ボられたことはありますか?

 皆さんは、ボられたことはありますか?

 「ボる」と表現しますと人聞きが悪いですが、要するに、

・常連客には標準価格の10%OFFの値段を請求し、

・常連でない客には標準価格の10%ONの値段を請求することを言います。

 たかだか10%なのですが、110÷90=122%ですね。22%の開きがあるとON値段を請求された人にとっては、不当な値段と感じられ、場合によっては怒りを覚えます。

 では、なんで店はこういう行為をするのでしょうか。

 小料理屋のママさんの立場になってみて下さい。

 常連客から、

 ウチの業界も今厳しくてさあ~今までみたいに、この店にしょっちゅう来れなく成っちゃったんだよお~

と言われてしまいました。貴女は、それでは寂しいと思い、

 あらあ、これからは少しお安くしときますから、今まで通りにいらして下さいよ~

と応えてしまいました。そう言った瞬間に利益が失われたのは明らかです。貴女の御店の経営も厳しいのに困りますね。どこかで挽回したいです。

 で、結局常連でない客には10%ONの値段を請求し始めてしまいました。

 だって、そもそも店内に定価は表示していないし、常連客と常連でない客が、貴女の店の値段について情報交換することはまず無いですから、要するに、バレる可能性は低いです。

 よし!常連さん以外は10%ONだわ!

 これが「ボる」の実態です。

 ここでこの行為が著しく不公正か、を考えてみますが、こうした行為はBtoBの取引では普通に行われていることですね。

 ただ決定的に違う点が一つ。BtoBなら取引ごとに見積もりを出します。客は見積もりに納得してから注文するので、ON値段であっても客が怒りだすことはあまり無いのです。

 違いはそこだけなのですが、飲食店の場合「ボられた!」ということに成ってしまいます。

 なんでまた、今日こんな話しをここに書いているのか、も書いておきましょう。

 最近「観光客が行かないような地元民相手の店で、安くて美味い店に行きたい!」という観光客の方が多いのです。ホテル・旅館関係の方から、しばしばそう聞かされます。

 そう言われて、ホテルの人は自分がたまに飲むような店を客に教えます。そこで惨事が起きてしまうのです。

 観光客は、ホテルに戻って来て言います・・・

 教えて貰った店に行って来たよ。たしかに美味しかったけど、安くはないね。

 え?いくら獲られましたか?

 @12.000円だったよ。

 あれえ!おかしいですねえ、あの店は@10.000円以内の店なんですけど・・・

 あちゃあ。

 ホテルの人は以前ママさんに「厳しくてさあ~」と言ったことがあり、それ以来OFF値段にしてもらっているのですが、本人がその経緯を忘れてしまっていたのです。

 トホホですね。

追伸①

 藤井恵子さん著の単行本『浅草 老舗旦那のランチ』に登場させていただきました。
 不肖・住吉史彦が、「浅草演芸ホール」の席亭さんや、「音のヨーロー堂」の四代目とランチをしながら、浅草について対談する、という趣向です。

 他にも20人ほどの、浅草の旦那さんたちがリレー対談で形式で登場します。

 是非ご購読を! 平成24年6月3日、小学館発行。
 ご購入はこちらです。 (できればレビューも書いて下さいね!)

追伸②

  「日本国復興元年~1千人の笑顔計画」を実行中です。

 この「計画」では、まず「ちんや」で東北・北関東の牛を食べていただきます。そして食後の飛びっきりの笑顔を撮影させていただきます。

 その笑顔画像をこちらのサイトにUPして、北の産地の方に見ていただきます。

 現在の笑顔数は300人です。笑顔数が1千人に達するまで継続してまいります。

 皆様も、是非御参加下さい!

