すき焼き通の日

 毎年10月15日は「すき焼き通の日」です。

   「そんなの聞いてないよ!」と言ってもダメです。日本記念日協会に正式に認定されている記念日なのです。

 それと「すきやきどおりの日」じゃあ、ありませんよ。そんな道路はないですね。「すきやきつうの日」です。

 では、なんで毎年10月15日が「すき焼き通の日」なのか、ですが、それをご説明するには、平成17年に話しを遡らせないといけません。

 その当時、すき焼きについてまとまった本がないことを残念に思っていた私が、どなたか高名な方が、すき焼きのことを書いて下さらないかなあ、と思っていたところ、それを聞いて書いて下さったのが向笠千恵子先生でした。

 最初発表されたのは、雑誌の連載『すき焼き ものがたり』で、その連載は、月刊「百味」誌上にて、平成18年3月から20年4月まで掲載されました。

   この連載がその後、加筆・修整されて、平凡社新書『すき焼き通』としてまとめられました。それが、平成20年10月15日のことです。

 そしてさらに、その日この御本の、出版のお祝いの会を私の店「ちんや」で開いたことが、「すき焼き通の日」正式認定につながり、またすき焼き屋とすき焼き愛好家のグループ「すきや連」の発足へとつながっていきます。

  このお祝いの会の時、初めて全国からすき焼き屋さんが集結し、せっかく面識が出来たのだから、1回コッキリで終わらせるのはモッタイない。「すき焼きを味わいながら、日本の食文化を語り合う会をつくりたい」との話しが期せずして盛り上がり、「すきや連」が発足しました。

  その後「すきや連」の活動は順調以上で、例会を、21年2月に新橋

「今朝」さんで、7月に「浅草今半」さんで、10月に湯島「江知勝」さんで、22年3月には横浜の「太田なわのれん」さんで、22年7月には「ちんや」へ戻って「日本短角牛の、すき焼きを食す会」という具合に続けて開催してきました。

