ヤバいチラシ配り

 チラシが届いてしまいました。何のチラシかと申しますと、7月3日(土)に開かれる、ヴィオラ・アルタの、平野真敏さんのコンサートのチラシです。このブログの3/10号に書きました通り、私はこのコンサートに出演して、「お話し」をすることになっているのです。

 コンサートそのものは、いたってクラシックで真面目なものです。ドゥビエンヌのフルートとヴィオラのための二重奏曲/宮城道雄の「春の海」(琴)/ショパンのチェロ・ソナタ(平野さん編曲のヴィオラ版) /C.ナイの奇想曲・・・といった内容なのですが、少し息抜きもあった方が良かろう、ということで、間に「お話し」が入ります。その息抜き部分が私の担当です。
 

 チラシが届いてしまった以上、私は出演者ですから、これを配りまくらないといけません。早速会合に出るたびに配ることにしました。ところが配っていると、私の知人には、私が学生時代に、趣味でチェロを弾いていたことを知っている人が多いので、

 「スゴいねえ、今でも弾けるんだ、チェロ!」という反応が帰ってきますが、「そんなこと有り得ませんよ。今はもう、弾けません。それに当時だって大して上手くなかったし、今回は「お話し」をするんです。」といちいち説明するのが、だんだん面倒になってきたので、途中で作戦を変えて、

 「いやあ、1曲歌ってくれって、言われちゃいましてね。曲名は『ガッチャマン』ですけど。」と言いながら配ると、当然冗談なのに、「ええ、本当?」と本気にされてしまいました。念のため申しておきますが、これは、台東区芸術文化財団が主催する、いたってクラシックなコンサートなのです。

 それにしても、まだ話す内容が固まっていないのに、チラシを配るという行為は結構なプレッシャーがかかります。「饗応・居留地・牛鍋」というタイトルで、日本の近代の食生活の、起源の話しをしようかと思ってはいますが、完成はしていません。

 どうもヤバいです。ヤバいというのは、若者風の「素晴らしい」という意ではなく、野に咲く梅<や・ばい>という意でも勿論なく、危険な状態に入ってきた、という意の隠語でヤバい・・・です。

 稽古しなきゃなあ。

 本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。

*このコンサートについて、くわしくはこちらです。(なお、このホームページに掲載されている、私の顔写真をクリックすると、このブログにリンクしてきます。台東区芸術文化財団で私を担当しているK嬢が、よせばいいのに、リンクを張ってくれたのです。一般の真面目な人が、このブログへ飛んで来るなんて、ひええ、ヤバいです、その点も。)

*このコンサートに出演を依頼されたいきさつについては、このブログの3/10号をご覧下さい。

ヤバイすき焼き

 先日、若い友人のA君が店に見えました。A君は業界団体の青年部の、宴会の幹事で、15人ほどの同業の方と一緒に見えました。青年部の宴会らしく、元気で楽しそうな会となり、盛り上がっていることを確認した私は、皆さんがお帰りの時には、安心して、送り出しのため、店の玄関におりました。

  ところが、A君がやがて玄関へ降りてきて、言った言葉は、

「いやあ、住吉さん、ヤバかったです! 「ちんや」さんのすき焼きがこんなにヤバいとは知りませんでした!」

  ? すき焼きがヤバい?

  ここからは「カリスマ受け売り師」として有名な、住吉史彦先生による、受け売りコーナーですが、「やばい」という言葉は、「野生の梅のこと、野に咲く梅のこと、<や・ばい>」ではもちろんなくて、「危険であるの意の隠語<やば・い>」であるハズです、広辞苑によれば。

  しかし、「ヤバかったです!ヤバかったです!」と言っている、A君の表情には、そういう意味は感じとれず、どうも褒めてくれているようです。

 そうか、最近の人は、スゴく良い物を褒める意で、ヤバい、と言うんだっけ。それに違和感があるっていうことは、こっちが年を喰った、っていうことか・・・

  今度、他の店に食べに行った時は、そういう風に褒めてみるか。さしあたって、5/19に、国際観光日本レストラン協会の理事会・食事会が、中華料理の「南国酒家」さんであるから、食事が終わったら、試しにM社長に言ってみよう。

  いやあ、Mさん、ヤバかったですよ、今日の御料理! 殴られるかな?

