北海道と松阪

旧知の歴史小説家・河治和香先生が新作を発表され、その出版記念会がありましたので、参加しました。
和香先生は、これまで「有名」とまでは言えないが、ユニークな歴史上の人物を小説にして来て、以前「駒形どぜう」さんの三代目越後屋助七を主人公にした小説『どぜう屋助七』を書かれたことがありました。(ちなみに当代は七代目)
その『どぜう屋助七』の中で、「ちんや」の先祖を登場させていただいたことをキッカケに、弊店へもお越しいただいたりしています。
今回の記念会の会場はアサヒビール本社のゲストルームで、当然アサヒさんのゲストしか入れない所ですが、その会場も「駒形」さんのツテで取ったようです。
さて、その和香先生の今回作は、
『がいなもん 松浦武四郎一代』。
江戸後期から明治にかけて北海道を六度探検し、北海道の名付け親になったとされる松浦武四郎(1818~88年)の生涯を描いた作品です。
出身地は松阪。当時の松阪は伊勢商人の街で、牛は未だ盛んになっていないので、私が招待されてはいますが、牛は関係ありません。
記念会当日も、北海道と松阪の話しということで、両市・道の関係者が参加していて、合同地方創生の感がありました。
話しの中に登場するということで、豆腐料理「笹乃雪」(根岸)のご主人や「長命寺桜もち」(向島)のご主人も見えていました。
出版&ご盛会誠にお芽出とうございました。
皆様、是非ご購読を。
『がいなもん 松浦武四郎一代』(小学館)
ISBN-10: 4093865108
ISBN-13: 978-4093865104

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて3.032日連続更新を達成しました。
すき焼き「ちんや」六代目の住吉史彦でした。

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がいなもん

旧知の歴史小説家・河治和香先生が新作を発表されました。
和香先生は、これまで「有名」とまでは言えないが、ユニークな歴史上の人物を小説にして来て、以前「駒形どぜう」さんの三代目越後屋助七を主人公にした小説『どぜう屋助七』を書かれたことがありました。(ちなみに当代は七代目)
その『どぜう屋助七』の中で、「ちんや」の先祖を登場させていただいたことをキッカケに、弊店へもお越しいただいたりしています。
さて、その和香先生の今回作は、
『がいなもん 松浦武四郎一代』。
江戸後期から明治にかけて北海道を六度探検し、北海道の名付け親になったとされる松浦武四郎(1818~88年)の生涯を描いた作品です。
「がいなもん」は武四郎の出身地・松阪の方言で「途方もない、とんでもない」という意味だそうです。松阪から探検家が出たというのは、一見意外な気もしますが、松阪は以前は牛の街ではなく、伊勢商人の街でしたから、視野の広い人が多かったと言えるかもしれません。
皆様、是非ご購読を。

『がいなもん 松浦武四郎一代』(小学館)
ISBN-10: 4093865108
ISBN-13: 978-4093865104

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて3.024日連続更新を達成しました。
すき焼き「ちんや」六代目の住吉史彦でした。

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再開

台東区芸術文化財団の方が、奏楽堂が今年11月に再開すると言ってこられました。
芽出たいです。
「奏楽堂」とは正確には「旧東京音楽学校奏楽堂」。
東京芸術大学音楽学部の前身・東京音楽学校の校舎として明治23年(1890年)に建造された建物です。かつて瀧廉太郎がピアノを弾き、山田耕筰が歌曲を歌い、三浦環が日本人による初のオペラ公演でデビューを飾った由緒ある舞台です。
その奏楽堂も昭和40年代(1965年~)に入ると、建物の老朽化が目立つようになり、芸大は校舎を都外へ移設する計画をしますが、その時台東区が芸大から、この建物を譲り受けて、保存・活用することとなりました。
昭和62年(1987年)に現在の地へ校舎を移築・復原し、一般への公開を開始しました。日本最古の洋式音楽ホールを擁する校舎として、重要文化財の指定を受けてもいます。
この移築・復元の経緯に「ちんや」は少し関係しています。(詳しくは、こちらをご覧ください。)
以来奏楽堂は、「生きた文化財」として、建物の公開のほか、演奏会や音楽資料の展示を行ってきましたが、、そこからまた30年が経って、耐震補強が必要になりました。また建物の名物であるオルガンの調子が悪いという難点もあって、その為平成25年(2014年)から今年まで工事休館していました。
それが、今年11月に再開と決まったのです。
開館当時のコンサートが再現されるとかで、芽出たい限りです。

