憂食論
編集者をしている知人が、こんなの編集したよ!と新刊本を持って来てくれました。題して、
『憂食論』。
(!!!)
「歪みきった日本の食を斬る!」ということだそうで、著者は京都人の柏井壽さん。
宣伝によりますと・・・
「かつて日本は、料理を四季で味わっていました。いつしか、「旬」の概念がなくなり、ファストフードがもてはやされ、素人による店の点数付けや言いっ放しの批評が横行。店と客の関係もいびつになり、過剰なラーメン崇拝も巻き起こり……」
「もはや日本の「食文化」は崩壊寸前。そんな危機的状況に、もう黙ってはいられない、と食のご意見番が立ち上がった!」
「食べる」ことの意味を考え、日本の食文化を諭し、日本人としての矜持を再発見するために――読んで学べて、しかも痛快、頑固オヤジの激辛「食」批評本!」
拝読しまして、ほうほう!と思いましたのは・・・
・料理屋に行列することは、京都では「さもしい」。
・料理屋の店内で他の店と比較することは、京都では「無礼」。
著者が幼い頃お婆さんと洋食店で食事していて、他の洋食店の名を挙げて、あっちの方が美味しいと言うと、
「お店でよそのお店の話しをするんやない」と足を叩かれたと言います。
実に真っ当ですな。この感覚を持っている方には、今時の自称「グルメ」連中がどう見えるか、それを書いたのが、この御本です。激辛になるのも当然かもしれません。
私も勿論浅草で食事していて、他の店と比べることなど致しません。当然です。
今食事をしている店を褒めるために、「××より美味い」とか言ってしまう人が、世の中にはいたりしますが、それもダメです。
知り合いの知り合いが貶した店の関係者かもしれませんし、親戚の親戚が貶した店の関係者かもしれないからですね。
それに、そう言われても店の人は喜びませんよ。少なくとも私は喜びません。だいたい、比較とかランキングでしか物事を評価できない人と、私は友達に成れません。
総じて、食に関わる人々が用地課している、イヤ幼稚化しているという認識に、私も残念ながら同調します。
あーあ、なんか良いことないかなあ。
ご購入は、こちらです。
追伸、
8/23に、食育企画『親子体験食味学習会』を開催します。まずすき焼きの歴史を学習、その後肉のカット体験。その次には本格的にすき焼き。チャンとした参加証も貰えますから、自由研究にピッタリ。是非親子でご参加を!
詳しくは、こちらです。
本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて1.608日連続更新を達成しました。
毎度のご愛読に感謝いたします。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。