鰻文化がピンチです。

 鰻の業界が大変なことになっている模様です。

 鰻の資源枯渇によって仕入れ価格が大暴騰して、廃業せざるを得ない鰻屋さんも出てきそうだ、とか。

 その暴騰ぶりは、

今まで、うな丼・うな重を1人前2.500円、3.000円くらいで食べていたものが5.000円、6.000円で食べられるかどうか、というレベルに、近い将来なるそうで、深刻です。

 知人で名店「いづもや」の若旦那である、Iさんが、そうフェイスブックに投稿されていました。

 鰻というと、完全養殖に成功したと聞いていましたが、しかし、

「確かに鰻の完全養殖は成功してます。ですが、今現在育てられる匹数はうなぎ屋さん30軒ほどが1日営業出来るくらいなんです。つまり全国何百軒、何千軒とあるうなぎ屋さんは1年を通して営業ができないレベルでしかないんです。」

 その他は、やはり日本近海に泳ぎ着いたシラスウナギを獲って、それを養殖で育てるのだそうです。

ということで、完全養殖は特効薬にはならない模様です。

 こうなった原因は、シラスウナギの激減ですが、減少の要因としては・・・

・エルニーニョ等による海流の変化、それに

・天然鰻を獲ってしまったり、

・シラスウナギを根こそぎ獲ってしまうことなど、

だそうです。

「大手小売りや、外食チェーンも鰻を扱うようになって久しいですが、そういったベルトコンベアーでの大量生産も大幅な値上がりの一つの要因です。ですが、どこも商売ですから、どこをどう止めるとか、そういうところになかなかすすんで行かないのも現実。」

 やっぱり!

 私は、コンビニだの居酒屋だのが、「丑の日」フェアをやったりするのを、かねてニガニガしく思ってきました。

 蒲焼レトルトを通販するのも同じく反対です。

 鰻は、鰻屋さんで食べれば良いのに!

 このまま行くと「資源が枯渇し、ワシントン条約等で鰻を採る行為自体が禁止されてしまいかねません。」   

 皆さん、日本の鰻文化がピンチです。

 鰻をどう食べるべきか、皆さんにも、お考えいただきたいです。

 ヨロシクです。

追伸

  毎日新聞社発行の毎日ムック『100年の味 店100選』に載せていただきました。有難いですね。2012年1月12日発行。是非お求め下さい。

 本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて687日連続更新を達成しました。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。

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国分町

 今、仙台が復興景気に沸いている、と大晦日の読売新聞が報じていました。

 東北随一のネオン街・国分町の飲食店は、連日大賑わいで、売上げが前年の2割増し、という状況が続く店も多いそうです。

「震災前より景気がいいのよ。復旧作業で全国から、建設や土木関係や不動産関係、保険関係者とかが来ていて、お金はかなり落としてくれているかな。それもキャッシュで。震災直後は、“これからどうなるんだろう”って途方に暮れたけど、今はちょっとしたバブルね」(飲食店経営者)(=平たく言うとママさん)なんだそうな。

 店内では作業服のままで繰り出して来た客が目立つとか。

 笑えたのは、そうした客を接客するコツが、やはり読売新聞に報じられていたことです。「震災の時に、どうなさっていましたか?と切り出すようにしています」(飲食店関係者)(=平たく言うと、お姐さん)

 客の中には、単にお姐さん達と仲良くするだけでなく、東北の日本酒を飲んで支援しよう、という奇特な方もいるらしく、それは大変結構な話しです。

 ただ、そこに書いてある「飲食店」というのは、全ての飲食店ではないと思います。新聞は風俗店も「飲食店」と表現しますが、立派な御料理を出す御店の方は、ここに書いてあるような景気とは聞いておりません。少なくとも、私は。

 復旧関係者は、仙台へ遊びに行っているわけではなく、昼間は仕事です。ハードな仕事で、夜遅くまでかかるのでしょう。そのハードな仕事が終わって、寝る前にクールダウンしたいから、夜更けて繁華街に行くのだと思います。嫁さん・子供は東京ですしね。

