10月の七五三

10月中から七五三のご予約をいただいています。それで

???

と思い、美容院に行った時に、この件を尋ねてみましたら、たしかに10月中から七五三をするご家庭が増えているのだそうです。

詳しく聞きますると、要するに、写真が撮り優先なようです。

着飾って写真を撮るのが最優先事項ですから、日取りは写真館の都合に合わせないといけません。

対する神社は年中無休でいつでもやっていますから、11月にお参りする、などということより、写真館の都合に合わせないといけない模様なのです。

お参りは、写真館の予約ができた日に、ついでに行くわけです。

なんだかなあ。

まあ、飲食店としては七五三のシーズンが拡大するのですから、営業上悪い話しではないんですけどね・・・

 

追伸

慶應義塾の機関誌『三田評論』の10月号に出演させていただきました。

『三田評論』には毎月「三人閑談」といって、三人の卒業生が対談するコーナーがあるのですが、今月のテーマが「和牛を食す」で、そこに入れていただいた次第です。

『三田評論』は基本的には定期購読者のみが読む本ですが、紀伊國屋書店の新宿本店で小売りしているそうですから、ご興味のある方はどうぞお求めください。

 

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて2.072連続更新を達成しました。

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昭和史

半藤一利さんの『昭和史』を読みました。

「今こそ読み直すべき一冊」という宣伝文句に惹かれて購入したものの、戦前篇、戦後篇を合わせると1.100ページ以上もある長大な御本です。はたして読めるかなあ、と心配しましたが、その心配は杞憂でした。

この御本の元は授業形式の「語りおろし」でして、口語体で語られているのです。講談みたいと言っても良いくらいです。

例えば終戦時のアメリカ大統領トルーマンについては、

「・・・トルーマンはミズーリ州出身の田舎のとっつぁんです。戦争中、副大統領の時にルーズベルトが突然死んでそのまま大統領になったものの、実は日本のことなど何も知らず、関心もなかったのです。まして愛情など少しもなく、だから原爆を落としたと言えるところもあるような・・・」

といった調子でして、実に面白く一気に読み切ってしまいました。

読了して、うーむ、と思いましたのは、日本四十年周期説です。

明治維新(1867年)から日露戦争の勝利(1905年)までがおよそ四十年。

日本人特に軍部がこれで慢心して、

日露戦争の勝利(1905年)から太平洋戦争の敗北(1945年)までがまた四十年。

戦後、独立回復(1952年)からバブル経済の絶頂(1992年)までがまたまた四十年。

またまたこれで日本人は慢心して「日本の失われた時代」の現在へ。

この説に従えば、2032年あたりまで日本は浮かばれないということになります。

うーむ。

ちなみに、この本に浅草が登場したのは、

1945.3.10の大空襲の件と、

戦後1947年に六区のロック座がストリップ・ショウを始めた件の2件でした。

 

追伸

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狭義の洋食

久しぶりに浅草の「ヨシカミ」さんで洋食を食べました。

今日は唐突ではありますが、その洋食について遡ってみようかと思います。

さて明治時代「洋食」という言葉は西洋料理全般を指すものでしたが、近年ではフランス料理・イタリア料理・スペイン料理などと国別に呼びわけるのが普通になっていますね。今では「洋食」と言った場合、日本で独自に進化した西洋風の料理のことをさすことが多いです。全般のことを話している場合を「広義の洋食」と言い、独自の方の話しだけしている場合は「狭義の洋食」と言ったりもします。

今回は勿論その独自の方の話しです。それは「進化した」とも言えますが、「以前の形態を保っている」とも言えます。本家のフランス料理が1970年代にバターや伝統的なソースを使わない「ヌーベルキュイジーヌ」に転じたからです。ポール・ボキューズ、トロワグロ兄弟といった人達が、そのリーダーでした。

一方日本の街の洋食屋さんは、かつて導入したものを、ひたすら日本人の舌に合うように、ご飯に合うようにと念じて改良し続けて来ました。根本から変えるのではなく、改良して来たのです。

そうこうしている間に洋食は日本人の口に馴染み切ってしまい、今やカレーライスやトンカツを和食だと思っている人が増えました。そして洋食と言えば浅草だろう!と思っている人も多くなりました。

何故でしょう?

