技能向上全国大会

 10/19に第30回日本料理技能向上全国大会が「アルカデイア市ヶ谷」(旧の私学会館)で開催されました。「ちんや」の和食調理長の吉田も出品したので見てきました。

 料理業界以外の方は、料理のコンクールってどうやるんだろう、審査員は何十人前もの料理を食べらるんだろうか、どういうキッチンを使うんだろう、と不思議に思っておいででしょう。

 そこで、お教えします。

 このコンクールは、料理を食べない・・・んです。見るだけです。

 だから、いきおいデコレーション合戦・小細工合戦になります。

 そのための各出品者の苦心は大変なものです。朝10時30分からの展示に間にあわせるため、前夜は徹夜で細工してきた人がほとんどでしょう。ご苦労なことです。

 ウチの板長も全8品、細かいアイテムも数えれば20点以上を作って出品しました。肉づくしの献立で、もちろん「ちんや」の肉を使っているのですが、食べられません。肉の部位ごとに、焼き物にしたり揚げ物にしたりと工夫していますが、しかし、やはり食べられません。

 展示終了間際の午後には、乾いてきてザンネンな状態になっていきますので、もうムリで食べられません。

 うーん、どうなんだろう、この方式!

と毎年思いますが、他に妙案があるわけでも無し、展示されていた肉が本当においしいかは、「ちんや」へご来店いただくより他ありません。

 よろしくお願い申し上げます。

 本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。

  「ちんや」創業130年記念サイトは、こちらです。「すき焼き思い出ストーリー」の投稿を募集しています。

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茨城の日本酒をたのしむ会

 10/15に、国際観光日本レストラン協会で御一緒する、つくば市のⅠさんが、茨城の日本酒をたのしむ会を開催されたので、お邪魔をさせていただきました。

 Ⅰさんが経営されているのは「ホテルグランド東雲」と言って、つくば市の帝国ホテルとも言うべき、大変立派な施設です。

 茨城の蔵元3社の人も見えるとかで、直に御酒の説明も聞けるようだし、説明を聞いた後は気楽に飲んで食っていれば、それで良いわけだし、それに、つくばエクスプレスに乗ると、浅草からつくば市までは、39分しかかからないし、参加しない手はないな、と思って向かいましたところ、着いてすぐ、慌ててしまいました。

 Ⅰさんが、乾杯の発声をやって欲しいとおっしゃるのです。

 浅草からやって来て、たしかに珍しいかもしれないけれど、どうも参加している方は、地元の名士らしき方ばかりで、筑波山神社の宮司さんも見えているというし、どうも自分が乾杯じゃあ役者不足じゃないの、と思いました。

 でも時間がもう開宴直前だから、今断ったら他の人に頼むのが大変だろうなあ、弱ったなあ、と思っている内に、会は始まり、Ⅰさんの挨拶、蔵元3社の挨拶が終わってしまい、壇上に立たされました。

 皆さんの挨拶を聞きながら、ここは一つ冗談を言いたいけど、何かネタはないかなあ、と思いつつ出番を待っていました。そうしますと、Ⅰさんが、前回の「たのしむ会」は美人女社長の蔵元3社で、今回は「イケメン蔵元」3社だと紹介していました。

 この発言は実は冗談で(スミマセン!蔵元の皆さん)、今回は全国新酒鑑評会で金賞を獲った3社なのですが、これを急遽冗談のネタにすることにしました。マイクを持ち、

 「大先輩・大先達の皆様を差し置き、高い所に上がりまして恐縮ですが、今日は「イケメンぞろいの会」だそうですので、発声の御役は私がまさに適任であります。どうぞ、僭越を御勘弁願います!」

と申しましたら、2割くらいの方に笑っていただきました。

 いいんです、全員にウケなくても。その場を楽しくしたい、というこちらの思いが伝われば良いわけで、その意味では、無事任務を果たせたのかな、と思っています。

 宴会が始まると、浅草のすき焼き屋はそんなに珍しいのか、地元の名士の方々が次々にやって来て、名刺交換。もちろん、それだけで済むハズもなく、酌をされるので、かなりの量をいただきました。