 そういう状況ですので、彼らが向かう「飲食店」とは、立派な御料理を出すお店のことではないと思っています。

 潰れてしまった店もあります。

 帝国データバンク仙台支店の発表によると・・・

やはり「国分町で高級料亭などを経営する「銀たなべ」が事業を停止し、自己破産申請の準備に入った。」

「東日本大震災の影響で一時、全店営業停止を強いられ、売り上げが急減したことが響いた。負債総額は約5億円。同社は1949年に創業。国分町や周辺で日本料理店などを展開し、地元では高級料亭として知られた。」

とのことでした。お気の毒なことです。

 今の復興景気で儲かった人が、本格的日本料理を食べて下さると良いのですけどね。

 「ちょっとしたバブル」をバブルに終わらせないよう、消費する側もそれを受け取る側も、お金の使い道を、よくよくお考えいただきたいものです。

 しっかり考えて消費してね、お姐さん達。

追伸

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ランキング操作

 1/5の新聞・テレビが「食べログやらせ業者」について報じました。

「飲食店のランキングサイト「食べログ」が、好意的な口コミ投稿の掲載や順位の上昇を請け負う見返りに飲食店から金を受け取る「やらせ業者」に、ランキングを操作されている事例があることが4日、運営会社のカカクコム(東京)や飲食店関係者への取材で分かった。」

「東京都内の飲食店関係者によると、やらせ業者はIT関連会社や投資顧問会社を名乗り、店舗を個別に訪問。「食べログの点数を上げる裏技のご提案です。食べログからは非公認のサービスとなります」などと言葉巧みに勧誘し、店舗側の意向を反映した好意的なやらせ「口コミ」を毎月5件ずつ投稿するという。」

「報酬は月間約10万円。男性は「依頼を受けた店舗の点数を確実に上げる」などと強調したという。」

 まあ、私たちにとって、この話しは旧知の話しで「何を今皿イヤ今更」という感じですね。私が聞いたところでは、ライバル店を貶す書き込みもしていたはずです。

「食べログは昨年11月の月間利用者数が3200万人以上に達し、影響力が大きく、やらせによって客入りの悪い店が“繁盛店”に変身する場合もある。」

「カカクコムは、サイト内の監視を強めるなど対策強化に乗り出した。カカクコムは現時点でやらせ業者、39社を特定しており、田中実社長(49)は「今後は不正業者の業務停止を求めて提訴するなど断固とした措置をとりたい」としている。」

 ほお、「断固たる措置」ですか。

 どういう措置ができるんでしょう。「観もの」とはこのことですね。

 だって、「食べログ」は、登録さえすれば誰でも投稿できますね。本名かどうかわかりません。

 やらせ業者は悪用し放題でしょう。匿名性のネット社会で純然たる公正な「口コミ」なんて、在り得るんでしょうかね。

 だいたい料理屋なんて自分の舌で選べば良いんです。

 それが出来ない時は、しっかりした見識をお持ちの方に教えてもらえば良いんです。じゃあ「食べログ」は誰が使うのかって?友達のいないヤツが使えば良いんじゃあないですかね。

 私だって私の友達には、お教えしますよ。勿論、同業者のことですから、ネットには書けませんけどね。それこそが口コミというものです。

 ネット上の「口コミ」なんてものは、公正なものでは断じてなくて、ホンモノの口コミの中にだけ、真実が在るんです。

 ネットの普及以来、私達は公正であることに鈍感になり過ぎていませんでしょうか。

 こうしたランキング操作のことを、ネット業界では「ステルス・マーケテイング」とか言っちゃうそうですが、カタカナにすることで、不公正な感じを消そうとしているだけです。

 一般人や芸能人のブロガーが、企業から依頼を受けて、その商品を褒めるのも同類です。

 以前、このブログに結構な数の読者がいることを知った、ある人が言いました・・・

 へええ、じゃあ、住吉さん、儲かっちゃうんでしょうねえ!

 念のため、この「じゃあ」について解説しますが、「じゃあ」とは「住吉さんは老舗料理屋の主人だし、書いてるブログに読者が大勢いるなら、その立場を悪用できますね。旨くもないものを旨いと書いて、その旨くもないものを作っている業者から、お金をもらっているんでしょうね。儲かっちゃうんでしょうねえ!」

という意味です。

 私が、昔の、名誉を重んじる侍なら、

 ぶ、無礼者!

