100年経営アカデミー⑪

100年経営研究機構さん、ハリウッド大学院大学さんが主催する、

「100年経営アカデミー」で、ゲスト講師として講演をさせていただきました。

「100年経営アカデミー」は“100年経営を科学する”をテーマに、長寿企業から長く続く経営の秘訣を体系的に学び、経営の中で実践していくことを目的とした、日本で初の講座です。

6/11から講演全文を公開しています。長いので16回に分けて少しずつUPしております。

<「100年経営アカデミー」住吉史彦講演(2017.6.10)>

次に、ここから浅草の先輩方の話しをしようと思います。どうも今日は、自分のことばかり話ししたことを今少し反省しております。

浅草人の共通体験は、関東大震災・太平洋戦争の大空襲・1970年代の衰退の三つですが、70年代の話しからしてみようと思います。当時の浅草をリアル覚えておいでの方は、今日ここにおいでの方の中でも少なかろうと思いますが、それはひどいものでした。

特に浅草六区一帯は、戦前から集積していた映画産業がテレビに敗北した影響で、廃墟のようでした。子供心に怖い感じすらしました。

そんな映画館の一つ・「電気館」の真裏に在った洋食の「ヨシカミ」さんは当然苦境に立たされました。興業街が衰退したのなら「では他の土地に移ろう!」そう考えてもおかしくはなかったと思います。そう考える方がむしろ自然と思います。

しかし、そうはなさいませんでした。そして、ここでラッキーなことに営業品目は洋食でした。それが幸いしたと私は思うのですが、その話を進める前に、ここで日本の洋食のことを一度思い起こしてみたいと思います。

現在「洋食」と言った場合、日本で独自に進化した西洋風の料理のことをさします。それは「進化した」とも言えますが、「以前の形態を保っている」とも言えます。

本家のフランス料理が1970年代にバターや伝統的なソースを使わない「ヌーベルキュイジーヌ」に転じたからです。ポール・ボキューズ、トロワグロ兄弟といった人達が、そのリーダーでした。

一方日本の街の洋食屋さんは、かつて導入したものを、ひたすら日本人の舌に合うように、ご飯や日本酒に合うようにと念じて改良し続けて来ました。そうこうしている間に洋食は日本人の口になじみ切ってしまい、今やカレーライスやトンカツを和食だと思っている人が増えました。

何故でしょう?懐かしいからではないでしょうか。東京に生まれ下町に生き、田舎を持たない都民二世や三世が懐かく思う料理と言ったら、洋食だったからです。そう、浅草の洋食って、近代東京そのものだと私は思います。それで興業街が衰退しても、洋食を食べようと繰り返し浅草に行く人はいたのです。

くわしくは本をお読みいただきたいのですが、ヨシカミさんではリピート来客を促す方策が成功したので、結局浅草の洋食は残りました。まず、すべてが手作りという努力。そしてご主人いわく「なんとかしなければだらしがない」という精神で生き残ったのです。

次に戦争の時どういうことがあったかを観てみましょう。

仲見世の江戸趣味小玩具の店「助六」さんの先代は、終戦後の闇市の時代、同業者が次々に生活に必要な物資を売る店へと転業する中で、玩具を置き続けました。

物資不足の時代ですから、物資を置けば飛ぶように売れるのですが、「助六」さんが売ったのは、江戸趣味小玩具。闇物資には目もくれず、この最悪の時代には玩具のことばかり考えていたのが「助六」さんの先代でした。

実は、江戸時代から仲見世には玩具の店が何軒もあり、その中で「助六」さんは幕末開業の後発組なのですが、この時期職人さんを手放さなかったことで、現在唯一仲見世に残る玩具店は「助六」さんです。今や完全にオンリーワンの存在と成りました。

その理由を、先代が「不器用で融通が利かなかった」からだと当代は私に語ってくれましたが、不器用もここまですごいと世の中に貢献できるという一つの事例だと思います。

「助六」さんが戦後営業を再開できたのは、もちろん昭和20310日の大空襲を生きのびたからです。東武浅草駅の地下に入って助かったと聞いています。

そして、その体験が「現代浅草の原点」と言えます。皆さんは浅草=江戸時代のイメージの街と思っていたでしょうから、戦争が原点と聞いて、いささか戸惑ったことと思いますが、実際そうなんです。

このように伝統と申しますものは、ずっと連続して継承されるものではなく・・・

<今日の分は終わり。続きは明日の弊ブログにて>

追伸1

6/1発売の「婦人画報」7月号(創刊記念号)に載せていただきました。ありがとうございます。

今回の特集は、なんでも婦人画報社さんが「総力をあげた特集」だそうですが、題して、

「世界が恋するWASHOKU」。

旨味とか醗酵とかを採り上げた後、しんがりがWAGYUです。

 

追伸2

拙著は好評(?)販売中です。どうぞ、よろしくお願い申し上げます。

題名:『浅草はなぜ日本一の繁華街なのか』

浅草の九人の旦那衆と私が、九軒のバーで語り合った対談集でして、「浅草ならではの商人論」を目指しています。

東京23区の、全ての区立図書館に収蔵されています。

四六判240頁

価格:本体1600円+税

978-4-7949-6920-0 C0095

2016年2月25日発売

株式会社晶文社 刊行

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて2.670日連続更新を達成しました。

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100年経営アカデミー⑩

100年経営研究機構さん、ハリウッド大学院大学さんが主催する、

「100年経営アカデミー」で、ゲスト講師として講演をさせていただきました。

「100年経営アカデミー」は“100年経営を科学する”をテーマに、長寿企業から長く続く経営の秘訣を体系的に学び、経営の中で実践していくことを目的とした、日本で初の講座です。

6/11から講演全文を公開しています。長いので16回に分けて少しずつUPしております。

<「100年経営アカデミー」住吉史彦講演(2017.6.10)>

サシを短期肥育で入れることは、サシ(脂肪)の質の劣化を招きます。質の劣化とは「霜降り」を食べるとモタレて気持ち悪くなってしまうことです。

実はサシについては、量が増えたこと以上に質が劣化したことが問題なのですが、それを説明したりメカニズムを解明したりするには、小難しい食品化学を持ち出さないといけないので、詳しいことは、「後で時間があったら」ということに致します。とにかく、お客様が「霜降り離れ」を起すほどに現代日本の牛肉の質は劣化しました。