 「グランド東雲」さんの御料理は、とても工夫のある、結構なものでしたが、そういう次第で、途中から記憶が・・・曖昧・・・です。

 Ⅰさん、板長、スミマセン。

  なお今回参加されていた蔵元さんは、下記の3社です。

 月の井酒造店さん(大洗町)、愛友酒造さん(潮来市)、木内酒造さん(那珂市)

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大阪会議

 10/14に国際観光日本レストラン協会のセミナーと食事会が大阪・北浜の「花外楼(かがいろう)」さんでありましたので、出席しました。

 「花外楼」のご主人Tさんが協会の関西支部長で、今回のセミナーと食事をとり仕切られました。全国屈指の格式ある料亭さんでの開催なので、大勢の方が見えていて盛況でした。

 「花外楼」さんと言えば、明治8年の「大阪会議」の会場であったことで有名です。「花外楼」という屋号も、その時に元勲・木戸孝允からもらったそうです。御店のロビーに孝允の揮毫が掲げられていて歴史を感じさせます。

 昨今NHKでは坂本龍馬をやっていて、また某総理大臣が高杉晋作を目指しているそうで、明治時代にフォーカスが当たっているようですが、フォーカスが当たっているのは、明治維新と言っても幕末であって明治元年以降ではないような気がします。

 筋書きに酔うあまり、倒幕・王政復古=ハッピーエンドと思っていただくと大間違いで、その後にこそ本当の苦心の時代があった、と言えると思います。

 おや、住吉、随分偉そうに語るじゃないかって?

 そりゃ、私は明治時代を生業にしているので、それなりに詳しいのです。以下、上から目線で、「大阪会議で有名」の「大阪会議」について、語らせてもらいます。東西東西!

 倒幕・王政復古によって、新政府が成立しますが、明治10年に西南戦争に勝つまで、その威権は確立せず、政情不安が続きました。

 明治6年の征韓論の問題で、薩摩の西郷隆盛、土佐の板垣退助、肥前の江藤新平が下野し、さらに7年の台湾征討問題で、木戸孝允まで辞職してしまい、新政府は窮地に陥ります。

 この時政府に残っていた実力者は、公卿の三条実美・岩倉具視と薩摩の大久保利通くらいで、しかも薩摩派の多くの人材が征韓論問題の時に西郷に従って下野してしまっていますから、随分心細い状態です。

 後に元老とよばれる伊藤博文らは居ましたが、まだ若く中堅レベルで、新政府を背負って立つ状況ではありません。

 内乱や暗殺事件も頻発する状態になってしまったので、大久保・伊藤らは、木戸・板垣をなんとしても政府に復帰させようと考えました。そして復帰を口説く場所として、「花外楼」さんを選びました。それが「大阪会議」です。

 接待付きの会議とイメージしていただくと近いかもしれません、あくまでイメージですが。

 結局、木戸・板垣が復帰を承諾したのは、大久保が自説を相当曲げて、木戸・板垣の政見を採り入れたからですが、「花外楼」さんの御料理でご機嫌を良くしたのも、もう一つの理由でしょう。

 これにより新政府は体制を建て直し、その後の内乱を乗り切ります。これほど歴史に貢献した料理は、あまり無いかもしれませんね。

 今回私たちも135年遅れて、その御料理のご相伴にあずかりました。激動の時代を乗り切るための気合が入ったことは申すまでもありません。

 これからリアルに私に会う方は、その御料理のパワーにお気づきになることでしょう。ひひひひ。

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Mottai-naiネギ頭スープ=賄いにオススメです。

 雑誌社の方などから「ちんや」さんの賄い飯を取材させて下さい!」とたまに言われます。

 肉のコマ切れなどを利用して美味いものを作っているのだろう、と想像なさっているのだと思いますが・・・

 お生憎様です。肉は、全て余すところなく、販売用に活用しております。売ってしまうのです。

 そう申しあげると、雑誌の方、やたらと残念そうですが、それが実態です。でもネギなら賄いに活用しております。

 すき焼きにネギは付き物ですが、そのネギの頭(青い部分)が余ってしまうのです。

 以前は、この部分を近所の中華料理屋さんが引き取って、使ってくれていたので、ムダにしなかったのですが、3年ほど前にその御店が無くなってしまい、それ以降は捨てるようになってしまいました。

 Mottai-nai!

