天皇のダイニングホール

『天皇のダイニングホール 知られざる明治天皇の宮廷外交』を読みました。

この御本は、山﨑鯛介さんなど何人かの学者のさんの共著。日本で宮中晩餐会というものが成立した頃、明治天皇と昭憲皇太后が、どのように外国からの賓客や国内の要人をもてなしたかを、「建築」「テーブルアート」「人物」という三方面から描いた御本です。

実はこの御本には、『くらべる値段』で「ちんや」を採り上げて下さった、おかべ・たかしさんが「編集協力」で製作に参加されています。

おかべさんは明治天皇の生涯を描いた絵画を展示している「聖徳記念絵画館」のオフィシャルガイド本を編集した経験がおありで、当時の図版に精通しておいでで、そうした図版がこの御本にふんだんに使われているので、この御本は、学者さんの本ではあるのですが、カラフルで読み易いのです。

さて私が興味惹かれましたのは、

第三章の三「食のお雇外国人と海を渡った大膳職」でした。

ここに吉村春雄という、おそらく初めて官費で「食の留学」をした人が登場します。

宮中晩餐会のサービス(=大膳職)を学ぶために、明治162月から1910月まで、あしかけ4年も欧州の、食の現場で学んでいたのです。

はじめはパリ。流行のレストランに頼みこんで働きます。

やがて、フランスは共和制で宮廷が無いということで、ベルギーへ。

吉村のように、史上有名とは言い難い先人が、明治という時代を必死で築いたのだと識ると、心が熱くなりますね。

勉強になりました。

 

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて2.823日連続更新を達成しました。 すき焼き「ちんや」六代目の住吉史彦でした。

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女性による伝統芸能の伝承

松尾芸能振興財団の企画公演「女性による伝統芸能の伝承2017」を拝見してきました。

松尾財団は、旅回りの役者から身をおこして興行師と成り、やがて日本ドリーム観光や雅叙園観光の社長も務めた松尾國三が設立した財団です。『松尾芸能賞』を贈呈するなどの活動をしていますが、近年は「女性による伝統芸能の伝承」を応援する企画をしてきたとかです。

今回は、地唄舞、女義太夫、新内節など、邦楽の中でも上演の機会が比較的すくないジャンルで、時間は2時間半にも及ぶもの。出演者も実力者ばかりでした。。

え? 真面目に観たのか って?

それがですね、今回は「料亭という日本文化が漂う空間で~伝統芸能を粋にたのしむ~」という趣向でした。で、会場は向島の料亭「櫻茶ヤ」さん。

浅草の太鼓持ちの七好さんも、司会役で登場していました。

なんだ、結局呑んだのか って?

そうですけどね、適量でしたよ、もちろん。

うーい、ひっく。

 

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて2.822日連続更新を達成しました。 すき焼き「ちんや」六代目の住吉史彦でした。

 

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花一期

琵琶の友吉鶴心さんの公演「花一期」を拝聴して来ました。会場は国立能楽堂でした。

鶴心さん、いや、友吉君は私の浅草小学校の同級生で、「台東区アートアドバイザー」の同僚でもありますが、近年琵琶の演奏だけでなく、NHK大河ドラマの邦楽監修の仕事を何年も続けて引き受けていて、すっかり有名人に。今回の公演も大盛況。タメ口をきけなくなる日も近いと思われます(笑い)

「花一期」は、当初勉強会的な性格だったのが、次第に大きな会場に移り、25回も続いていて、大変なご努力だと思います。

さて今回は目玉が二つもありました。

まず昭和5年生まれで、日本芸術院会員、能楽界の御大である野村萬さんとの共演。演目は「文蔵」。

それから、デーモン小暮閣下を語り手として迎えた、「耳なし芳一」。

「耳なし芳一」は音響効果も練られていて、ド迫力。怪談が能楽堂を被う感覚でした。

ますますのご活躍を確信した一夜でした。お芽出とうございました。

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食い意地クン

TVドラマ『孤独のグルメ』で有名な久住昌之さんの『食い意地クン』(二見書房、2004年)を読みました。

学生時代の1981年に、かの『ガロ』に漫画を書いて以来、かなり多数の作品を世に出してきた方ですね。

泉晴紀さん共に「泉昌之」という名のコンビを組んで出した共著には『かっこいいスキヤキ』(1983年、扶桑社文庫)というのもありました。

『食い意地クン』でも「焼肉」「とんかつ」「うなぎ」「ねこまんま」などを題材に「己の食い意地をマンガに書いて、昇華させて」行きます。

それが滑稽なのは承知の上。

そして「とんかつ」の章で、今の世相に斬り込むかのような名言が飛び出します。

「ものは口で食って腹で判断しろってんだ。頭で食うんじゃねえぞ。」

いや、ごもっとも。

 

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先輩

最近三田会の会合で、後輩君から

住吉先輩!