 毎回50人くらいの方が参加され、定員オーバーでキャンセル待ちが出るくらいの勢いでした。

  以上が「すき焼き通の日」と「すきや連」の由来で、こうした活動のために、私はこの五年間を過ごしてきました。あっ、と言う間に過ぎたような気がします。

   世は不景気ですが、こうした活動で、すき焼き業界に少しでも良いことがあれば、と思います。

  この次は、本当に「すき焼きどおり」を作るのもいいかもしれませんね。

 本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。

 「ちんや」創業130年記念サイトは、こちらです。「すき焼き思い出ストーリー」の投稿を募集しています。

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*日本記念日協会のホームページはこちらです。

2008-2018

「すきや連」がスタートしましたのは2008年10月15日。初回は東京浅草で開催しました。
そこから今年の10月で10年になりますことから、10周年記念会の準備をしています。
で、その資料として、過去の開催履歴を表にしました。色々とやってきたなあ・・・と感慨深いです。
以下に載せますので、どうぞ、ご覧ください。
第1回(2008年10月)ちんや(東京浅草)
平凡社新書『すき焼き通』(向笠千恵子)刊行披露会
第2回(2009年2月)今朝(東京新橋)
落語鑑賞(三遊亭京楽)、国産ワインとすき焼き
第3回(2009年7月)浅草今半(東京浅草)
卓話「すき焼きにあう日本酒」(「橘倉酒造」井出様)、入谷朝顔市ツアー
第4回(2009年10月)江知勝(東京湯島)
発足1周年を祝う会 兼『すき焼き通の日』制定記念会
第5回(2010年3月)太田なわのれん( 横浜)
卓話「卵について」(「セイ・アグリーシステム」伊勢様)
第6回(2010年7月)ちんや(東京浅草)
「北十勝ファーム」日本短角牛のすき焼き
第7回(2010年11月)伊勢重(東京小伝馬町)
卓話「すきやきに合う砂糖とは」(「沖縄さとうきび機能研究所」高村様)
第8回(2011年3月)三嶋亭(京都)
卓話「京麩について」(「麩太」青木様)、祇園茶屋遊び
第9回(2011年7月)銀座吉澤(東京銀座)
卓話「江戸しぐさとすき焼き作法」(「NPO法人・江戸しぐさ」桐山様)
第10回(2011年11月)牛や清(前橋)
「下仁田ファーム小金沢農園」(葱畑)見学、「松浦しいたけ園」見学、「下仁田蒟蒻」工場見学
第11回(2012年2月)和田金(松阪)
「和田金ファーム」見学
第12回(2012年8月)登起波牛肉店(米沢)
「米沢佐藤畜産」牛舎見学
第13回(2012年11月)人形町今半(東京人形町)
卓話「熟成肉について」(「マルヨシ商事」平井様)
第14回(2013年2月)ニューオータニ岡半(東京赤坂)
卓話「江戸東京・伝統野菜研究会」大竹様
第15回(2013年7月)千成亭(彦根)
「中川畜産」牛舎見学、酒蔵「金亀」見学、卓話「彦根肉について」(「彦根城博物館」野田様)
第16回(2013年11月)荒井屋(横浜)
卓話「幕末期の横浜居留地の外国人と牛肉」(関東学院大学名誉教授・小林先生)
第17回(2014年3月)モリタ屋(京都)
卓話「京野菜について」(「全農京都府本部」山田保様)、先斗町茶屋遊び
第18回(2014年8月)豚捨(伊勢)
伊勢神宮公式参拝、卓話「神宮奉納」(伊勢商工会議所・吉川様)
第19回(2014年11月)常盤館(下仁田)
「日本のごちそう すき焼き」出版記念会、「群馬すき焼きシンポジウム」(群馬県庁主催)も開催。
第20回(2015年3月)ホテル竹園芦屋(芦屋)
講演「但馬牛・神戸ビーフの歴史と美味しさ」(「兵庫県立畜産技術センター」岡様)
第21回(2015年7月)今半本店(東京浅草)
浅草神社(三社さま)昇殿・参拝、浅草花街遊び
第22回(2015年10月)グルメプラザ金剛閣(米沢)
卓話「牛肉の美味しさ研究の現況」(米沢牛生産者・鈴木寿一様)
第23回(2016年3月)牛銀本店(松阪)
卓話「伊勢商人について」(「本居宣長記念館」吉田様)、「特産松阪牛」のすき焼き
第24回(2016年7月)坂福(八王子)
卓話「八王子地域史研究会」奥村様、八王子花街遊び
第25回(2016年11月)加茂川(熊本)
益城町被災地訪問、副知事(県庁)訪問・寄付金贈呈、あか牛のすき焼き
第26回(2017年3月)開花亭(福井)
卓話「敦賀の昆布について」(「奥井海生堂」奥井様)、浜町ツアー、浜町花街遊び
第27回(2017年7月)吉亭(米沢)
醤油蔵「平山孫兵衛商店」見学、酒蔵「東光」(小嶋総本店)見学
第28回(2017年11月)かとう(仙台)
鐘崎「笹かま館」蒲鉾作り体験、キリンビール工場見学、卓話「仙台牛」(「JA全農みやぎ」大友様)
第29回(2018年5月)はり重(大阪)
卓話「なにわ伝統野菜復活の会」難波りんご様、北新地遊び

追伸1
「ちんや」は下記の日程で、遅めの夏休みを頂戴します。ご不便をおかけしますが、ご諒解賜りたく、お願い申し上げます。
夏休み:9月3日(月)から9月6日(木)まで

追伸2
今夏8月4日より「ちんや」ビル地下1階の「ちんや亭」が、
「肉の食べくらべレストラン」として再スタートしました。
今回すべての肉メニューに「ちょい食べサイズ」(ハーフサイズのこと)をご用意することに致しました。
くわしくは、こちらです。

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて3.111続更新を達成しました。
すき焼き「ちんや」六代目の住吉史彦でした。

