「饗応・居留地・牛鍋」講演台本①

 7/3に旧東京音楽学校奏楽堂での、平野正敏さん (ヴィオラ・アルタ奏者)のコンサートに出演し、食べ物の話し=日本人が、西洋の食べ物に遭遇した時代、幕末から明治時代のことをお話ししました。

 お運びいただいた皆さんに御礼申し上げます。

 タイトルは「饗応・居留地・牛鍋」にしました。半年がかりで準備しましたので、ブログ読者の皆さんにも、公開しようと思います。

 長いので、3回=3日間に分けて公開します。以下講演台本です。ご笑覧下さい。

 こんな恰好(=背広の上に「ちんや」の法被)で失礼します、私が住吉史彦でございます。こちらの建物・奏楽堂の、120年という永い歴史の中で、こんな恰好の男が、舞台の上に居るのは、ひょっとしたら、初めてのことかな、と思いながら今立たせていただいております。

 他の出演者の方は、皆素敵な恰好ですので、私も本当は、もっと目立つ恰好にしたくてですね、スター・にしきのあきら みたいなのが良いな、と思いまして(笑い)、ネットで貸し衣装を探していたんですが、そこをヨメに見られてしまいまして、「アナタ、そんな恥ずかしい恰好をするなら、アタシ出て行きますからね」と言われまして、それで、こういう恰好に落ち着いた次第でございます。

 私の部分は、当然食べ物の話しでございますが、今日のコンサートのオマケみたいなもんですので、前半を一生懸命お聞きになって、肩が凝ってしまった方には、丁度よろしいかと思います。15分ほど、おつきあいいただく予定になっておりますが、気楽に、お聞き流しいただきたいと思います。よろしくお願い申し上げます。

 さて、これからお話ししますのは、日本人が、西洋の食べ物に遭遇した時代、幕末から明治時代のことでございます。キーワードとして、饗応・居留地・牛鍋と3つあげました。早速行きます。まずは、一番目、饗応という言葉が出てきました。

 饗応っていう言葉は、今時ほとんど使いませんから、念のため、おさらいしますが、この言葉は、国のトップとか重要な地位にある方が、ゲストをお迎えした時に、料理を食べさせておもてなしする、そういう、超高級な接待のことですね。それが言葉の意味ですが、この饗応のために出された料理が、その後の、日本における西洋料理の一つの源流になっていくわけでございます。

 そのことをお話ししたいと思いますが、その前に、ここで、クイズを出させて下さい!いいですか?日本の国のトップが、外国人のゲストを饗応するのに、日本料理ではなく、西洋料理を初めて使ったのは、いつ・どこで・誰がやったのでしょうか?

 はい、タイムUPですので、答えです。時は1867年、日本の元号で申しますと、慶応3年の春、場所は大坂城でございました。あるじは誰かと申しますと、15代将軍・徳川慶喜でした。ええ、明治天皇じゃあないんです。時は明治維新・王政復古の数ヶ月前のことです。

 ちなみに接待した相手は、イギリス公使・フランス公使・オランダ公使で、シェフはいうとフランス人でした。歴史にお詳しい方は、慶喜がフランスから支援を受けて、イギリスが支援する薩摩長州と対決していたのをご存じかと思いますが、シェフもフランスの世話になってたんですね。そのシェフのフランス料理を各国代表に食べさせたわけです。

 慶喜はフランスの世話になっていた、というだけなくて、たぶん自分も、西洋料理とか肉料理が好きだったと思われます。その証拠がありまして、それは、慶喜のアダ名なんですが、なんとか将軍っていうアダ名だったか、ご存じですか?これが実は、クイズの第二問ですが、「暴れん坊将軍」じゃないですよ!それは松平健さんですから(笑い)。

 はい、タイムUPで正解を申し上げます。豚将軍と言われていました。豚一殿っていうアダ名もあったらしいですね、豚を食べるってことが、それだけ世間に知られていたっていうことだと思います。そのように、豚が大好きだった、日本の国のトップが、外国人のゲストを饗応するのに、西洋料理を使いましたのが、慶応3年の春、場所は大坂城でございました。「へー、はやかったんだ!」と思っていただけば、深甚です。