 本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて955日連続更新を達成しました。毎度のご愛読に感謝いたします。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。

 

 

 

 

 

 

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伊勢肉

 明治42年創業の、伊勢肉の名店「豚捨(ぶたすて)」さんは、「すきや連」の仲間で、私のFB友達でもあります。

 ある日FBを観ていたら、

「開店まで後1週間となりました。外宮参道の皆さん、よろしくお願いします。 m(_ _)m」という御主人のコメントが、新店の画像と共にUPされていました。

 来年は、二十年に一度の、伊勢神宮の「式年遷宮」の年に当たりますので、このビジネス・チャンスを捉えるべく、神宮の外宮参道に新店をお出しになるのです。誠に結構なことです。

 ときに、伊勢肉って何ですか?

 聞いたことがない、とおっしゃるかもしれませんが、実は、松阪肉は伊勢肉でした。 

 「でした」と過去形なのは、以前そうだったからです。明治時代、松阪の肉や伊勢国いったいの肉は「伊勢肉」と呼ばれて珍重されていたのです。

 その後昭和10年頃から松阪市が、独自のブランド政策を開始し⇒それが成功して⇒戦後昭和30年代から各地の食肉店で、「松阪肉」または「松阪牛」というを看板を掲げる店が増えてきました。

 松阪に押されて、ブランドとしての「伊勢肉」は、知名度でやや劣勢な感がありますが、品質が劣るわけでは勿論なく、むしろ老舗中の老舗ブランドなのです。

 「豚捨」さんは、松阪が独立した後も、「伊勢肉」を名乗っている貴重な御店です。

 ついでですので、「豚捨」という「ちんや」に匹敵する位インパクトのある店名の説明もしておきましょう。御店のHPによりますと・・・

「その昔、豚を飼っていた捨吉という男が食肉店をはじめた。人呼んで「豚捨…ぶたすて」。それがいつの間にか屋号になった。」

「ところがおかしな伝説も生まれた。この店の牛肉があまりにもうまいから「豚なんか捨てちまえ!」と客が豚肉を投げ捨てた、というのが豚捨のはじまりだという。」

 ワイルドだろ~?!

 なお、スギちゃん(お笑い芸人。1973年生まれ – )と、「豚捨」の当代の御主人MRIさんとの間には、共通点は全くございません。

 新店の御繁盛を心より祈念いたします。

追伸①

 藤井恵子さん著の単行本『浅草 老舗旦那のランチ』に登場させていただきました。
 不肖・住吉史彦が、「浅草演芸ホール」の席亭さんや、「音のヨーロー堂」の四代目とランチをしながら、浅草について対談する、という趣向です。

 他にも20人ほどの、浅草の旦那さんたちがリレー対談で形式で登場します。

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 皆様も、是非御参加下さい!

 本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて954日連続更新を達成しました。毎度のご愛読に感謝いたします。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。

 

 

 

 

 

 

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観光写真

 雑誌『ブルータス』741号(2012年10月15日号)に載せていただきました。

 今回の号は「記念写真特集」=記憶に刻む撮影術 がテーマです。で、さまざまな記念写真の種類例えば、

 『家族』『愛する人』『おじいちゃん』

と並んで『観光写真』がありまして、イラストレーターの、みうらじゅんさんと安齋肇さんが東京観光をします。その一部に「ちんや」が入っているのです。なんでも・・

「今回の旅は予算の都合もあり日帰りで東京を回れという。我々の出した要求は・・・

「だったら昼から酒飲ませて」「肉が食べたい」インスタント・テンションにはこれが一番だからだ。」(みうらさん)

という次第で、弊店に見えたようです。

 拝見すると、1ページの四分ノ三ほどが「ちんや」の場面です。そのスペースを使って、御二人のハイ・テンションでラブラブな観光?の模様が紹介されています。

 これほどノッていただけると嬉しいですね。

「歳を重ねると若い頃には思ってもみなかった生への執着がムキ出しとなり、たとえ苛酷な状況でも『楽しまな損』がポリシーに」(安齋さん)

 なるほど。

 だいたい観光に行った先で「いかにも観光に来ました」という感じで振る舞うのは、恥ずかしいものです。でも恥ずかしがっても、誰にも良いことないですね。観光客を受け入れる店の側だって、自分の土地を心から楽しんで貰った方が嬉しいに決まっています。