若い方なら、なんとか、そういう脂も消化できるかもしれません。しかし手前どもは、お客様に、ご家族づれで、リピートしていただく、それも10年に30回、20年に60回、30年に90回といったペースでリピートをしていただく、ということを目指しておりますから、当然お爺様、お婆様が見えます。肉がモタレては絶対にダメです。

 

で、「適サシ肉」宣言だったのですが、その頃同時にここで観た通り肉の業界は、危機に対処する方法が適切でなかったために、さらなる危機を自ら招き寄せてしまいました。そういう失敗事例を研究することは、とても大事で、成功した人の話しなんかより余程大事だよねと私は思っています。

そして、ついでに申しますと、「伝統と革新」の「革新」って、店主が主体的に決められることではないような気がしています。それは客あるいは世間が決めるのだと思います。世間が、過剰な霜降りはもうたくさんだ!と考えているのなら、店主は、その頭の中を忖度して行動する他選択肢はないと思います。

28日の「適サシ」ブレーク以降、私は道端で大勢の人に声をかけられました。「適サシ宣言、良かったです! 私も以前から、絶対そうだと思ってたんです!」「俺も同じこと思ってたんだけど、自分の年のせいだと思ってたんだよね。でも、違ったんだね。肉が原因だって分かって良かったよ!」皆さん、目を輝かせてそう言いました。

そう、皆さん、内心、今の霜降りは行き過ぎて美味しくないと思っていたのに、言えなくて黙っていたのです。自分が少数派ではなく、多数派だと分かったことが嬉しくて仕方なくて私に声をかけてきたのです。

逆に申しますと、自分が少数だと思っている間は口に出さなかったのですから、結局、その心の内は、店主が忖度する他ないわけです。日本的ですけどね。

さて、一気に「適サシ宣言」まで話してしまいまして、私が宣言に踏み切ったキッカケを話し忘れました。「霜降り」というビッグワードを廃止することに決めたものの、実行できかねていた私に決断を促したのは、自分が出した2冊の本でした。

1冊は先ほど申しました『すき焼き思い出ストーリーの本』です。様々な約70本のストーリーを全部読み終えた時、私は気づきました、牛の産地が出てこない。等級も出てこない。そうか、それらは売り手側の都合だったんだ!

また「思い出ストーリー」の段階で、接待需要を捨てていたので、より決断し易くなりました。それが一つ目のキッカケです。

もう1冊が、『浅草はなぜ日本一の繁華街なのか』(2016年㈱晶文社刊行)です。戦争で丸焼けになり、その後1970年代に「イケていない街」と言われて没落した浅草で、生き残って来た先輩方の人生に迫った本でしたが、これらの対談で分かったことは、被災したりピンチを経験した時に小手先の対処をせず、商いの本質に迫って行った人だけが生き残っている、ということでした。

どんな寿司が美味しいのか、どんなおでんが美味しいのか、どんな洋食が美味しいのか、料亭とは、どうあるべきか、商いの本質に迫って行った人だけが生き残っていたのです。私も決断をしなければいけない局面で、浅草の先輩方に習うことにしました。これが「適サシ」決断までの流れです。

次に、ここから浅草の先輩方の話しをしようと思います。

<今日の分は終わり。続きは明日の弊ブログにて>

追伸1

6/1発売の「婦人画報」7月号(創刊記念号)に載せていただきました。ありがとうございます。

今回の特集は、なんでも婦人画報社さんが「総力をあげた特集」だそうですが、題して、

「世界が恋するWASHOKU」。

旨味とか醗酵とかを採り上げた後、しんがりがWAGYUです。

 

追伸2

拙著は好評(?)販売中です。どうぞ、よろしくお願い申し上げます。

題名:『浅草はなぜ日本一の繁華街なのか』

浅草の九人の旦那衆と私が、九軒のバーで語り合った対談集でして、「浅草ならではの商人論」を目指しています。

東京23区の、全ての区立図書館に収蔵されています。

四六判240頁

価格:本体1600円+税

978-4-7949-6920-0 C0095

2016年2月25日発売

株式会社晶文社 刊行

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて2.669日連続更新を達成しました。

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100年経営アカデミー⑨

100年経営研究機構さん、ハリウッド大学院大学さんが主催する、

「100年経営アカデミー」で、ゲスト講師として講演をさせていただきました。

「100年経営アカデミー」は“100年経営を科学する”をテーマに、長寿企業から長く続く経営の秘訣を体系的に学び、経営の中で実践していくことを目的とした、日本で初の講座です。

6/11から講演全文を公開しています。長いので16回に分けて少しずつUPしております。

<「100年経営アカデミー」住吉史彦講演(2017.6.10)>

「霜降り」というビッグワードを廃止するのですから、これはかなりのリスクでした。「霜降り」という言葉を廃止するしかない、と心に決めたものの、いつやるのか?失敗したら、どうなってしまうのか?そう簡単に決断できる筈もありません。

数年悩み、いたずらに日が過ぎて行きましたが、今年のはじめに敢行しました。

反響は、私の予想を遥かに超える、ものすごいものでした。

私が今回宣言した相手先は、手前どものお客様だけでした。お客様に向けて「適サシ肉だけを売ります」「過剰なサシを売りません」という「お約束」をしたのであって、それを私は「ちんや」というブランドの基盤にしたいと願っただけ、つまりミニ・コミュニケーションをしたかっただけなのですが、ある日それが、猛烈なマス・コミュニケーションになってしまいました。

それは28日のことでしたが、その日寝坊してモタモタしておりましたら、知人から次々にメールが着信して、YAHOOのヘッドラインにオタクのことが載っているよ!そう言われて初めて分かったんですが、本当に予想外でした。

「文春オンライン」の掲載日であることは分かっていましたが、「文春オンライン」は開設されたばかりのサイトで、読者もこれから増やしますという説明だったので、そんなに期待していませんでした。ところが、その記事がYAHOOのトップページにリンクされたから大変です。