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チキン南蛮

7月8日は「チキン南蛮の日」だそうです。
が、7月8日という日の設定については、私はあまり書きたくありません。7=なん→8=ばん、という単なる語呂合わせだからです。宮崎県延岡市が、この料理を街興しのネタとして押し出し行く過程で、語呂合わせで設定したようです。
「すき焼き通の日」(10月15日)は、2008年に平凡社新書「すき焼き通」が刊行された日で、
「適サシ肉の日」(1月15日)は、私が2017年にこのブログで「適サシ肉宣言」をした日ですが、7月8日の方は語呂合わせに過ぎず、なんか他に知恵は無かったのかなあ・・・と思ってしまいますが、延岡観光協会さんは本気のようで、7月8日を「土用の丑」の日のようにしたいんだとか。
まあ、頑張ってみて下さいませ。
話しを戻します。記念日の話しをしたいわけではありません。
延岡の「チキン南蛮」については、私も少しだけご協力申しました、青木ゆり子さんの『日本の洋食』という本にも「南蛮漬けが進化した宮崎のチキン南蛮」という項で登場します。
考案されたのは、昭和30年代のようです。発祥は、大衆食堂の店「直ちゃん」の創業者・後藤直(なおし)さんが、修行中に食べていたこの料理をヒントに、お店のメニューに加えたという説が採られています。
思えば、ポルトガル人が種子島に漂着したのが1543年。そこからおよそ400年近い年月が経過しているというのに、日本人が南蛮人の味を受け継いでいて、さらに新展開を起こした、という事実は驚嘆するほかありません。こういう点を発掘しているのが、青木さんの本の面白いところで、実は22日(日曜)に弊店で、青木さんと私のトークショーを予定しているのですが、宣伝はそのくらいにして、延岡観光協会さんにおかれましては、そういう歴史を大切にした取り組みを考えて欲しいものだと思います。
もう1点、交通整理が必要かと思いますのは、タルタルソースを加えた「チキン南蛮」の存在です。どうも、そちらの方がウケているようです。
タルタルとは当然ながらタタール族あるいは韃靼族のこと。ヨーロッパへロシアから、つまり北西方向から入ってきたものでして、スペイン・ポルトガルを意味する「南蛮」の「南」の字を充てるのは、大きな違和感があります。
揚げ物に、酸味と辛みを加えるという点では似ていますし、実際美味しいので、押し出して行く方向性自体に異論はないのですが、北のものを南と言い募るのは文化的態度とは言えないと思います。
もう1種類の、別のものとして設定し直して、食べ比べするのが楽しいと思いますよ。
名前は、そう、
北南蛮!

追伸1、青木ゆり子さんと私のトークショー(7/22)にご興味ある方は、コメント欄にご芳名とメルアドをお書き込み下さい。ご案内致します。

追伸2、夏季の「ちんや」の、臨時営業のご案内です。下記の日は火曜ですが、営業いたします。どうぞご利用下さいませ。
7月10日(火曜、浅草寺の「ほうずき市」)
8月14日(火曜、お盆)

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて3.053日連続更新を達成しました。
すき焼き「ちんや」六代目の住吉史彦でした。

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長寿企業の知恵⑫

ネットTV番組『Story 〜長寿企業の知恵〜』に出演させていただきました。

この番組は、創業100年を超える老舗企業の経営者をゲストに招き、長寿企業の経営者が持つ知恵や理念、思いを語る、というものですが、思いがけず好評で嬉しく思っています。

こちらのURLで今でも視聴可能ですなのですが、全長50分と少々長いし、そもそも動画は音が出せる環境でないとダメなので、文字情報が欲しいというご要望をいただきました。以下に公開してまいります。

(長いので15日に分けてUPしています。今日は、その12日目です)

 

石田「地域での活動は本業にも大きな影響をもたらしている?」

住吉「プラスマイナスありますね。店の連中は、ウチの社長は忙しいなあ、留守にするのは困るなあ、と勿論思っていると思いますよ。でも逆に、その留守を守ることも浅草の御為ですから、責任感が芽生えてくると思います。」

朝岡「社長にとって“浅草”とはどんな街?」

住吉「この世の中で唯一無二の街だということは強く意識しています。」

浅草の全盛時代についておさらいしますと、

①浅草の中心には浅草寺(=宗教)があり、その北に、

②猿若町(=エンターテインメント産業)があり、さらにその北に、

③吉原(=セックス産業)が並んでいました。そして、

④浅草の南には米蔵(=経済力)が集中していました。

これほどのラッキーさの中で、浅草は成立したのだ、ということを忘れてはいけません。この世の中に2つとない土地であることがすぐわかると思います。」

 

石田「ほかにも、業界内での取り組みはございますか?」

住吉「『すきや連』という会、すき焼き屋の集まりを主催しています。

石田「この会がスタートしたきっかけは?」

住吉「200810月に平凡社新書『すき焼き通』が刊行された時、この本に載ったすき焼き屋が集まりました。すき焼き屋の集まりというのは、それまでなかったので、参加メンバーの中から、是非また集まりたいという話しになりました。以来年に3回のペースで集まっています。勉強会や見学会をした後、すき焼き大宴会をします。開催地は、北は米沢、南は熊本まで広がっています。最初の会場店が「ちんや」だったので、私が事務局長に成り、ずっと永久幹事を務めています。なお「すきや連」が発足した1015日は、日本記念日協会から「すき焼き通の日」として認定されています。」

朝岡「同じ業界だからこそ、有益な情報交換なども行える?」

住吉「実は正確に申しますと、同業団体ではないです。食材の生産者やメデイアの方、単なる愛好家もいますが、そこが良いのです。業界外の方は純粋に興味を持たれて色々質問して来られるので、すき焼き屋の方も、うっかり秘密を話してしまいます。それが有益なんです。それから、ほとんどの方が会社のオーナーさんで代理出席を認めないのも特徴です。やはり勤め人の方は、上司に気を遣って口が重いですからね。それでは忌憚のない意見が飛び交う雰囲気になりません。人から情報を獲るだけ獲っておいて、自分は出し渋るというような態度では、本当の意味で全体の進歩になりません。」