 本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。

Filed under: ぼやき部屋,今日のお客様,飲食業界交遊録 — F.Sumiyoshi 9:36 午前  Comments (4)

VIP?の八王子訪問

 4/27は火曜日で休みでしたので、八王子の料亭「坂福(さかふく)」さんを訪ねました。「坂福」さんは、すき焼きをメイン料理にしている、料亭さんでして、かねて興味を持っておりましたが、その話しを、国際観光日本レストラン協会の総会で御一緒した、「八王子エルシイ」のO会長にしましたところ、「坂福さんは、良く知っているから、是非ご紹介しましょう。」と有り難いお言葉。善は急げ、で早速お訪ねすることにしました。

 八王子は、明治時代後半・大正・昭和の頃、織物業が盛んで繁栄したそうです。それで財を成した旦那衆が遊ぶ花柳界が出来たり、牛鍋屋ができたりしました。明治45年創業の「坂福」さんも、その内の1軒だそうで、ホームページを見たところ、歴史の風情を感じられそうな御店です。

 そういうわけでの今回の訪問です。まずは「坂福」さんを訪ねる前に、Oさんご経営の御店「八王子エルシイ」にご挨拶にうかがいました。Oさんは、八王子観光協会の会長を務めておいでで、八王子の、重鎮中の重鎮なのですが、さすがに、そういう方の御店は、立派な構えです。

 「エルシイ」さんで、コーヒーをご馳走になり⇒館内を見学させていただき、「坂福」さんへ向かおうとすると、Oさんが「では、「坂福」さんまでご案内しましょう!」とおっしゃいます。

 いやいや、そんな恐れおおいです。連絡をとって下さっただけで有り難いのに、同行して下さるなんて。世話焼きの方とはうかがっていましたが、それは恐縮です、と申すと、

 「いいんです。「坂福」のD君も、頑張っている、元気な社長で、きっと仲間になれるから、是非直にご紹介しますよ。」

 と、いうわけで、地元の重鎮・業界の大先輩にエスコートしていだいて、鳴り物入りで、現地入りし、結構なすき焼きをいただきました。牛は「いわて南牛」、ザクに玉ねぎが入っていて、麩が細長い焼き麩でした。

 食後にコーヒーをいただきながら、D社長から、八王子のこと、すき焼きのこと、向笠千恵子先生の「すき焼き通」は端から端まで熟読して、そこに載っているすき焼き屋は、のきなみ訪問したことなどをうかがいました。

 怒涛の勢いで語る、D社長の語り口は、講釈のように切れ味があります。そのわけを聞くと、なんと「講談人力車」として有名な、浅草の車夫・O氏に弟子入りして、やり方を伝授されたのだそうです。そして、さらに驚きなのは、D社長自らが講釈しながら、客を乗せて曳く、人力車が店にある、というのです。

「 住吉さん、お帰りの時は、車夫の装束に着替える間チョッとだけ待っていていただければ、駅まで人力でお送りしますよ!」

 いやいや、それは遠慮しておきます。住吉風情は、ゼンゼン、VIPじゃありませんから、駅まで歩いて行きます。それと、次回の「すきや連」には、Dさんも是非お誘いしたいと思っていますが、是非気楽におつきあいいただければ、と思ってます。

 ええ、本当に結構です、恥ずかしいですから、じゃなくて、時間がなくなってきましたので。長居いたしまして、スミマセン、もう帰ります。すたこらさっさ。

 本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。

*「坂福」さんについては、こちらです。

*「八王子エルシイ」さんについては、こちらです。

真っ正直?ー牛トレ法検査

「台彪会(たいひょうかい)」で一緒に勉強している、和菓子メーカー「MN堂」のS社長が見えました。最近S社長のお姉さまが結婚され、目出度く華燭の典をあげられたのですが、その後も滞在しておられる、ご親族を浅草案内して⇒その流れで「ちんや」へ、という段取りだったようです。

  そういった機会に「ちんや」をご利用いただき、本当に有り難いことです。ご両家のご多幸を祈念申したいと思います。

 ところが! Sさんが食事されている最中に、農水省安全管理課の、「表示・規格指導官」様がご来訪。ノーアポの立ち入り査察です。

 実は、すき焼き屋・ステーキ屋・焼肉屋などの肉料理を専門にしている料理屋は、「牛の個体識別のための情報の管理及び伝達に関する特別措置法」(=通称「牛トレサビ法」)によって、「特定料理業者」に指定されていまして、時たま、我々の仕入れ・販売の手続きが法に照らして適正か、ノーアポ査察が来るのです。

と、いうわけで五年ぶりの、お代官様の御検分です。

そこの、すき焼屋、不届きである!