店のサイトはダウンし、ブログに30倍のアクセスが来るほどの大反響となりました。コメント欄も凄くて、3.000件以上でした。

嬉しかったのは3.000件のコメントの内15対1で私の「適サシ肉」という考えに賛同する方が多数派でした。これは嬉しいことだと思いました。

それに続いて大小メデイアから取材の申し込みが殺到しました。 

日本テレビ「スッキリ!!」、

TBSテレビ「白熱ライブビビット」、

テレビ朝日「スーパーJチャンネル」、

産経新聞、東京新聞、婦人画報、日刊ゲンダイ、

テレビ朝日「週刊ニュースリーダー」、

TBSテレビ「ぴったんこカン☆カン」、

読売テレビ「そこまで言って委員会」、

TBSラジオ「安住紳一郎の日曜天国」、

TBSラジオ「森本毅郎スタンバイ!」、

NHKテレビ「所さん!大変ですよ」とメジャーな番組ばかりです。

結局テレビ7回、ラジオ3回、新聞3回、雑誌3回、その他ネットメデイアもありました。

テレビに出たことで、ネットでの拡散にも拍車がかかったようでした。大変な事態でした。

ここで皆さんに考えていただきたいのは、同じ時期に同じ業界の中にいた人間が、かなり違う動きをしたということです。私は、記念写真の掛け声を「スキヤキ!」にして、記念日割引を始めて、思い出ストーリーの本を創り、あ、それからさっき言い忘れましたが、「すき焼き川柳包装紙」というのを創りました。

これはお客様から川柳を投句していただいて、入選作を「ちんや」の包装紙に刷り込んで、実際に店でそれを使う、という企画です。もちろん店の客の間の関係性を濃くすることを意図したものです。

私は、そういうことをしてきましたが、同じ時期に一部の産地の方や県庁の方が目指したのは、とにかくサシを入れること、そしてそれをブランド化することでした。さらには、そのサシを短期肥育で入れることを目指しました。

サシを短期肥育で入れることは、サシ(脂肪)の質の劣化を招きます。質の劣化とは「霜降り」を食べるとモタレて気持ち悪くなってしまうことです。実はサシについては、量が増えたこと以上に質が劣化したことが問題なのですが、それを説明したりメカニズムを解明したりするには、小難しい食品化学を持ち出さないといけないので、詳しいことは、「後で時間があったら」ということに致します。とにかく・・・

<今日の分は終わり。続きは明日の弊ブログにて>

追伸1

6/1発売の「婦人画報」7月号(創刊記念号)に載せていただきました。ありがとうございます。

今回の特集は、なんでも婦人画報社さんが「総力をあげた特集」だそうですが、題して、

「世界が恋するWASHOKU」。

旨味とか醗酵とかを採り上げた後、しんがりがWAGYUです。

 

追伸2

拙著は好評(?)販売中です。どうぞ、よろしくお願い申し上げます。

題名:『浅草はなぜ日本一の繁華街なのか』

浅草の九人の旦那衆と私が、九軒のバーで語り合った対談集でして、「浅草ならではの商人論」を目指しています。

東京23区の、全ての区立図書館に収蔵されています。

四六判240頁

価格:本体1600円+税

978-4-7949-6920-0 C0095

2016年2月25日発売

株式会社晶文社 刊行

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて2.668日連続更新を達成しました。

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100年経営アカデミー⑧

100年経営研究機構さん、ハリウッド大学院大学さんが主催する、

「100年経営アカデミー」で、ゲスト講師として講演をさせていただきました。

「100年経営アカデミー」は“100年経営を科学する”をテーマに、長寿企業から長く続く経営の秘訣を体系的に学び、経営の中で実践していくことを目的とした、日本で初の講座です。

6/11から講演全文を公開しています。長いので16回に分けて少しずつUPしております。

<「100年経営アカデミー」住吉史彦講演(2017.6.10)>

この時に「ブランド化=サシを入れること」と考えるのは単純過ぎやしないか?ひたすらサシが多い肉は本当にお客様に喜んでいただけるのか?脂肪の質も考慮しないといけないのではないか?といった問題提起が行われていれば、今日のような事態に至らずに済んだと思うのですが、なぜだか、問題提起は行われませんでした。業界に重くのし掛かった危機感が異論を封じ込めたのかもしれません。

同じ頃DNA鑑定やビタミンコントロールの技術が登場したことで、サシは行き過ぎてしまいました。やがて、お客様から嫌われる水準にまで過剰なサシが肉に入るようになったのです。

この残念なブランド化あるいは、残念なマーケテイングは「失敗学」の研究対象に成るのでは?そう私は考えています。

そもそもですが、ブランドの基礎はお客様への「お約束」であり、その裏返しとしての、お客様からの信用・信頼である筈です。で、私が今年の1月15日に宣言したのは「適サシ肉だけを売ります」「過剰なサシを売りません」という「適サシ肉宣言」だったのですが、これは「お約束」であって、それを私は「ちんや」というブランドの基盤にしたいと願っています。

しかし、××牛の産地の人達や県庁の人達は違いました。消費者向けには、青い空や生産者の純朴な笑顔を使ったCMを打っておいて、実際には脂の多い肉を売り込もうとしていました。あるいはロゴを創ったり・ゆるキャラを創ったりして、実際には脂の多い肉を売り込もうとしていました。

そのブランド化に無理はなかったのでしょうか?そのマーケテイングに無理はなかったのでしょうか?

私は、かなりの無理筋だったと思います。その無理筋の作戦を、こんなにも長期間、皆がなぜ平押しに押し続けてしまったのか?「失敗学」の教材として良いのではないでしょうか?

