リマーケテイング

お報せとお詫びです。

ただ今「リマーケテイング」を実施しております。

何の「リマーケテイング」かと申しますと、すき焼き思い出ストーリーの投稿を呼びかける「リマーケテイング」です。

毎日ご案内しております通り、すき焼き思い出ストーリーの投稿を募集しています。

すき焼きは文明開化の昔から、日本人の思い出の中に生きてきた料理です。でも残念ながら、その思い出話しをまとめて保存したことはなかったように思います。

ご投稿くださったものは、「ちんや」創業135周年を記念して本に纏め、今後店の歴史の資料として、すき焼き文化の資料として、末永く保存させていただきます。どうぞ、世界に一つだけの、すき焼きストーリーを是非、私に教えて下さい。

投稿〆切は9月末日です・・・

という風に募集中なのですが、その際に困りますのは、一回「思い出ストーリー」のサイトを視た方が、それだけで満足してしまって、もう一回戻って来て下さらないことです。

思い出ストーリーの投稿ねえ。アタシ、ちょっといい話しを持ってるんだけど、作文とか時間が無いわ。でもそれが本に成るんなら悪くはないわね。ああ、でも息子がもう帰って来た!パソコンは終わりにしなきゃ・・・

という具合に戻って来て下さらないと、投稿が集まらないのですが、今の時代はそういう人を戻って来させることが出来るのです。

一回このページを視たユーザーさんに「追っかけ広告」が出せるのです。

弊社がIMC社さんを通じてとっている広告枠に、その「思い出ストーリー」を一回視た人が入って来た場合に、募集広告を見せることが出来るのです。

少し恐ろしい感じすらしますが、出来るのです。

私自身も、居酒屋のワ♡ミさんが食中毒脂肪事件を起こした後に、いや、食中毒死亡事件を起こした後にワ♡ミさんの謝罪広告を開けて読んだら、ワ♡ミさんに関心が在るとみなされて、その後しばらくの間何度も何度もワ♡ミさんの広告を視させられるハメになりました。もちろん逆効果ですが。

理屈はそれと同じです。

ウチに関心が在りそうだとみなした人に何回も「追っかけ広告」を出来るのです。

つきましては、同じ広告を何度も何度も視させられている方もおいでと存じます。ご迷惑とは存じますが。お赦しいただきたく、お願い申し上げます。

 

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて1.960日連続更新を達成しました。

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昭和の浅草・平成の浅草

大学時代の部活のOB会報誌が私にインタビューしたいと言います。在り難くお請けしましたら、

昭和の浅草と平成の浅草の違いはどこか?

という御質問がありました。

うーん、難しいですね。

この質問に答えるには、

まず、昭和・平成以前に、変わった点と変わらない点があることを考えないといけません。

そして、その変わった点について、いつ、どういう理由で変わったのか、を考えるのが良いと思います。

そんなに簡単ではないんです。

さて、まず最近目立つのはインバウンドの観光客ですが、

私が最初に彼らに気づいたのは2002年(平成14年)。 FIFAワールドカップ日韓大会を応援するため来日したサポーターたちが、浅草の「ホッピー通り」(正しくは「公園本通り」)に飲みにやって来た時でした。

それ以前日本に観光に来る外国人と言えば、たいていインテリで、歌舞伎や茶器を観に来るような人達でしたから、「ホッピー通り」なんてあり得なかったのですが、ここで大きく雰囲気が変わりました。日本人もあまり行かなかった「ホッピー通り」が急に賑わい始めました。

2007年(平成19年)「観光立国推進基本法」が施行されて、インバウンド誘致は国是に成りましたが、すぐに大勢のインバウンド客が来るようにはなりませんでした。円高だったからです。

今のように大勢の観光客が入り込むようになったのは、やはり「アベノミクス」による円安が主な原因だと私はみています。2012年のスカイツリー開業は追い風になりましたが、やはり円安です。