と叫んで、刀を抜き、その女(⇒女だったのです!)を切り捨て御免にしたことでしょう。

 ところが、彼女はニコニコと楽しそうに、この話しをしていて、悪気はカケラもなさそうでした。ブログとは、そのように使うものだと、最初から考えているようでした。

 まさに、末法の世ですな。

 南無観世音菩薩。

 追伸

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山ふぐ

 11月に前橋市で開催した「すきや連」でお世話になった「群馬やまふぐ本舗」さんから、蒟蒻とシラタキが届きました。

 「やまふぐ」の御主人の御自慢は、その蒟蒻・シラタキが刺身として食べられることです。下茹でしなくてOKで、そのまま食べられるのです。

 それどころか「下茹で厳禁」(!)と書いてあります。茹でて固くしてもらったら迷惑!ということです。へえーですよね。

 そういうことが出来るのは、石灰が少ないからです。

 そもそも石灰は、アルカリ反応を起こしてコンニャク粉を凝固させるのに使います。作るコンニャクに対し、必要量を完全に反応させれば、最小限で済むわけですが、その加減は、御主人曰く・・

「その辺りの添加基準は、データと数値で表すより、今までの経験と感覚でその都度加減しないと、四季折々の製造環境の違いにより、均一に作る事は難しいんです。」

 ところが、一般的な製造者さんは・・・

「食品に一番あってはならない「腐敗の原因」を取り除く事が第一と考え、必要以上のアルカリ分を加え作るんですが、その加減の限度を知らず、数値ばかりを見てしまうのだと思います。」

「しかし!最低限必要とされる凝固剤を完璧に混ぜ合わせれば、意外と日持ちするんですよ!パックしてボイルすればなおさら。」

ということで、「やまふぐ」さんの蒟蒻は、意外なことに消費期限が長いのです。

「みんな「製品が傷むのを避けるため!」って云うか、加減の限界を知らないし、また挑戦してないため、無駄な石灰添加の悪循環に陥ってるのかも知れませんね!」

「要は、一般的な製品はいろんな部分で無駄が多いんです。物事には「適量」て云うのがあり、コンニャクもそうなんですよ。」

 この話しには、なるほどと思いました。

 今時はどうしても過剰に「安全」に、食品を作ろうとする傾向があるように思います。結果、「安全」でも「加減」が悪くて⇒不味い場合が多いような気がします。

 実は私はワインを大量に飲むことをしませんが、それはワインの参加防止剤(=亜硫酸塩)が好きでないからです。日本酒のように火入れをしないワインは、これを入れないともたないのですが、その量が多いものが結構あるようです。

 それが苦手なのです。

 このクスリの量が多すぎないか、厚生省も通関の段階で、規制しているそうでが、その基準は結構緩く、皆パスしてしまうそうです。

 私がワインを好きになれないのは、この人達のせいです。

 「安全」が大事でないと言うつもりはありませんが、過剰な安全は考え物ですね。その証拠に、蒟蒻に石灰を多く含ませたからといって、消費期限がそれだけ伸びるわけでもありません。

 で、結局「やまふぐ」さんのシラタキの御味はどうだったのかっていうことですが、

 フレッシュ感が素晴らしかったです。御高説の通り、臭みは完全に無しです。夏場に酸味を効かせて食べたら爽快でしょう。

 こういう食べ方をして初めて、「山ふぐ」と言われる理由が分かります。

 すき焼きに入れてしまうと、どうしても少し固くはなりますので、「山ふぐ」感はかなり薄まります。でも弾力はしっかり残っていて、食感が楽しいです。七味とか辛みを加えるとさらに良いかもしれません。

 同じシラタキでも、いろいろな食べ方ができるのだなあ、と感心しました。

  追伸

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またまたまたクリスマスの話しです。

  年始なのに、またまたまたクリスマスの話しです。

 日本養殖新聞の、「うなっくす」さんことTさんが、

 「クリスマスにうなぎを食べるワケ」プロジェクトを提唱なさっています。

 そのブログが面白かったので、御本人に無断で転載しますと・・・

 「クリスマスに何でうなぎ?」ってことで、その理由を以下、並べてみました。

▼”クリスマスにチキン”って定着しすぎて、もう飽き飽きだから。

▼他の人はチキンばかり。自分だけ、うなぎを食べる事で優越感に浸れるから。

▼鰻重を食べる事で、ありきたりではない、思い出に残るクリスマスを過ごす事が出来るから

▼体調崩しやすいクリスマスの時期はビタミンC以外、豊富な栄養を含むうなぎが最適だから(注:デザートにはビタミンCをたっぷり含んだデザートを)