 

石田「同業を含めて、浅草には特に長寿企業が多いと思うが、その理由は?」

<この続きは、明日のこのブログで>

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて2.806日連続更新を達成しました。 すき焼き「ちんや」六代目の住吉史彦でした。

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日本酒の日、コーヒーの日

日本酒VSコーヒーの紙上対決は、パッと見ではコーヒーの勝利に終わったようでした。

毎年10月1日は、「日本酒の日」でもあり「コーヒーの日」でもあるので、両者が新聞広告を出したのですが、少なくとも読売新聞ではコーヒーの圧勝でした。

日本酒のスペースは紙面の下六分の一。地味にその日が「日本酒の日」であることを伝えていましたが、コーヒーは全面×2ページ。

コーヒーが好きだったという、故・松田優作さんの大きい写真で読者の目を引いて、プレゼント企画も付いていました。コーヒーの圧勝でした。

時に、なんで10月1日は「日本酒の日」でもあって「コーヒーの日」でもあるんですかねえ?

全日本コーヒー協会によりますと・・・

「国際協定によって、コーヒーの新年度が始まるのが10月で、この日がコーヒーの年度始めとなります。さらに、日本では、秋冬期にコーヒーの需要が高くなることから、1983年に、全日本コーヒー協会によって、10月1日が「コーヒーの日」と定められました。」

・・・だそうで、今市、目出度い感じはないですね。

対する日本酒造組合中央会の説明は、やや長いです。

「通常日本酒づくりは、晩秋から厳冬、早春にかけて仕込みが行われ、並行複発酵(糖化とアルコール発酵が同時に進行する発酵技術で、世界の発酵法の中でもっとも高度な技術といわれている)という日本酒固有の醸造法によって、新酒が誕生します。さらに新酒を火入れ(低温殺菌)して貯蔵タンクに囲い、涼しい酒蔵の中で夏を越させます。酒蔵で静かに息づいている酒は、ゆっくりと熟成して秋口には、香り、味とともに芳醇な酒となります。」

「このように日本酒は、冬から春、夏から秋へと日本の四季の移ろいとともに生まれ育つ酒で、日本独特の気候風土が生み出した酒です。豊かな自然の恵みと日本人の知恵の結晶が日本酒であると言えます。わけても、10月は全国各地に海の幸、山の幸があふれ、日本酒が本当においしくなる月です。」

「日本の文化遺産ともいえるこの日本酒を正しく引き継ぎ、後世に伝えるという想いを新たにするとともに、一層の愛情とご理解を、という願いをこめて、日本酒業界では、1978年(昭和53年)に「10月1日は日本酒の日」と定めました。」

まとめますと、日本酒は伝統的に「寒造り」で寒い時期に酒を造り、それをすぐ飲まずに夏の間寝かせておいて、涼しくなったら売り始める、そのサイクル(=「酒造年度」)の初日が10月1日だから「日本酒の日」の日なのです。

業界では涼しくなったら売り始めることを「ひやおろし」と言います。

「日本酒の日」を盛り上げたかったら、「ひやおろし」の解禁日を10月1日にして、絶対フライングを許さない体制を築けば良いと思うのですが、難しいんですかねえ。

ボジョレーに出来て、日本に出来ない理由が分かりませんが、まあ、現実は出来ていないわけで、一般人にとっては特段盛り上がらない「日本酒の日」と「コーヒーの日」が毎年やってきます。

あ、実は私も「〇〇の日」を制定したことがあります。

10月15日の、「すき焼き通の日」です。日本記念日協会に登録してあります。

これはね、根拠が在るんですよ。

2008年10月15日に、すき焼きに関する本『すき焼き通』が刊行されたのです。平凡社新書で、著者は向笠千恵子先生です。

これをきっかけに、すき焼き店とすき焼き愛好者による「すきや連」が誕生しました。だから「すき焼き通の日」なんです。

「すき焼きの日」にしなかったところが奥ゆかしいでしょう。僕ちゃん。

是非、お祝いして下さいね、10月15日。

 