思えばですね、話しが膨らむのが私の悪い癖ですが、昭和の戦争がなぜ起きたかを考えますると、関東大震災に辿り着きます。サシの過剰化の「そもそも」も辿っていけば、この17年間に業界が被ったダメージに行き着きます。

昭和の戦争を、サシの過剰化を、なぜ誰も止められなかったのか、面白い研究テーマだと思いますし、また、皆さんが自分のお店のブランドを育てて行く時には、決して、絶対にマネてはならない事例だと思います。

話しを戻しますが、こうして、この17年で「霜降り」はネガテイブ・イメージの言葉に成っていきました。一番高いメニューが売れないのではビジネスとして本当に困ります。事此処に至って、「霜降り」という言葉を廃止するしかない、私はそう思い至ったのでした。

それが「適サシ肉宣言」です。

「適サシ肉」とは言うまでもなく、適度な霜降肉のことで、サシの入り方が過剰でないことを意味する、私の造語で、ただ今商標出願中です。

具体的には脂肪の量が4等級である牛を使います。高級肉の代名詞だったA5等級は今は使っておりません。4等級は、それなりにサシが入っている肉ですが、「霜降り」という言葉にはネガテイブ・イメージがこびりついてしまったので、この際思い切って、使わないことにしました。

「霜降り」というビッグワードを廃止するのですから、これはかなりのリスクでした。

「霜降り」という言葉を廃止するしかない、と心に決めたものの、いつやるのか?失敗したら、どうなってしまうのか?そう簡単に決断できる筈もありません。数年悩み、いたずらに日が過ぎて行きましたが、今年のはじめに敢行しました。

反響は・・・

<今日の分は終わり。続きは明日の弊ブログにて>

追伸1

6/1発売の「婦人画報」7月号(創刊記念号)に載せていただきました。ありがとうございます。

今回の特集は、なんでも婦人画報社さんが「総力をあげた特集」だそうですが、題して、

「世界が恋するWASHOKU」。

旨味とか醗酵とかを採り上げた後、しんがりがWAGYUです。

 

追伸2

拙著は好評(?)販売中です。どうぞ、よろしくお願い申し上げます。

題名:『浅草はなぜ日本一の繁華街なのか』

浅草の九人の旦那衆と私が、九軒のバーで語り合った対談集でして、「浅草ならではの商人論」を目指しています。

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四六判240頁

価格:本体1600円+税

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2016年2月25日発売

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100年経営アカデミー⑦

100年経営研究機構さん、ハリウッド大学院大学さんが主催する、

「100年経営アカデミー」で、ゲスト講師として講演をさせていただきました。

「100年経営アカデミー」は“100年経営を科学する”をテーマに、長寿企業から長く続く経営の秘訣を体系的に学び、経営の中で実践していくことを目的とした、日本で初の講座です。

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そして、「商品としてのすき焼き」をもう一度考えてみますと、すき焼きという商品は売り易くない、しかしすき焼きの思い出という商品は結構、売り易い、そう言えるのではないかと思います。

だいだい、そうでなくては所謂「老舗」の存在意義なんてものはありません。

そして、さらにもう少し申せば、家族を統一するのは味覚だとも、私は思っています。そうしたご家族の平凡な幸せに貢献すること・平凡な思い出づくりのお手伝いをさせていただく、それが私と「ちんや」の役割・私と「ちんや」のミッションだと、現在は確信しております。

以上ここまでの話しを纏めますと、経営は人間的なもの、普遍的に人の心に訴える価値を創り出さねばならない、その考え方に沿って、弊店は「思い出を創る」店だ、そう決めさせていただいた。

私にそうさせたのは、2001年のBSE問題から、2011年に至るまでの一連の肉の業界の危機的状況だった、とうことです。

えー、ここまで大丈夫ですか、ちょって背伸びしますかね、本当は自分がしたいんですけど、両手を握ってひっくり返して、左、右、左、右と曲げますね。いいですか?掛け声はここでもス・キ・ヤ・キですからね、はい、ス・キ・ヤ・キ。

はい、ありがとうございます。先に行きましょう。

先ほどは、BSE問題、口蹄疫問題、東北の震災を経験して、私の考えと行動がどうなったかを、お話ししましたが、ここからは同じ時期に肉の業界にどういう動きがあったかをお話ししたいと思います。

その動きは、サシの過剰化・霜降の付け過ぎという実に良くない動きで、その結果、ごく最近手前どものような店も、それに対応すること・決断することを強いられましたので、ここでお話ししたいと思います。

さて、先ほど申しましたように牛の業界が深いダメージを蒙った結果、打開策として、各県は牛の「ブランド化」を進め始めます。1980年代から、アメリカの牛と競争する為、日本の畜産業界は肉にサシを入れる努力を続けて来ましたが、この頃から、その傾向がエスカレートするようになったと記憶しています。

この時に「ブランド化=サシを入れること」と考えるのは単純過ぎやしないか?ひたすらサシが多い肉は本当にお客様に喜んでいただけるのか?脂肪の質も考慮しないといけないのではないか?といった問題提起が行われていれば、今日のような事態に至らずに済んだと思うのですが、なぜだか、問題提起は行われませんでした。業界に重くのし掛かった危機感が異論を封じ込めたのかもしれません。

同じ頃DNA鑑定やビタミンコントロールの技術が登場したことで、サシは行き過ぎてしまいました。やがて、お客様から嫌われる水準にまで過剰なサシが肉に入るようになったのです。

この残念なブランド化あるいは、残念なマーケテイングは・・・

<今日の分は終わり。続きは明日の弊ブログにて>

追伸1

6/1発売の「婦人画報」7月号(創刊記念号)に載せていただきました。ありがとうございます。

今回の特集は、なんでも婦人画報社さんが「総力をあげた特集」だそうですが、題して、

「世界が恋するWASHOKU」。

旨味とか醗酵とかを採り上げた後、しんがりがWAGYUです。

 

追伸2

拙著は好評(?)販売中です。どうぞ、よろしくお願い申し上げます。

題名:『浅草はなぜ日本一の繁華街なのか』

浅草の九人の旦那衆と私が、九軒のバーで語り合った対談集でして、「浅草ならではの商人論」を目指しています。

東京23区の、全ての区立図書館に収蔵されています。

四六判240頁

価格:本体1600円+税

978-4-7949-6920-0 C0095

2016年2月25日発売

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本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて2.666日連続更新を達成しました。

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100年経営アカデミー⑥

100年経営研究機構さん、ハリウッド大学院大学さんが主催する、

「100年経営アカデミー」で、ゲスト講師として講演をさせていただきました。

「100年経営アカデミー」は“100年経営を科学する”をテーマに、長寿企業から長く続く経営の秘訣を体系的に学び、経営の中で実践していくことを目的とした、日本で初の講座です。

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実際の課題としては、お客様にリピートしていただく、それも10年に30回、20年に60回、30年に90回といったペースでリピートをしていただく、ということを目指しております。浅草はそれが可能なんです。