と呼ばれるようになってしまいました。

悲しいね(?)

まあ、来月には52歳だから仕方ないか。

 

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PV

とあるwebメデイアさんから取材のお申込みをいただきました。

サイト概要:月間50.000.000PVって、スゴ杉。

?日本人の二人に一人が視てるのか?

私は、そのサイトを未だ視たことないんですけど・・・

 

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて2.818日連続更新を達成しました。 すき焼き「ちんや」六代目の住吉史彦でした。

 

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経済動物

肉の業界にいると「経済動物」という単語をよく耳にします。

「牛は経済動物だから・・・」という言い方をします。「産業動物」という言い方もあります。

ウイキペディアによりますと

「産業動物あるいは経済動物は、その飼育が、畜主の経済行為として行われる動物の総称。ただし呼び方としては、家畜・家禽(鶏のみを指す場合)の方がより一般的であり、これに対する名称及び存在が愛玩動物(ペット)である。」

この言葉は法律上の用語でもあり、「産業動物の飼養及び保管に関する基準」という昭和6210月の総理府告示に、その根拠があるそうな。

一般的な言葉である「家畜」を使えば良さそうなものを、わざわざ「経済」と付けるココロは、儲けさせていただく為に飼っているのだ!ということです。「家」が付いていては、なんだか、家族として飼っているみたいですからね。違うんだよということを言うために「家畜」を使わず「経済動物」を使うわけです。

思いまするに、人類は文明を築き、牛達はそういうことを出来ませんでした。

牛さんがいつ生まれ、いつ死ぬのか、どういうDNAを持って生まれて来るのか、その全てが人間の管理下にあります。まさに「生殺与奪の権」を人が握っているわけです。

しかし、です、私が最近考えますことは、牛さんが「美味しく食べられる権」までは奪ってはいけないのではないか?ということです。

人の管理下にある一生だからこそ、食べた人が、

美味しかった!と言う、

笑顔になる、

今日の食事は幸せだったと思う、

明日への活力を貰う、

そういうことにならなくては、牛さんが浮かばれません。「美味しく食べられる権」だけは奪ってはいけないのではないか?と私は思います。

「経済動物」であっても、「美味しく食べられる権」だけは保有すると、地上の憲法に明記できないものでしょうか。

いや、「経済動物」だからこそ、美味しく食べられるように育てないと、食べ手から嫌われて、売れなくなる=経済性が下がると私は思うのです。

牛肉が美味しく食べられるような育て方・流通のさせ方をしないといけません。

「経済」という言葉の名の下に、その他の思考方法をすべて放り出す態度に、私はハッキリとNOを言いたいと思います。

NOと言えるナントカ・・・

ふ、ふっるいなあ。

はい、来月には52歳ですから(笑い)

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて2.817日連続更新を達成しました。 すき焼き「ちんや」六代目の住吉史彦でした。

 

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ご機嫌モード

不機嫌モードの会議で決まった、真面目な案は

結構キッチリ実行され、一方、

ご機嫌モードの会議で決まった、ご機嫌な案は、

その後ちょっと待てよ、こういう問題点があるよとか誰かが言い出して、結局実行が延期される、

そんな会社さんはありませんか?

問題やトラブルが起きた時に対策を決める会議はもちろんやらねばなりませんし、その会議はご機嫌モードではできません。不機嫌モードで事を決め、急いで実行しないと行けません。

多くの会社さんは、それが得意です。でもそれがキチンと実行出来たとしても、それだけでお客様は楽しんでは下さいませんね。

それとは別にご機嫌モードの会議を開いて、お客様が楽しんでくれるようなプランやお客様がハッピーに成るようなプランをひねり出さねばいけません。そして、そのプランに少々の問題があったとしても、グイグイと実行せねばなりません。

お客様が楽しまねば、売り上げは出来ないから、実行せねばなりません。

それなのに、それが不得意な会社さんが多いように見えます。

ちょっと待てよ!面白がる方が多いとは思うけど、ごく少数そう思わない人がいるかも。だから、そのプランの実行は来月でなくて、少し様子を見ようよ。そういう会社さんはありませんか?

人間は色々だから全員が喜ぶプランなんて、実はないですよ。

様子を見ようよ!という声が勝ってしまう会社さんはありませんか?真面目一方な会社が良い会社とは限りません。

ご機嫌モードの会議を、開いてみませんか?

