何故メス牛の肉だけを使うのか?
「ちんや」さんは、何故メス牛の肉だけを使うのですか?
と聞かれます。
はい、少し長く、またコ難しい話しになりますが、お答えしましょう。
メス牛の肉だけを使うのは、やわらかいからでしょうか?
いえ、必ずしもそうでもないです。オス牛でも去勢して精力を削いで→運動させずに育てれば、肉にたっぷりとサシが入ります。サシすなわち脂がたくさん在ればやわらかいです、単純に。オスの方がやわらかいということもあり得るのです。
データ上ハッキリしていることは、メスの方が脂の融点が低いこと、つまり脂の融け方が良いことです。これは調べた方がいてハッキリしています。
脂の融け方が良いと美味しい理由については、弊ブログの2014年10月16日号に書きましたので、そちらをお読みいただきたいと思いますが、一言で申しますと、融けた牛脂に肉の赤身から来た旨み成分や、割り下から来た塩分や糖分が溶け込むことで、味がマイルドになる(「融けるから溶ける」)ということです。
脂の融け方が良いと、もう1点良いことがあります。それは消化し易いこと=食後にモタレないことです。
その理由についても私は以前2014年10月16日の弊ブログに書きましたので、そちらをお読みいただきたいと思いますが、一言で申しますと、融けていない脂=固形の脂を消化するには、胃や胆嚢がハードワークしないといけないからです。
そう、食べ物を消化するということは生物にとってそもそも一仕事で、この仕事が特にお年寄りにはキツいのです。だからお年寄りとお孫さんに一緒に来店して欲しいと願っている弊店としては、融け方の良い脂、つまりメスの脂を用意する必要があるわけです。
脂の融け方は、同じ性別でも肥育期間によって違います。どちらの性であっても長期間飼って行くと、脂の融点が下がって行きます。で、その肥育期間が、オスの場合は短いことが多いのです。これはあくまで傾向ですが、傾向として短いです。
そうなっている理由は、オスを飼う生産者の方の「お考え」が「味より増体だ」ということが多いからです。
オスは短期間で大きくなります(=増体します)から、生産効率が良いです。去勢を中心に経営しておられる生産者の方は、内心「味より増体が優先だよね」と思っておられることが多いのです。
全員そう思っておられるとは勿論申しません。去勢を丁寧に飼っておられる方もおいでですが、傾向としてそうだ、ということです。
その結果、長期肥育のメスと短期肥育のオスでは、脂の融点が結構、異なります。それで私はオスを避けるのです。
黒毛和牛の特徴は、世界の牛の中でも脂の融けが良いことですから、そこは活かしたいものだと思っています。
肥育期間が短いと脂以外にも良くないこと在ります。
1点目は、若いので全体に水っぽい点です。
2点目は、若いので、まだ成長ホルモンを持っていて、その肉を熟成させても成長ホルモンが阻害要因になって旨味成分(=アミノ酸)が増えにくいです。つまり熟成させにくいのです。
肉の旨味成分が少なくては、甘辛味が濃いすき焼きに向きませんね。すき焼きを食べて甘辛味がキツいなあと思った場合は、それは割り下が甘辛過ぎるからではなくて、肉に旨味が乏しいからかもしれないのです。
続いて、去勢肉を加熱した場合の、香りについても申し上げます。
去勢の脂は、目が粗い「あらザシ」であることが多いです。これについてはデータは未だなく、経験則から申していますが、兵庫県畜産試験場が「小ザシ率」を判定する機械を開発していると申しますから、やがてデータが提示されることと思います。
何故「小ザシ」が良いのか。そもそも、良い香り(「和牛香」)の成分は、加熱された時に、赤身とサシの境界面から出ますが、「あらザシ」だと境界面が少ないので、香りが少ないのです。
お客様の目の前で加熱するすき焼きは、香りの良さが勝負ですから、「小ザシ率」が高いメスが、すき焼きに適していると言えるのです。
以上のように、
脂の融け方の観点、
熟成させ易さの観点、
香りの豊かさの観点で、
すき焼きをするのなら、やはりメス牛の肉だと断言できます。
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