実は浅草と上野の間には寺町があってお墓があります。そこへ正月、春のお彼岸、お盆、秋のお彼岸と多くのご家族が通って来ます。春には墨堤の桜が咲きます。是非ともそういう機会にリピートをしていただきたいと思っています。

30年の間にはお爺さんが亡くなるかもしれません。しかしリピートは終わりません。30年の間に、お孫さんが成長して結婚して⇒そこにお子さんが生まれて、つまりかつてのお父さんがお爺さんの位置に上がりまして、新たな3世代が揃って「ちんや」へ来て下さいます。

ですから「ちんや」メンバーズカードの会員さんが亡くなった時、遺族の方がそのまま権利を継承できるようにしております。ご遺族の方は、たいてい「父が亡くなりましたので削除して下さい」と連絡して来ますが、そこで「はい」と言って削除してはダメなんです。

人間の個体の単位で考えれば、お爺さんは死んじゃったんですから二度とリピートできませんが、家族単位ではリピートできるんです。

生まれたお子さんにモノ心がついたら、今度のお爺さんつまりかつてのお父さんから聞かされるでしょう、オマエの曾爺さんの代から、ウチの家族はこの店に来てるんだぞ!って。

それが弊店の理想形であります。若年層対策にもなりますのでね、お孫さんは20年経てば成人して彼女と来てくれますから。

その理想形は、実際実現しています。

そして、私はそれをある方法で確認しました。『すき焼き思い出ストーリーの本』という本を出した時確認できました。この本は、創業135年を記念して、2015年に刊行しましたが、ここに掲載されているストーリーは、一般の皆様から投稿していただいたものです。

思い起こしますと、すき焼きは文明開化の昔から、日本人の思い出の中に生きてきた料理です。料理は他にいくつもありますが、人々の思い出と一番つながっている料理はすき焼きではないかと私は考えています。でも残念ながら、そうした思い出話しを纏めて保存したことはなかったように思います。そこで私は皆様にストーリーを投稿していただこうと、2010年に思いたち、それを2015年に本に纏めました。

ストーリーを読みますと、感動して落涙を禁じ得ないものから、クスっと笑ってしまうものまで、様々なものが集まりました。

時代背景も、激動の昭和を色濃く映したものから、現代の世相を映したものまで。様々とり揃えることが出来まして、企画者としてこんなに嬉しいことはありませんでした。今後この本を、店の歴史の資料として、すき焼き文化の資料として、末永く保存したいと思っています。これが現物です。内容はですね、

(1章)主の六代 客の六代

私が思いまするに、主の六代はそんなに自慢できることでもないです。しかしお客様に六代続いた方がいるのであれば、それは少し自慢させていただいも良いように思います。

(2章)昭和に生きて

(3章)オラがすき焼き

これは、無意味な競争をやめよう、数字を追うのは止めようという意味です。

(4章)おご馳走

これは、すき焼きが一番人の心に訴える食べ物だという自慢です。

(5章)浅草じゃなくちゃ!

この本はスタッフの教育用にもなります。そして、私としては、この本を創ったことで、弊店が何をするべきか、しなくて良いのは何か、が完全にハッキリしました。

そして、「商品としてのすき焼き」をもう一度考えてみますと・・・

<今日の分は終わり。続きは明日の弊ブログにて>

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旨味とか醗酵とかを採り上げた後、しんがりがWAGYUです。

 

追伸2

拙著は好評(?)販売中です。どうぞ、よろしくお願い申し上げます。

題名:『浅草はなぜ日本一の繁華街なのか』

浅草の九人の旦那衆と私が、九軒のバーで語り合った対談集でして、「浅草ならではの商人論」を目指しています。

東京23区の、全ての区立図書館に収蔵されています。

四六判240頁

価格:本体1600円+税

978-4-7949-6920-0 C0095

2016年2月25日発売

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100年経営アカデミー⑤

100年経営研究機構さん、ハリウッド大学院大学さんが主催する、

「100年経営アカデミー」で、ゲスト講師として講演をさせていただきました。

「100年経営アカデミー」は“100年経営を科学する”をテーマに、長寿企業から長く続く経営の秘訣を体系的に学び、経営の中で実践していくことを目的とした、日本で初の講座です。

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<「100年経営アカデミー」住吉史彦講演(2017.6.10)>

ところが、です、私はそう願っているんですが、ある年の暮に、ある御家族のお嬢さんが色気づきまして、お父さん、芸能人は正月はハワイに行くのよ、私もハワイに行ってみたい!と言い出しました。

何言ってるんだ、お爺さんもお婆さんも、オマエとすき焼きを食べるのを楽しみにしてるんだぞ!えーやだー、浅草とかすき焼きとか、私、前からダサいと思ってたのよ。それに私、英語を勉強したいの!そう言われてお父さん、そうか、英語も習わせないとなあ、ということで、この一家はハワイへゴー、憐れ、お爺さんとお婆さんだけが浅草へ行きました。

行きはしたものの、オイ婆さん、オマエと二人ですき焼きじゃあツマラナいなあ。何よ、お爺さん、アタシだってアナタとじゃあツマラナいわよ、今日は帰りましょう!あららら~っていうことにならないようにするのが、浅草のすき焼き屋の、最も大事な仕事です。

私は、そう確信しまして、この15年ほど御家族づれ、それも二世代・三世代で「ちんや」へ来ていただくことに努力を集中して参りました。

ご接待の御客様も勿論弊店へ見えますが、ビジネスマン同士だと「すき焼き業界も改革のスピードを上げた方が良いんじゃないか!」とかツマらんことを言い出しかねませんね。で、私はご家族での利用に集中して考えて参りました。接待需要を捨てて、「資源を集中」したとも言えます。

そう考えて、この際経営理念をハッキリさせることにしました。文言は「心に残る思い出を!」。弊社は「すき焼きを売るのでなく思い出を売る」という次第です。最初のデジカメの件も、笑顔画像は思い出だから、最も重要だという認識になるんです。

このように、理念を即物的な話しにすべきでない、人の心に関係した話しにするべきだ、というのが私の考え方です。経営の目標は人生の目標でなければいけない。だから即物的な話しにすべきでないと思います。人生の目標なのだから、経営は、普遍的に人の心に訴える価値を創り出さねばならない、そう考えます。