「そうまでして人は何故、記念に拘るのか?理由は簡単だ。いずれ人は死ぬことを知っているからだ。」(安齋さん)

 生への執着⇒ハイ・テンションな観光 という展開は新鮮で、しかしそれでいて妙に納得できました。

 ㈱マガジンハウス発行。

 追伸①

 藤井恵子さん著の単行本『浅草 老舗旦那のランチ』に登場させていただきました。
 不肖・住吉史彦が、「浅草演芸ホール」の席亭さんや、「音のヨーロー堂」の四代目とランチをしながら、浅草について対談する、という趣向です。

 他にも20人ほどの、浅草の旦那さんたちがリレー対談で形式で登場します。

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追伸②

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 この「計画」では、まず「ちんや」で東北・北関東の牛を食べていただきます。そして食後の飛びっきりの笑顔を撮影させていただきます。

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 皆様も、是非御参加下さい!

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3153

 「UENO3153」が開業しました。

 「ユーイーエヌオー・サンイチゴーサン」と読むわけでは勿論なく、「うえの西郷さん」と読むのだそうです。

 普通に「西郷会館」と言えば良さそうなものを「・・・」ですねえ。どうせなら、もっと歯切れ良く、UEN35とかにして、HKTの後でも追えば、と思ったりしますが、それはさておきまして、場所と事業内容を書いておきますと・・・

 場所は、上野の山の西郷像の直下で、以前レストラン「聚楽台」があった場所です。事業内容は飲食店を中心とした複合商業施設で、「精養軒」さんや「銀座ライオン」さんが入っています。「・・・」なテナントも入っていますが、そのことをここに書くのは止めにして、西郷さんのことを書いてみることにします。

 最近「維新」が流行ってますしね。

 さて「書いてみる」と申しましても、西郷さんについて私が立派な論を書けるわけではありません。

 書けるとしたら、実に分かりにくい人物だった、ということだけです。近代政治史上、最も分かりにくい人かもしれません。

 西郷さんと言えば「維新の酸欠」イヤ「維新の三傑」ですが、西郷さんは結局日本の近代化を推進したかったのか、そうじゃなかったのか、良く分かりません。

 薩長同盟・王政復古・戊辰戦争・江戸開城・廃藩置県といった一連の変革は、全て西郷さんが主導しており、特にこの中で最も革命的な内容の廃藩置県は、西郷さんの強烈な意志の力なしには、とても成し得ない一大事でした。

 参議在任中に、士族から職を奪う「徴兵令」の布告にも賛成していますから、ここまでは近代化路線です。

 しかし、その後西郷さんは「征韓論」という奇妙な政策にとりつかれてしまい、この政策が却下されると下野、ついには、あの無謀な西南戦争を引き起こしてしまいます。

 西南戦争の時の西郷方の戦略は、西郷さんが「反政府」を掲げて決起すれば、全国の不平士族が一斉に蜂起するから、それを引き連れて上京すれば良い。戦略なんてものは無用だ、という戦略でした。無謀な流血を長く続けさせた罪は重いと言えます。

 しかし、西郷さんはとても敬愛された人で、特に戦った経験のある敵方から愛されました。

 『南洲翁遺訓』という西郷さんの教訓録は、戊辰戦争で薩摩藩と激しく戦った、旧庄内藩士たちが、その後西郷さんを敬愛するようになり、直接聞きとった教訓を本にまとめたものです。

 明治天皇も西郷さんが大好きで、西南戦争が始まると陛下は半ノイローゼのような精神状態に成ってしまいます。

 戦争の終盤・城山の戦いでは、新政府方の将軍・山縣有朋が、城山に籠る西郷さんに密書を送っていますが、そこには西郷さんへの敬意が綴られていました。

 こうした話しは美談ですが、分かりにくさ、評価のしづらさに繋がって行きますね。

 そうした話しの最後のオマケが、上野の山の銅像です。

 上野の山は、彰義隊VS新政府の激戦地で、新政府方の先鋒は西郷さんが率いる薩摩兵でした。両者は上野広小路の辺りで激しく衝突したと伝えられています。

 もっとも、この戦いの帰趨を決めたのは佐賀藩が持っていた長射程のアームストロング砲でした。新政府方は、この大砲を本郷台に曳き上げ、不忍池越しに上野に向かって砲撃しました。対する彰義隊は旧式の武装だけでしたから、上野から逃走せざるを得ませんでした。