円安は、インバウンド観光客の質と量に変化をもたらしました。

歌舞伎座からホッピー通りへ。

個人旅行から団体旅行へです。

このような変化が目立ちはしますが、これを平成の浅草の一大特徴と言い切って良いか、それは未だ分からないと私は思います。期間的にそう長くないですし、円安が解消すれば様子も変わるかもしれませんからね。

次に、こうした変化が浅草にどのように作用したか、です。浅草は大きく変わったのでしょうか。

たしかにインバウンド消費を当て込んだような、雨後の筍的な店が出来ているのは事実ですが、彼らが浅草の屋台骨に影響を与えているでしょうか、

私は今のところ、そこまでではないと看ています。

それよりも私は日本人自身の変化の方が気になります。

例えば、歩き食い。

食べ物ではあるのですが、

飲食店のように、席と箸を用意された所で食べるのではない、しかし、

家まで持ち帰れるような、しっかりした包装をされているわけでもない物。

つまり歩き食いするしか食べる方法がない食べ物が浅草でたくさん売られるようになりました。

歩き食いのようなマナーに反する行為を恥ずかしがる日本人が減ったからです。

今インバウンド外国人がそれをまねて楽しんでします。郷に入っては郷に従えですからね。

油でベトベトになった手で商品を触られてしまう仲見世の人達は日々イライラを募らせていますが、外人さんのせいじゃないと思いますよ。元はと言えば日本人が悪いんです。

この意識の変化は確実に街を変えると思います。

客席が要らないんですから、安く売ることが出来て「歩き食い店」は有利です。

飲食店から「歩き食い店」へ。

気分は悪いですが、業態が確実に変わって行くでしょう。

ウチも「歩き食いスキヤキ」を開発しないとなあ。

追伸

すき焼き思い出ストーリーの投稿を募集しています。

すき焼きは文明開化の昔から、日本人の思い出の中に生きてきた料理です。でも残念ながら、その思い出話しをまとめて保存したことはなかったように思います。

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どうぞ、世界に一つだけの、すき焼きストーリーを是非、私に教えて下さい。

投稿〆切は9月末日です。

既にご応募いただいた、50本のストーリーはこちらです。

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて1.959日連続更新を達成しました。

 

 

 

 

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進路妨害

文久2年8月21日(1862年9月14日)江戸から薩摩へ帰ろうと武蔵国生麦村を通行していた島津久光の行列を、横浜居留地のイギリス人が進路妨害しました。

この無礼に怒った薩摩藩士はチャールズ・レノックス・リチャードソンを斬り殺し、他2名にも重傷を負わせました。日本史に名高い「生麦事件」です。

薩摩藩が犯人引き渡しに応じなかった為、この事件はやがて「薩英戦争」に発展します。

しかし面白いことに「薩英戦争」で薩摩が善戦した結果、イギリスは薩摩の実力を認めて、争うことよりも、薩摩が進める討幕運動に協力・支援する道を選びます。

「生麦事件」が日本史を回天させたと言われる理由が、これですね。歴史には何が起こるか分かりません。

さて時代はくだって平成27年、浅草の街を私が急ぎ通行していると、たいてい客引きの人力車夫が進路妨害してきます。

無礼者め!

彼らを斬り殺したら日本史は回天するでしょうか。

歴史には何が起こるか分かりませんかからね、試すのも悪くないかもしれません・・・

おっと、今日はそんなことを言っている場合ではありませんでした。

今日・明日は「ほおずき市」の日。

この期間に観音様にお参りすると、四萬六千日分の御利益があると申します。

どうぞ、浅草へお出かけ下さい。

進路妨害に気をつけて。

追伸

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どうぞ、世界に一つだけの、すき焼きストーリーを是非、私に教えて下さい。

投稿〆切は9月末日です。

既にご応募いただいた、50本のストーリーはこちらです。

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて1.958日連続更新を達成しました。

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人気の図書館

テレビで「行列の出来る、人気の図書館」

という特集をやっているのを視て、私はとてもがっかりしてしまいました。

その県立図書館は一見たしかに良い図書館です。

まず椅子のクッションが快適です。

次に眺めの良い席やテラス席があります。

そしてカフェに本を持ち込んで読んでもオーケーです。

そしてそして客が借り出しを申請してから本が出てくるまでが素晴らしく速いです。最新の倉庫管理システムと猛ダッシュする書庫係の人を組み合わせているのです。たしかに良い図書館です。

しかしテレビ側の、話しの持って行き方に私はとてもがっかりしてしまいました。

貸し出しの速さを調べるくだりで申し込んだ本が浅田次郎さんのベストセラー小説だったからです。

ベストセラーっていうのは、本屋で買うものなのでは?