へへー、恐れ入ります。

真っ正直に表示いたしておるか?

へへー、勿論でございます。

帳面は、真っ正直につけておるか?

へへー、勿論でございます。今日は何卒、お手柔らかにお願いいたします! へへー。

 やるべきことはやってますけどね、やはり、イヤだなあ、こういうのは。と疲れきっていると、Sさんファミリーが食事を終えて、お帰りです。お見送りしなくては。

 へへー、S様! じゃなかった、間違えた! どうもSさん、今日はありがとう。

  本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。

*牛の個体識別のための情報の管理及び伝達に関する特別措置法については、こちらです。

老舗の味ーうん十年ぶりの鰻

 4/24に、「台彪会(たいひょうかい)」の工房見学会があり、その打ち上げ&懇親会が鰻の「川松」さんでありました。「川松」の後継者・A子女史が「台彪会」のメンバーでして、おかげ様で、とても楽しい宴会になりましたが、実は、その時隣席になった方から、「川松」さんについて、とても良い話しを聞きましたので、今日はそのことを書いてみようかと思います。

  隣席になった、Uキャスター販売のU社長は、私と同年配の方で、お父上(=会長)も存じ上げているのですが、ウチの父と同年配です。そのお父上にUさんが、「今日はこれから、初めて「川松」さんで鰻を食べるんだ。」と言ったところ、「何言ってんだ、オマエが小さい頃に、「川松」さんへは、何回も連れて行ってやったんだぞ!」と言われてしまったそうなのです。

 そう言われたUさんは、「そうだったのかな? でもあんまり、覚えてないなあ」と思いつつ、「川松」さんでの懇親会に出席しました。しかし鰻を食べた時、思ったそうです、「あ、この味は、自分もオヤジも好きな味だ。きっと、間違いなく、連れてこられてる!」

  Uさんは、鰻とご飯の両方を、上手に箸に載せてバクっと食べます。結構な分量を載せて、うまそうに、ズンズン食べていきます。その場で確認しませんでしたが、その食べ方もオヤジ譲りかもしれません。

  かつて、Uさんが小さい頃、一家は「川松」さんで、楽しい食事をしたのだと思います。ご家族とハッピーな時間を、そこで過ごしたからこそ、その時の味を覚えているのだと思います。その結果、味覚の継承が、次世代へキッチリ行われています。そして、味覚が継承されていれば、その料理屋さんにとっては、永続的なご繁盛につながっていきます。

  うーん、同業として、かなりうらやましいなあ、この話し。「ちんや」でも、こういう話しが聞かれるようにしないと。

 と書いている、私の横からヨメの冷たい視線が・・・

「いつまでパソコンにかじりついてるのよ? アタシもパソコン使うんだから! どうせ、また善人ぶったこと書いてるんでしょ。」

  え? だってそりゃあ、ホントに善人だもん。 ねえ、台彪会の皆さん。 ひひひひ。

 本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。

*「川松」さんについては、こちらです。

Filed under: 台彪会,浅草インサイダー情報,飲食業界交遊録 — F.Sumiyoshi 9:18 午前  Comments (0)

短くしようよー台彪会・工房見学会

 4/24に、「台彪会(たいひょうかい)」の工房見学会がありました。日程は以下のように盛りだくさんでした。1:江戸町火消し錦絵の第一人者・岡田親さんの工房⇒2:ご存知!カリスマ靴職人・末光宏さんの工房⇒3: スーパー「シマダヤ」さんのバックヤード見学⇒沖縄サミットにコーヒーを提供した、超有名喫茶店「バッハ」で小休止、のつもりが満員で入れず通過⇒4:打ち上げ&懇親会は、創業139年の老舗「川松」さん と充実しすぎの内容でした。訪問先の内、末光さん・「シマダヤ」さん・「川松」さんが台彪会の仲間です。