 この砲撃で上野の多くの文化財が焼失しました。上野の人々は、さぞ残念がっているはず、と思いきや、その戦場に西郷さんの銅像がたてられました。

 銅像がたったのは明治31年。上野戦争から31年、西南戦争から21年しか経過しておらず、実に驚く話しです。さすがに銅像の西郷さんに官服を着せるわけにはいかなかったらしく、着流しの西郷さんに成りましたが、それでも朝敵の銅像を、同じ陛下の在位中にたてるとは驚いた話しです。

 しかし時代は流れて、今や上野と言えば西郷さん、という感じの観光スポット・観光資源です。

 その銅像直下の「3153」を訪れる人々の中で、果たして、どの位の人が西郷さんの分かりにくさを分かっておいでなのでしょうか。

 いや、そういう方向へ客が興味を向けないように、あえて軽い感じで3-1-5-3なのか。

 でも4桁は歯切れ悪いですよね。やっぱり48の方が良いよねえ。

 追伸①

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Filed under: ぼやき部屋,憧れの明治時代 — F.Sumiyoshi 12:01 AM  Comments (0)

千日行

 千手観音とか千日行とか、なぜか仏様は「千」という数字がお好きですね。

 そう書いている私も仏様の不熱心な信徒ですが、そんな私にも「千」という数字が近づいて来ました。

 勿論、このブログのことです。

 平成22年3月1日にスタート以来、翌年3月の大震災にもかかわらず、弊ブログは続いてきました。昨日が950日目、今日が951日目です。

 で、困っています。

 千日を達成した時の、自分の状態の想像が全くつかないのです。ゼンゼン見当つきません。

 困りまして、千日行を達成した人のインタビューを読んでみました。

 奈良県吉野の大峯山で、1999年に千日回峰行を達成した塩沼亮潤大阿闍梨様のインタビューです。この行を達成した人は、明治時代以降わずかに2人だそうです。

 読みまして・・・

「往復48キロ、標高差1300メートル超を毎日歩くのだ。ちなみに正月の箱根駅伝で、最長かつ最難関の山登りの5区でも、距離23.4キロで標高差800メートル超。」

「しかも千日回峰行では、蔵王堂からの4キロは林道だが、それからは登山家も通わぬ獣道。地に脈打つ大木の根を踏み越え、岩をよじのぼり、半歩先は断崖絶壁という道を、白装束がポツンと行く」

「5月の山頂は雪が降ることも珍しくなく、6月になると栄養失調になり、梅雨明けとともに猛暑、そして台風や雷のシーズンが訪れ、その頃は疲れもピークで血尿が出ます。」

「加えて、40度近い高熱が出たこと、下痢が止まらなかったこと、心臓の具合が悪くなったこと、いろいろなアクシデントがありました。しかし、行の間は寺の敷地から出ることは許されませんから、医者に診てもらうことはできず、もちろん行を休むこともできません」

 ひええ。恐れいりました。

 この位極限に挑めば新境地に達するかもしれませんが、快適な事務所でキーボードを敲いている位では、千日続けて⇒それでも何も感じなくて当然ですな。

 私がやれるのは、せいぜい盛大な祝賀会を開くこと位ですかねえ、そう自分が主催者で。

 いやあ、楽しみ。

 それだけは想像がつきます、ひひひひ。

追伸①

 藤井恵子さん著の単行本『浅草 老舗旦那のランチ』に登場させていただきました。
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城下町

 今週末、合羽橋では「合羽橋道具祭り」が開かれています。TV東京「出没!アド街ック天国」の今日放送分では、その紹介があるようです。皆さん、是非お出かけを!さて、

 大垣市の「天近別館ちかざわ」の御主人とはFB友達です。

 「ちかざわ」さんとは旧知でしたが、先日国際観光日本レストラン協会の会合が「ちかざわ」さんであり、その時にFBをやっておいだということが分かりましたので、FBでもつながらせていただきました。

 その後FBを見ていますと、その「ちかざわ」さんが、岩手県にキノコの仕入れに来ました!