 と、いうわけで、和食の板長の吉田が、このネギ頭を使った、賄いメニューを考案しました。題して、

 「長ネギだらけスープ」

 ネーミングはイマイチですが、体に良いですよ。特に、冬場の風邪対策に最高です。店の中で風邪が流行ると大変ですので、このスープは重宝しています。

 レシピを以下に公開します。

<長ネギだらけスープ>

(材料)

長ネギの頭(青い部分) 35本

長ネギ(全体)       1本 

かつお出汁 3600cc

塩     適量

醤油    適量

黒胡椒   少々

サラダ油  360cc

(下ごしらえ)

A=長ネギ2/3本を、1cm位の小口切りにする。

B=長ネギ1/3本を、みじん切りにする。

C(ネギ油)=長ネギの頭5本をみじん切りにして、サラダ油360ccに入れ、弱火でキツネ色になるくらいまで揚げ、裏ごしする。

 (作り方)

①  長ネギの頭30本をキレイに洗い、良く拭いてから、250℃位のオーブンで、15〜20分、焼き色がつく程度まで焼く。

②  かつお出汁に①を入れ、中火で20分位煮て、ネギの旨味を出す。

  火を止め、裏ごしする。

③②を火にかけ、Aを入れ、塩・醤油で味を整える。

 さらに、Bと、Cを36ccを入れ、火を止める。最後に黒胡椒を入れて完成。

(ネギ油の残りは、保存しておいて次回のスープ作りに使用する。)

 冬場の夜食にも最高ですよ。おススメしておきます。

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菊酒

 10月15日〜11月15日、美しい菊の花が浅草寺境内を彩ります。浅草恒例行事の一つ、「浅草菊花展」が開催されるのです。

 特設会場には盆養、大作、懸崖盆栽等約1000点が展示されて、壮観です。菊で全国的に有名な福島県二本松市からの作品も特別出品されます。

 これに連動して、展示の期間のご昼食時(15時半まで)に、「ちんや」お座敷に御来店の方皆様に、菊酒一杯をサービスさせていただきます。(11/3と11/7は超繁忙日につき、悪しからず、サービスをお休みさせていただきます。)

 菊酒は、日本酒に菊の花びらを入れるもので、本来「重陽の節句(9/9)」の風物ですが、「重陽の節句」を祝う習慣自体が、今では廃れてしまいましたので、「菊花展」に連動する、という形で復活させていただきました。

 この時期は「津軽びいどろ」の、茶色の冷酒グラスを使っていますが、黄色の花びらが映えてキレイです。

 展示の期間の、ご昼食時(15時半まで)だけのサービスですが、お試し下さい。

 なお「浅草菊花展」の主催・問い合わせは浅草観光連盟さん(03-3844-1221)です。

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若手経営者サポートセミナー③

 10/12に「台東区若手経営者サポートセミナー」の第3講を受講しました。

 このセミナーは全10回シリーズで、来年の2月まで連続して、いろいろなテーマの講義があります。テーマはいろいろでも、講師は10回同じで、人気の二条彪(にじょう・たけし)先生が務めます。

 このセミナーは、今回が6期目(=六年目)で、私は最初の年から受講していますから、同じ内容の話しを6度聞いたことになります。こちらが成長してないので、6年たっても毎回耳が痛いのですが、今回は急に褒められてしまい、嬉しくなってしまいました。

 「ちんや」が創業130年なので、9/17に記念サイト(http://www.sukiomo.com/)をオープンさせたのですが、二条先生がそれを見て下さって、その作り方が大変良い、と皆さんの前で褒め下さいました。

 このサイトのコンセプトは「心に残る思い出を!」です。「ちんや」は、単にすき焼きを売るのでなく、お客様の思い出に残る食事をしていただく=つまり「思い出を売る店」で在りたいと考えて、そのことを表現するサイトづくりに取り組みました。