図書館って、売れないけど重要な本が在る所なのでは?

次のシーンにはさらにがっかりしました。司書さんの相談コーナーが親切だというのも、その図書館の自慢の一つなのですが、その相談コーナーにレポーターが持ち込んだ相談が、最近太り気味なので、ダイエット本が読みたい!だったからです。

うーん、これって要するに民業圧迫ですよねえ?

本来消費者が相応の金を出さないといけないサービスをタダで提供して、それで人気を得ているのです。そう、税金を使った人気獲りです。

二つの話しのうちダイエット本はまだご愛嬌ですが、図書館によるベストセラーの大量購入は全く洒落になりません。

売れる筈の本がタダで読まれてしまっては、出版社も本屋も潰れます。その時我が国は出版社や本屋も国営化するんでしょうか?この国の文化の根幹に関わる問題ですよ!

・・・なんて言っていると、次の選挙に出る気だと誤解されそうですから、そこは訂正しておきます。この問題の悪影響が浅草の料理屋に及んでいるから言っているんです。

圧迫された出版社が苦しがって、こんな本を出すから大迷惑なんです。いやいや、あんなものを本とは呼びたくありません。良くないと思います。実に良くないですな。

人気獲りの民業圧迫を、早く止めて下さい。

追伸

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すき焼きは文明開化の昔から、日本人の思い出の中に生きてきた料理です。でも残念ながら、その思い出話しをまとめて保存したことはなかったように思います。

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下町七夕まつり

「下町七夕まつり」が「かっぱ橋本通り」で開催されています。

たくさんの七夕飾り、地元商店の出店、そして音楽や踊り、様々なパフォーマーが集まり、この長い通り全体が手作り感のある活気で満たされ、商店街が一年で最高の賑わいをみせる晴れの舞台です。

・・・と書くと、道具街って、そんなイベントもやってたんだ!

「道具祭」よりこっちの方が賑わうんだ!

と思う方がおいでかもしれませんが、違いますのでね。

本通りと道具街は別物で、商店街としては本通りの方が道具街よりずっと老舗なのです。

現在の道具街の場所を流れていた堀「浅草新堀」が暗渠に成ったのは、大正12年のことでして、この頃は未だ商店もさほど集まっていなかったようです。

一方「かっぱ橋本通り」は、浅草国際通り「浅草今半」さんの角から上野駅入谷近くの昭和通りまで、東西にのびる通りですが、こちらは江戸時代から「御成道」でした。

「御成り」とは、よく時代劇で、大名行列が進みながら供の者が

おなり~おなり~

とうなっているアレのことで、

将軍家が寛永寺に参拝し、その後浅草の観音様に詣でる場合のルートだったと伝えられています。

明治時代にも「御成道」の賑わいは続き、明治15年に上野=浅草間に馬車鉄道開通した時は、「かっぱ橋本通り」を通っていました。

その後地下鉄銀座線が「かっぱ橋本通り」より南方の浅草通りに通り、北方の言問通りが幹線道路として整備されたことから、浅草=上野間の通り道としての意味合いは今や薄れ気味ですが、それでも商店街の皆さんが、このような楽しいイベントを開催しておいでです。

最近では「スカイツリーが最も良く見える商店街」としても有名ですね。

少し足をのばして入谷の鬼子母神までお出かけ下されば「朝顔市」もやっています。

どうぞ、「下町七夕まつり」へお出かけ下さい。

追伸

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すき焼きは文明開化の昔から、日本人の思い出の中に生きてきた料理です。でも残念ながら、その思い出話しをまとめて保存したことはなかったように思います。

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ある日の昼食

ある日の昼食。

外食することになり、定食屋さんに入りました。

A定食と単品のおひたしを頼んだら、

お茶と野菜炒めが運ばれて来ました。

???

