平塚良いとこ②
平塚西ロータリークラブさんの、卓話の講師としてお招きいただきました。
平塚の海岸近くにある名店「竹万」の御主人とは、国際観光日本レストラン協会で旧知なのですが、その御主人が今年平塚西RCの会長に成られました。その招集ですので、馳せ参じないわけにはまいりません。
30分以内ですき焼きクイズもやって欲しい、という御要望でしたので、その時間を除くと話すのは20分位ですね。
どんどん行きましょう。
<この話しは昨日から続いていますので、まず昨日の弊ブログをご覧ください。>
次に、後半は手前どもの話しです。
私の祖先が江戸時代から従事してきた狆(ちん)の商いをたたみ、料理屋に衣替えしましたのは明治十三年(1880年)のことでした。それで屋号が「ちんや」なのですが、私は、そこから数えて六代目の当主です。在り難いことに店主が代を重ねるのに合わせ、三世代・四世代・五世代に渡って御利用下さる御客様に恵まれてきました。
その、御利用下さる御客様の舌に馴染んでおりますのは、手前どもの、かなり甘目の割下です。東京下町の人々が好んできた味です。御客様の中には地元で洋食店を経営なさっている方もおいでですが、その御店のビーフシチューは、やはりソースが甘目で、お互いに行き来して食べ合っています。そうした味を「美味しい!」と感じる味覚は、本当に在り難いことに、御客様から、そのお子様へ・お孫さんへと継承され、その家族の中で共有されています。お爺ちゃんが好きなすき焼き屋にお孫さんも一緒に行ける、そして同じ鍋をつつくことが出来る、それこそが、「ちんや」という店の最大の存在意義だと、私は考えています。
浅草には初詣・春のお彼岸・花見・夏祭り・花火大会・秋のお彼岸と、四季の伝統的な行事がありますから、家族揃ってお出かけいただける機会がたくさんあります。そんな折にすき焼きを食べれば、ご家族の思い出・ご家族の歴史を造っていただけると思います。
そのお手伝いをする仕事に、歴代の当主は人生の全てを捧げて来ました。当代の私も全く同じことです。
そう申しますと、御店の味は明治時代と変わらないんですか?!と言われたりします。雑誌やテレビの取材を受けますと、いつもその質問でウンザリします。
彼らは笑顔で、こう↓言って来ます。戦争中に、ご先祖様がタレの甕を持って逃げたとか、そういう面白いエピソードはありませんか?!彼らは「老舗」と言われる店に行く時は、どの店に行っても、この問答で全て済ませているのです。楽なもんです。
いやいや、いやいや、あのですね、すき焼きは現代が一番旨いんですよ!技術も世相も違うのに、味が明治時代と同じなわけはなく、すき焼きが一番旨いのは現代です。本当です。
では、すき焼きが一番旨いのが現代である理由を、少し子難しくなりますが、ご説明します。
その理由は遺伝子レベルで牛を把握しているからです。
なんの遺伝子かと申しますと、例えば、脂肪に関わる遺伝子です。牛の脂には飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸がありますが、牛肉の風味や食感は、この内の不飽和脂肪酸の含有量が多いほど良いことが知られています。オレイン酸に代表される不飽和脂肪酸は融点が低くて良く融(と)ける為、胃モタレすることがなく、またその融けた脂に味や旨み成分が溶(と)け込むので、食べた時に全体の味がマイルドになります。「ちんや」さんの脂は甘いねえ、と良く言われるのは、これです。
ここまでダイジョーブですか?次行きますよ・・・
その不飽和脂肪酸を、牛は体内で、飽和脂肪酸を不飽和脂肪酸に造り換えることで合成していますが、実際その合成にかかわるのは酵素の一種です。
その名を「ステアロイル-CoAデサチュラーゼ(SCD)」と申しますが、まあ、そういう名前は忘れましょう。