 やはり二条ゼミ門下の㈱IMC・I社長と相談して、ビジュアル面での表現や、企画面も工夫しました。企画というのは、一般の方に「今あなたの思い出の中に生きている、世界に一つだけの、すき焼きストーリー」を投稿していただくコーナーのことです。

 実は第3講は、マーケテイングの講義だったのですが、マーケテイングのお手本として、単にすき焼きを売るのでなく、「思い出を売る」という点を評価していただきました。

 マーケテイングでは、「コアバリュー」「ベネフィット」「スペック」といった言葉を学習しますが、この中で「ベネフィット」が、しっかりお客様に伝わらないと、商品が売れません。

 「ベネフィット」=「心に残る思い出」

 「スペック」=安心、うまい、もたれない、「ちんや」の御肉

 という作り方がマーケテイング的に好ましい、というわけです。「これはズバリですよね!皆さんも是非見てください。」とまで言っていただきました。

 もっとも、投稿の特典は食事券とかでなく、もっと夢のあるものにしたら、というアドバイスをいただきました。たしかに食事券プレゼントではリアル過ぎたかもしれませんね。そこは反省点ですが、全体的には、良かったようです。

 どうです? うらやましいでしょう? この場を借りて自慢させていただきます。ひひひひ。

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すき焼き通の日

 毎年10月15日は「すき焼き通の日」です。

   「そんなの聞いてないよ!」と言ってもダメです。日本記念日協会に正式に認定されている記念日なのです。

 それと「すきやきどおりの日」じゃあ、ありませんよ。そんな道路はないですね。「すきやきつうの日」です。

 では、なんで毎年10月15日が「すき焼き通の日」なのか、ですが、それをご説明するには、平成17年に話しを遡らせないといけません。

 その当時、すき焼きについてまとまった本がないことを残念に思っていた私が、どなたか高名な方が、すき焼きのことを書いて下さらないかなあ、と思っていたところ、それを聞いて書いて下さったのが向笠千恵子先生でした。

 最初発表されたのは、雑誌の連載『すき焼き ものがたり』で、その連載は、月刊「百味」誌上にて、平成18年3月から20年4月まで掲載されました。

   この連載がその後、加筆・修整されて、平凡社新書『すき焼き通』としてまとめられました。それが、平成20年10月15日のことです。

 そしてさらに、その日この御本の、出版のお祝いの会を私の店「ちんや」で開いたことが、「すき焼き通の日」正式認定につながり、またすき焼き屋とすき焼き愛好家のグループ「すきや連」の発足へとつながっていきます。

  このお祝いの会の時、初めて全国からすき焼き屋さんが集結し、せっかく面識が出来たのだから、1回コッキリで終わらせるのはモッタイない。「すき焼きを味わいながら、日本の食文化を語り合う会をつくりたい」との話しが期せずして盛り上がり、「すきや連」が発足しました。

  その後「すきや連」の活動は順調以上で、例会を、21年2月に新橋

「今朝」さんで、7月に「浅草今半」さんで、10月に湯島「江知勝」さんで、22年3月には横浜の「太田なわのれん」さんで、22年7月には「ちんや」へ戻って「日本短角牛の、すき焼きを食す会」という具合に続けて開催してきました。

 毎回50人くらいの方が参加され、定員オーバーでキャンセル待ちが出るくらいの勢いでした。

  以上が「すき焼き通の日」と「すきや連」の由来で、こうした活動のために、私はこの五年間を過ごしてきました。あっ、と言う間に過ぎたような気がします。

   世は不景気ですが、こうした活動で、すき焼き業界に少しでも良いことがあれば、と思います。

  この次は、本当に「すき焼きどおり」を作るのもいいかもしれませんね。

 本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。

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*日本記念日協会のホームページはこちらです。

牛の宮廷

 私が「すきや連」や「料飲三田会」でお世話になっている大先輩で、「銀座4丁目スエヒロ」社長の、Uさんから新聞記事のコピーが送られてきました。読んで勉強せい、ということなので急いで拝見しました。