懐かしいからではないでしょうか。東京に生まれ下町に生き、田舎を持たない都民二世や三世が懐かしめる料理と言ったら、洋食だったからです。その前にすき焼きも、ですけどね。

そう、浅草の洋食って、近代東京そのものだと私は思います。その第一陣がすき焼きで第二陣が洋食だと言えましょう。

だから本家の料理が変っても、洋食はこの国で未来へ遺して行きたいものです。和食が世界遺産なら洋食も世界遺産だ!そう私は思っています。

追伸

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じんじんの野点

山谷(台東区清川)の玉姫稲荷神社に行ってまいりました。

台東区芸術文化支援制度の平成27年度の対象企画の1つである、

「きむらとしろうじんじんの野点 in 山谷」が開催されたからです。

「きむらとしろうじんじん」というのは陶芸家さんの芸名です。

その、じんじんさんがリヤカーに陶芸窯一式を積んで、様々な場所に乗りこみ、近隣住民を巻き込んで、焼物づくりを体験させ、さらに出来あがった茶碗を使って抹茶を楽しんでもらうというのが「じんじんの野点」です。

今回はそれを山谷でやろうというのです。

うーむ。

で、私は台東区アートアドバイザーですので、この企画のお手伝いをさせていただくことになったという次第です。

最初の企画会議で、会場はもう決まっているのですか?とお尋ねしましたら、いやいや未定です、住吉さん、どこか良い場所ないですか?というご返事。

そこで私は玉姫稲垣神社をお勧めしました。

こうした屋外開放型の催しには近隣住民の方のご理解とご協力が必須ですが、その点玉姫稲荷さまでは「こんこん靴市」といって、靴・ハンドバッグ・ベルトなど革製品のイベントが毎年開催されていますので、ある程度の騒音に近隣の方が慣れておいでです。それに神社の許可を得てしまえば、近隣の方も「神社がOKしたなら・・・」と協力してくれるのが、普通の公園と違う点です。

さて、当日は神社に参りますと、日本晴れ。

まずもってお稲荷さんに場所をお借りするご挨拶と、催事の無事をお願い致しました。

陽気に誘われて、近隣のおっちゃん、お子さんも集まって来てくれて良かったと思います。ご加護に感謝申し上げる次第です。

なお玉姫稲荷さまは、奈良時代に京都の伏見稲荷さまの分霊を祀ったのが、そもそも。

新田義貞が鎌倉の執権・北条高時を討たんと挙兵した時に戦勝祈願の為参詣したと伝えられています。

在りがたや。

 

追伸

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米沢へ

この文章がUPされる10月27日0時は、第22回「すきや連」例会を終え、地元ワインがぶがぶの二次会も終え、さてこれからどうしよう?という頃だと思います。

いったいどういう展開になっていることでしょう。

さて、そんなことはさておきまして、今回の「すきや連」ですが、今回は大正12年創業の「米沢牛黄木」(おうき)さんが運営する「グルメプラザ金剛閣」さんで開催しました。

名前が結婚式場みたいなのは、本当に結婚式場だったからです。元々は肉屋さんだった「米沢牛黄木」さんという会社が事業の多角化で、結婚式場を始めたものの、途中でやはり肉料理専門に回帰した方が良いということになって、現在の形態になりました。

当時名前を牛っぽく変更する案も浮上したそうですが、かつて結婚式をあげた方々が悲しむだろうと名前はそのまま。

「金剛」というのは、米沢藩上杉家の代々の当主が金剛流の能を嗜んだことに因んでいるそうです。なるほど、文化的な屋号じゃないですか。変えなくて良かったですね。

牛の仕入れは「肥育月齢33か月以上」と決めて「一頭買い」なさっていると言いますから、かなり期待できます。

東京に戻りましたら、ご報告しますね。

お楽しみに。

 

追伸

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社内アンケート

ある日のこと、こんな↓問い合わせがありました。

(とても明るい声で)忘年会の店として3軒くらいの店を候補にして、社内アンケートをとり⇒人気の高かった店に決めたいので、結果が出るまでの間10日間ほど仮押さえさせて貰えませんか?!

うーん、幹事のリーダーシップってものは無いんですかねえ。

って、言うか、それに応じる店って在るのかな?

その日は12月の金曜日。

 

追伸

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ワンフレーズ・ポリティクス

味を正確に理解するのは、結構、難しいものです。ある程度のレベルの科学的知識が必要です。

例えば肉の旨味を理解するには、肉のタンパク質が熟成によってアミノ酸へと分解されていく過程を理解する必要がありますし、また脂肪がどのような脂肪酸によって構成されているのか、その脂肪酸の融点が何度なのかも知る必要もあります。

しかしですよ、そんなことを知らなくても、昔から旨い肉は旨いものですよね。

以前は、アミノ酸も脂肪酸もご存知なくても肉を目利き出来る職人さんがいましたし、消費者も自分の舌で旨い肉を選別していました。

その日本人の「舌の力」が衰えて来たと最近私は痛感しています。

代わって人々が言い始めたのが産地名です。あちらのマグロに、こちらのサバ。

舌で味わうことが出来なくなり、しかし代わりに高等な化け学で味を理解することも出来ず、人々は簡略な情報だけで味を判断するようになりました。「味のワンフレーズ・ポリティクス」と申せましょう。

