家宝
うーん、今ではそれが「常識」なんでしょうか。
私的には非常識に見えるんですが、テレビ局のなさったことなので、それが標準的な行動と思われているのでしょう、きっと。
「標準的」とは、「家宝」を持ち上げて拝見することです。
その番組では若くて可愛らしいレポーターさんが、旧家を訪ね、「主人以外は触らない」という家宝を拝見させてもらっていたのですが、自分の目線の高さより上に持ち上げて、家宝の底面に施された細工を鑑賞していました。
家宝は300年ほどが経過していると言います。
危ないじゃないの!
畳に座った状態ではありますが、人間の目線の高さより上ですから、床面から100cmほどの高さです。手元が狂って落下したら重大な事態ですから、貴重な品を拝見する時は、畳すれすれの高さで拝見するべきだと思います。
人間の方が態勢を変えて身をよじり、品物を低い位置に保持したまま鑑賞するべきなのです。
そう言えば、最近弊店に撮影に見えるテレビの方が、器を机の上で引き摺って動かします。撮影するのに位置を調整したくて、そうするのですが、器の底も、机もいたみますよねえ。
弊店の器は家宝と言うほどのものではなく、注意して下手に御機嫌を損ねて→放映時間が短くなってはつまりません。
それに、毎回そういう次第なので、こちらも根負けして、注意するということをしなくなってしまいました。局の人は、どこの取材先でもそういう待遇を受けるので、学ぶということが出来にくくなっているのだろうと想像します。
それにしても300年の家宝を持ち上げるとは。
現場には、デイレクターさん、ADさん、カメラさん、音声さん、メイクさんと何人もの人がいた筈ですが、誰も止めなかったんでしょうか。
また編集作業中にもプロデユ―サーさん以下何人かが視た筈ですが、問題だと思わなかったんでしょうか。
テレビ局のなさったことなので、それが標準的な行動と思われているのでしょうね、きっと。
世も末ですな。
南無観世音菩薩。
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株式会社晶文社 刊行
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