■ ちんや臨時営業について
平成30年5月2日(水曜)
営業時間:12:00~15:00、16:30~21:30(昼・夜席とも営業)
地下1階「ちんや亭」も営業いたします(11:30~15:00) 
どうぞ、ご利用下さいませ。

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて2.986日連続更新を達成しました。三千日連続更新まであと14日です。
すき焼き「ちんや」六代目の住吉史彦でした。

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明治150年

新年会とか賀詞交換会とかにまいりますと、挨拶する人全員がオリンピックのことを話すので、いささかウンザリしてきました。その話題に完全に埋もれてしまっていますが、今年は

明治150年です。

政府は記念事業をするそうですが、たぶん本心は改憲とか陛下退位の準備とかに忙しいですよね。

そこで、この件を盛り上げねばと、私は勝手に使命感に燃えてブログに書くことに致しました。

今を遡ること150年前。18681月に明治天皇は「王政復古の大号令」を出し、新政府樹立を宣言しました。新政府は鳥羽・伏見の戦いで旧幕勢力を京都から排除した後、4月には「五箇条の御誓文」で新政府の基本方針を表明しました。

それから110年、中学受験のため日本史を勉強していた私は「五箇条の御誓文」の開明性・先進性に衝撃を受けました。そして、この時代に起源を持つ料理屋の子に生まれたことを誇りに感じました。ええ、マジで。

5世紀に起源を持つ国が、

「旧来の陋習を破り、天地の公道に基づくべし」

とか言っちゃうのはスゴいことですよね。

この受験は成功し、私は、やはりこの時代に起源を持つ学校に入学することになりました。そうしましたら、その学校の創立者・福澤諭吉先生は『肉食之説』という一文まで書いていたというから驚きます。肉食を嫌う者の論は「人の天性を知らず人身の窮理をわきまへざる無学文盲の空論なり。」とまで書いています。これは、ほとんど運命の出会いのように感じました。

そこから40年、今年は明治150年です。

多くの人が明治時代を想い起す年になれば、と思います。

ただし、です。明治の革新性ばかりでなくて、同時に江戸=明治の連続性も評価されると良いと私は思っています。

一見、江戸=明治は断絶しているように見えて、底流でつながっています。江戸時代の日本の良い所が明治になって開花したという風に考えることも出来ると思います。牛鍋が、それ。洋食は、その逆パターンで、まったく新しいものに見えて、実は和の味付けが加えられています。つながっているのです。

江戸的教養が、西洋文明を受け入れる際の基礎になったとも言えます。福澤先生は「演説」「簿記」など多くの言葉を造語しましたが、使ったのは漢文の素養でした。

2018年は、明治が近く感じられるよう、また多面的な評価ができるよう、このブログでも意識して書いてみようと思います。おつきあい下さいまし。

 

追伸、「適サシ肉の日」

日本記念日協会さん公認の記念日に成りました。

昨年私が「適サシ肉宣言」をした1月15日です。お見知りおきを。

「記念日制定の由来」は以下の通りです。

「2017年1 月15日に、東京浅草の老舗すき焼き店「ちんや」の六代目当主・住吉史彦が、自店で過剰な霜降肉(A5等級)を使うことを止め、「適サシ肉」すわなち適度な霜降の入った肉だけを使うと宣言した。本件は各種メデイアやインターネットで大きな反響を呼び、「A5信仰が終焉した日」として日本の食肉業界・飲食業界に記憶された。なお「適サシ肉」という言葉は住吉による造語で、株式会社ちんやは後にこの言葉を商標として登録した。」

 

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて2.882連続更新を達成しました。すき焼き「ちんや」六代目の住吉史彦でした。

 

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トットちゃん

トットちゃんの、入学式の夜の食事は、すき焼きでした。

最近、テレビ朝日で昼間『トットちゃん!』という、黒柳徹子さんの半生を描いた帯ドラマを放送していますが、先日トットちゃんが小学校に入学する場面をやっていました。

トットちゃんは、まず魚屋さんをひやかし、

今日はアタシ、入学式なの!

と自慢します。魚屋のオジさんが、

じゃあ、この鯛はどうだい?!

と言いますが、

ウチは今夜すき焼きなの!

