第3回⑦

国際観光日本レストラン協会の「第3回青年後継者の集い」が開催され、不肖の私がセミナー講師を務めさせていただきました。

「適サシ肉」の話しを聞きたいということでしたので、以下のような内容になりました。長いので、4/21から8回に分けて公開しています。さて、

<以下本文>

さて話しを戻しますが、同じ頃つまり2000年代の初頭、私は牛の個体識別制度に注目していました。BSE対策として、国は全ての牛に10桁の背番号を付け、その牛の生年月日、屠畜日、移動履歴、親牛の番号といったデータを、ネットを通じて公表するようになったのです。

この仕組みを見て、私は考えました、おお、これからはデータに基づいた仕入れが出来るぞ!ヤマ勘の時代が終わり、美味しい牛がデータで分かるようになったんだ!

実は、この頃私はBSE問題をきっかけに、どうせ苦労するのなら、本当にお客様を喜んでいただける仕事をしたいと願うようになっていたのです。

で、美味しさのことを考えたら、どうしても生化学に入って行き、データに基づいた仕入れが出来ることを、ものすごく便利に思ったのでした。

もともと私は文系の学生で、店の個室に明治時代の錦絵を飾ったりして、文化的な店・歴史を感じさせる店ということで押して行こうと思っていたのですが、ここで関心の方向が大きく変わりました。

今では、何カ月の肥育期間の牛の脂肪の構成がどうなっているか、詳細な研究結果が公表されています。だから、美味しい脂を求めたければ、何カ月の肥育期間が必要なのか分かるのです。すばらしいことですよね。

ところが、です、美味しさを科学できて来たと言うのに、残念なブランド化つまりサシの過剰化も同時期に進行し続けました。

最近では、「霜降り肉」というメニューをお客様にお勧めしようとすると拒否されてしまう在り様です。

「いやあ、俺も年だから、霜降りは無理だよ・・・」

「いやいや、「ちんや」の「霜降り」の脂は、霜降りと言っても、モタレないんです。なぜなら、不飽和脂肪酸が多いから・・・」と申しまして、お客様に伝わりません。それほどに「霜降り」はネガテイブ・イメージの言葉に成っていたのです。

一番高いメニューが売れないのではビジネスとして本当に困ります。事此処に至っては「霜降り」という言葉を廃止するしかない、私はそう思い至りました。

しかし、いつやるのか?

失敗したら、どうなってしまうのか?

そう簡単に決断できる筈もありません。「霜降り」というビッグワードを廃止するのですから、かなりのリスクです。

いたずらに日が過ぎて行きました。そんな私に決断を促したのは、自分が出した2冊の本でした。

1冊は、「ちんや」創業135年を記念して、2015年に出版した『すき焼き思い出ストーリーの本』です。そこに掲載されているストーリーは、一般の皆様から投稿していただいたものです。人々の思い出と一番つながっている料理はすき焼きではないかと考えて、2010年から投稿を集めて保存してきたのですが、それらを纏めて本にしたのです。

内容は、感動して落涙を禁じ得ないものから、クスっと笑ってしまうものまで、様々なストーリーが約70本集まりました。そして、皆様の思い出ストーリーを全部読み終えた時、私は気づきました、牛の産地が出てこない。等級も出てこない。

そうか、それらは皆、売り手側の都合だったんだ!この時、それがしみじみと分かりました。

もう1冊は、2016年に刊行した『浅草はなぜ日本一の繁華街なのか』(㈱晶文社刊行)です。この本は、浅草の九人の旦那衆と私が、九軒のバーで語り合った対談集で、「浅草ならではの商人論」を目指した本です。戦争で丸焼けになり、その後1970年代に「イケていない街」と言われて没落した浅草で、生き残って来た先輩方の人生に迫った本です。

これらの対談で分かったことは、危機に遭遇した時に小手先の対処をせず、商いの本質に迫って行った人だけが生き残っている、ということでした。どんな寿司が美味しいのか、どんなおでんが美味しいのか、どんな洋食が美味しいのか、料亭とは、どうあるべきか、商いの本質に迫って行った人だけが生き残っていたのです。

私も後を追う以外に選択肢はありませんでした。

そしてついにA5等級を止めて、「適サシ肉宣言」をするにつき・・・

<続きは明日の弊ブログで>

追伸

拙著は好評(?)販売中です。どうぞ、よろしくお願い申し上げます。

題名:『浅草はなぜ日本一の繁華街なのか』

浅草の九人の旦那衆と私が、九軒のバーで語り合った対談集でして、「浅草ならではの商人論」を目指しています。

東京23区の、全ての区立図書館に収蔵されています。

四六判240頁

価格:本体1600円+税

978-4-7949-6920-0 C0095

2016年2月25日発売

株式会社晶文社 刊行

 

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて2.615日連続更新を達成しました。

Filed under: すき焼きフル・トーク,飲食業界交遊録 — F.Sumiyoshi 12:00 AM  Comments (0)