 さて、ドンドン話しを進めます。今日のお話しで、饗応の次にきますのは、居留地です。「きょ」の次も、また「きょ」なわけです。

 今日は、平野さんの会で、インテリの方が多そうですから、言葉の意味は、さらりとおさらいしますけど、その昔幕府は、外国人が住んだり・商売したりできる場所を、「ここだけ!」と一定の地域内に限っていまして、その特別な地域を、居留地と言いましたね。幕府は、1858年以降に欧米の5ヶ国に対して、5箇所の港を開いたのですが、その時開港しましたのが、北から箱館、新潟、神奈川、兵庫、長崎です。そして、その港の近所に居留地も出来たわけであります。びっくりしますのは・・・

*まだ続きますが、今日はここまで。続きは明日UPします。本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。

*なお、このコンサートの模様は、ケーブルテレビ「J:COM台東」でもご覧になれます。(契約されている方のみ視聴可能です)

<放送時間>

7月29日(木)、31日(土)、8月3日(火)
 9:20〜、13:20〜、17:20〜、21:20〜

8月1日(日)
 10:00〜、14:00〜、18:00〜、22:00〜

*平野正敏さんについては、こちらです。

 

 

「浅草ときわ食堂」さんのリニューアル・オープン

 7/1、「ちんや」の2軒隣の「ときわ食堂」さんがリニューアル・オープンしました。くわしく場所をご説明しますと、「ちんや」が、雷門から西へ4軒目で、「ときわ」さんは2軒目です。つまり「ときわ」さんは、雷門と「ちんや」の間の御店です。

 最近は、「四十二丁目食堂」とか「九十九番町食堂」とか、「○○食堂」の○○の部分に、地名を入れて地元資本であるかのように装った、外食チェーン店がありますが、「ときわ食堂」さんは違います。

 三代目のM社長と、四代目予定のM君親子が経営する、正真正銘の地元の御店です。

 この御店は「家庭料理をプロの味で召し上がれ」という御考えで、ねぎとろ丼、親子丼、刺身定食とか、和食中心の、親しみ安いメニューを並べています。私も、休みの日の昼メシをお世話になったりすることがあります。

 私が、外食産業でなく、こういう所で食べるのは、言うまでもなく、ちゃんと料理されたものを食べたいからです。地元資本風の外食産業に入ると、いつどこで調理されたかわからないものが、レンジで「チン」されて運ばれてきますが、それじゃあ、店に座って惣菜を食っているようなものです。

 やはり料理を食べたいですよね。高級食材でなくても、料理したてを、すぐ食べれば旨いものです。

 最近、若旦那のM君が「チン」の店に慣れたお客さんから、「料理が出るのが遅い!」と言われることが多い、とボヤていましたが、ちゃんとした料理が、そんなにすぐ出るハズはありません。メゲずに、旨いメシを出してもらいたいものです。

 ところで、今回のリニューアルで、入り口のドアが、自動ドアから手動ドアに変わりました。ドアも料理も手動で、この変更自体は、結構なことと私は思います。でも「手動」と表示してないのは、M君、どうなんでしょう?表示しておかないと、自動に慣れている人は、戸惑いますよね。

 「チン」と自動になれた人が、ドアに激突しないことを祈念いたします。

  あ、そうそう、ついでに、ご商売のご繁盛も祈念いたします。敬具。

 本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。(なお本日14時30分より、このコンサートに出演!)

*「ときわ食堂」さんについては、こちらです。

Filed under: 浅草インサイダー情報,飲食業界交遊録 — F.Sumiyoshi 12:08 AM  Comments (0)

もうすぐ見納め 浅草寺の大工事壁

 このブログに何度か書いてきましたが、浅草寺(=観音様)では、今年秋の完成を目指して、「平成本堂大営繕」(=主に屋根の葺き替え)が行われています。様子を見ていると、工事も後半に入ってきているようなので、久しぶりにご報告いたします。

 「ちんや」の店の屋上に上がると、浅草寺本堂の大屋根が見えるので、たまに様子を観察しているのですが、最近巨大なクレーンが3台やって来ました。何をするのかな、と思っていると、工事壁の枠組を撤去し始めました。

 工事壁というのは、今回の大営繕の間、ご参詣の皆様の安全を確保し、また建築上の必要性を満たすために、設置されているもので、本堂周囲を完全に覆うくらい、巨大なものです。