ワンフレーズは全盛を極めていますが、私は勿論気にいりません。丁寧な仕事にワンフレーズが勝つような国にはしたくないですよね。

 

追伸

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浅草食べ物放談

友吉鶴心さんと対談しました。

鶴心さんは琵琶奏者で、NHK大河ドラマの邦楽監修もしている売れっ子ですが、今回の対談は邦楽の話しはちょっとだけ、でした。

実は、鶴心さんは私の浅草小学校の同級生です。住吉・友吉ですから席も近くでした。ですので「鶴心さん」と言うと変な感じです。なにしろ集団登校で一緒に登下校した仲ですのでね。

そういうわけで、今回は浅草食べ物放談。

まず私が収集した「すき焼き思い出ストーリー」を読んでいただいて、その中から浅草らしいもの、面白いものを選んでいただきました。

友吉さんのコメントは、弊社が創業135年を記念して刊行する『読みつぎたい~すき焼き思い出ストーリーの本』に収録します。

それから、いよいよ浅草食べ物放談。

友吉君は、いや、鶴心さんは甘いものに目が無いんですよね。とにかく餡子にはお詳しい。なかなか面白い対談になりました。放談部分も『すき焼き思い出ストーリーの本』に収録します。

この本は、上手く行けば年内に刊行予定。

非売品ですが、ご希望の方には実費でお分けします。お楽しみに。

 

追伸、

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神輿大全

浅草の神輿・神具製作店の店主・宮本卯之助さんが書かれた御本『神輿大全』を読んでいます。

「宮本卯之助商店」さんについてはあまりに有名ですが、念のため説明しますと、ご創業は文久元年(1861年)。当初は太鼓を作り、やがて神輿も作るようになって百四十余年になります。当代の卯之助さんは、その七代目です。

大正天皇御大葬用楽器一式を納めて以来、宮内庁御用業者と成り、太平洋戦争で浅草神社(三社様)の神輿が焼失した時は、もちろん、その再建に従事しました。

さて、この御本は、神輿の基礎知識はもちろん、その種類や見方、制作過程、飾り紐のかけ方、選び方、手入れ・保管方法、修理などを網羅したものです。『大全』と言うのに相応しい内容で、神輿が日本の工芸技術の結晶であることが分かります。

拝読して私が気になったのは、宮本さんが実際に体験して来られた戦後の、日本の祭の変遷です。

戦災で都内の神輿の大多数が焼失したため、戦後は猛烈な忙しさだったそうです。浅草神社も戦後復興は祭りから!と昭和27年(1952年)までに神輿3基を再建しています。

しかし、戦後復興が一服し、高度成長が盛んになると祭りは人々の興味から外れて行きます。

やがてモータリゼーションが盛んになると、車の通行を妨げる祭りは、もう邪魔者です。三社祭も本来ご縁日の5月18日に行うものですが、平日に車を止めるのが難しいので、昭和38年(1963年)から「5月18日に一番近い金曜・土曜・日曜」に開催されています。

この時代に神輿製作に関わっていた皆さんが、どんなお気持ちで仕事に従事していたか、いつか聞いてみたいものです。

それから、もう1点。神輿製作の技術が素晴らし過ぎるのも気になります。

パーツは3.000点以上、工期は最低まる一年となると、値がはります。

それを買うのは神社の氏子なわけですが、地域コミュニテイーが弱っているような場合は、どうするんでしょうか。

とても気になるんですけど、ゲスですかねえ、そういう質問は。

 

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『三田評論』には毎月「三人閑談」といって、三人の卒業生が対談するコーナーがあるのですが、今月のテーマが「和牛を食す」で、そこに入れていただいた次第です。

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お披露目会

浅草観音裏の老舗料亭「草津亭」さんは、移転・新装の為しばらくお休みされておりましたが、このたびめでたく新装オープンなさいました。

お披露目会にお招きいただきましたので、お訪ねしてまいりました。

移転前の草津さんには大広間があり、80人とか100人とかでも宴会が出来ました。和の宴会場としては都内最大級だったのですが、生活の洋風化や高齢化で畳に座れない方が増え、せっかくの設備があまり稼働しない状況になっていたと聞きます。

弊店も和の宴会場を持っていて、宴会はゼッタイ和が楽しいと思うのですが、一人でも「座れない」と言われてしまうとどうにもならず、情けない思いをすることがしばしばです。

そうこうする内、草津さんは建物の老朽化が進み、小幅に改装するよりは思い切って、移転・新装しよう!となった模様です。

店の規模は小ぶりになりましたが、お料理が結構なことは従来通り、芸者衆も従来通り来てくれて賑やかな夜になりました。

ご繁盛を祈念します。

 

追伸、

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