オジさんが少し気の毒ですね。

で、トットちゃんが学校から帰り、父で名高いヴァイオリニストの守綱さんが帰宅すると、すき焼きが始まります。

すき焼きのやり方は、テーブルの上で煮る形式ではなく、厨房で煮た鍋を、そのままテーブルに載せる形。

具材は、ごく普通な関東のすき焼きですが、白菜が入っていました。この辺りのデイテールが徹子さんの記憶に忠実なのか、気になるところです。

昭和14年、何かの記念日には、食べ物はすき焼きと決まっていました。そういう風習がまたひろまるといいなあと思います。

 

追伸

ネットTV番組『Story 〜長寿企業の知恵〜』に出演させていただきました。こちらのURLで視聴可能です。

この番組は、創業100年を超える老舗企業の経営者をゲストに招き、長寿企業の経営者が持つ知恵や理念、思いを語る、というものです。どうぞ、ご覧くださいませ。

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kappanzanのディナー

ある日弊ブログに書き込みがありました・・・

拝啓、初めてコメントさせて頂きます。

あることで、GHQについてネット検索していた際に、貴ブログの2013610日「GHQのすき焼きパーティ」を拝見しました。こちらにも「すき焼き」の写真が掲載されています。

写真によれば、台湾のkappanzanのディナーの写真だそうです。1940年1月の写真のようです。

kappanzanは、日本表記だと「角板山」というようです。

リンクを開けてみますと、たしかに数人の白人がすき焼きをしています。

1940年の、日本領の台湾で。

歴史のロマンですねえ。

CANDYさん、情報ありがとうございました。

 

追伸

ネットTV番組『Story 〜長寿企業の知恵〜』に出演させていただきました。こちらのURLで視聴可能です。

*この番組は、創業100年を超える老舗企業の経営者をゲストに招き、長寿企業の経営者が持つ知恵や理念、思いを語る、というものです。どうぞ、ご覧くださいませ。

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すき焼き「ちんや」六代目の住吉史彦でした。

 

 

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年次総会

一般社団法人「100年経営研究機構」さんの年次総会があり、ゲストとして出て欲しいということでしたので、出席致しました。

料理屋の総会は、とにかく早く食事をしたいので、議事はすっ飛ばすことが多いですが、こちらは流石に真面目な活動報告がありました。

1100年経営とソーシャルビジネス

2100年経営と次代が求める資本主義の在り方

3100年経営と近江商人(「近江商人のルーツを探る」をツアー)

4100年経営と中国

5100年経営アカデミー

20175月、ハリウッド大学院大学様との業務提携のもと、100年経営を体系的に学べる場として世界初の試みである、「100年経営アカデミー」が開講いたしました。前期は「100年経営概論」と称し、100年経営に必要なマーケティングやリスクマネジメントなど全15回の講義を行い、15名の受講生が履修いたしました。

私が関わりましたのは「5100年経営アカデミー」で、講演内容は、こちらに掲載してございます。

久しぶりに当時の受講生さんとも懇談できて、楽しく勉強になるひと時でした。

ありがとうございました。

 

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて2.762日連続更新を達成しました。

すき焼き「ちんや」六代目の住吉史彦でした。

 

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牛鍋の成立

洋食に関するご取材がありました。

牛鍋や、お好み焼き、ラーメンまでも視野に入れて洋食を考える、という御本だそうです。「ネタばれ」になるので、ここに詳しく書けませんが、そういう発想は大変結構と思います。

で、牛鍋の成立の件ですが、

私は基本、牛鍋は和食と認識しています。

牛鍋は、江戸時代の「百獣屋(ももんじや)」で提供されていた鍋の延長性上の食べ物と私は考えています。

「ももんじや」さんは今でも両国橋東詰めにあって、猪鍋が食べられますが、あのお店さんは18世紀から続いているお店さんです。ビルの外壁に猪の剥製を吊るしているので、目立つお店ですよね。

もちろん、江戸時代はアングラの店でした。高貴な方がお通りになる時は、営業を中止させられたとか。しかし人が精をつけたいとい欲求には勝てませんから、繁盛していたようです。

ただし、です、百獣の中でもタブー感は、獣によって一様ではなかったようです。

猪・熊・鹿などジビエ的な獣は比較的「食べ易い」獣。

一方、牛・馬は日頃使役して可愛がっているので、それを食べるについてには、タブー感が強くて「食べづらい獣」という感覚でした。

その「食べづらい」獣=牛が、幕末・維新を経て、西洋人の影響で食べづらくなくなった、というのが、牛鍋の本筋だと私は理解しております。

つまり根本は和食、それが西洋人の影響で少し変わった、という認識ですね。よろしくお願い申し上げます。

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて2.751日連続更新を達成しました。

 

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ご清聴ありがとうございました!