と書いておられました。

 UPされていた画像は、しかしキノコではなく前沢牛と岩手短角牛のステーキ。やはり協会の会員である、盛岡のステーキレストランの「和かな」さんに立ち寄られたようでした。

 旨そうな肉でしたが、今回はその件はさておきまして、盛岡のことを書きます。

 さて盛岡は私の母の故郷です。盛岡市内丸の、今は廃業した「河北」という料亭が実家です。それで子供の頃は毎年遊びに行っていました。東京生まれの私にとって、盛岡は半ば故郷のような土地です。

 そうしましたら「ちかざわ」さんも、「私の茶懐石の師も盛岡の方で、20年程前は、毎年ご一緒に里帰りにお邪魔させていただいていました。」とおっしゃいます。

 なんか、つながってる感がありますね。

 その、つながってる感を私なりに解釈してみますと、大垣も盛岡も、歴史のある内陸の城下町という点が共通しています。

 会津若松や米沢に行った時も同じように感じたのですが、なんかとホッとするのです。川が流れていて、土塀があったり、酒蔵があったり、和菓子屋が在ったりする風情が、私は好きです。会津の「末廣酒造」の御主人も、やっぱり城と蔵のある街がいいよね!と言っておいででした。

 それと、もう一つ共通点がありまして、それは江戸時代を通じて安定感のある藩政が布かれていた、という点です。

 会津・松平家は九代、米沢・上杉家は十二代、大垣・戸田家は譜代大名なのに、なぜか転封がなく、大垣で十一代続きました。盛岡の南部家は、鎌倉時代から近代まで同じ家が同じ領地に居続けた、という稀有な例です。

 そうした安定した政治の下に商業・文化が発達⇒風情のある街並が出来上がったものと思います。特に酒と菓子は贅沢品ですから、文化度が高い町で発展しますよね。

 南部藩は寒い土地なので冷害に遭ったり、遠距離参勤交代の負担が重かったりして貧乏だったようですが、それでも近江商人や、大阪の杜氏、甲州の鋳物師を誘致して、それなりに産業振興に取り組んでいました。その歴史が現在まで続き、今でも南部杜氏や南部鉄器と言えば有名です。

 「ちんや」でも南部杜氏の酒を売り、南部鉄器の鍋を使っています。

 街を訪れて、その街の風情が好きになったら、その感覚を根拠に産品を買えば良いのではないか。そうしていれば間違いは起きないような、私はそんな気がしています。

追伸①

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台風縦断

 台風17号が日本列島を縦断しました。東京は直撃ではなく、雨量はさほどではありませんでしたが、夜から暴風圏に入りました。

 こういう場合に悩むのが店の営業です。

 今時はネットで雨雲の画像まで見られますし、交通情報も入りますから、私はそうした情報を見ながら、さらに近隣の御店の様子も見ながら決めています。

 17号はまず高知沖を東へ進んで⇒紀伊半島で本土に上陸⇒伊勢湾を渡って名古屋に近づきました。この間テレビは、ず~っと台風の中継ですから、人々はもう出かける気をなくします。

 朝方の、まだ東京は晴れている時点から、予約はキャンセルされていきました。

 この日は丁度「すき焼き通検定」の試験日で、午後3時半が試験開始時間でしたから、少し心配しましたが、その時間にまだ台風は三重県辺りでしたので、強行させていただきました。試験が終わり、合格者の皆さんに認定証をお渡しした頃には、空が暗くなりましたが、なんとか実施できました。

 さて問題は夜の営業です。

 夜といってもやや早い時間=4時半の予約の方から、キャンセルの電話が入らないので、こちらから電話しますと、せっかく親戚が久しぶりに集まるし、自宅は近いので、7時に食べ終わればなんとか帰れる、ということでした。

 なるほど、そういうことなら決行いたしましょう。お待ちしてます!