  台東区の若手サポートセミナー(二条彪先生のゼミ)は、9月開講⇒翌2月閉講というサイクルなので、今の時期は「夏休み」にあたります。それで、セミナー受講者のグループである「台彪会」が自主的に勉強会をしています。

 自主勉強会の一つ・工房見学会は、昨年に引き続き2回目です。今年は、さらに充実の日程となりました。皆、とても仲が良く、冗談を言い合ったり、情報交換をしたりする時間が楽しくて仕方ない様子です。そういった次第で、自然と日程も昨年以上に長時間になりました。

 見学先の皆さんは、どなたも腕のたつ方・目利きの方ばかりですが、御口の方も滑らかで、品物や人生にかける思いを熱く語って下さいました。勉強になります。関係者の皆さん、本当にありがとうございました。

 見学を終え後は、「川松」さんで美味な鰻をいただきました。大満足の宴会でしたが、そこで撤収となることはありません。夜が更けても、場所を変えつつ、談論が尽きることはありませんでした。

  ああ、今日は面白かった。でも、疲れたなあ。

  そう言えば、打ち合わせの時「昨年のは、スゴク勉強になったけど、チョッと時間が長かったから、今年は少し短くしようよ。」と、台彪会会長たる私・住吉史彦が提案したのに、あっさり無視されたっけ。

  来年は、もっと長くなるのかなあ。途中に昼寝の時間を入れてもらうか。

 本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。

*台彪会については、こちらです。

Filed under: 台彪会,浅草インサイダー情報,飲食業界交遊録 — F.Sumiyoshi 11:46 午前  Comments (0)

賑やかな法事

 4月も後半に入り、「三社祭はいつですか?」という問い合わせの電話がかかってくるようになりました。一般の方は、浅草神社や浅草観光連盟の電話番号をご存じないことが多く、自分が電話番号を知っている、「ちんや」に日程を確認するのだと思います。

 と、書くと「その日はさぞかし、浅草は忙しいのだろう。「ちんや」へ行くのは他の日にしようかな」と思われてしまうかもしれません。ところが、です。皆さんがそう考えるせいか、例年、三社祭当日「ちんや」は、それほどの込み具合ではないのです。お彼岸の方が忙しいくらいです。

 まず、この日はとても賑やかですから、ご法事をやりにくいです。まれには祭りでも気にせず法事を敢行される方もおいでです。「仏が賑やかなのが好きだったんで、いいんです、三社の日の法事で。」という酔狂な方もおいではおいでですが、まあ、一般的には、ご法事はやりにくいでしょう。

 それから、交通規制のため、車で移動がしにくいです。ご法事の場合は、年配の方が参加されることが多く、当然車で移動したいわけですが、規制で「ちんや」へ近づけません。

 そこで、予約の電話がかかってきた時に、「念のため申し上げますが、その日は浅草で三社祭が開催されますが、ご存じでしょうか。」と確認することにしています。そう申すと、「え、そうなの? それは困ったな、考え直して他の日に変えるから、いったん電話切りますね。」となってしまうことも結構あります。でも、「当日来てみてビックリ!」ではお客様がお気の毒なので、事前にお教えしないわけにもいきません。

 そういうわけで、三社祭の日も「ちんや」は普通に営業しています。窓の外から聞こえてくる、祭りのかけ声やお囃子はBGMと思っていただけばオツなものです。「ちんや」がある、浅草中央町会のお囃子隊(=「あやめ連」と言う)は上手ですよ。

 どうぞ、お出かけ下さい。5月14日(金)、15日(土)、16日(日)が三社です。賑やかな御法事も承ります。

 本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。

*浅草神社(=三社さま)の公式ホームページは、こちらです。

Filed under: 浅草インサイダー情報 — F.Sumiyoshi 9:29 午前  Comments (0)

はい、ポーズ!