 朝日新聞10/8号の、科学面のコピーなのでしょうか、「いきものがたりー霜降り偏重で多様性低下、ウシ 同じ親で似る遺伝子」という、結構分量のある記事です。この記事の中に、Uさんが長年に渡り力を入れて販売してきた「熊本あか牛」のことが載っていました。

 「熊本あか牛」は、肉に霜降りが入らないので、Uさんが手がけはじめた頃は、価値の低いウシとみなされて、御苦労があったようですが、近年ではファンが増えてきました。はじめ理解されないものでも、信念をもって、継続して取り扱う先輩の姿には頭が下がります。

 さて、この記事で、もう一つ私が気になったのは、「多様性低下」についてです。この件は業界外の方にも知っていただいた方が良いと思うので、ここに書いてみたいと思います。

 最近「生物の多様性低下」とかいう言葉を目にしますが、この記事で言っているのは、牛の、しかも黒毛和牛の中での、「多様性低下」のことです。今、畜産の業界で言われていることは・・・

・脂肪交雑能力の高い一部の種牛に利用が集中していることから、近交係数の上昇による生産性の低下が危惧される状況にある。

・これまで黒毛和種の集団を構成してきた多数の系統が既に衰退し、遺伝的多様性の消失が懸念される状況となっている。

・遺伝的多様性を維持して近交退化による集団の衰退を防がなくてはならない。

・形質の改良と多様性の維持を目指した選抜を行い、また 地域に付属する貴重な優良和牛の系統の再構築に係る調査及び分析を行う必要がある。

 なんのこっちゃ、という方のために平たく説明しますと、今、黒毛和牛は、昔のお公卿さんのような状態になりかかっているのです。

 ブランド化のため、優秀な(=つまり高く売れる)牛ばかりを選抜して育て、逆に優秀でない牛の飼育は止めてきた結果、180万頭いる黒毛和牛の、遺伝子系統がなんとわずか30〜40系統に狭まってきているそうなのです。

 記事によると、2000年に日本全国で登録されたメス牛64.000頭の内16.000頭が、ある有名な種牛の子孫、ということがあったそうです。種牛というのは、宮崎の口蹄疫問題の時にも注目されましたが、選抜に選抜を重ね、さらに選抜したエリート牛のことです。

 そういう牛ばかりを日本中で育ててきた結果、四人に一人が親戚、という状態になってしまいました。当然近親交配が進行しています。

 お公卿さんと一部の大名家が近親婚を繰り返した結果、江戸時代末期には、遺伝的に問題のある殿様が次々に生まれてしまったそうですが、現代の、牛の宮廷もマズいことになりかかっているそうです。

 明治維新をおこさないといけません。

 「ちんや」はブランド牛ばかりでなく、地方の、例えば島育ちの牛などを買うようにしています。そういう牛は競りに出てくる絶対数が少ないのが問題ですが、気にかけていきたいと思っています。 

 それにしても牛の買い方も、ややこしくなったもんです。牛を買うのに、

 旧来ノ陋習ヲ破リ、天地ノ公道ニ基ヅクベシ、とはねえ。

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会食の常識

  『接待以前の会食の常識 』

―社会人必読!ビジネスで株を上げる宴席のマナーと知って得するマル秘心得帳。(講談社の実用BOOK)

という御本を購入しました。著者は小倉朋子さんという方です。

 先月の、浅草料理飲食業組合の役員会で「どうも最近食育が必要な大人が多いよなあ」と話題になり、私自身もそう思うことがありましたので、ネットで、そういう方面の参考書を探していたら、この著者が見つかったのです。

 著者は、食文化と食事作法主体の食の総合教室「食輝塾」を主宰されているとかで、結構なことと思います。またこの御本も、「会食の常識」をビジュアルにまとめていて便利な御本と思いました。