 クレーンはどんどん、枠組を外していき、今日の時点で、もう枠組の半分以上がなくなりました。当然、ご本堂の半分以上が、既に露出している状態です。

 工事壁も、もう見納めのようですね。

 工事期間が結構長く、工事壁も見慣れてきたところだったので、無くなると、なんだか寂しい感じがします。

 中から見えてきた、ご本堂が、なにやら、ちんまりした感じがするから不思議なものです。

 それは有り難い工事壁に「参詣」なさりたい方は、どうぞお早めに。

 なお工事壁正面の、巨大な龍は、まだ鎮座しておられます。

  本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。(なお明日14時30分より、このコンサートに出演予定です。)

*「平成本堂大営繕」については、このブログの5/24号もご覧下さい。

Filed under: 浅草インサイダー情報 — F.Sumiyoshi 12:04 AM  Comments (0)

記念日割引

 「ちんやメンバーズカード」の、会員様に限定した制度なのですが、「記念日割引」というのを始めました。「ちんや」は今年創業130年を迎えましたので、その記念で、この制度を始めました。

  「メンバーズカード」に入会(または更新)される御客様には、その時に、お一人ずつ、ご自分の記念日を一日選んで登録していただき、登録したその日にご来店の場合は、優待割引率を10%にさせていただきます。通常会員様の割引は5%ですから、記念日については倍です。

  どういう日を選ぶかは、全くご自由です。

 ご自分の誕生日はもちろんですが、お子様のお誕生日、お孫さんのお誕生日、ご結婚記念日、おつきあいを始めた日、あるいは会社設立記念日でも、自由に選んで記念日として登録できます。

 不祝儀の日でも結構でして、ご先祖様のご命日を選んで登録し、ご法事に使っていただいても、結構です。

 登録した記念日当日にご来店いただけない場合も、その日を含む月の内なら、他の日に振替えていただけます。

  この制度で興味があるのは、当然、皆さんがどういう日を、御自分の記念日として登録なさるか、です。

 立派なオトナが自分の誕生日は登録しないだろう、お子さんの誕生日か、あるいは逆に、お爺ちゃんの誕生日を登録して、「すき焼き誕生会」をする、というパターンが多いだろう、と想像しておりました。

 ところが、ご自分の誕生日が多いです、かなり。 オトナの方でも、です。

  なんでかな?と思って考えてみましたが、まず「記念日を一日だけ選ぶ」という選択をすること自体に、戸惑ってしまう方がいるようです。

 自分でこういう制度を造っておいて、言うのもなんですが、たしかに、記念日を一つだけ選ぶ、というのは、簡単でないかもしれませんね。

  事前に考えて来たわけではなく、急に選ばされるので、面食らう人が多いのかもしれません。悩んでしまい、お孫さんの誕生会とか、法事とかは思いつかず、タイムUPとなって、結局ご自分の誕生日を登録してしまうようです。

 記念日記入欄が空欄の人もいます。10%引きになるのに、です。

  ブログ読者の皆さんは、すぐ選べますか?

 自分にとって、一日だけの記念日って、何月何日か。

 選べたら、是非その日を「ちんや」にご登録いただき、大切な時間を、すき焼きを召し上がりながらお過ごし下さい。

  え? 住吉の記念日は、いつなんだって?

 うーん・・・結婚記念日っていうことで、お願い申します。ヨメも読んでますんで、このブログ。

*「ちんやメンバーズカード」については、いったんこちらを開けていただき >各種サービスのご案内>メンバーズカードと開けて下さい。

*「記念日割引」は、「ちんや」精肉売店、レストラン「ちんや亭」(地階)でも使えます。

Filed under: すき焼きフル・トーク — F.Sumiyoshi 12:18 AM  Comments (2)

山形県 恐るべしー「浅草うまいもの会」研修旅行

 6/23〜6/24「浅草うまいもの会」の研修旅行で、山形県を訪ねました。

 近年世界的な評価を得ている「タケダワイナリー」さん、蒟蒻づくし料理が有名な「楢下宿こんにゃく番所」さん、さくらんぼう生産者の「黒田果樹園」さんなどを訪問し、夜は、かみのやま温泉の「名月荘」さんで1泊しました。

  山形の皆さんは、当然みな山形弁で朴訥な話し方ですが、料理や食べ物の水準は言うと、まったく田舎っぽくはなく、結構なもので、品質とセンスが感じられるものばかりです。一同、「山形、恐るべし」と言い合って、現地を後にしました。

  今回私が、嬉しかったのは、「こんにゃく番所」の若旦那Tさんと、久しぶりの再会が出来たことです。と思っていたら、「こんにゃく番所」の料理長は、若いころ浅草の鰻の「川松」さんで修行した方だとか。「川松」の社長K子さんも料理長との再会を喜んでおられました。奇遇ってあるんですねえ。

