私の浅草
編集者をしている知人が、
『私の浅草』の新版を出しました!
と言ってきました。
『私の浅草』は、女優だった故・沢村貞子が1977年(昭和52年)に発表した自伝的エッセイです。第25回日本エッセイスト・クラブ賞を受賞していて、NHK連続テレビ小説『おていちゃん』の原作としても知られています。
よく、まあ、今年そういう古い本の新版を出したものだなあ、と思いましたが、今回の視点としては、
「信じるものが希薄で生活の寄辺なさが漂う現代にあって、羨ましいくらいに確かな価値観をもって生きる市井の人々の暮らし」を読んで欲しい、ということのようでした。
さて、この本で一番印象的なのは、貞子の弟で俳優の加東大介が亡くなった時の追悼文「役者バカ」でしょう。
加東は戦前浅草に未だ在った歌舞伎小屋「宮戸座」に子役として入り、「前進座」を経て、戦後は現代劇の俳優として活躍しました。
その加東の戦時中の体験を描いた部分を読むと、演劇というものについて考えさせられるのです。
昭和18年(1943年)加東は招集されてニューギニアに向かいます。しかしそこは主力部隊から見放され、救援物資も届かない最果ての地。兵は敵襲とマラリアでバタバタと死んでゆく戦場でした。
その地で加東は、なんと「演芸隊」を結成し、熱帯のジャングルで兵たちを慰安するため、ほぼ休演日無しで公演を行ったと言います。
兵たちは、この公演を涙を流して鑑賞し、時には死の渕で苦しむ者を起き上がらせたこともあったとか。
上官が内地に転任する時、加東を帯同しようと誘ったのに、加東は、あんなに喜んでくれる見物(兵たちのこと)を置いて帰れないと、ニューギニアに留まり、終戦まで公演を続けました。
戦時には、一見不要と思われる演劇が、このように人の心の支えになるということが大変良く分かります。
後に、この体験記は『南の島に雪が降る』という題で本に成り映画にも成りました。
それ以外にも、この本には戦前の下町の様子を見事に描いた短文が多数収められています。
巻末エッセイは千社札が有名な橘右之吉さん。
是非ご購読を。
平凡社ライブラリー841
ISBN9784582768411
追伸、
拙著は好評(?)販売中です。どうぞ、よろしくお願い申し上げます。
題名:『浅草はなぜ日本一の繁華街なのか』
浅草の九人の旦那衆と私が、九軒のバーで語り合った対談集でして、「浅草ならではの商人論」を目指しています。
東京23区の、全ての区立図書館に収蔵されています。
四六判240頁
価格:本体1600円+税
978-4-7949-6920-0 C0095
2016年2月25日発売
株式会社晶文社 刊行
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