  2007年発行なので、新刊本ではありませんが、購入してみました。

 拝見しますと、「すき焼き」の項目もあります。

 最初に、すき焼きの起源や、関東風・関西風の違いについても説明されていて「大人の食育」になりますね。「名古屋は関西風」と付け加えれば、さらに良かったでしょう。

 で、「すき焼きの、会食の常識」ですが、

「すき焼きは、素材ごとにまとめて鍋に入れるので、場所を崩さないように・・・」

 ほう、それは是非、そうしていただきたいです。

「じか箸はしないこと。」

「一度さわった具をやめて他のものを取ったりするのはもちろんルール違反。迷い箸にならないように気をつけよう。」

 この辺りは、子供の食育ですね。「ちんや」が作ったお子様パンフにも載せてあります。

「小鉢に取ったら、そのまま食べないこと。いったんテーブルに置いてから新たに持ち直して食べるのが基本のマナー」

 たしかに、その方が動作がキレイですね。

「シラタキは、そばやうどんにあらず。絶対にすすり上げないこと。」

 ははは、それはそうです。皆さん、よろしくお願いします。

 一方、うーん、という感じの記述も。

「野菜は肉で巻いて食べると一口で入りやすい」

 うーん、サンチュみたいですねえ・・・

「おおよそ食べ終わったら、煮詰まった鍋にご飯を入れておじやにするのが定番。」

 うーん、そ、それは・・・辛くないですか。

 鍋下(=鍋の底に煮詰まって残った汁のこと)を出汁か何かで割れば、おじやが出来なくもないですが、私はあまり見かけません。

 浅草の「米久」さんは、鍋下を残さず食べるよう、お客さんに勧めていますが、その方法は、スプーンで少量を取り出して、白飯に載せるやり方です。

 桜鍋の「中江」さんも、鍋下を残さず活用しますが、まず鍋下に新しい割り下を追加し、そこにタマゴを入れることで味をマイルドにします。そして、それをスプーンで取り出して、白飯に載せます。

 ブログ読者の方で、著者のお知り合いがいらっしゃいましたら、「煮詰まった鍋にご飯を入れておじや」の方法を、くわしく聞いて、私に是非お知らせ下さい。

 ホームページ(http://totalfood.jp/)を拝見しますと、才色兼備の方のようですしね!

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昭和は遠くなりにけり

 2010年版「台東区手作り工房マップ」が出来上がり、台東区役所産業振興課の方が持ってきて下さいました。

 台東区役所では、区内のモノづくりの職人さんの手で、ひとつひとつ丁寧に作られる製品の良さを感じ取っていただくために、作業風景の見学や、モノづくり体験ができる店を「アトリエ店舗」と名付け、そのリストを地図入りの冊子にして紹介しています。それが「台東区手作り工房マップ」です。

 「ちんや」も、「アトリエ店舗」の趣旨に賛同して、参加しています。

 食品の現場は、衛生管理がキビシいので、一般の方に見学や体験をしていただくのは、簡単ではありません。

 しかし現場をお見せすることは、食の「安心」「信頼」につながっていきますし、また将来の業界を担う人材を育てるためにも、現場をお見せすることが重要と考えまして、保健所さんとも相談の上、「アトリエ店舗」に参加しています。

 そんなおり宮城県の中学校から、生徒さんのモノづくり体験の申込みがありました。

 「ちんや」での「体験」では、まず生徒さんの健康状態を点検した上、白衣・制帽・長靴を着込んでいただき、本当に、肉のスライスや盛り付けをしていただきます。そして、その盛り付けた皿を、お座敷に運んで、食べていただきます。2時間くらいかかります。

 生徒さんに、衛生状態を保つことの困難さ・責任を、身をもって知っていただくのも、悪いことではありません。有益な修学旅行になれば、こちらも幸せです。

 それにしても、今時の修学旅行は充実しています。

 我々の頃はと言うと、昼間は普通に観光地巡りでしたが、その観光の最中も、子供の心はここにあらず・・・

 「モノづくり体験」ならぬ、「夜中の悪さ体験」の話しでもちきりでした。中学生時代の自分が、モノづくり体験なんて想像もつきませんね。

 より悪いことをした子がヒーローになれる・・・昭和は遠くなりにけり、ですね。

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*「アトリエ店舗」のリストは、こちらでもご覧になれます。

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