ということで、そのお客様プラス「検定」に合格してすぐ合格祝をしたい、という二組の御客様のみで、夜の営業が始まりました。

 店のスタッフは家の遠い方から早帰りさせ、近隣に住んでいる者だけで営業します。

 5時半頃から雨が降り出し、雲の感じも強力な感じになりましたので、近隣の様子を見に出ますと、鰻「川松」の女将さんも、店の外においででした。

 ウチも天麩羅の「葵丸進」さんも6時で終わりにするわ~

と女将さん。

 この辺りで弊店も「早終まい」を決定した次第です。

 店に残っていらした二組の御客様も7時にはお帰りになり、洗い物や清算をし終わって8時。この頃には、かなり風が強くなっていました。台風特有の巻くような風です。

 でもまだ電話応対があるので、9時まではいないといけません。

 ここで再び雨雲画像を見ると、台風はJR中央線に沿って斜めに進んでいる感じで、東京には来なそうです。それで、もう1時間、私独りで電話番をすることにしました。

と申しましても、強風の最中に電話はほとんどかからず、8時50分に帰り支度を始めたら、それを見ていたかのように1本、予約の電話がかかって来ました。有り難いですが酔狂な方です。

 で、9時。ようやく北区いや帰宅させていたたくこととなりました。

 外に出て浅草の街を見まわしますと、外食産業の店だけが光を放っています。彼らの店の電飾は元々ビカビカですが、こういう日に見ると、なおさら異様です。

 スタッフの帰路のこととか、風で何か飛んで来た時のこととか、こういう店の経営者は心配しないんでしょうか?だいたい、それ以前に、この状態で客が来るんだろうか?

と思って観ていると、独りのオタク風男子がラーメン店へ入って行くではありませんか!

 寂しい独り暮らしで、料理も多分作れないんでしょうね。

 そういう寂しい人の寂しいニーズを満たすため、ラーメン店のスタッフは、身の安全も顧みずに働かないといけません。

 残念ですな、ニッポン。

追伸①

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会計の役得

 料飲三田会の幹事会が焼き鶏の「伊勢廣」さんで開催されましたので出席しました。「伊勢廣」さんは会の先輩の御店です。

 と申しますか、私はこの会の会計担当なので、会員の皆さんに配る領収書を用意したり、会費の徴収、御店への支払いと、出席するだけでなく結構忙しいのです。

 料飲三田会の領収書は、アスクルで売っているものではなく、独自に作っています。義塾のシンボル・カラーである、青=赤=青の3色のラインが紙の上下を縁取りしているものを用意して、先輩方に慶んでいただいています。

 会計役は、会合のある時以外も年会費の徴収をしたり、もろもろの経費を払い出したり、総会前には決算をしたりと用事があります。

 正直チョットとした手間ではありますが、そんな会計にも役得があります。

 それは会合の時に下座に座れること、です。毎回会場に一番乗りして、下座の席をとり、後から到着する先輩方から会費を徴収するのです。それで私の席次は毎回下座です。

 それが「役得」なのかって?

 そうなんです!