▼川魚の中で、肌に良いコラーゲンを多く含むウナギは、肌荒れを気にするこの時期に打ってつけだから(※コラーゲンは、ビタミンCを一緒に摂る事で吸収を良くする)

▼クリスマスは”聖なる夜”であると共に”精なる夜”、それだけにうなぎは欠かせないから。

▼愛し合うカップルは、チキンより精のつくうなぎが最適だから。

▼慌ただしい師走に、比較的空いたウナギ屋さんで美味しい鰻重を食べると心がほっとし、落ち着けるから。

▼”ごちそうだぞ!”と強調、クリスマスプレゼントに次いで、うなぎを大切な方におごると喜ばれる(?)から。

▼うなぎとは世界に誇る日本を代表する伝統食文化、チキンを食べている場合ではないから。

▼ ウナギイヌがサンタの格好をするとたぶん、かわいいから。

追加:男子がお店で女の子に鰻重の『特上』を頼んでも、フレンチ最上級コースの1/3以下だし、オトコのメンツの割に実はコストパフォーマンスに優れてるから。

 ははは。よくも、これだけ理由をお考えになったものです。スゴいです。

 しかし、です。鰻がこう来るなら、すき焼きも黙ってはおれません。

 で、考えつきました。

 「バレンタインに、すき焼きを!」

 早速、鰻がバレンタインも占領しないよう、Tさんに申し入れて?おきました。

 り、理由ですか?

 うーん、

▼ 住吉さんがサンタの格好をするとたぶん、かわいいから。

 え? それじゃあ、クリスマスの理由だろう、って?

 ス、スミマセン!

 本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて678日連続更新を達成しました。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。

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住吉史彦の十大ニュース

 お待たせしました!

 今年も「住吉史彦の十大ニュース」の時間がやってまいりました。

 え? 誰も待っていないって?

 そういう声は無視して、どんどん行きましょう。

 今日はポイントだけを書きますので、詳しい内容を知りたい方は、アンダーラインのある所をクリックして下さいね。さて、

1月 「ちんや」すき焼き通検定試験を実施しました。

 勇気ある17人の方が受験し、見事全員が合格されました。今後も継続して実施し、「すき焼き通」を増やして行きたいです。

3月 第8回「すきや連」を京都三条寺町の「三嶋亭」さんで開催しました。

 「すきや連」が初めて関東以外に進出しました。

 この日に合わせたかのように「すきや連」旗振り役代表の、向笠千恵子先生の御本『食の街道を行く』が、料理本のアカデミー賞とも言われる、「グルマン料理本大賞」の、紀行本部門2010年グランプリに選ばれ、発表されました。

 その目出度さも加わって、この回は、いつになく盛り上がっていたように思います。3日後に大震災が襲ってくるとは知らず、とても楽しい夜が更けました。

 5月「青森・岩手・宮城・福島・茨城 五県蔵元連合試飲会@浅草」を開催しました。

 大震災に遭い、「守ろう、東北のSake!示そう、ニッポンの絆!」というスローガンで、三社祭が開催できない、その日に開催しました。

 合計67社の蔵元さんから、酒を出品していただきました。また陳列作業には、浅草料理飲食業組合役員の皆さん、浅草酒販組合さんのマンパワーを集めて当りました。

 経験のない一大事業でしたが敢行しました。

7月 「ちんや」で「料飲三田会」の例会を開催しました。

 料飲三田会というのは、慶応大学を出て料理屋を経営している人たちのグループです。会員の顔ぶれは、東京でも良く知れた御店の御主人様方ですので、緊張しました。

 東北地方の、慶応出身の蔵元さんが造る御酒をお出ししました。

7月 「ちんや」の精肉売店で、調味料を売り始めました。

 今世の中には、「出来合い調味料」がやたらと増えてきていますが、正直、私の味覚からすると、残念なものばかりです。それに添加物がたくさん入っています。肉屋が肉だけを売っていればOK、という環境ではなくなってきたので、始めた次第です。