 今回、Tさんご家族にはスッカリお世話になりました。御礼申し上げます。

  二日目の夕刻、会のメンバーが帰りの新幹線に乗り込み、缶ビールが配られて、最後の宴会(?)が始まる頃、私は一人団体を離れて、米沢で途中下車、もう1軒の訪問先へ向かいました。

 行き先は、米沢牛の名店として天下に知られた、「登起波(トキワ)牛肉店」さんです。若社長Oさんがいつも「すきや連」にご出席下さるのですが、こちらからは御店を訪問したことがなく、「機会があれば是非」と思っていました。今回、米沢のすぐそばの、かみのやま温泉まで来ましたので、寄らない手はなく、Oさんに連絡を入れると、駅まで出迎えて下さいました。

  米沢牛は、言うまでもなく有名ブランドですが、「登起波」さん以下の、現地の肉屋さんや、すき焼き屋さんが元気なので、牛は皆、米沢市の食肉市場で買われてしまいます。東京の肉屋から見ると、有名なのに、実は良く知らない産地・良く知らない市場なのです。

 今回Oさんの御店の個室で、結構な御肉をつまみながら、米沢の現地事情を少し教えていただいたので、今までの、米沢牛についての不勉強が多少補えました。実に助かりました。

  「登起波」さんの御肉に、オリジナルの純米酒をいただいて、良い気分になる内、Oさんが、「実は自分も明日東京に用事があって、遅い時間の新幹線に乗るので、ご一緒しましょう」

 それは、是非そうしましょう、とOさん手配の車で、駅まで送っていただき、東京行きの新幹線に乗り込みました。

 さっき、すっかりゴチになった私は、少しお返ししないといけません。車内販売の酒をとって、東京へ持って帰るハズだった、お土産を開封。東京へ着くまで2時間半、業界よもやま話しの二次会で、あっという間でした。

  あーあ、土産食べちゃった。

 ヨメのご機嫌、どうやって獲ろうかなあ。

 本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。

*「楢下宿こんにゃく番所」さんについては、こちらです。

*「登起波牛肉店」さんについては、こちらです。

*「浅草うまいもの会」については、こちらです。

八王子の 壇払い(だんばらい)

 暑くなってきたせいか、先週末は、ご法事のご予約が入っていました。冷暖房完備の世の中なのに、やはり寒い時と暑い時に、お亡くなりになる方が多いですね。

 ご冥福をお祈りしつつ、仕事に当たりました。

  「ちんや」は、料理自体が生臭さですし、お寺にコミッションを払うのが愉快でないため、積極的に「ご法事の食事をどうぞ!」と宣伝してはいないのですが、故人がすき焼きをお好きだったりとかで、結構「ちんや」はお使いいただいています。

 でも、法事に参加する人数自体は、減る傾向にあって、一周忌だと10〜20名様くらいが標準です。核家族化の結果でしょう。

  そう言えば、「法事の人数が減った」で思い出すのが、八王子の「壇払い(だんばらい)」です。八王子の「エルシイ」さんと「坂福」さんを、訪ねた時のことは、このブログの4/28号に書きましたが、お二人とも、「法事の人数が減った」と言っておいででした。

 ところが、驚くのは、その人数でして、「減った結果、80人しか来ない」とかいう数字なのです。

 は、80人で「減った」んですか?

  聞けば、それが八王子名物?の、「壇払い」なのだそうです。

 普通「壇払い」と言うと、葬式のあとで、設置していた祭壇を片付けることを言いますが、八王子では、葬儀の後の食事のことを言うそうでして、しかも、列席者総出で会食する、すごい食事会なのだそうです。

 これは、料理屋にとって、売り上げとしては有り難いものの、大変な難行でもあります。

 まず、人数の見当がつきません。

「爺さんが死んだ時は200人だったから、親父なら、160人かなあ」

と、いうような感じの、極めて精度の高い?予測をもとに、仕込みをするのだそうです、料理屋は。しかも、葬式ですから、時間に猶予がありません。

  あんびりーばぶる! とてもマネできません。

  話しは少し逸れますが、料理屋業界の先輩と話していて、

「ウチの先代は、自分の法事の食事のことを、細かく指示してから死んだんだよ」と聞かされ、

「ああ素晴らしいですね。それは是非、私もそうして死にたいもんですね!」と申しましたら、即座にその場で、その人に予約を入れられてしまいました。

「予約入れとくよ! ゼッタイ、食べたいからねえ、住吉君の法事の肉。」だって。

  死なないかもしれませんよ、アナタより先には・・・

 本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。

*八王子訪問については、このブログの4/28号をご覧下さい。

Filed under: すき焼きフル・トーク,飲食業界交遊録 — F.Sumiyoshi 12:06 AM  Comments (0)