100年経営研究機構さん、ハリウッド大学院大学さんが主催する、「100年経営アカデミー」で、ゲスト講師として講演をさせていただきました。

100年経営アカデミー」は“100年経営を科学する”をテーマに、長寿企業から長く続く経営の秘訣を体系的に学び、経営の中で実践していくことを目的とした、日本で初の講座です。

講演全文を、6/10から6/26までに分けてUPしましたので、ご覧いただければと思いますが、以下は受講生さんからの感想です。拙い話しをお褒めいただき、実に在り難いことでした。

 

(福島県の伝統産業の方)

本日は貴重なお話をいただき誠に有難うございました。本日のお話かなり心に残るものでした。私も震災に負けず、必ず生まれ変わり持続させようという想いが一層増しました。

今度、機会がございましたら、お店にお伺いさせていただければと思います。引き続きどうぞよろしくお願いいたします!

 

(ベンチャー支援企業の方)

本日は、貴重なお時間いただき、大変面白くお話してくださってありがとうございます。日頃の向学心からくる博識と、お考えをストレートにお伝えくださるお人柄に、感銘を受けました。

2021年、どうなるのか、私も模索しておりますが、またお話できれば幸いです。浅草はよく行きますので、今度ぜひすき焼きも伺わせていただきます。

 

(埼玉県の農業関係の方)

本日は貴重な時間を割き、お話ありがとうございました。お客様の「おいしい」感覚に合わせた「適サシ肉宣言」や「思い出に残る店」を目指す姿勢など、派手に特別なことをするのではなく、ちょっとしたことのようで実は大変な、利他、後利の精神の徹底が、「ちんや」を形づくっていると感銘を受けました。浅草訪問の際には是非立ち寄らせていただきますので、そのときはご挨拶させてください。本日は有難う御座いました。今後とも宜しくお願い致します。

 

ご清聴ありがとうございました!

 

追伸1

6/1発売の「婦人画報」7月号(創刊記念号)に載せていただきました。ありがとうございます。

今回の特集は、なんでも婦人画報社さんが「総力をあげた特集」だそうですが、題して、

「世界が恋するWASHOKU」。

旨味とか醗酵とかを採り上げた後、しんがりがWAGYUです。

 

追伸2

拙著は好評(?)販売中です。どうぞ、よろしくお願い申し上げます。

題名:『浅草はなぜ日本一の繁華街なのか』

浅草の九人の旦那衆と私が、九軒のバーで語り合った対談集でして、「浅草ならではの商人論」を目指しています。

東京23区の、全ての区立図書館に収蔵されています。

四六判240頁

価格:本体1600円+税

978-4-7949-6920-0 C0095

2016年2月25日発売

株式会社晶文社 刊行

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて2.677日連続更新を達成しました。

 

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100年経営アカデミー⑰

100年経営研究機構さん、ハリウッド大学院大学さんが主催する、

「100年経営アカデミー」で、ゲスト講師として講演をさせていただきました。

「100年経営アカデミー」は“100年経営を科学する”をテーマに、長寿企業から長く続く経営の秘訣を体系的に学び、経営の中で実践していくことを目的とした、日本で初の講座です。

6/11から講演全文を公開してきましたが、本日が最終日です。

<「100年経営アカデミー」住吉史彦講演(2017.6.10)>

さてさて、時間も押してきました。

日本は災害大国なのに老舗が多い、のではなく、災害大国だからこそ老舗が多いということは、今やパラドックスでもなんでもなく、納得的な話しとなりました。

『老舗企業の研究―100年企業に学ぶ伝統と革新』(横沢利昌・編著)の68ページには「ピンチの裏にチャンスあり」というように、ある面で危機はチャンスといえる。危機の「危」は脅威を意味するが、「機」は機会である。実際、創業以来の危機を転機として乗り切った老舗企業も数多く存在する。」と書いてありますが、同じことと思います。

そして災害の記憶は、この国に「木の発想」として継承されて来て、今後も継承続けるだろうと思います。が、では、さて、平時はどうなりましょうか。そこが今日の最後のポイントです。