 今日は写真撮影がありました。すき焼きの写真ではなく、「ちんや」の宴会場の写真でもなく、私・住吉史彦の写真を撮りました。それも最高に笑える・・・ポーズで。

 このブログの3/23号に書きましたが、今、私・住吉史彦個人の名刺を新しくする計画を進めていまして、それに載せる写真を今日撮ったのです。肖像写真なら以前から無いわけではないのですが、今回はそれではダメなのです。

 今回は「メッセージ性を前面に打ち出した、名刺を作ろう」ということなのです。つまり、自分がどういう仕事をしたい人間なのか、どういう店をやりたい人間なのか、名刺の上にキョーレツに、表現していこう、と考えています。ですから、普通の肖像写真では不足なのです。

 なるべく、インパクトのある格好・インパクトのあるポーズにしよう、と㈱ミッションのM社長と何度も(!)打ち合わせしてきました。小道具もM社長が、あれやこれやと奔走して、たくさん取り揃えてくれました。

 そして写真と文をあわせた、全体の表現方法については、パロデイー仕立てにしようと考えています。ご存じの方はご存じと思いますが、私は大真面目なことを、正面きって宣言するのが、恥ずかしくて仕方ない性格なので、ストレートに書くのでなく、可笑しいものにしよう、と考えています。

 でも、ちょっとノリすぎて、「可笑しい」を通り越して、爆笑級のものができてしまいそうです。

 その結果、今日は生まれてきてから、3番目くらいに恥ずかしい思いをしました。―あの格好で、あのポーズで、あんな人通りの多い場所で、撮るとは。

 カメラのSさんも、「この企画はあまりに笑えますね」「こんなアホらしい仕事させてもらって最高っす!」とノって下さり、丁寧に何カットも撮って下さいました。

 丁寧は良いのだけど、恥ずかしいから、はやく撮り終わってくれないかなあ。 あ! マズいぞ、和菓子の老舗「西むら」の女将さんが接近して来た! チョッと逃げ出していいですか?

  本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。

「あとご飯」論争

 このブログの4/20の号にも書きましたが、カリスマ靴職人・末光宏さんを講師として「ちんや」に迎えて、靴の勉強会を開催し、その後で末光さんを囲んで、すき焼き懇親会をしました。桜鍋「中江」のN社長、「駒形どぜう」の若旦那W君、料亭「きよし」(墨田区向嶋)のA子女史などが参加してくれました。

  なごやかに靴談義をしつつ、鍋を食べ進めていく内、「ではそろそろご飯を」ということになりましたが、桜鍋「中江」のN社長だけは、出されたご飯に手をつけません。「?」と思ってみていると、「住吉さん、タマゴもらえませんか?」とN社長。

「え?すき焼き終わったのに、まだタマゴ要るんですか?」「ええ、だって「あとご飯」やりたくなっちゃったもんですから。」とN社長ニヤリ。

 「あとご飯」とは、「中江」さんのホームページによると、以下の通りです。⇒「鍋の残り汁に玉子を入れ、ふんわりと仕上げ、その玉子をご飯にのせて玉子丼のように食べるのが「あとご飯」です。肉や野菜のうまみたっぷりの玉子は、桜なべを食べた後にしか味わえない格別な味です。「中江で一番美味しいのは、あとご飯」という評判も立つほど・・・(後略)」

  なるほど、「中江」名物の「あとご飯」を「ちんや」でも試そうという作戦でしたか。

「ちんや」では、ご飯は、自家製の牛佃煮とみそ椀と共に召し上がっていただくことにしているのですが、そう言えば、「ちんや」でも「あとご飯」を試みるお客様がたまにおいでです。「中江」さんの影響でしょう。

 私としては、ずっとすき焼きを食べ続けた後は、何か食い味の違うものの方がよかろう、と思って、ご飯は上記の方式にしていますが、お客様が、「同じ食い味でも良いから是非」というのなら、それはそれで、その方の味覚ですので、まあ、やっていただけば結構、と思っています。

  そう話すと、今度は「駒形どぜう」君が、「ウチにも、そういうお客様がたまにおいでですね。でも、ウチの鍋は、「ちんや」さんより、ずっと小さいから焦げ付きやすくて往生するんです。今日のNさんみたいに、そろそろ鍋に入れて、丁寧に溶いてくれれば良いんですけど、タマゴを勢いよくドバっと入れて、噴きこぼす方がいらして、あれは困りますね。」