野菜炒めは頼んでませんよ!おひたしですよ!

と言おうと思ったら、お茶だけが私のテーブルに置かれ、野菜炒めは隣へ運ばれて行きました。

ビックリするじゃないか。

まったく無精するなよ。

 

またの別の日の昼食。

外食することになり、蕎麦屋さんに入りました。

「ミニ天丼付き蕎麦セット」1.100円を頼んだら、

体長が15センチはあろうかという大きな海老が2尾載った大きな天丼と、小盛りの蕎麦が運ばれて来ました。

清算時に値段を確認しましたが、やはり1.100円でした。

どうやら、「ミニ」は「蕎麦」にかかっていて、天丼の大きさについてはメニュー上に言及が無かったようです。

うーん、

もう少し分かり易くしてもらえませんか?

追伸

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想いを届ける

ある日、街を走る郵便配達のバイクを見て、おや!と思いました。バイクの籠に、

「想いを届ける JP」

と印刷されていたからです。

弊社が「すき焼き川柳包装紙」をPRするのに使っている、

「想いを包もう!」にそっくりではないですか。

また大手にパクられた!

と思うと同時に、大手さんが雇っている超高給コピーライターと似たような仕事を私が出来ていることについて、少々自慢たらしい気分も混じったりして、複雑な気分がしました。

しかしです、調べてみましたら、「想いを届ける」はJPさん全体で統一して使っているわけではなかったようです。

「想いを届ける」は「漂流郵便局」の標語でした。

「漂流郵便局」は「瀬戸内国際芸術祭」の一環で久保田沙耶さんというアーテイストの方が開設した架空の郵便局です。

この郵便局は、届けたくても届けることができない手紙や届け先の分からない手紙などを受け付けてくれのです。例えば、このような↓亡き母への手紙を受け取ってくれるのです。

「おかあさん。あなたが昨夏亡くなった時は涙も出ませんでした。生前はお互い憎まれ口ばかり……。たぶん今会ってもきっとそう……。でもこの1年、幼い頃にかわいがってもらった記憶ばかりがよみがえります。プリンを作ってもらったこと。絵本を読んでもらったこと。ピアノを買ってもらったときが一番うれしかった」

「架空の郵便局」と言っても実在でした。

瀬戸内の廃局になった旧粟島郵便局を期間限定で使って、実際に手紙を「局留め」で受け取り、それを展示していたのです。このプロジェクトの件はテレビでも採り上げられて有名になり、全国から想いのこもった手紙が多数送られて来たそうです。

その時の報道で使われた言葉が「想いを届ける」でした。

では、上野を走っていた「想いを届ける」バイクは、何だったのでしょう。

「漂流郵便局」を知って共感して、局独自で印刷したのでしょうか。

分かりませんが、いずれにせよ、悪い標語ではないですね。

この時季大切な方へのお中元は、「ちんや」の肉を、「すき焼き川柳包装紙」で包んで贈ってみてはいかがだろうと思いますし、また「想いを届ける」バイクにも頑張っていただきたいものだと思います。

追伸

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ごちそう。

すき焼き思い出ストーリー投稿サイトに、新着ストーリーの投稿がありました。

八王子市の、あささん(43歳)からのご投稿です。

題して、

「ごちそう。」

<以下を是非お読み下さい>

「今日はすき焼きだって!」

私の家はごく普通の家庭だったな、と思う。こういう日は皆が楽しく浮かれ気味、箸を並べたり、こたつにつまずかないよういろんな物を運んだ。

とろっとした卵にお肉を入れてもらい口へ入れる。

甘い味、「美味しい~」。

 

