糠味噌漬け
昨日の話しの続きですが、この国は、とてもとても衛生的になりました。
私の行っている歯科医院では、患者の歯垢を採取して顕微鏡にかけ、それを診察台の横に設置されたディスプレイに写せるようになりました。
しかも動画です。動画というのがミソでして、歯垢の中に居る細菌がウヨウヨと動いているのが視られるのです。
私の場合汚染状態は「ひどい」というほどではなかったですが、完璧に綺麗というほどでもなく、歯間ブラシなどでもっと徹底的に磨くよう指導されました。
食品衛生業界もやがてこれに続き、限りなく清浄な調理場が出来始めるでしょう。
しかし、このまま突き進むのが良いことなのか?と私は考えてしまいます。
そう思うのは、歴史家の塩野七生さんが雑誌の連載『日本人へ』の中で次↓のように書いていたからです。
「歴史に親しむ歳月が重なるにつれて確信するようになったのは、人間の文明度を計る規準は二つあり、それは、人命の犠牲に対する敏感度と、衛生に対する敏感度、であるということだった。と同時にわかったのは、この敏感度が低い個人や民族や国民のほうが強く、負けるのは文明度の高い側で、勝つのは常に低い側、ということである」
この確信に従えば、日本は負ける側に入っていることになります。
食品衛生に関しては、我が義塾の開祖・福澤先生に、こんな↓文があります。
「よく事物の始末を詮索すれば世の食物に穢き物こそ多からん。」
「先祖伝来の糠味噌樽へ うじと一緒にかきまぜたる茄子大根の新漬は如何。」
この文は『肉食之説』という題の明治3年の文章で、肉食を奨励することを目的に書かれました。当時肉食反対派が肉のことを「穢きもの」と批判していたのに対して、先生は、君らが食べている糠味噌漬けの樽には、うじが侵入しているじゃないか、それを皆平気で食べているんだから、肉ばかりを「穢い」と言うのは、「不通の論」じゃないかと言っているのです。
ここで先生が糠味噌漬けは不潔だから止めるべきだとは言っていないことにご注目下さい。
うじはたしかに素敵なものではありませんが、この世界に普通に存在する有機物です。糠味噌の中で死ねば、やがて有用菌がそれに取りついて分解し、醗酵食品となって、人が安全に食べられます。
こういう文を読むにつけ、菌をとにかく減らして行くことばかりが「衛生的」とは言えないのでないか、私はそう思ってしまうのです
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