「伊勢重」さんと「江知勝」さんと「ちんや」
「東京食肉新報」の9/15号に、日本橋小伝馬町の、すき焼き屋「伊勢重(いせじゅう)」さんのことが大きく載っていました。
私も「すきや連」などで良く御一緒する、六代目社長Mさんとご子息の顔写真入りです。Mさんが最近「東京都食肉生活衛生同業組合」(=名前は長ったらしいですが、まあ、肉屋の組合のこと)の専務理事になられたので、そのタイミングでのご紹介、ということでしょう。
その紹介文の中にこうあります・・・
「三代目の福蔵氏は本郷「江知勝」の出、「江知勝」からは浅草「ちんや」にも養子が出ており、親交がある。(後略)」
この部分を解説いたしますと、私の曽祖父は「江知勝」さんから「ちんや」へ来た婿養子でして、その曽祖父の兄弟が「伊勢重」さんへ養子へ行っているのです。つまり「江知勝」さんと「伊勢重」さんと「ちんや」は遠縁ですが、親戚なのです。
そんな親戚で対談したことがあります。
料理雑誌dancyuの今年1月号で「すき焼き劇場」と題した特集記事が組まれましたが、その特集の一部として、「東京老舗の長老たちが、熱く愉快に語り合う」という対談コーナーがありました。
そのコーナーで、ウチの父と「伊勢重」Mさん、「江知勝」の女将さん、親戚ではないですが「今朝」のF会長、それに向笠千恵子先生が対談しました。
その内容は、身内の私が聞くと、
「なんだ、そんな昔のことを基準にして、今と比べてもらっちゃあねえ、困るンだよね!世の中は変わってるんだから。」と思ってしまうような話しが出ていましたが、向笠先生など外の方が聞くと面白いらしく、結構盛り上がっていました。
「食肉新報」には、七代目候補も、親父殿とツーショットで写っていますが、やがて、いつの日か、彼氏と私が「長老対談」することになったりする頃には、今この時代が大昔に感じられるのでしょうね。
もちろん、今はまったく実感わきませんが。
ブログとかツイッターとかは、その頃どうなってるんでしょう。
パソコンで肩が凝らない日は来るんでしょうか。
「昔はパソコンで肩が凝って大変だったんだぞ!」とか自慢して、後進をウンザリさせたいもんです。
本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。
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