五姓田義松の軸
大阪北浜の名店「花外楼」さんの建て替え工事が終わり、新店のお披露目会がありましたので行って来ました。
「花外楼(かがいろう)」さんは天保年間のご創業、明治8年の「大阪会議」の会場として有名です。
「大阪会議」は明治の元勲である大久保利通・木戸孝允・板垣退助・伊藤博文・井上馨らが会同し、政府の体制を協議した会議です。
当時、征韓論をめぐる明治6年の政変で、征韓派の参議・西郷隆盛や板垣退助・江藤新平らが下野し、明治政府は大分裂の状態に陥っていました。
残った幹部は、大久保を中心に岩倉具視・大隈重信・伊藤・井上らが建て直しを図りますが、台湾出兵をめぐる意見対立から、長州閥のトップ木戸までが辞職・帰郷する事態となり、政府は一層弱体化します。
この間、政府に対する不満は全国で沸騰し、佐賀の乱や岩倉暗殺未遂事件などが起きて、困った大久保らが木戸・板垣をなだめすかして大阪まで呼び出し、復帰するよう説得したのが「大阪会議」でした。
料亭で会議とは不謹慎だとか言う勿れ。幕末の志士や明治の元勲の間では、飲むのと会議するのが一体だったのです。
そういう御縁で「花外楼」さんには、木戸や伊藤・井上といった明治の元勲が遺した額がたくさんあります。「花外楼」という店名自体も、1ヶ月におよぶ議論の妥結を喜んだ木戸が、それまで「加賀伊」と言っていた店名を「花外楼」に改名しようと提案、自ら看板を揮毫したと伝えられています。
今回も当然そうした額が展示されていて、在り難く拝見しましたが、1点見慣れないお軸も掛けられていました。
そのお軸について、ご主人に伺いますと、以前の店主夫妻の像だと言います。
自分の家の主の像を座敷にかけるのもどうかと思って、これまでかけて来なかったけれど、今日は新店お披露目で、来客は料理関係者ばかりなのでかけさせて貰いました、とのこと。
で、説明を聞いていきますと、なんと、モッタイナイ。
その、かけて来なかったお軸の絵師は五姓田義松(ごせだ・よしまつ)でした。
1855年生まれの、明治期に活躍した画家です。
陸軍士官学校に図画教師として勤務したことがあり、1878年に明治天皇が北陸・東海地方を巡行なさった際には御付画家として同行したそうです。
つまり明治天皇を描いた人が「花外楼」の御主人も描いたわけで、身分意識の強かった当時としては珍しいことです。ご主人も、その経緯はよく分からないと言っておいででした。元勲の誰かが紹介したのでしょうか。
ともあれ在り難く、そのお軸を拝見。
後はもちろん大宴会です。
「花外楼」の御先祖様と五姓田義松に感謝しつつタラフクいただきました。
うーい、ひっく。
追伸
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会期:5月20日(水)~25日(月)
会場:本館7階催物会場
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