災害と老舗の関係を考えてみた結果、リスクを経験しないことは、むしろリスクである、とすら思えます。オキシトシンの出てないの脳で社訓を読んでも、全然ピンときませんから、災害の時あれだけ結束した社内も緩み、近隣との関係も熱が冷めた感じになってしまていませんか。所謂「平時の人心の緩み」ですね。

景気良さげなムードは人心を緩ませます。

今日本はオリンピックを梃に、建設ブームとインバウンド・ラッシュを巻き起こし、景気を浮揚させようと必死です。超金融緩和で、金融面でもそれを支えてもいますが、大丈夫なんでしょうか。

経営者と銀行家がゆるゆるの投資計画に夢中になっていませんか。スキルが「いまいち」な労働者が、こんなオレでもどっかの会社で働けるだろうよと楽観していませんか。

実際、緩くて使命感の乏しい不動産投資計画が街を壊すことがあります。

花柳界を観て下さい。花柳界には総合的な日本文化が集積していますが、その文化に日本人が金を惜しむようになった結果、長期衰退の傾向にあります。そして、その料亭さんに今緩い投資ばなしが舞い込んで来ます。

そんな儲からない商売をなさっているより、広い土地をお持ちなんですから、いっそのこと廃業して、マンションを建てて不動産経営をなさいませんか?

マンションたった1棟を建てるために、芸事に励んできた芸者衆の出先が無くなるんですよ。結果、花柳界のド真ん中にマンションが立って、新住民は夜間の喧騒にクレームを入れてきます。何言ってんの?夜賑やかなのが花柳界でしょうが!!

街が壊れるというのは、こんな感じです。

後藤俊夫先生が嘆いておいでのように、企業を長生きさせることに意義はない、経済というのは新陳代謝を良くした方が良いんだと考える人がいます。新陳代謝した方が経済成長が高まると考える人たちですが、そういう輩がこういうことをするのです。

しかしですね。冷静に考えてみますと、景気が良い時だけ成立する仕事って、景気が良くなくなったら、成立しなくなりますよね。環境が良い時だけ成立する仕事って、環境が良くなくなったら、成立しなくなりますよね。

なのに日本人はムードに流されます。日本人の集団志向・絆の強さは、災害時には良い方向に作用しますが、同時に日本という国は、その集団志向による失敗をし易い国であって、平時や景気良さげなムードの時には特に気をつけないといけません。

逆に生き残った老舗はこれまで、そういう失敗から身を守って来ました。平時の老舗の姿勢の根本は懐疑主義あるいはバランス感覚であるべきだと私は考えています。

災害時に地震の揺れや津波は建物を破壊しますが、それは本当の資産ではありません。日本人が「木の発想」を持ち続け、本当の資産であるソフトウエアとお客様との関係を大切にし続ければ、老舗はこれからも残って行くと思います。

しかし、浮ついたムードは人の心を壊します。

地震は人の心を壊せません。津波も人の心を壊せません。火山も、台風も、戦争も人の心を壊せません。なのに、それらが壊せなかった人の心を、いっときの利益の為に失ったらかなり悲しいと私は今深く心配しています。

『長寿企業のリスクマネジメント』の166ページにあります通り、「倫理性はリーダーシップの最も重要な要素であり、組織の強さの源泉である」と私もまったくそう思うのですが、それが大丈夫?という感じになっているのが現在という時かと思います。

えー、時間となりました。本日の講演を終えるに当たり、この災い多く危険極まりない国土で、会社や店を永続させているこの国の、大勢の経営者達のために万歳を唱えたいと思います。

日本の老舗、万歳。

本日はご清聴ありがとうございました。

<これにて終わり。全部お読み下さった皆さん、誠に在り難うございました。>

追伸1

6/1発売の「婦人画報」7月号(創刊記念号)に載せていただきました。ありがとうございます。

今回の特集は、なんでも婦人画報社さんが「総力をあげた特集」だそうですが、題して、

「世界が恋するWASHOKU」。

旨味とか醗酵とかを採り上げた後、しんがりがWAGYUです。

 

追伸2

拙著は好評(?)販売中です。どうぞ、よろしくお願い申し上げます。

題名:『浅草はなぜ日本一の繁華街なのか』

浅草の九人の旦那衆と私が、九軒のバーで語り合った対談集でして、「浅草ならではの商人論」を目指しています。

東京23区の、全ての区立図書館に収蔵されています。

四六判240頁

価格:本体1600円+税

978-4-7949-6920-0 C0095

2016年2月25日発売

株式会社晶文社 刊行

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて2.676日連続更新を達成しました。

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