 醤油をかわきりに、その後、味噌などの他の調味料も売ることも始めています。

7月 第9回「すきや連」を「銀座吉澤」さんで開催しました。

 第9回は、汚染エサの問題で畜産業界が大揺れの最中の開催と成りました。それでも、「すきや連」は挫けていません。この日も開催店のY社長が「こんな大勢さんの宴会は初めて!」という位の、大人数が集結しました。

 「必ず乗り越えるぞ!」と大盛り上がりでした。

8月 「すき焼き川柳onツイッター」コンクール、略して「すき川」をネット上で実施しました。

 今年の8月は汚染牛報道で大ダメージの最中でした。ボヤイていても仕方ないですので、この企画を実行しました。キャッチコピーは「川柳で日本の食卓に笑顔を!」

 530句もの句が集まり、びっくりでした。傑作には「ちんや」食事券をプレゼントしました。

8月 隅田川花火大会の日に、「ちんや」で国際観光日本レストラン協会の納涼会を開催しました。

 花火は、震災の影響で例年より一ヶ月遅れ、8月末の開催になりましたが、関係の皆様のご尽力により無事開催されました。業界の仲間と共に鑑賞することができ、本当に有り難いことでした。

9月 <大震災6ヶ月―全ての食材を東北+北関東から集めた、住吉史彦の会!>を開催しました。

 この会は昨年に続き2回目でした。

 「御偉方」をおよびせず、私と年齢の近い皆様(プラスマイナス10歳)にお声かけさせていただく会という点は昨年と変わりませんが、今年はご案内先を「飲食業界・食品製造業界の方限定」という風に変更、また題名の通り、食材を東北から集めました。

 参加者は私の親しい方ばかり。「オレ達が日本の食文化を造るぞ」と大盛り上がりの夜でした。

11月 第10回「すきや連」を、群馬県前橋市のすき焼き店「牛や清」さんで開催しました。

 今回も定員オーバーの、多数の皆様のご参加があり大盛況。上州和牛を堪能しました。

 またこの回は宴会の前に「産地見学ツアー」が付きました。下仁田の葱畑、原木しいたけ、蒟蒻工場を見学して有意義でした。群馬の皆さん、お世話になりました!

 そして最後に、もう一つ。

 2/28に弊ブログが連続更新365日を達成しました。その後、大震災をまたいで671日(1年10か月)まで伸びています。

 記念の日には「連続更新365日記念スペシャル カリスマ受け売り師・住吉史彦の生涯の半分くらい」と題して、6日連続の長篇ブログをUPしました。

 さてさて、あまりに多くのことがあり、決して忘れることのないだろう2011年の、弊ブログも本日が千秋楽となりました。万感胸に迫り、大したことは書けません。

 ただただ御礼だけを申し上げます。

 読者の皆様、ご愛読いただき誠にありがとうございました。

 2012年もご愛顧を賜りたく、お願い申し上げます。

  東西、東〜西〜

 

ある呑み屋へのオマージュ

 今年の師走のある夜、学校の同期生が、さる御偉い方を接待するのに弊店を使ってくれました。

 その御方を弊店へ連れて来たのは、事実としては確かに同期生なのですが、私には、その場にはいない別の人が連れて来てくれたように感じられました。

 「別の人」が誰かと申しますと、今は閉店してしまった、ある呑み屋のママさんが連れて来てくれたように感じたのです。その御方と私は、ともにそのママさんの店の客だったからです。

 「ともにその店の客」と申しましても、実は、その店が営業している間に御一緒する機会は、残念ながら一度もありませんでした。だから今回が初対面です。

 その御方は、私の父とほぼ同年代の年齢で、その店の40年を超える歴史の中では前半の客でした。私はと申しますと終盤の客でした。それで、通った時期が重なっていないのです。

 その店が開店したのは、私の生まれた年と同じ1965年で、私が通うようになったのは、「開店35周年」の少し前の頃でした。

 そのすぐ後、その御方は偉くなりました。それまでは文筆の御仕事をされていたのですが、見識を買われて公職に就かれました。それも国民経済の枢機に参画する要職でした。

 この御出世を、ママさんは当然喜びましたが、店の業績には、どちらかと言うとマイナスの結果となったようです。要職に就いてしまったものですから、そう頻繁に店を訪ねることが出来なくなったのです。当時ご体調もベストでなかったようでした。

