火の用心

この時期は風が強い季節です。

最近、東急東横線が近隣建物の倒壊で不通になるという事故がありました。

先月の足利市の山火事も強風による飛び火が原因ですね。

強風と乾燥で火事の季節でもあります。気をつけないといけませんね。

江戸時代の江戸では、267年間で1798回と繰り返し火事が起きましたが、その中でも最大と言われる「明暦の大火」が起きたのも、この季節です。

この大火では江戸城も焼け、城下の半分以上が焼け、数万人の死者が出るという被害が出ました。

それほどの大火であったので、江戸の都市計画に大きな影響を与えました。

その一つが「広小路」です。道路を大幅に拡張して、火が道の反対側に飛び火しないようにしました。銀座線の「上野広小路」の駅名の由来は、これです。

その広い道路は普段は空き地ですから、屋台や見世物が出て賑わいました。

「ちんや」の前の、今は「雷門通り」と呼ばれている通りも、元は広小路で、「浅草広小路」と言われていました。「ちんや」が持っている、大正初期の「帝都名所浅草広小路雷門通」という写真には「浅草広小路」の文字が入っていて、この頃はまだそう呼んでいたようです。

「浅草広小路」には、昭和の戦前は屋台も出ていたと聞きます。

寿司も蕎麦も天麩羅も、元々は屋台の料理ですから、火事と「広小路」は、江戸の食にとっても重要な意味を持っていました。

その記憶を忘れないようにしたいものです。

本日もご愛読賜り、誠に在り難うございました。 弊ブログは2010年3月1日に連載スタートし、本日は4.024本目の投稿でした。

Filed under: 浅草インサイダー情報 — F.Sumiyoshi 12:00 AM  Comments (0)