 なぜって店の御主人と隣席になれるからです。

 店の御主人が会の先輩の場合、御主人は会合の内に出席しつつ、店のスタッフにも色々と指示を出さないといけません。だからたいてい一番下座つまり私の隣に座ります。

 その御主人様と色々お話しが出来て、時にはナイショの話しも聞けるのが役得です。これはかなり有り難いです。

 さて今回「伊勢廣」さんで聞いた話しで、へえ!と思いましたのは、塩の話し。しかも塩の結晶の話しです。なんでも・・・

 「伊勢廣」さんが使う塩は海水を再結晶させた塩で、粒が薄く平たい形をしている塩だそうな。

 平たくない塩つまり立方体の塩を肉全体にかけると塩が強すぎ、かと言って間引いてかけると今度は味がまだらになって良くありません。

 平たい形がちょうど良い塩気になるのです。塩というとミネラル比率の話しに行きがちですが、決勝の形イヤ結晶の形が大事だったんですね。

 そういうタイプの、以前使っていた塩が仕入れられなくなったことがかつてあって、その時が店にとっては大ピンチだったそうです。現在の塩を見つけるのには東奔西走、膨大な時間を費やしたそうです。だいぶご苦労をなさったようでした。

 今は海外から原料の塩を輸入して、さらに国内で独自の仕様に加工して貰っているそうです。大変なことです。

 もう1点素晴らしい、と思ったのは「つくね」の御味です。

 この配合は勿論内緒でネットに書けるわけはありませんが、なんでも・・・

 「色々な部位を、様々な挽き方」で挽き肉にしているそうです。普通の鶏以外の鳥も入っているそうです。

 口に含むと、硬さ、柔らかさ、瑞々しさ、いく種類もの歯応えがあります。食感が面白く、癖になる人も多いとか。このつくねは実に旨いです。

 いやあ、堪能させたいただきました、鶏も御話しも。

 御馳走様でした。

 追伸①

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追伸②

  「日本国復興元年~1千人の笑顔計画」を実行中です。

 この「計画」では、まず「ちんや」で東北・北関東の牛を食べていただきます。そして食後の飛びっきりの笑顔を撮影させていただきます。

 その笑顔画像をこちらのサイトにUPして、北の産地の方に見ていただきます。

 現在の笑顔数は300人です。笑顔数が1千人に達するまで継続してまいります。

 皆様も、是非御参加下さい!

 本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて948日連続更新を達成しました。毎度のご愛読に感謝いたします。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。

 

 

Filed under: 飲食業界交遊録 — F.Sumiyoshi 12:01 AM  Comments (0)

通に成る日

 皆さん、今日は何の日ですか?

 毎年10月15日は「すき焼き通の日」です。

 「すきやきどおりの日」では勿論なく「すきやきつうの日」です。日本記念日協会から認定されていまして、皆さんにすき焼き通に成っていただこう、という日です。

 実は2008年のこの日、向笠千恵子先生の『すき焼き通』(平凡社新書)が刊行されました。当然、お祝いの会をやろう、ということになりまして、本に載っているすき焼き屋さんを始めとした関係者が集合しました。それが、この記念日の由来です。

 会場は光栄なことに弊店「ちんや」でした。

 この集まりは大変盛り上がり、

 楽しかったので、また、やろう!

ということになりました。そういう経緯で、すき焼き店とすき焼き愛好家のグループ「すきや連」が結成されまして、以来4年。例会の回数も既に12回を数えるに至りました。

 しかも嬉しいことに、毎回50人近くの参加者があって大盛況です。

 この日を一つの目印にして、すき焼きの美味しさと楽しさをアピールして行こうと、記念日として日本記念日協会さんに登録した次第です。

 今年のこの日も、「ちんや」ではキャンペーンをします。

 10月13日~10月15日に、「ちんや」または「ちんや亭」にご来店になり、すき焼きをお召し上がりの方の中から、抽選で30名様に、この御本『すき焼き通』を差し上げちゃいます!

 すき焼き1人前につき1回抽選できます。

 外れた方にも粗品を御用意します。

 是非ともご来店&抽選にご参加下さい&当選したら、本を読んですき焼きのことを勉強して下さいね~

追伸①

 藤井恵子さん著の単行本『浅草 老舗旦那のランチ』に登場させていただきました。
 不肖・住吉史彦が、「浅草演芸ホール」の席亭さんや、「音のヨーロー堂」の四代目とランチをしながら、浅草について対談する、という趣向です。

 他にも20人ほどの、浅草の旦那さんたちがリレー対談で形式で登場します。

 是非ご購読を! 平成24年6月3日、小学館発行。
 ご購入はこちらです。 (できればレビューも書いて下さいね!)