 それでママさんは、その偉くなった御方が書いた御本を、他の客に読ませることにしました。店の棚に御本が並べてあって、それを読むように勧めるのです。

 正確には「勧める」とうよりは、半強制でした。

「住吉さん、アナタ! この本、お読みになったこと、あるの?!」

「駄目よ、アナタ! お読みにならなきゃあ!」

いつも「アナタ」の「ア」にアクセントが付いていました。

 この他にも、ママさんは客の画家の展覧会のチラシを私に渡して、観に行くことを強制しました。そうやって客同士を懇意にさせるのが、ママさんはとても好きで、同時に商売の手法でもありました。

 そういう調子で、店は今世紀に入ってもしばらく営業を続けましたが、次第に客の高齢化が目立ってきました。

 話していても「○○さんが死んじゃったの」「△△さんは肝臓が悪くて、もう飲めないの」という話題が増えました。開業から40年近いのですから、仕方のないことです。

 そんな中、私は客の中では新参で、最年少の部類でした。「開店40周年」を祝うパーテイーでは、「最年少の客」としてスピーチを求められました。ママさんのことを褒め称えましたよ、当然ですが。

 しかしその頃、店の周囲が再開発の対象になり、またママさんの御母上の介護が大変になってきたことから、数年前、その店はついに惜しまれて閉店しました。閉店したことは新聞記事にもなりました。

 結局その店で、私はその偉い御方と御一緒する機会はありませんでした。

 でも御本を読んでいたので、今月初めてお目にかかった時に困りませんでした。ママさんの話しで盛り上がることも出来ました。嬉しいことでした。

 私にとって、その店の記憶は、30歳過ぎから40歳を少し超える時期までの記憶です。

 たぶん、その御方にとっても壮年期の、バリバリ書きまくっていた頃の記憶の中の店なのだと思います。一度も御一緒しなくても、そこが共通項なので、話しが噛み合ったのだと思っています。

 「懐かしい記憶の中の店」、それがある有り難さを感じた、歳の瀬でした。

 追伸

 12/29-12/31の三日間、「ちんや」精肉売店の店頭は、正月用のお肉をお求めの方で、大変混雑いたします。「長時間行列したくない」と思う方は、必ず12/28までに肉の予約をして下さいますよう、お願いいたします。

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あいづっこ宣言

 先日、会津若松市「末廣酒造」の御蔵主で、福島県酒造組合の組合長でもある新城さんから、

「NHKテレビに出るから見てね!」

というメールが来ましたので拝見しました。

 その番組は「きらり!えん旅」という番組で、マジシャンのマギー司郎さんが東北を旅して、出合った人々を手品で元気づける、という趣向です。その訪問先の一軒が「末廣酒造」さんの蔵でした。

 蔵を訪ねたくだりについては、昨日の弊ブログに書きましたが、この番組でもう一つ、私が「ほお」と思ったものがありました。それは、

 「あいづっこ(会津っ子)宣言」!

 マギーさんは末廣酒造さんに行く前に、地元の小学校を訪ねたのですが、そこでは子供達が元気に「あいづっこ宣言」を唱和していました。

 旧・会津藩校「日新館」以来、この街には「人づくりこそ地域発展の礎」との考えのもと、教育に力を入れてきた歴史と伝統があります。

 その上で、市民一人一人が「次代を担う会津人」の育成を、自分の課題として捉え、それぞれの立場から行動を起こしていくための指針、つまり市民共通の行動指針として、市がこの宣言を制定したそうです。

 学校で子供に唱和させるだけでなく、道端にも看板が設置されています。

 さて、その内容ですが、

一 人をいたわります

二 ありがとう ごめんなさいを言います

三 がまんをします

四 卑怯なふるまいをしません

五 会津を誇り年上を敬います

六 夢に向かってがんばります

  やってはならぬ やらねばならぬ

  ならぬことはならぬものです

 がまん、卑怯が出てくるあたりが侍っぽいですね。白虎隊の国らしいです。

 震災以来、会津も苦境にありますが、この子達には強く正しく生きぬいて欲しい、と願わずにいられません。

 それにしても、この宣言は、大人に聞かせてやりたい、イヤ、

 住吉史彦に聞かせてやりたいですね。

追伸

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カレー焼きソバ

 ここへ来て「年末はいつまでですか?」とか聞かれますが、浅草のすき焼き屋が年内休むわけがありません。大晦日まで、私は「毎日が平日」ですけど!!! さて・・・

 会津若松市「末廣酒造」の御蔵主で、福島県酒造組合の組合長でもある新城さんから、

「NHKテレビに出るから見てね!」

というメールが来ましたので拝見しました。

 その番組は「きらり!えん旅」という番組でマジシャンのマギー司郎さんが、東北を旅して、出合った人々を手品で元気づける、という趣向です。その訪問先の一軒が「末廣酒造」さんの蔵でした。