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて1.678日連続更新を達成しました。

毎度のご愛読に感謝いたします。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。

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新事業

向笠千恵子先生の本『すき焼き通』(平凡社新書)が出版されましたのは、2008年10月15日のことでした。

その本の企画に私が関わり始めましたのは、たしか2004年だったと思います。

最初は雑誌に連載され、それが単行本の形にまとまったのが2008年10月15日でした。この日は今「すき焼き通の日」に認定されています。

で、出版披露宴が「ちんや」であり、集まったすき焼き店主で「すきや連」というグループを創りました。

以来5年、年に3回の会合を重ねて来ました。

その「すきや連」のすき焼き店約30社が第二の事業に突入することになりました。そして、その為の準備会合が過日開かれました。

普段の「すきや連」には、すき焼き屋以外の食材関係の方などもいますが、その日の会合は全員すき焼き屋ばかり。

神田明神様の近くの「いし橋」さんに、北は米沢・南は松阪から集結しました。

会議の後の懇親会も、「いし橋」さんのすき焼きをいただきながら盛り上がりました。

この新事業の完成は来年10月の予定なので、今詳細は公表できないのですけど、「すき焼き屋が何か始めているらしい!」とだけ御記憶下さい。

興奮しています。

追伸①

単行本『東京百年老舗』に載せていただきました。

21人のフォトグラファーたちが、歴史と伝統を現在に伝える「老舗」の魅力を余すことなく写しだした写真集です。

時代が変わっても、変わることのない老舗の魅力が、ここにあります。

くわしくはこちら↓です。

追伸②

「日本国復興元年~1千人の笑顔計画」を実行中です。

この「計画」では、まず「ちんや」で東北・北関東の牛を食べていただきます。そして食後の飛びっきりの笑顔を撮影させていただきます。

その笑顔画像をこちらのサイトにUPして、北の産地の方に見ていただきます。

現在の笑顔数は370人です。笑顔数が1千人に達するまで継続してまいります。

皆様も、是非御参加下さい!

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて1.334日連続更新を達成しました。

毎度のご愛読に感謝いたします。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。

Filed under: すきや連,すき焼きフル・トーク — F.Sumiyoshi 12:00 AM  Comments (0)

記念日商法

「〇×の日」を勝手に制定して、その日にあわせて販促をかける「記念日商法」が盛んですね。

まさか、終戦の日の8/15を使っている人はおるまい、と思いましたが、なんと、いました。

「日本記念日協会」のサイトによりますと、

8/15は「森のたまごの日」なのだとか。

で、その根拠ですが、

「コクとうまみ、鮮度と栄養価で人気の鶏卵「森のたまご」を製造販売するイセ食品株式会社が11月18日と毎月第3木曜日に制定。ブランドたまごの定番と称される「森のたまご」の素晴らしさを多くの人に知ってもらうのが目的。」

「日付は11月で「いい」、18日を「森のたまご」の「森」と読むことからで、「森」の字にある「木」を分解すると「十」と「八」となるため18日とし、また「森のたまご」の「森」の字には「木」が3つあることから、あわせて毎月第3木曜日も記念日としたもの。」

???

8/15が「森のたまごの日」なのではなくて、今年の8月の第3木曜日が8/15だから、結果的に「森のたまごの日」に成ったのですね。

こういう日でも、何か販促をかけたのでしょうか・・・

さてさて、私も実は「記念日協会」さんに記念日を登録しています。

正確には、私の記念日ではなく「すきや連」の記念日なのですが、

毎年10月15日が「すき焼き通の日」です。

根拠は在るのか って? 失礼な、在りますよ!

「すき焼きに関する本『すき焼き通』(向笠千恵子著・平凡社新書)が刊行されたことをきっかけに、すき焼き店とすき焼き愛好家で結成された「すきや連」が誕生。すき焼きの美味しさと楽しさをアピールする日にと『すき焼き通』の刊行日(2008年10月15日)を記念日とした」のです。レッキとして史実です。

この刊行記念会の会場が「ちんや」だったので、私が記念日の登録手続きをした次第です。

以来5年間、「すきや連」は連続15回を数えるほど続いておりまして、すき焼き屋同士もだいぶ仲良くなりました。

その御縁の記念日が「すき焼き通の日」なのです。

今のところ、この日を獲っているのは私だけですが、10/15が第三木曜に当たれば、例のたまごと同居するハメになりそうです・・・

それは、まあ、さて置き、記念日がすき焼きの販売促進に寄与しているのか、ですが、その度合いは、正直、イマイチ感があります。

でも良いんです。自分が楽しいので。

 追伸①

単行本『東京百年老舗』に載せていただきました。

21人のフォトグラファーたちが、歴史と伝統を現在に伝える「老舗」の魅力を余すことなく写しだした写真集です。

時代が変わっても、変わることのない老舗の魅力が、ここにあります。

くわしくはこちら↓です。

追伸②

「日本国復興元年~1千人の笑顔計画」を実行中です。

この「計画」では、まず「ちんや」で東北・北関東の牛を食べていただきます。そして食後の飛びっきりの笑顔を撮影させていただきます。

その笑顔画像をこちらのサイトにUPして、北の産地の方に見ていただきます。

現在の笑顔数は361人です。笑顔数が1千人に達するまで継続してまいります。

皆様も、是非御参加下さい!

