幻の楽器

ヴィオラ・アルタ奏者の平野真敏さんのコンサートがあったので、聞いてきました。

平野さんと私は「台東区アートアドバイザー」として一緒に活動させていただいているので旧知なのですが、実は平野さんは世界中でも大変数少ない、ヴィオラ・アルタの独奏者なのです。

19世紀後半から第二次大戦までドイツ語圏で使われていて、今は廃れてしまった、特殊なヴィオラの演奏家です。

え? 「特殊なヴィオラ」以前にヴィオラの説明をしろよ って?

ああ、そうでした。ここは食べ物ブログでしたからねえ。イキナリ「特殊なヴィオラ」じゃ不親切ですな。失礼しました。

ええーっと、ヴィオラはヴァイオリンより5度低く、チェロより1オクターヴ高い音を出す楽器―つまりヴァイオリンとチェロの中間の楽器です。パッと見は、ほとんどヴァイオリンと変わりませんが、並べてみると、少し大きいです。

で、ここで重要なのが「少し大きい」の「少し」の度合いなのです。

音響的には大きいサイズの方が良く響くのですが、大きすぎると演奏が困難になるため、演奏者は自分の体格との兼ね合いで楽器を選ぶわけです。

そんなヴィオラの中でも、ヴィオラ・アルタは特に大きいのです。通常のヴィオラより6cm程長いとか。

大きいのに顎にはさんで演奏するので、当然演奏しにくく、

「当オーケストラではヴィオラ・アルタの採用をしていません。その楽器は体を害する恐れがあります」と表明しているオーケストラすら在るそうです。

そのヴィオラ・アルタが19世紀後半から第二次大戦までは、ドイツ語圏で盛んに使われていました。

使われたのは、かのリヒャルト・ワーグナーが愛したからです。

ワーグナーは普通のヴィオラの、鼻にかかったような音・渋めの音をかねて気にいっておらず、透明感のある音を望んでいました。その方が人間の声や管楽器の音と融け合うからですね。

実際、平野さんがヴィオラ・アルタで、滝廉太郎の歌曲などをひくのを聴いていると、本当に人間が歌っているように聞こえることがあります。

そういうヴィオラ=ヴィオラ・アルタを、やはりドイツのヘルマン・リッター教授(1849‐1926)が開発したので、ワーグナーは早速採用し、それでドイツ語圏で使われるようになったそうです。

しかし、後に結局、使われなくなりました。

演奏しにくいことは勿論、ナチスがワーグナーの音楽を盛んに利用したことも、戦後この楽器にとっては不利に作用したようです。

さてさて、この楽器に平野さんは、行きつけの渋谷の楽器店で偶然出会いました。

当時店の人も良く分かっておらず、ヴィオラより大きくて、チェロより小さい、ドイツの「なんとか博士」が作った「ヴィオラ・なんとか」と説明されたそうです。

この日から、酔狂な平野さんの、ヴィオラ・アルタを探る旅が始まります。

当初は遅々として進まない調査だったそうですが、オーストリアの、世界でただ一人の、この楽器の独奏者と知り合ったことで大きく前進したそうです。

で、平野さんが二人めの奏者に。

その調査の顛末を描いた御本『幻の楽器 ヴィオラ・アルタ物語』が昨年集英社新書より刊行され、今回のコンサートは、それを記念したものでした。

誠におめでとうございました。

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毎度のご愛読に感謝いたします。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。

 

 

 

Filed under: 憧れの明治時代 — F.Sumiyoshi 12:00 AM