谷中参り 四川ランチ

 6/22は、休みを利用して、知人の御墓に参るため、谷中の「明王院」に行ってきました。

 故人は、嫁が若い頃から親しくしていただいた先輩だったのですが、今年、還暦を迎えることなく、亡くなられました。仕事の都合で、納骨に行けなかったため、今回が初めての墓参で、故人のお嬢さんも同行です。

  台東区に土地勘のない方のために解説しておきますと、谷中(やなか)とは、上野台地の西北部分のことです。歴史上の有名人が眠ることで知られる、谷中墓地がある他、多数のお寺が散在する、寺町として知られています。

 また東京芸大に近いことから、ハイセンスなショップやカフェがあります。

 同じ台東区内ではあるものの、浅草から谷中へ行く便利な交通機関が、最近までなかったため、距離感がありました。気質的にも距離感があり、台東区というより「谷根千(やねせん)=谷中+根津+千駄木地域」、「文京区の根津・千駄木と一体の所」という、イメージがありますね。

  お寺に着いてすぐ、お墓を掃除して⇒線香を備え⇒花を活け⇒合掌。3人がかりですので、30分強しかかかりません。

 その後は、ちょうど昼飯時だったので、当然なにか食べることになりました。台東区民なのに、この辺りで昼飯を食べるのは、久しぶりです。結局、谷中から千駄木方向へ坂を下り、不忍通りの、四川料理の「天外天」さんに落ち着きました。

  以前から、この場所にこの御店があることを知っていたので、私は「老舗」と思っていましたが、それは、私の勘違いで、創業21年目ということでした。でも、評判は良いらしく、平日の昼なのに込んでいます。

  食事する間、当然話題は、この後やって来る、新盆や一周忌のことになりました。お嬢さんは、一人っ子だったので、お若いのに、法事を主催しないといけないのです。

 一周忌の後には、親戚と食事をしないといけませんから、この店でも「ご法事のお献立」と題したパンフレットをもらっていました。そのパンフレットをながめつつ、「いきなり大人になっちゃったわー、アタシ・・・」と一言。

  「ちんや」でも法事をなさる方が多いですが、ご遺族が若くて、法事慣れしていない場合もあります。そういう時は、親切にして差し上げないといけませんね。

  合掌。 アーメン、じゃなかった、間違えた。 はんにゃあしんぎょう。

 本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。

Filed under: すき焼きフル・トーク — F.Sumiyoshi 12:41 AM  Comments (0)

昔のトレサビ、「今朝」

 皆さん、おはようございます。さて、「今朝」っていう漢字は、何と読みますか?

 「けさ」と読まずに、即座に「いまあさ」と読んだ人は、ちょっとビョーキな、すき焼き通です。

  その「いまあさ」という屋号の、すき焼き屋さんのことが、向笠千恵子先生の新連載『続すき焼き ものがたり』の最新号に載っていました。この連載は、月刊「百味」誌上にて、5月号より始まったもので、今回は7月号ですので、その第三回です。

 読むと、私も旧知の「今朝」のF会長・F社長のご先祖様が、店を創業した頃の様子が良くわかります。また、すき焼き屋の屋号に、なんで、よく「今」の字が付くかもわかります。

  くわしくは、「百味」をご購読いただきたいのですが、さわりだけ書きますと、

 その昔、牛の と畜場が、東京郊外の今里村にあり、「今」の字が付くということは、今里村から牛を仕入れている、優良店であることを示していたのです。

 逆に、今里村から仕入れていない場合は、正規の流通ルートでなく、怪しい肉である可能性があったわけです。畜産業がしっかり確立していなかった当事のことですので、すき焼き屋は、そういうPRの仕方をしたのだと考えられます。