  その程度のこと気にするんなんて、天下の名店が、ナニ小さいこと言ってんの? とお思いの方には、私よりキョーレツなダメ出しをさせていただきます。どぜう屋さんは、永年使い続けてきた、鍋をそれはそれは大事にしています。「蒸気機関車の動態保存」とか聞きますが、鍋屋の鍋も、言ってみれば、「動態保存」のようなものです。丁寧に洗って、焦げや汚れをとり除き、錆びないように処置します。この時焦げが完全にとれていないマズいのです。

  皆さま、どぜう屋さんで「あとご飯」をする時は、何卒、鍋にご高配を賜りたく、よろしくお願い申し上げます。

  「あとご飯」の正しい作り方は、こちらです。「中江」の女将さん(=N社長令夫人)が肖像権フリーの顔出しで教えてくれます。皆さん、このページを印出してから、どぜう屋へ向かいましょう(?)

  ちなみに私は、どぜう屋で鍋が終わった後、残った割り下でネギを煮て、それをご飯に載せて食べるのが好きです。ただし、代金フリーのネギを利用するわけなので、分量は遠慮して・・・注文します。

 本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。

「ザキ」の名店、「ザキ」の牛鍋

 4/20火曜日の休みを利用して、「ザキ」の牛鍋=横浜・伊勢佐木町の「じゃのめや」さんに行ってきました。伊勢佐木町(通称「ザキ」)と浅草(通称「エンコ」)は、街の雰囲気がなんとなく似ていて、すき焼き屋が集中していることも似ています。曙町に美人女将の「荒井屋牛鍋店」さん、末吉町にブツ切り肉の「太田なわのれん」さんがあり、町名こそ違うものの、徒歩5分圏内です。この界隈は浅草に次いで、すき焼き屋が密集している、と言って良いでしょう。

 ハマのすき焼き屋3軒の内「じゃのめや」さんだけは、これまで面識がなかったのですが、是非ともお近づきになりたいと、お訪ねすることにしました。「じゃのめや」さんへ入る前に、まず、3/3の「すきや連」で大変お世話になった、「太田なわのれん」の、ご主人・Aさんにご挨拶。

  ついで、「荒井屋牛鍋店」の美人女将にご挨拶、のはずが、げげっ、今日は第三火曜なので、休業! 今日って第三の火曜だったんだ。仕方ないな、浅草から連れてきたヨメで我慢するか。

 気を取り直して、「じゃのめや」さんへ。個室へ通され、Y社長自ら部屋へお越しいただき、また土産まで持たせて下さり、恐縮してしまいました。「太田なわのれん」のご主人Aさんが、事前にY社長に、私のことや「すきや連」のことを説明して下さっていたからです。今回もお世話下さり、Aさん、本当にありがとうございます。

 さて、食事ですが、最初の肴も、ひとつひとつ手のかかったものでしたし、もちろん、すき焼きの肉もさすがのクオリテイーでした。鍋のデザインが、面白い形でした。また器類も趣味が良くて感心します。

 なお、ハマの3軒は、20年くらい前に集まって協議して、料理名を「すき焼き」でなくて「牛鍋」に統一したそうです。浅草では「米久本店」さんだけが「牛鍋」を称していて、その他は「すき焼き」です。

 次回の「すきや連」に、Y社長もお誘いしたいと思っています。どんどん仲間が増えて嬉しいです。すき焼き談義、いや牛鍋談義が楽しみですね。

「おやあ、住吉、今日は久しぶりにすき焼きの話しだねえ。マジメに仕事してんのか、コイツ、と思ってたとこだったよ。」

 いやあ、実はですね、先週のある夜、仕事を終えて、いつもの店に出動しましたら、なじみの姐さんから「住吉さんのブログすごく面白いけど、すき焼きのことがあんまり書いてないわよねえ。」とダメ出しを食らっちゃいまして。

 と、いうわけ(?)で、今日は、すき焼きの話しでした。

 本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。

 *「荒井屋牛鍋店」さん(曙町)については、こちらです。

*「太田なわのれん」さん(末吉町)については、こちらです。

*「じゃのめや」さん(伊勢佐木町)については、こちらです。

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