追伸②

  「日本国復興元年~1千人の笑顔計画」を実行中です。

 この「計画」では、まず「ちんや」で東北・北関東の牛を食べていただきます。そして食後の飛びっきりの笑顔を撮影させていただきます。

 その笑顔画像をこちらのサイトにUPして、北の産地の方に見ていただきます。

 現在の笑顔数は300人です。笑顔数が1千人に達するまで継続してまいります。

 皆様も、是非御参加下さい!

 本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて947日連続更新を達成しました。毎度のご愛読に感謝いたします。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。

 

Filed under: すきや連,すき焼きフル・トーク — F.Sumiyoshi 12:01 AM  Comments (0)

イシバさんの敗因

 イシバさんが敗北してしまいました。党員投票では過半数を獲ったのに敗北してしまいました。

 イシバさんの敗因を解説した記事が出ていましたね。その敗因とは・・・

 目線がヘンだから。

では勿論なく、「冷たい名刺」を配ったから、だそうです。

 投票直前、各候補は議員会館にある国会議員の事務所を訪ねて、「最後のお願い」をして回るそうですが、このときにイシバさんが配った名刺が敗因なのだそうです。

 アベさんとイシハラさんが手書きのメッセージを添えていたのに、イシバさんだけはメッセージが機械で印字してあったのだそうです。その名刺の画像がネットに公開されています。

 イシハラさんは、

「よろしくお願い致します」となかなか御達筆。週刊誌では「軽すぎる男」とか書かれていましたが、なかなかどうして。流石は作家の息子ですね。

 アベさんは、

「いよいよ投票日となりました。何卒宜しくお願い致します」。「何卒」がなんだか低姿勢です。でも達筆とは言い難いなあ。文字が左右にブレて、タテ系が曲がってるし。ブレナい男だったハズですよねえ。

 で、イシバさんですが、

「最後のお願いにうかがいました。ご後援よろしくお願い致します」とメッセージが印字されているのです。これが不評なのだそうな。

 名刺を受け取った中堅議員は、

「これで投票行動を決めたわけではないが、石破氏の名刺は『少し冷たいな』と感じた。自民党には人情を重んじる人も多いので、この冷たさが『石破嫌い』の一因かもしれない。細かい気配りを積み重ねていれば、決選投票の19票差は逆転していた可能性もある。石破氏はもっと成長できる」

と話したそうです。

 御本人も、

「国会議員票で取れなかったことは私の不徳の致すところが大きい」と反省しているそうです。

 脱派閥の姿勢が「不徳」になるなら、私は「不徳」で結構と思いますけどね。

 それはさておき、人様に何かお願いをする時、名刺に載せるメッセージは手書きの方が良ろしいようです。

 他山の医師イヤ他山の石、ですね。

追伸①

 藤井恵子さん著の単行本『浅草 老舗旦那のランチ』に登場させていただきました。
 不肖・住吉史彦が、「浅草演芸ホール」の席亭さんや、「音のヨーロー堂」の四代目とランチをしながら、浅草について対談する、という趣向です。

 他にも20人ほどの、浅草の旦那さんたちがリレー対談で形式で登場します。

 是非ご購読を! 平成24年6月3日、小学館発行。
 ご購入はこちらです。 (できればレビューも書いて下さいね!)

追伸②

  「日本国復興元年~1千人の笑顔計画」を実行中です。

 この「計画」では、まず「ちんや」で東北・北関東の牛を食べていただきます。そして食後の飛びっきりの笑顔を撮影させていただきます。

 その笑顔画像をこちらのサイトにUPして、北の産地の方に見ていただきます。

 現在の笑顔数は300人です。笑顔数が1千人に達するまで継続してまいります。

 皆様も、是非御参加下さい!

 本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて946日連続更新を達成しました。毎度のご愛読に感謝いたします。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。

 

 

 

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