 考えてみまするに、畜産の業界は、今でもトレサビに必死になっています。6/23にも、小島商店による、トレサビ法違反事件、つまり産地偽装事件がありました。

 明治13年からあまり進歩していないと思うと、かなりザンネンですね。

  「ちんや」は、トレサビをちゃんとやってますから、そのことをPRするために、この際、屋号をマイナー・チェンジして、

 「とれちんや」とか「ちんとれ屋」とかに変えますかね。

 でも、この名前だと、ちんどん屋に、間違われるかなあ。

 本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。

*『続すき焼き ものがたり』については、このブログの5/2号をご覧下さい。

*新連載『続すき焼き ものがたり』が掲載されている、月刊「百味」については、株式会社ビジネス・フォーラムへお問いあわせ下さい。(電話:03-3288-9180)

*牛トレサビ法については、このブログの6/26号もご覧下さい。

*「今朝」さんについては、こちらです。

 

 

 

小島商店事件 肉のトレサビ 肉のコンプラ 

 6/23、農林水産省・関東農政局東京農政事務所は、次のように発表しました。

① 平成22年4月から平成22年5月にかけて、東京農政事務所が小島商店に対し、立入検査を実施しました。

②この結果、小島商店による以下の不適正な行為を確認しました。

=平成21年11月から12月までの間、少なくとも国産牛肉約64.6キログラムに当該牛のものではない個体識別番号を表示して、外食事業者1社に販売したこと。

<措置>上記②の行為は、牛トレーサビリティ法第15条第1項に違反することから、農林水産省は、同社に対し牛トレーサビリティ法第18条第2項の規定に基づく勧告を行いました。

 報道によれば、山形県産の肉を「松阪牛」と偽って販売したとか。

 あーあ、こんな古典的な偽装を、今でもやる人がいたんですねえ。

  自分のホームページでは、

「産地偽装や異物混入という言葉が報道をにぎわす中、「食」に携わる企業人として強い憤りを禁じ得ません。食べものへのいたわりと感謝、―そうした小島森治の遺志を受け継ぎ、「ひとかけらの肉も生命なのだから」と、肉の一つ一つを小島商店は心を込めて取り扱っています。」

と書いているのに、この体たらくです。何をか言わんや、とはこのことですね。

  ちなみに、この会社、会社名は「商店」ですが、店というよりは、食肉の卸売がメインの会社で、規模も小さくはない企業です。それでも、トレーサビリテイーやコンプライアンスは、念頭になかったことがわかります。

  トレサビとかコンプラとか、横文字で、意味が良くわからなかったんですかね。

 わび錆び とか 金毘羅って言いますか、これからは。

「金毘羅様管主」なら、有り難く、従わないといけない感じがします・・・よね?

 本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。

*牛トレサビ法については、このブログの4/27号もご覧下さい。

Filed under: すき焼きフル・トーク,ぼやき部屋 — F.Sumiyoshi 12:03 AM  Comments (4)

浅草ぐるめトランプ

 「浅草ぐるめトランプ」なるものを作るとかで、「コーセンドー」という会社の方が見えました。

 このトランプは、その会社がオリジナル制作するトランプで、成田空港や秋葉原などの土産物店や、ネット通販でも販売するのだとか。

 載せていただくのに、費用がかかるわけでもなし、取材も簡単=商品名、店舗名、英語訳と写真撮りだけなので、お受けしました。

  どういうわけか、ジョーカーは東武鉄道の特急列車の写真だそうですが、それ以外は食べ物です。浅草のいろいろな食べ物の店が、エースからキングまでの全52枚に、ふり当てられるようですが、どの御店の、どの食べ物が、どのマークの何番になるのか気になりますよね。

 どの御店も、「4」とか「2」でなくて、エースとかキングになりたいでしょう、たぶん。

  渡された資料に付けられていた、カラーのデザイン案では、スペードのエースが天丼になっていましたから、そういうイメージのようです、「コーセンドー」さん的には。

  浅草にはスイーツも多いですが、スイーツは、やはり女性のイメージなので、クイーンは甘いものでしょう。「舟和」さんの芋ようかんとか、「西むら」さんの栗むし羊かんとかが、クイーンでしょうかね?

 浅草は、日本一のすき焼き屋の集積地でもありますから、まさか、すき焼きは粗略にはされますまい。キングしかないですよね、すき焼きは。

  うーむ、ということは、いろいろ考えていくと結局、ハートのキングか、オレ様は。

 ハートのエースは、こっ恥ずかしいから、遠慮しといて、「Kバー」のK社長に譲ってやろう。 

 え? おこしの「TW堂」のH社長も、スイートな人だって? 

  もうメンドくさいから、どうぞ勝手に、決めて下さい、その辺は。

   本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。