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて1.263日連続更新を達成しました。

毎度のご愛読に感謝いたします。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。

 

 

 

Filed under: すきや連,ぼやき部屋 — F.Sumiyoshi 12:00 AM  Comments (0)

すき焼きを現代に活かす~商いは、楽しく・古風に・斬新に⑬

鶴「浅草法人会」さんの主催で講演会をさせていただきました。

演題は「すき焼きを現代に活かす~商いは、楽しく・古風に・斬新に」でした。

おかげ様にて募集定員を超えて満員になり、実に恐縮なことでした。

このページでも公開して参りますので、ご笑覧下さい。長いので14回に分けて公開しています。

なお内容は、「法人会」さんが相手ですから、経営者の方向きにアレンジしてございます。

<以下本文>

それで結局、「ちんや」はこの時期、「絶対安全ですPR」をしませんでした。

そんなある夜、銀座でヤケ酒を飲んでいましたら、見知らぬ客と居合わせまして、よせばいいのに、店のママが「こちらは浅草の「ちんや」さん」とか紹介するもんですから、すぐにBSEの話しになりました。

で、そのオジさん、私の考え方を聞いたら「それじゃダメだ!」「だからボンボンだって言うんだよ!」「ガンガン安全PRしないと、君は君の代で店を潰すぞ!」と言われたんですね。分かってないヤツはそういうことを言うんです。

内心ハッキリ申しまして、頭からビールかけて差し上げたい!っていう状況ですが、結局私はそれはしませんで、そのオジさんが帰った後、ママから「悪かったわねえ。それにしても、住吉さん、結構大人だったのね。いつかお客様の信頼は戻るわよ。」と褒められたことを覚えています。

当時身のまわりに良い話しがほとんどありせんでしたので、この夜のことは鮮明に覚えています。分かってない人の意見なんか採り入れたりせず、結局、お客様に嘘をつかなくて良かった、と今は清々しい気持ちを抱いております。

さてさて、最後になりますが、なにしろ様々なことが色んな意味で、色々に多様化しているのが現代だと思います。ですから、すき焼き業界も多様化し、お客様に食べ比べていただけば良いと思いまして、ある時調べてみましたら、実は既にすき焼きは結構多様でした。色んなすき焼きのことを知れば知るほど楽しいんです。

では、どうやって、色んなすき焼きを知るようになったか、ですが、それは9年ほど前に遡ります。その頃食文化研究家の向笠千恵子先生が『すき焼きものがたり』を雑誌に連載なさる、というので、そのスポンサーに成りましたら、その本に載ったすき焼き屋で集まって宴会しようという話しになりました。それが『すきや連』というグループの原型です。

以後14回の会合を重ねてまいりまして、今月29日に15回目が彦根でございます。今回も全国から松阪の「和田金」さん、京都の「三嶋亭」さん、米沢の「登起波牛肉店」さんなど、超有名どころの御主人さん方が集結します。グループを作った当時を思いおこしますと、BSE問題の後で、「ライバルの足を引っ張っている場合じゃない」という意識がすき焼き屋同士を仲良くさせた、と考えております。

その連載が編集されて『すき焼き通』という題名の単行本に成りましたので、勢いに乗って、『すき焼き通の日』を制定しました。『すき焼き通』の刊行日だった毎年10月15日が、その日なんですが、日本記念日協会さんに公式認定してもらいました。

こうした活動を通じて、日本には色んなすき焼きが在るんだ!是非食べ歩いてみよう!と言う気運が盛り上がれば良いと思っておりますし、発想の違う人には相手が御客様でも普通に反論します。

先日「ちんや」のすき焼きを食べた人から、「オタクの割り下は甘い!」と御意見をいただきましたから・・・

<この話しは長いので14回に分けて公開しています。続きは明日の弊ブログにて。>

追伸①

「ぴあMOOK 旨い肉 2014 首都圏版」

~感涙必須の旨い肉200軒 に「レストランちんや亭」の、ハンバーグとサイコロステーキを載せていただきました。

ご購入は、こちらです。

追伸②

「日本国復興元年~1千人の笑顔計画」を実行中です。

この「計画」では、まず「ちんや」で東北・北関東の牛を食べていただきます。そして食後の飛びっきりの笑顔を撮影させていただきます。

その笑顔画像をこちらのサイトにUPして、北の産地の方に見ていただきます。

現在の笑顔数は353人です。笑顔数が1千人に達するまで継続してまいります。

皆様も、是非御参加下さい!

