230年の会

蕎麦の「更科堀井」さんの創業230年の会にお招きいただきました。
堀井家の伝によると、ご創業は寛政元年(1789年)。
初代は、もともと信州特産の信濃布を商っていたのが、そば屋に転じたそうな。江戸に出てきて、領主・保科家の江戸屋敷に近い麻布永坂町に店を構えたと伝えらえています。
明治半ばの最盛期には、皇后や宮家などにも出前を届けていたといいますが、昭和に入って順調でない時代を迎えることになります。昭和の恐慌で、出資していた銀行が倒産、昭和十六年に廃業に追い込まれてしまったとか。
戦後になんとか再建を果たしますが、この時に外部の資本も入れて会社組織にしたことが、後に紛議の素となってしまいます。
やがて現当主八代目の良造さんが、その会社を離れ、堀井家の業として、現在の「更科堀井」を設立したのは昭和五十九年のことだったそうです。
現在麻布十番界隈に三店の更科さんがあり、また堀井家が総本家であるにも関わらず、「永坂更科」「布屋太兵衛」の商標を、堀井家でない更科さんが持っているのは、そういう事情によります。そういう経緯を良造さんは隠さず、HPに記載し、当日の挨拶でも語っておられました。会社が歴史があるのは当然のことで、むしろ共感をよぶ姿勢と思います。
さて、230年の会のお蕎麦は、まず、
「煮貫(にぬき)」
「煮貫」とは、味噌をメインに作るつけ汁のことで、1643年発行の、日本最古の料理書といわれている『料理物語』に、つくり方が載っているそうです。醤油味の麺つゆが主流になる前の味を再現したもので、九代目・義教さんの研究熱心なことが良く分かります。
もう1点のお蕎麦は天婦羅蕎麦。しかも「ひと昔前の?天婦羅蕎麦」。
最近の天婦羅蕎麦の天婦羅は、たいてい「揚げたて」ですが、以前は、揚げ置きして油を抜くのが好まれました。
「油を抜くのが好まれました」と聞いて、え?そうだっけ?と思いながら噛みついて→思い出しました。うん、たしかに以前はこんな感じでした。懐かしい。衣に汁が浸みてうまいです。
美味しくも、発見のある会でした。ご馳走様でした。

追伸⓵
日本テレビの番組「ヒルナンデス!」に、カットされてなければ、出演させていただく予定です。13日の11時55分~です。ご覧くださいませ。

追伸⓶
今夏8月4日より「ちんや」ビル地下1階の「ちんや亭」が、
「肉の食べくらべレストラン」として再スタートしました。
今回すべての肉メニューに「ちょい食べサイズ」(ハーフサイズのこと)をご用意することに致しました。
くわしくは、弊ブログの8月4日号をご覧くださいませ。

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて3.116日連続更新を達成しました。
すき焼き「ちんや」六代目の住吉史彦でした。

Filed under: すき焼きフル・トーク — F.Sumiyoshi 12:00 AM  Comments (0)