。

一人の民間人がベンチャー企業として設立したのです。

その民間人=「日本地下鉄の父」は早川徳次という人です。

今大変なことに成っているシャープの創業者も早川徳次ですが、別人でして、シャープの方は「とくじ」で地下鉄の方は「のりつぐ」です。

さて、その早川のりつぐは、早稲田大学在学中に内務大臣・後藤新平の書生となり、そのコネで東武鉄道の根津嘉一郎とも知り合って鉄道の世界に入ります。

1914年にロンドンを視察して、日本に地下鉄をつくることを決意、最初は公共交通として鉄道省や自治体に建設を働きかけたものの、当時彼の先見性は理解されなかったそうです。理由は、

・東京の軟弱地盤の地下に構造物を建設するということについて、技術的・資金的に無理だと判断された。

・事業として成り立つか不透明であった。

ということだったとか。

そこで早川は、まず自分で地質を調べ、軟弱な地層の下に固い地層があり、そこに建設すれば問題がないと確信。

続いて、独自に交通量調査を行って、事業として十分成り立つと、こちらも確信。目論見書を作って、少しずつ賛同者を募ります。

投資家や金融機関を、苦労を重ねつつ説得。遂に1919年独力で鉄道院から地下鉄営業免許を取得したのであります。

その後も建設中に関東大震災が起きるなど困難の連続で、ようやく開通にこぎつけたのは、1927年12月30日のことでした。

実にスゴいベンチャー精神です。

浅草周辺は以前から店や住宅が密集していましたから、地下鉄以外に鉄道で近づく方法はなく、東京地下鉄道の開通によって、初めて浅草に鉄道が通じました。

続いて1931年に今度は墨田区側から東武鉄道が松屋デパートの2階へ乗り入れ。こちらの建設もなかなか困難な工法だったと聞きます。

それだけの困難を乗り越えてでも浅草に近づきたかったわけで、この頃が、繁華街としての浅草の全盛期であったと言えるのではないでしょうか。

ともあれ、この記事は早川のベンチャー精神をしのぶ良い機会でした。

追伸

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行ったことありまスカイ?

東京スカイツリーが開業3周年を迎えました。目立ったトラブルもなく無事営業を続けておられるのは結構なことだと思います。

3周年についてスカイツリーの公式サイトには、

「新発見、再発見。」をテーマに3周年を記念した各種イベントを実施しております。」

「本日5月22日には開業記念日として、これからも日本と世界の皆様の橋渡しとなる施設をめざし、『笑顔の“橋”渡し』という想いを込めたオリジナル記念品の“箸”を1,000名のお客様へプレゼントしました。」

と書かれていました。結構なことと思います。

しかしです、この考え方に沿っていないのでは?と思ってしまうようなアピールの仕方もしておいでですよね。

そう、テレビCMです。

カノジョにスカイツリーに行こうと誘われて、最初は渋っているカレシが、背後から迫って来たソラカラちゃんに脅されて、スカイツリーへデートに行くハメになるという、あれです。

ソラカラちゃんが怒りに震えていると思った視聴者もいるようです。

皆さんは、あれをどう視られましたか?

私は強い違和感を覚えました。

だいたい、観光施設などというものは、好きこのんで楽しみに行く場所であって、脅されて行く所ではありません。

行きたい場所の趣味が全然合わないカップルなら、早く別れた方がお互いの為というものです。

最後のキャッチフレーズも、私は気に入りません。

「行ったことありまスカイ?」

たしかに私の周りにも、未だ行ったことがないという人が何人もいます。皆東京の人だからいつでも行けるのに行っていません。そういう連中に対して、スカイツリー側はおそらくイラついているのでしょう。

日本一の場所なのに、なんで来ないんだ?!どうかしてるんじゃないか?!

と言いたい気分は分からなくはないです。

でも、もう一度申しますが、観光施設などというものは、好きこのんで楽しみに行く場所です。

高い所に興味の無い人はたくさんいます。

混んでいる所は嫌いという人もたくさんいます。

ピカピカのショッピングモールなどヘドが出るという人もたくさんいます。

行きたくないから行かないのであって、それを脅して来させようとか、実に人の心を軽んじた発想です・・・

いやいや、ちょっと待てよ。

大手の広告代理店の人がそんなことを分からない筈はありません。

うーん。ひょっとすると、これは遊んでいるだけなのかも。

どうせ来ないと思われる人に向けて嫌味CMを流しているのかも。

営業好調で予算も余っていて、これ以上来場者を増やす必要もないから、要するにふざけているだけなのかも。

ここで話はすき焼きのことになりますが、世の中には、東京のすき焼き屋に行ったことがないという人が未だ未だたくさんおられます。

そんな非国民がいるのか って?

はい、たくさんおいでですよ。

そういう皆さんに向けて、私も打ってみたいなあ、嫌味CMを。

「行ったことありますき?!」

追伸

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飲むための口実

慶應義塾発行の『三田評論』には「社中交歓」という、短文を投稿するコーナーがあります。

毎月何かテーマを決めて、4人のOB・OGが投稿するのですが、だいたいテーマが軽めのお題であることが多く、文章も粋なので、私は大変楽しみにしています。ここが読みたくて広告を『三田評論』に出稿していると言っても良いでしょう。

さて今年の5月号のテーマは、

「カクテル」。

ミステリ研究者の松坂健さんが、「飲むための口実が大事」と題して寄稿しておいででした。

この松坂さんという御方、略歴を調べますと、

東京都浅草出身。1974年、慶應義塾大学文学部英文学科卒業。在学中は推理小説同好会に所属。

1974年、出版社柴田書店入社。1978年「月刊食堂」副編集長。1984年「月刊ホテル旅館」編集長。

という経歴の方です。

今の所残念ながら面識がなく、いつか御縁があったら、と思いますが、それはさて置きまして、「飲む口実」です。

松坂さんは、『大いなる眠り』(1939)、『さらば愛しき女よ』(1940)、『長いお別れ』(1953) で有名なレイモンド・チャンドラーの命日3月26日を、必ず飲む日に決めていて、飲むカクテルも義務レットに決めている、いや、ギムレットに決めているそうです。『長いお別れ』のワンシーンの通りに、です。

曰く、「小さな記念日」が必ず飲む日でもあり、また、

「カクテルは大事な人の記憶を蘇らせる妙薬なのだと思う」

とも書いておられます。

うん、これは良い考えですね。

「カクテル」を「すき焼き」に入れ替えても、まったく同じことだと私は思います。

飲む口実・食べる口実を発明する名人に成りたいものです。

 

追伸

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