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて1.228日連続更新を達成しました。

毎度のご愛読に感謝いたします。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。

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すき焼きの歴史と現在~若き料理屋さん達のために⑩

全国料理業組合「芽生会」関東甲信ブロック会議で、すき焼きについて講演することになりました。

「芽生会」と申しますのは、各料理屋さんの若手後継者の集まりです。講演場所が同業の名店「太田なわのれん」さんなので、正直かなり話しづらいですが、若い料理屋さん達の参考になりますよう、頑張って原稿を準備しました。

ここでも公開していますので、ご覧下さい。

長いので5/12から5/21まで10回に分けて公開して来ましたが、本日が最終回です。

<以下本文>

さてさて、最後になりますが、なにしろ様々なことが色んな意味で、色々に多様化しているのが現代だと思います。

ですから、すき焼き業界も多様化し、お客様に食べ比べていただけば良いと思いまして、ある時調べてみましたら、実は既にすき焼きは結構多様でした。色んなすき焼きのことを知れば知るほど楽しいんです。その見本が、今日の会場の御店「太田なわのれん」さんですね。

では、どうやって、色んなすき焼きを知るようになったか、ですが、それは9年ほど前に遡ります。その頃向笠千恵子先生が『すき焼きものがたり』を雑誌に連載なさる、というので、そのスポンサーに成りましたら、その本に載ったすき焼き屋で集まって宴会しようという話しになりました。それが『すきや連』というグループの原型です。

その後14回の会合を重ねてまいりました。当時BSE問題の後で、「ライバルの足を引っ張っている場合じゃない」という意識がすき焼き屋同士を仲良くさせた、と考えております。

その連載が編集されて『すき焼き通』という題名の単行本に成りましたので、勢いに乗って、『すき焼き通の日』を制定しました。『すき焼き通』の刊行日だった毎年10月15日が、その日なんですが、日本記念日協会さんに公式認定してもらいました。

また、この楽しさを一般の人にも知っていただこう、と『すき焼き通検定』試験を実施しています。これは本当に試験でして、「大人の食育」と言っても良いものだと思っています。既に90人ほどが合格なさいました。だいたい、ですね、人に試験をするって実に良い気分でして、皆さんもトライしてみて下さい。

以上、この段では最近私がやって来たことを色々散文式にお話ししましたが、ネットをはじめとする技術が進んだから、何か違う方向に向かい始めたわけでは勿論ありません。手前どもの方向性は「商品としてのすき焼き」の段でお話しした通りです。

ネットは、そう方向性を強化するのを助けてくれる、そういう利器が使えて面白い時代に成った!と思っております。

繰り返しになりますが、すき焼きは「生活不用品」ですので、売りやすくはございませんが、日本に日本人の歴史が在る限り、「すき焼きの思い出」という商品は売れます。そして、そうすることで私はじめ働く者がハートに暖かい気持ちを持って働くことが出来ます。

今後も、新たな作戦を考え出しつつ、しかし方向だけは間違えずに進んで行きたい、そういう強い気持ちを、ただ今私は抱いております。

私も若い頃は、どういう店にしたものか、思い悩んだものですが、今は時計の針を戻せたとしても、この方向だろう、と思っております。

そのことを本日皆さんにご紹介できまして、大変光栄に思っております。時間も時間ですし、御後は楽しい宴会で、よろしいようでございますので、この辺りにて終わらせていただきます。

皆さん、お忙しい中、遠路お集まりいただき、また長時間の御清聴、誠に誠に有り難うございました。最後になりましたが、皆様の御店のますますの御繁盛を祈念いたしまして、今日の話しを終わります。有り難うございました。

<これにて長かった、この話しも終わりです。10日間の御愛読ありがとうございました。>

追伸①

藤井恵子さん著の単行本『浅草 老舗旦那のランチ』に登場させていただきました。

不肖・住吉史彦が、「浅草演芸ホール」の席亭さんや、「音のヨーロー堂」の四代目とランチをしながら、浅草について対談する、という趣向です。

他にも20人ほどの、浅草の旦那さんたちがリレー対談で形式で登場します。

是非ご購読を! 平成24年6月3日、小学館発行。

ご購入はこちらです。 (できればレビューも書いて下さいね!)