確かに仕事は増えます。でも皆がご機嫌に成れると思いますよ。

 

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて2.816日連続更新を達成しました。 すき焼き「ちんや」六代目の住吉史彦でした。

 

 

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檜物町

料理業組合「芽生会」の会合で、八重洲の日本料理店「や満登」さんに行って来ました。

「や満登」さんの初代・成川国太郎氏は、マグロのトロを初めて刺身として提供した人として知られています。

それ以前はマグロの中トロを出す料理屋はなく、中トロは「ねぎま鍋」として職人さんたちの食するメニューでした。しかし国太郎氏は「こんな美味しいところを料理屋で使わないのはおかしい」と感じ、脂っこさを美味しくいただく方法を考案したとか。

それが「や満登づくり」。

中トロの柵取りを幅広くし、大根おろしとわさびを挟んで食べさせる方法で、これが元祖トロの刺身なのだそうです。

それが今回は丼ぶりにのって出てきました。実に結構でした。

ところで「や満登」さんのご創業は明治35年。

この地で開業したのは、明治末から大正の頃、現在の八重洲一丁目界隈に日本橋花柳界ができたからです。

この地の芸者衆は「檜物町芸者」と呼ばれました。江戸時代に家康が江戸城のまわりに武家屋敷を建てる際、尾張から宮大工を集めて住まわせましたが、大工は檜を扱う仕事であることから、大工が住む、この一帯が「檜物町」と名付けられたそうです。で、「檜物町芸者」。

全盛期に芸者衆は500名以上いたとかで、特に新派の俳優さん達が贔屓したそうな。

残念ながら、現在の街並みからは檜の木の名残も、花柳界の名残も感じることはできず、「や満登」さんがなければ、「檜物町芸者」のことは忘れ去られたことでしょう。

「や満登」さんは、会社経営経験のあるお嫁さんを迎え、環境に合わせて4年前にリニューアルなさいました。「ザ料亭」な店構えを今日風にと大胆に変えて残り、ご繁盛です。

料理屋は、街の歴史の証人なのだ、その為にはチェンジも必要なのだと改めて感じさせてくれた食事でした。ご馳走様でした。

 

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて2.815日連続更新を達成しました。 すき焼き「ちんや」六代目の住吉史彦でした。

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すき焼き川柳コンクール2017

「すき焼き川柳コンクール2017」の結果を発表したいと思います。

このコンクールは5回目なので、ご存知の方も多いかと思いますが、念のため再度ご説明しますと、このコンクールに当選しますと、「ちんや」の食事券が貰えるだけでなく、「すき焼き川柳包装紙」に句が刷り込まれるのです。

これから発表する分は、来年の5月の三社祭の日に出来上がる包装紙に刷り込まれます。

そもそも食事の思い出を記す方法として川柳は一番素敵ですね。それに、すき焼きほど川柳に合う料理は他にないとも思います。川柳は、日本人とすき焼きの繋がりの深さを、あらためて教えてくれます。

そして何より、この店で働く私達にとってはヤル気の源になります。ここに書かれている様な幸せの為に働いているんだということを、川柳は思い出させてくれます。在り難いことです。

こんな包装紙はなかなか無いと思いますよ・・・

おっと、前置きが長くなりました。

それでは、「すき焼き川柳コンクール2017」の結果を発表したいと思います。(作者敬称略)

 

<超ウケ賞(1句)>

合格祝い 我が子ほめずに 肉ほめる(ごんた)(練馬区、41歳)

 <大ウケ賞(3句)>

すき焼を 囲んで笑顔 七福神(菊間清二)(新宿区、78歳)

もみじ狩り まずは鍋の 紅葉を(モテキ)(群馬県前橋市、40歳)

あまいタレ お支払いも あまくして(ひろむし)(神奈川県横浜市、48歳)

 <ややウケ賞(5句)>

湯気立ちて 牛鍋囲みて 暑気払い(はじめ)(千葉県市原市、83歳)

わが夫は すき焼きもてなす 好好爺(糟糠の妻)(目黒区、82歳)

誕生日 すき焼き食べて 更に長生き(大島政次)(群馬県太田市、68歳)

歯もボロボロ 食べときゃよかった ちんやの牛鍋(眼もボロボロ)(台東区、68歳)

すき鍋に 煮込む家族の 祝い事(多芸岡)(足立区、79歳)

 

*入賞お芽出とうございました!

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて2.814日連続更新を達成しました。 すき焼き「ちんや」六代目の住吉史彦でした。

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