高橋是清

 5/24の新聞各紙に、カードのJCB社が全面広告を出していましたが、その広告の内容に驚いた人もいると思います。文字だけの広告で、その文字は1929年の、宰相・高橋是清(たかはし・これきよ)の言葉の引用でした。長いですが、転載しますと、

 「仮に或る人が待合(まちあい)へ行って、芸者を招(よ)んだり、贅沢な料理を食べたりして二千円を消費したとする。是れは風紀道徳の上から云へば、さうした使方をして貰ひ度くは無いけれども、仮に使ったとして、此の使はれた金はどういふ風に散らばって行くかといふのに、料理代となった部分は料理人等の給料の一部となり、又料理に使はれた魚類、肉類、野菜類、調味品等の代価及び其等の運搬費並に商人の稼ぎ料として支払はれる。此の部分は、即ちそれだけ、農業者、漁業者其の他の生産業者の懐を潤すものである。

 而(しか)して是等の代金を受取たる農業者、漁業者、商人等は、それを以て各自の衣食住其の他の費用に充てる。それから芸者代として支払われた金は、其の一部は芸者の手に渡って、食料、納税、衣服、化粧品、其の他の代償として支出せられる。(中略)

 然るに、此の人が待合で使ったとすれば、その金は転々して、農、工、商、漁業者等の手に移り、それが又諸般産業の上に、二十倍にも、三十倍にもなって働く。

 故に、個人経済から云へば、二千円の節約をする事は、其の人に取って、誠に結構であるが、国の経済から云へば、同一の金が二十倍にも三十倍にもなって働くのであるから、寧ろ其の方が望ましい訳である。」

 この話しは、経済学部に行ったことのある人は、産業連関の話しだよね、とすぐ分かりましょう。そうでない人も、景気が悪いのは、皆が節約ばかりするからだ、と理解できましょう。

  そして「理解できましょう」程度の話しではないのは、飲食業であるところの「ちんや」で働く、我々のような者です。この話しは、大変身近な話しです。

 時代が違うので、今時の風俗産業の主力は、「待合」ではありませんで、違うタイプの店ですが、是清的な男がそういう店に行く前に、店のお姐さんを誘い出して、少し高級な飲食店で食事をし、その後、男女同伴で出勤する=いわゆる「同伴需要」というものが、我々の業界には、結構有ります。いや、有りました。

  ところが、ご存じのリーマン・ショック以来、そういう行動をする男がめっきり減ったようで、その結果、世の中への金の回りが悪くなっています。お姐さんの店で金を使わなくなったのは勿論、少し高級な飲食店、例えば「ちんや」で食事もしなくなっていますから、経済への波及効果が、ダブルで小さくなっているわけです。

  そんな御時勢に掲載されたのが、この全面広告ですが、それではここで、この広告が利いたか、どうかをご報告したいと思います。結果は=結構、利いたかもしれません、はい。

 この前の金曜の夜、店の玄関に立っていたら、結構ご来店があったのです。「お、同伴だな」「いやあ、ケバいねえ」というタイプの。店の外の、雷門通りを通る人の中にも、そういった方面の方がチラホラと。

  え? なんで、同伴かどうかわかるのか、って?

 まかせて下さい。その鑑定の眼力については天下一の自信があります。私と「ちんや」の下足番Iが二人がかりで、鑑定すれば、まず間違いはありません。

  ひとつだけ、手法をバラしますと、靴に注目することがポイントです。「ちんや」は靴を脱いで入っていただきますが、靴の趣味が、男女で同じか、それともまったく違うかを見ると分かるのです。当たりますよ、これは。

  ちなみに、わが地元・台東区の地場産業である、皮革産業にとっても、お姐さん方は、上得意中の上得意です。何足もの靴を次から次へ、どんどん購入してくれるのは、彼女たちくらいのものです、世の中で。

 そういう意味でも、是清男には、いっそう奮励努力して、散財していただきたいものです。

  料理・サービスとも差は有りませんから、正真正銘のご夫婦でも、同伴でも。

  本日も下らない話しを最後まで読んで下さって、ありがとうございました。カリスマ同伴鑑定士の、住吉史彦でした。