追伸②

「日本国復興元年~1千人の笑顔計画」を実行中です。

この「計画」では、まず「ちんや」で東北・北関東の牛を食べていただきます。そして食後の飛びっきりの笑顔を撮影させていただきます。

その笑顔画像をこちらのサイトにUPして、北の産地の方に見ていただきます。

現在の笑顔数は351人です。笑顔数が1千人に達するまで継続してまいります。

皆様も、是非御参加下さい!

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて1.174日連続更新を達成しました。

毎度のご愛読に感謝いたします。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。

 

 

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すき焼きの歴史と現在~若き料理屋さん達のために①

全国料理業組合「芽生会」関東甲信ブロック会議で、すき焼きについて講演することになりました。

「芽生会」と申しますのは、各料理屋さんの若手後継者の集まりです。講演場所が同業の名店「太田なわのれん」さんなので、正直かなり話しづらいですが、若い料理屋さん達の参考になりますよう、頑張って原稿を準備しました。

ここでも公開してまいりますので、ご覧下さい。長いので5/12から5/21まで10回に分けて公開いたしますね。

本日は概要のレジュメで、明日からが本文です。

全国料理業組合「芽生会」 

住吉史彦講演 『すき焼きの歴史と現在』

<すき焼きのルーツから今日まで>

・杉焼き 鋤焼き 剝き焼き 「ももんじ屋」

・畜産業の勃興以前~「今」が付くと高級店

・ザクの変遷と『高等すき焼き』

・牛鍋とすき焼き、関東風と関西風

・畜産業の発達と「霜降り礼賛」

<食べ物としてのすき焼き~「未来のすき焼き」はすき焼きの原点から>

・動物性のタンパク質、旨み、脂肪

・甘い味付け、アミノカルボニル反応

・熱源が客席に⇒今後は、この特徴を活かせないか?

・硬くて臭い肉⇒香辛料=葱+味噌⇒カレー粉もなかなか美味い(=小津監督流)

・食文化史上の特殊性=明治時代という特定の時代との結びつき

<商品としてのすき焼き~「ちんや」の方向性>

・「生活不要品」。しかし人生の必需品にしていただくことも可能! 

*弊社の経営理念=「心に残る思い出を!」 弊社は平凡な家族の幸せと共に在りたい。

*ご家族での利用に特化して販促を⇒記念日割引、登録商標『牛っとハート』

*すき焼きという商品は売り易くない、しかしすき焼きの思い出という商品は売り易い。

・「老舗」の存在意義とは? 10年に30回、30年に90回のリピートを!(家族単位で)

・家族を統一するのは味覚

<現代社会におけるすき焼き~結構、面白い時代になった!>

・ネットの普及・SNSの普及=ネットは短文と画像が好き

⇒『すき焼き思い出ストーリー』『すき焼き川柳on Twitter』、検索され易いブログ

・小企業でも社会貢献を!小企業こそ社会貢献を!

⇒『今こそ宮崎牛を食べる会』(黄蹄疫問題)(Twitterユーザー向けチャリテイー宴会)

⇒東日本の畜産支援『1千人の笑顔計画』⇒出されて嬉しいクーポン

・健康志向「デトックス」重視⇒すき焼きは、実は野菜を食べる料理⇒「変わりザク」

・知るほど楽しい、色んなすき焼き

⇒向笠千恵子先生『すき焼きものがたり』の、雑誌紙上での連載を支援

⇒『すきや連』を結成。すき焼き屋同士を仲良くさせたBSE問題。

⇒『すき焼き通の日』を制定(=『すき焼き通』の刊行日だった毎年10月15日)

⇒『すき焼き通検定』試験 ~一般の、大人の食育

*すき焼き業界を多様化させたいと思ったら、実は既に結構多様だった!

以上がレジュメで明日からは本文です。

この話しは長いので5/12から5/21まで10回に分けて公開いたします。明日もよろしくお願い申し上げます。

追伸①

TV東京『和風総本家』に「ちんや」が登場します。

「ちんや」に豆腐を納めて下さっている「市川食品」さんを密着取材する特集の中で登場します。5月16日(木)21時~放送です。ご覧ください。

http://www.tv-osaka.co.jp/ip4/wafu/

追伸②

「日本国復興元年~1千人の笑顔計画」を実行中です。

この「計画」では、まず「ちんや」で東北・北関東の牛を食べていただきます。そして食後の飛びっきりの笑顔を撮影させていただきます。

その笑顔画像をこちらのサイトにUPして、北の産地の方に見ていただきます。

現在の笑顔数は351人です。笑顔数が1千人に達するまで継続してまいります。

皆様も、是非御参加下さい!

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて1.165日連続更新を達成しました。

毎度のご愛読に感謝いたします。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。

 

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