さてさて、ここからがスゴい所ですが、牛の遺伝子がどういう型であったら、SCDの働きが強いのか、現代の日本人は既に特定しているのです。なんでも遺伝子の、878番目の塩基の違いによって、酵素の働き具合が違うんだそうですが、まあ、ここも忘れましょう。とにかく、牛に旨い脂が付くのか・不味い脂が付くのか、遺伝子型で分かるのです。
畜産技術研究所という所に行きますと、のどかな牧場ではなくて科捜研みたいな所でして、遺伝子の解析をやっているんです。
これでも明治時代と同じ味ですか?あまり言いたくない話しですが、現代に史上かつてなくマズいすき焼きも実は存在する理由についても、まったく同じ理由で説明がつきます。味を良くする遺伝子ではなく、早く牛が増体する遺伝子や早く霜降りが付く遺伝子も特定されていますから、味を度外視して、そういう価値を追い求めれば、味はどんどんマズくなりますね。
これは、技術の使い方の違いの話しで、いずれにせよ、明治時代と同じ味ではありません。
だいだいですね、話しは多少飛躍しますが、伝統産業が、
昔の仕事のコピーをしてしまってる。
原点をすっかり忘れて時代に迎合し切っている。
その、どちらのケースでも伝統産業は滅びて、その国の個性は失われると思います。報道関係者があの調子では、日本もやがて、世界にいくつも在る停滞した先進国の内の、単なる一個と成り下がりましょう。
トホホですなと思いますが、彼らのことは忘れて、当家歴代のすき焼きの中で、自分の代のすき焼きが一番旨いのだ!と威張れるよう、頑張って行けば良いわけでして、技術は進歩しますから、それをフォローして味に反映させて行けば良いのです。
そうそう力まなくても、自分の代の味に成ります。
そのようにして作った肉の味は、実は、手前どもの望む客層にぴったりマッチしてまいります。ご家族の思い出を作っていただく店ですから、消化力の衰えたお爺ちゃんや小さいお子さんが食べても「胃モタレ」しない肉、それを提供することが、手前どもの絶対の使命です。それで脂融けの良い肉、すなわち不飽和脂肪酸が多い肉が必要で、そういう遺伝子を持った牛を買い求めないといけなんです。
口はばったいですが、すき焼き屋という商いに於きましても、望ましい顧客像・望ましい使われ方と、提供する味が合致していることが大事だと信じます。そこを合致させ続ければ、今は小さくて、お爺ちゃんに手を引かれているお子さん達も、やがて日本の下町の味覚をしっかり覚えてくれることでしょう。日々そう期待しつつ仕事をしています。
そうしてお客様の舌の上に形成される味覚こそが、手前どもの本当の資産です。
関東大震災・太平洋戦争と二度の災難を乗り越えた下町の人間は、本当の資産とは金でも土地でも建物でもないことを自然に知っています。その心を継承し、気持ち良く商いが出来る、そのことを私は幸せに思っております。
そしてまた、そのことを今日皆様にお話しできましたことも、またこの上のない幸せと思っています。
本日このような光栄な機会をお与えくださいましたことにつきまして、関口会長様またご臨席の全ての皆に心より感謝申し上げまして、終わりにしたいと存じます。本日は誠に誠にありがとうございました。
追伸、
一冊丸ごと「すき焼き大全」とも申すべき本が出ました。
タイトルは『日本のごちそう すき焼き』。11月19日平凡社より刊行されました。
この本は、
食文化研究家の向笠千恵子先生が、すき焼きという面白き食べ物について語り尽くした7章と、
全国の、有志のすき焼き店主31人が、自店のすき焼き自慢を3ページずつ書いた部分の二部で構成された本で、
この十年の「すきや連」活動の集大成とも言える本です。私も勿論執筆に加わっています。
是非是非お求めください。
弊店の店頭でも販売しますし、こちらからネットでも購入できます。
是非。
本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて1.741日連続更新を達成しました。
毎度のご愛読に感謝いたします。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。