その考え方に沿って、弊店は「思い出を創る」店だ、そう決めさせていただきました。

具体的なことも挙げてみますと、「記念日割引」という制度を作りまして、その日は割引率が倍になるんですが、「ちんや」メンバーズカードの会員になる時にお客様が自分の好きな日を登録できる、というのがミソです。

勿論自分の誕生日を登録してもOKなのですが、むしろ多いのは奥様の誕生日とか、結婚記念日とか、お孫さんの誕生日、あるいはご先祖の命日もあります。不祝儀でも良いんです。会社をやっている人は創業記念日を登録して社員さんを連れて見える、というようなパターンがあります。

ここでもちろん個人情報を頂戴はするんですが、私は余計なことを知ろうとは思っていません。お名前とご住所と記念日だけを知ればOKです。お客様の年収とか地位とか興味ありません。

その方が、自分の記念日にすき焼きを食べたい方なのか、そしてその記念日がいつなのかだけを私は知りたいのです。

傾向を見ておりますと、男性は結婚記念日を登録なさることが多いですが、女性は自分の誕生日です、ゼッタイに。恐ろしいことですね、はい。え~何でしたっけ?そう、そう、「記念日割引」という制度の話しですが、この制度の良い点は、どういう理由でお客様が見えたのかハッキリすることです。そしておめでたい日であれば、おめでたい趣向でサプライズのサービスが出来ます。

実は『牛っとハート』というネーミングを商標登録したのですが、なんの名前かと申しますと、ハート型に成型した牛脂の名前です。最初に鍋の底に敷く脂の名前です。結婚記念日に見えた御夫婦には、その脂を使って、すき焼きをお作りするんですが、結構喜んでいただけます。またFBやツイッターにUPしていただいています。

そういった努力をしつこく続けて行けば、浅草のすき焼きを、その方の人生における必需品に入れていただくことも可能ではないか、イヤ絶対に可能だと確信しております。 

実際の課題としては・・・

<今日の分は終わり。続きは明日の弊ブログにて>

追伸1

6/1発売の「婦人画報」7月号(創刊記念号)に載せていただきました。ありがとうございます。

今回の特集は、なんでも婦人画報社さんが「総力をあげた特集」だそうですが、題して、

「世界が恋するWASHOKU」。

旨味とか醗酵とかを採り上げた後、しんがりがWAGYUです。

 

追伸2

拙著は好評(?)販売中です。どうぞ、よろしくお願い申し上げます。

題名:『浅草はなぜ日本一の繁華街なのか』

浅草の九人の旦那衆と私が、九軒のバーで語り合った対談集でして、「浅草ならではの商人論」を目指しています。

東京23区の、全ての区立図書館に収蔵されています。

四六判240頁

価格:本体1600円+税

978-4-7949-6920-0 C0095

2016年2月25日発売

株式会社晶文社 刊行

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて2.664日連続更新を達成しました。

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100年経営アカデミー④

100年経営研究機構さん、ハリウッド大学院大学さんが主催する、

「100年経営アカデミー」で、ゲスト講師として講演をさせていただきました。

「100年経営アカデミー」は“100年経営を科学する”をテーマに、長寿企業から長く続く経営の秘訣を体系的に学び、経営の中で実践していくことを目的とした、日本で初の講座です。

6/11から講演全文を公開しています。長いので16回に分けて少しずつUPしております。

<「100年経営アカデミー」住吉史彦講演(2017.6.10)>

実際、永続している企業は、必ずなにかしらの危機を体験して、そこを突破しているわけで、突破しなければ今は存在していないわけですから、やはり事例は大切です。その事例のお話しを致します。

そして先に結論を申しておきますが、その中から、危機に遭遇した場合に重要なのは利他主義の精神である、ということ。それから実は危機の時と同じ位危険なのは平時だ、ということをお話しさせていただきたいと思います。

さてさて、話しを2001年に戻します。

売上半分という状況で、私がどう考えたか、ですが、私はBSE問題をきっかけに、どうせ苦労するのなら、本当にお客様を喜んでいただける仕事をしたいと願うようになって行きました。

私の店が老舗でなければ、思い切って方向転換して牛肉から離れるという選択肢もあったと思います。実際、業歴の浅いお店さんで、そう転換なさった方も大勢おいででした。しかし私は、そういうことは出来ないのですから、どうせ苦労するのなら、本当にお客様を喜んでいただける仕事をしたいと思ったんですね。

で、まず、すき焼きというものを真剣に考えてみました。

商品としてのすき焼きを考えてみたら、どういうことになるか、ということです。考えてみましたら、すき焼きという商品の特徴は「生活不要品」、つまり在っても無くてもOKな商品だ、ということでした。

そう申しますと、そんなことないですよ!すき焼きは立派な食文化ですよ!日本にすき焼きが無くては困ります、という反応がたいてい返ってきますが、それなら税金で補助して貰えるんでしょうかね。貰えませんでしたよ、あんなに大変だったのに。歌舞伎すら松竹さんの民営ですから、すき焼きも民営で頑張る他ないですが、では、さきほど「そんなことないですよ!すき焼きは食文化ですよ!」と言っておいだった人は、果たして頻繁にすき焼きを食べて下さいますでしょうか?そこが、心もとないんです。

口で言うのはタダ。フェイスブックで「いいね!」するのもタダですが、我々が成り立つためには、時間を作り、予約を入れて、お金を貯めて、わざわざ浅草へ来て下さる人が大勢いないと困るわけです。

だいたい、今時はすき焼き以外にも美味い食べ物がいくらでもありますね。浅草以外にも遊びに行く所はあります。だから「なんか美味いものを食べたいな」という程度の意識のお客様がいるだけではダメなんです。歌舞伎見物が生きがいという方がいますが、同様にすき焼きが無ければ自分の人生真っ暗、という位に、メンタルに入れ込んで下さる方を獲得することが大事だと思います。

言い換えれば、その方の人生における必需品の中に、すき焼きを入れて貰わないといけない、と思っております。

はあ、すき焼きを必需品にって、そんなことが出来んの?っていうことですけど、出来なくもないんです、すき焼きには。出来る理由は、すき焼きのイメージです。すき焼きは明治時代と結びついていて保守的なイメージだと、さきほど申しましたが、その保守的な感情が、家族で食事をする時の感情と結びつきます。それがすき焼き商いの原動力と思っております。

