花柳界

経営の勉強材料として、料亭さんのこと、花柳界のことを考えています。

戦前の料亭は必ずしも御接待専門の場ではなかったと聞いています。特に浅草花柳界は近隣商店の旦那衆が自腹で遊ぶ場でした。

その敷居が上がり、料亭=御接待というイメージが出来上がったのはいつですか?と、とある料亭のご主人さんにお尋ねしましたら、戦後ですかねえ・・・というご返事でした。

GHQによる財閥解体でオーナー一族が追放され、日本の会社は普通のサラリーマンが出世を競う場になりました。もちろん、それは民主化で結構なことだったのですが、サラリーマンの皆さんは「社用族」すなわち自腹で決して飲み食いしない人々と成り、結果として料亭=自腹で行く所ではない、というイメージが確立してしまいました。

こうした「社用」が華やかだった頃・1980年代までは良かったのですが、90年代に入ると、世の中の基準が変わり、接待とは贈賄行為だと認定されるようになって行きました。

きっかけは「官官接待」問題でした。1995年に「全国市民オンブズマン連絡会議」で、全国の地方自治体で約29億円が「官官接待」に使われていると暴露され、「官官接待」という言葉は、この年の流行語と成りました。98年には大蔵省接待汚職事件(所謂「ノーパンしゃぶしゃぶ事件」)もありました。やがて民間同士の接待さえ、各社の倫理規定で縛られるようになりました。

ここからが花柳界の苦難の時代です。おりからバブル経済も崩壊したのでダブル・パンチとなりました。

御接待全盛の時代の内に、料亭自身が他の利用形態のお客様=自腹で来てくれるお客様を開拓すべきだったという議論は、完全にその通りなのですが、多少酷なような気もします。予約の電話がひきも切らないのに、それを断って、果てして来てくれるのか良く分からないお客様・馴染みのないお客様にアプローチするというのは難しいものです。

以来花柳界の失われた20年。今現在も、花柳界の復活が始まったとは言えないと私は思います。

「社用」時代以前の、近隣型の花柳界にヒントがないものかなあ~と思います。

 

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Filed under: 飲食業界交遊録 — F.Sumiyoshi 12:00 AM  Comments (0)