狆屋
そもそも、ですが、「ちんや」は何故浅草で商売をしているのでしょう。今日は、その話しです。
「ちんや」は漢字で書くと「狆屋」。明治維新まで狆という愛玩犬のブリーダーをしていました。
そのブリーダー直営ペットショップが浅草に在った背景には、江戸時代の人達がペットの品種改良が大好きだったということがあります。
典型的には金魚と朝顔。
品種改良をして珍しいものを作り、話題沸騰になると儲けがあったと聞きます。そして、その珍しいペットを繁華街に買いに出かけるという習慣がありました。
そんな中で、狆は徳川綱吉や吉原の大夫が愛玩したと言いますから、高級版のペットでした。良い血統を確保したブリーダーは儲かったのだろうと思います。何しろ狆は日本唯一の愛玩犬種で、改良が行われた唯一の品種でもありました。(逆に言えば他の犬種は番犬とか猟犬とかで、品種改良してまで飼うものではなかったようです)
そういう次第で、浅草にもペットの店がありました。小鳥なども人気だったそうです。
今では浅草にペットショップが多いとは言えませんが、江戸時代には盛んだったようです。
やがて明治維新が起こり、売れていた狆が売れなくなったので、「狆屋」は狆を止めて料理屋になりました。
狆屋という一般名詞を商標にしていたくらいですから、狆屋業界を代表する店だったのだろうと想像しますが、変わり身は意外に早かったようです。
今日は、そもそもの話しでした。
追伸
「和牛」のお二人とdancyu植野編集長のテレビ番組に出演させていただきます。
『和牛の町×ごはん』BS日テレ 10月13日(火曜)21時~
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弊ブログは2010年3月1日に連載スタートし本日は3.880目の投稿でした。引き続きご愛読を。