 さて、そうしてやって来たマギーさんを、新城さんは、蔵の案内もそこそこに、近所の居酒屋へ連れ出します。そこに会津の食べ物自慢がある、ということなのです。

 で、居酒屋で出てきた料理は、

 カレー焼きソバ!

=その名の通りの、カレールーをかけた焼きソバです。焼きソバの味つけはソースだとか。

 ・・・・・

 私はまだ食べたことがないので、その御味については、ノー湖面トいやノーコメントとさせていただきますが、感心しましたのは、居酒屋店内での、新城さんの振る舞い方です。

 居酒屋ですから、焼きソバを食うだけでなく、酒も飲むわけですが、新城さんは率先して、たまたま居合わせた客と乾杯をしていました。

 知名度のあるタレントさんが、居合わせた一般人と乾杯!という場面は頻繁に見かけますが、この撮影では新城先輩の方が、先に周囲の客と乾杯を始め、マギーさんはそれにつられて乾杯し始めたようでした。

 さすがは地元の代表・業界の代表です。

 私達も浅草で飲む場合は、そうして座をもり上げたいものだと思いました。

 さて、この番組でもう一つ、私が「ほお」と思ったものがあります。それは、

 「あいづっこ(会津っ子)宣言」!

ですが、そこまで書くと長くなるので、その話しは、また明日。

 それでは皆さん、御機嫌よーう。(この行はNHK風にお読みください。)

追伸

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バター・セレクション

 「ちんや」精肉売店でバターを売り始めようと思い、数種類をセレクトして取り寄せ、試食しています。

 バターは明治時代に導入されたものですから、すき焼き屋が併設する、弊店の売店で売ればイメージとして合致します。実際、セレクトした候補の内いくつかは明治時代に開拓された牧場の製品ですから、親近感があります。

 今時は醗酵バターでないバターもあるようですが、そういうバターは眼中になく候補は皆、醗酵バターですので、熟成させた肉をメイン商品とする弊店が売ることにも違和感はないと思います。

 で、研究中です。色々な食品と合わせて食べています。

 そうしておりましたら、雷門横丁の、もんじゃ「おすぎ」のU子さんが、じゃがいもを分けてくれました。ご親戚が北海道においでだとかで、毎年分けてくれるのです。

 ピンポン!

 しかも丁度良く、蒸し器を購入したばかりでした。じゃがいもを蒸せます。

 ピンポン!ピンポン!

 蒸し器と言うと本当は正確ではなく、従来からあった土鍋に入れる中敷きを買っただけです。その中敷きの下に少量の水を入れ、中敷きの上には当然具材を置き、土鍋の蓋をして、火にかければ即席蒸し器に成るのです。

 蒸したてのアツアツのじゃがいもにバターを載せると、熱で溶けて、素晴らしい香りが立ち昇ります。不醗酵バターやマーガリンでは、こうは行くまい、と思います。

 そして、旨いです、単純に。

 バターが無縁バターいや無塩バターの場合は、安中市「有田屋」さんの再仕込み醤油につけてもよいです。旨いですねえ。

 だいたい、じゃがいもは、煮込むと緩くなってしまうので、すき焼きの「変わりザク」にしにくい具材ですが、それだけに蒸すのがベストかもしれません。

 食べだすと止まらず、一箱あったじゃがいもが大分減って来ました。

 イモ食えば鐘が鳴るなり浅草寺

追伸

 毎日新聞社発行の毎日ムック『100年の味 店100選』に載せていただきました。有難いですね。2012年1月12日発行予定とか。是非お求め下さい。

 本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて659日連続更新を達成しました。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。

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Filed under: 憧れの明治時代,飲食業界交遊録 — F.Sumiyoshi 12:01 AM  Comments (0)