「冬でもないのに、いいのかなあ」

今度のボーナスが出たら、絶対「ちんや」で肉を食う!と決めていた旦那に問うと、意味がわからんという様子。そう、勝手に冬の食物と私は決めつけているのである。

広間に通され、出てきた肉をやはり、とろっとした卵に入れてもらい味わう。

む、む、む、美味しい~

「美味しすぎる!」でしょ?と旦那様。

帰りの電車の中、初夏のすき焼きも良いもんだな、とお腹をさすりつつ、うとうとと思い出に浸る私であった。

追伸

このように、すき焼き思い出ストーリーの投稿を募集しています。

すき焼きは文明開化の昔から、日本人の思い出の中に生きてきた料理です。でも残念ながら、その思い出話しをまとめて保存したことはなかったように思います。

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どうぞ、世界に一つだけの、すき焼きストーリーを是非、私に教えて下さい。

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夏詣で

閉店後ウオーキングの最中に浅草神社(「三社さま」)に立ち寄りますと、参道に「茅の輪くぐり」の輪が据え付けられています。

茅で編んだ直系3メートルほどのもので、これを八の字を描いて計3回くぐれば、年始からの半年間に溜まった病と穢れを落とし、残りの半年を無事に過ごせるという次第です。

くぐり方は、まず正面から最初に左回り、次に右回り、また左と回ります。

夜の11時頃だというのにやっている人が何人もいます。

今茅の輪がセットされているのは、三社様が「夏詣で」を推奨しているからです。

年始の「初詣で」にはほとんどの人が行くと思いますが、重要な季節の変わり目である、七月初を人は何の気無しにスルーしてしまいます。

古来人々はこの時期に半年の穢れを落とそうとしたものですが、その気持ちは忘れられているようです。

で、この習慣『夏詣で』を、新たな古き良き風習として根付かせていこう!ということだそうです。結構と思います。

7/1~7/7に間には各種のイベントもあるようです。

「夏詣茶屋」が開店したり、

「ゆかたショー」「流しそうめん」など。

詳しくは神社のホームページでご確認の上、どうぞお出かけ下さいませ。

追伸

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傘を置き忘れてしまいました。

忘れたので新たに買わないといけませんが、このブログでビニ傘の「使い捨て精神」を批判している私としては、ビニ傘ではなく、もう少しまともな物を買わないといけません。

しかしです、忘れてしまったショックが癒えない中で買う訳ですから、高い物には手が出ません。

またなくすかも・・・と思うと高い物は買えませんよね。

そんな中1.080円だという傘が目につきました。

外見は悪くありません。むしろお洒落。

色々他と比べて吟味している時間が惜しいし、小銭入れの中に丁度十円玉が8枚在るし、1.080に飛びついてみました。

結果、失敗しました。

まず手にしっくり来ません。なんだか、柄がやたらと滑る材質なのです。

次に、使っていない時の骨の開き方がダラしないです。均等に開かず、2本ほどがビロ~ンと拡がる一方、ほとんど開かない骨も2~3本在るのです。

うーむ、やはり1.080は1.080だなあ。

もう少しまともな物を買わないといけません。

いや、それ以前に「忘れにくい傘」とか無いんでしょうか。

そもそも傘という商品の特徴は「忘れ易い」ということです。JR東日本では年に約30万本が忘れられるとか。

我が地元・東京都台東区は「ホワイトローズ」さんや「前原光榮商店」さんが在って、傘のメッカですが、機能性やセンスをこの際さて置いて、「忘れにくい傘」を開発していただけないもんでしょうか。

「忘れにくい」って、強力なベネフィットだと思いますよ。

そうすれば、必ず傘の単価が騰がると思うんですよね。

忘れる⇒高い物は買いたくない⇒仕方なくビニ傘を買う⇒安物だから気をつけないので、より忘れ易くなる⇒ますます高い物は買いたくない⇒絶対にビニ傘を買う⇒安物だから気をつけないので、

という悪循環から脱出したいですよね。

他のポイントをこの際さて置いて、「忘れにくい傘」を開発していただけないもんでしょうか。

昔の刀の「下緒」みたいに。

追伸

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