保守的な感情と申しましても「憲法を改正したい」とか、そういうことじゃあないんです、勿論。具体的には「正月は家族揃って浅草に初詣に行きたいね」「お参りの後は、すき焼きって我が家は毎年決まってるんだ」というような感覚を「保守的」と言ったわけです。そこに弊店が上手く嵌っていくことが、他の何より大事と思っています。

ところが、です、私はそう願っているんですが、ある年の暮に、ある御家族のお嬢さんが色気づきまして、お父さん、芸能人は正月はハワイに行くのよ、私もハワイに行ってみたい!と言い出しました。

何言ってるんだ、お爺さんもお婆さんも、オマエとすき焼きを食べるのを楽しみにしてるんだぞ!えーやだー、浅草とかすき焼きとか、私、前からダサいと思ってたのよ。それに私、英語を勉強したいの!そう言われてお父さん、そうか、英語も習わせないとなあ、ということで、この一家はハワイへゴー、憐れ、お爺さんとお婆さんだけが浅草へ行きました。

行きはしたものの、オイ婆さん、オマエと二人ですき焼きじゃあツマラナいなあ。何よ、お爺さん、アタシだってアナタとじゃあツマラナいわよ、今日は帰りましょう!あららら~っていうことにならないようにするのが、浅草のすき焼き屋の、最も大事な仕事です。

私は、そう確信しまして、この15年ほど・・・

<今日の分は終わり。続きは明日の弊ブログにて>

追伸1

6/1発売の「婦人画報」7月号(創刊記念号)に載せていただきました。ありがとうございます。

今回の特集は、なんでも婦人画報社さんが「総力をあげた特集」だそうですが、題して、

「世界が恋するWASHOKU」。

旨味とか醗酵とかを採り上げた後、しんがりがWAGYUです。

 

追伸2

拙著は好評(?)販売中です。どうぞ、よろしくお願い申し上げます。

題名:『浅草はなぜ日本一の繁華街なのか』

浅草の九人の旦那衆と私が、九軒のバーで語り合った対談集でして、「浅草ならではの商人論」を目指しています。

東京23区の、全ての区立図書館に収蔵されています。

四六判240頁

価格:本体1600円+税

978-4-7949-6920-0 C0095

2016年2月25日発売

株式会社晶文社 刊行

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて2.663日連続更新を達成しました。

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100年経営アカデミー③

100年経営研究機構さん、ハリウッド大学院大学さんが主催する、

「100年経営アカデミー」で、ゲスト講師として講演をさせていただきました。

「100年経営アカデミー」は“100年経営を科学する”をテーマに、長寿企業から長く続く経営の秘訣を体系的に学び、経営の中で実践していくことを目的とした、日本で初の講座です。

6/11から講演全文を公開しています。長いので16回に分けて少しずつUPしております。

<「100年経営アカデミー」住吉史彦講演(2017.6.10)>

さてさて、簡単に略歴を申しますと、私は1965123日生まれでございます。繰り返しますが、123日が誕生日です。ここ、メモリましたか? あ、男はメモらなくて良いです(笑い)早く先に行けですって(笑い)そうですか、では先に行きますが、

浅草寺幼稚園、浅草小学校に行き、中学から慶應に入りまして、1988年に大学を卒業しました。学生時代はそのまんまバブル時代という温い環境でしたね。それから8年間のサラリーマン生活を体験し、6年間父の元で修行した後、私が六代目として「ちんや」の社長に成ったのは、20018月、36歳の時でした。

当時自分の将来・自分の人生について危機感などというものは勿論持ち合わせていませんでした。以来在任16年です。

7月が決算月でして、8月に就任しましたから、再来月で、満17年ということです。店は今年で137年ですから、その内の12%弱を私が担当しました。2019年には、12.9%つまり八分の一を私がやったということになります。その時はちょっとだけ感慨を覚えるかもしれません。

この17年間には、結構、色々なことがありましたが、まず、就任翌月にいきなり私が遭遇したのがBSE問題でした。所謂「狂牛病」ですね。

忘れもしない、2001910日、これはNYのビンラディンのテロの前日ですが、その910日に BSE の疑いがある牛が、日本で初めて発見されたと農水省が発表したのです。「牛を食ったら死ぬかも・・・」という話しですから、大変です。売上は半分になって、3年間は回復しませんでした。

その後、日本で最後にBSEの牛が確認されたのは20091月で、それ以降は発見されていませんから、完全にBSE問題が終結したのは2009年だと言って良いでしょう。2001-2009は、景気が悪かったこともあり、牛の業界にとっては、本当に苦しい日々でした。

牛の業界の苦難は、それだけではありませんでした。2010年には宮崎県で口蹄疫が流行し 30万頭弱の牛が殺処分となりました。

2011年の東日本大震災では、原発から飛散した放射性物質が付着した餌を食べた牛が体内被曝して、その肉が流通してしまいました。観光客の激減や飲食自粛もあり、これまた本当に苦しい日々でした。

この苦しい日々が私の社長歴と完全に重なります。

実は今日はですね、こういう感じで、私が経験した大きな危機の実話をしてみたいと思います。

それから、浅草の老舗の先輩方と話しあったことなんかもご紹介してみたいと思います。浅草の老舗の件は、皆さんに配布させていただいた、私の本『浅草はなぜ日本一の繁華街なのか』を後でお読みいただきたいのですが、これは昨年2月出したものでして、浅草の九人の旦那衆と私が、九軒のバーで語り合った対談集でして、「浅草ならではの商人論」を目指した本です。この本を作る過程で感じたことなども後でお話ししてみたいと思います。

日本の老舗全体の傾向については、後藤俊夫先生が素晴らしい研究をなさっておられますから、私が四の五の申す場合ではありません。今日の私の話しはですね、俯瞰的な視点は完全に脇に置きまして、実際に私が見聞きした話しに限って、お話ししたいと思います。

実際、永続している企業は、必ずなにかしらの危機を体験して、そこを突破しているわけで、突破しなければ今は存在していないわけですから、やはり事例は大切です。その事例のお話しを致します。そして先に結論を申しておきますが、

<今日の分は終わり。続きは明日の弊ブログにて>

追伸1

6/1発売の「婦人画報」7月号(創刊記念号)に載せていただきました。ありがとうございます。

今回の特集は、なんでも婦人画報社さんが「総力をあげた特集」だそうですが、題して、

「世界が恋するWASHOKU」。

旨味とか醗酵とかを採り上げた後、しんがりがWAGYUです。

 

追伸2

拙著は好評(?)販売中です。どうぞ、よろしくお願い申し上げます。

題名:『浅草はなぜ日本一の繁華街なのか』

浅草の九人の旦那衆と私が、九軒のバーで語り合った対談集でして、「浅草ならではの商人論」を目指しています。

東京23区の、全ての区立図書館に収蔵されています。

四六判240頁

価格:本体1600円+税

978-4-7949-6920-0 C0095

2016年2月25日発売

株式会社晶文社 刊行

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて2.662日連続更新を達成しました。

Filed under: すき焼きフル・トーク,憧れの明治時代 — F.Sumiyoshi 12:00 AM  Comments (0)

100年経営アカデミー②

100年経営研究機構さん、ハリウッド大学院大学さんが主催する、

「100年経営アカデミー」で、ゲスト講師として講演をさせていただきました。

「100年経営アカデミー」は“100年経営を科学する”をテーマに、長寿企業から長く続く経営の秘訣を体系的に学び、経営の中で実践していくことを目的とした、日本で初の講座です。

以下↓に講演全文を公開してまいります。長いので16回に分けて少しずつUPしますね。

<「100年経営アカデミー」住吉史彦講演(2017.6.10)>

ええ、私が住吉史彦です。受講生の皆さん、本日はお忙しい中、また遠方からお越しいただき本当にありがとうございます。是非一緒に有意義な時間を過ごしたいと存じます。また、ハリウッド大学院大学さま、100年経営研究機構さまには、私のような者にこのような機会をお与えいただきまして、大変光栄に存じます。

実は、こういう講座があったらなあ!と思ってきましたので、大変嬉しいです。100年機構さんの活動に心からの敬意を表明させていただきたいと思います。

さて、挨拶はこの位に致しまして、本題に入ってまいりたいと思いますが、あ、その前に忘れない内に、ごめんなさい、フェイスブック用の画像を撮らせていただいて良いですか?カメラの方、私がキュー出したら、シャッター押して下さい。

はい、スキヤキ!はい、シラタキ!

え?チーズ!じゃないのかって?あ、ダメですよ、チーズはダメです、絶対にダメです。今日の話しは最初から脱線してますけど、ここは重要な所なので、ついでに話してしまいますが、「ちんや」の店内でのチーズ!を禁止させていただいております。真剣に禁止しています。チーズ!では口がすぼんでしまって笑顔に見えないからです。

想像していただきたいのですが、「ちんや」の店にお客様が食事に見えて、食事を済ませたら、たいていは記念写真をお撮りになります。で、手前どものスタッフに「デジカメ撮って下さい」と声をかけてこられますが、そう頼まれましたら、「手前どもではチーズ!は禁止させていただいております。掛け声はスキヤキ!でお願いします」と必ず、申します。もうルールにしています。

その方が笑顔の画像が撮れるからです。接客研修の「ウヰスキー!」と同じですね。い行で終わるから、口が左右に伸びて笑顔に見えるんです。

そして、重要なことは、笑顔画像を得ることがお客様の最終目標だということです。SNSの世の中ですから、お客様はフェイスブックの自分のウオールを笑顔で埋め尽くして、それを自慢なさりたいんです。その為に「ちんや」に見えているんです。美味しくて、一緒に鍋をつついて→それで笑顔画像という流れなんです。

だから、笑顔画像が撮ることが、スタッフの、あらゆる業務の中で最も優先順位が高い業務だと考えないといけません。顧客志向で、お客様の頭の中を忖度すれば、当然そうなります。ですよね?

忖度って、最近は財務省や文科省でやっている、なんだか、後ろめたい心の動きを表す言葉に成ってますけど、違いますからね。お客様の頭の中を忖度すれば、笑顔画像が必要だということが分かります。ここが滅茶滅茶重要だと認識しないといけないんです。で、い行なんです。スキヤキ!シラタキ!ネギ!でもOKです。蒲焼き!でもOKです。焼き鳥!でもOKです。寿司でもOKです。

アメリカ人の記念写真ならチーズ!で良いかもしれません。彼らはチー!にアクセントを置きますから、チーズ!で笑顔になれます。

じゃあ、フランス人はどうするか、私は気になってですね、知り合いのフランス人にメールしてみたんですけど、どういう返事が来たと思いますか、皆さん?返事はですね、

「フランス人は、そんなことをしなくても笑顔に成れる」いやあ、お見逸れしやした、というのが、この話しのオチでして、だいぶ遅くなりましたが、これから自己紹介をしようかと思います(笑い)

さてさて、簡単に略歴を申しますと、私は1965123日生までございます。

繰り返しますが、123日が誕生日です。メモリましたか?あ、男はメモらなくて良いです、女性だけで良いです(笑い)早く先に行けですって(笑い)そうですか、では先に行きますが、

<今日の分は終わり。続きは明日の弊ブログにて>

追伸1

6/1発売の「婦人画報」7月号(創刊記念号)に載せていただきました。ありがとうございます。

今回の特集は、なんでも婦人画報社さんが「総力をあげた特集」だそうですが、題して、

「世界が恋するWASHOKU」。

旨味とか醗酵とかを採り上げた後、しんがりがWAGYUです。

 

追伸2

拙著は好評(?)販売中です。どうぞ、よろしくお願い申し上げます。

題名:『浅草はなぜ日本一の繁華街なのか』

浅草の九人の旦那衆と私が、九軒のバーで語り合った対談集でして、「浅草ならではの商人論」を目指しています。

東京23区の、全ての区立図書館に収蔵されています。

四六判240頁

価格:本体1600円+税

978-4-7949-6920-0 C0095

2016年2月25日発売

株式会社晶文社 刊行

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて2.661日連続更新を達成しました。

Filed under: すき焼きフル・トーク,憧れの明治時代 — F.Sumiyoshi 12:00 AM  Comments (0)