報告の稽古―浅草料理飲食業組合・通常総会

 6/7に、浅草料理飲食業組合の通常総会があります。総会ですから、昨年度の事業報告・決算報告、新年度の事業計画・予算案などが提出されて審議されます。この内は、私は事業報告と事業計画―2議案の提案を担当することになりました。

 この仕事は、モノ凄く難儀な仕事、というわけでは、もちろんないのですが、100人ほどの組合員を前に、高い壇上から報告する予定になっていまして、スポットライトもバッチリ当たるので、それなりの緊張感があります。まずは、例によってジョークを飛ばすところからはじめてやろう、と思っています。

  さて、そういう次第ですので、この3〜4日間は、事業報告と事業計画の、演説の文案作成と稽古をしないといけません。

 こういう場合、まず私は演説全文を、パソコンでベタ打ちします。組合には事務員さんもいますが、かならず自分で、全文を話し言葉でベタ打ちします。経験上そうするのが、一番脳への定着が良いと思っています。それに文字数がわかることで、演説の所要時間がわかります。

 もちろん、ベタ打ちより、要点メモを基に話す方が話しやすい、という人も、世の中にはいるでしょうが、私はこれが良いのです。

  演説する、その内容ですが、結構長くなってしまいそうです。昨年6月に、組合長が代わり、「どぜう飯田屋」のII田さんが組合長に就任されました。以来II田さんは、次々に新事業を実行してこられました。

・飲食店向け新型インフルエンザ対策パンフレットの作成

・ノロウイルス対策講習会

・台東区衛生自主管理推進店登録制度に関する勉強会

・ビール工場見学会

⇒このあたりは、さほど珍しくはありませんが、さらに

・台東区長への要望書提出(本当に区長室で区長に面会しました!) さらには

・飲食店後継者のための「婚活パーテイー」まで組合が主催しました。

 もちろん、この他に例年通りの事業(=健康診断とか新年会とかホームページとか)もありましたので、怒涛の1年でした。

  以上の事業を、私が全部一人で語るので、工夫しないと、組合員の皆さんは、退屈してしまいますよね。最初に、例年より長くて、20分弱かかること、全体で何項目の報告事項があるか、を知らせておかないといけません。先が見えず、いつまでも話しが続くとダルいですからね。

 また、話しの途中でも、今何番目を話しているか、お知らせして、我慢してもらうようにしたいと思います。

 それにしても、困ったなあ、一番肝心のジョークがまだ出来てないんですよ。

 もう、6/4なのに。

 本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。

Filed under: ぼやき部屋,飲食業界交遊録 — F.Sumiyoshi 10:12 AM  Comments (0)

松屋さんの屋上遊園地

 5/30付の、毎日新聞が以下のように伝えました。

 「東京都台東区の百貨店「松屋浅草」の屋上にある遊園地「プレイランド」が、31日の営業を最後に閉鎖される。日本最古の屋上遊園地とされ、東京名所として知られた。30日は曇り空となったが、大勢の親子連れらが訪れ、名残を惜しんだ。

 同店が開業した1931(昭和6)年にオープン。7階建て店舗の屋上(約2650平方メートル)の一角にあり、全国の百貨店が屋上遊園地を作るさきがけになった。今回、営業戦略の見直しで閉鎖が決まった。

 現在は昭和の香りが漂うメリーゴーラウンドやゴーカートがあり、隅田川の対岸で建設中の東京スカイツリーも望める。この日もツリーを背に来場者が写真撮影を楽しんでいた。」

 「松屋」さんの屋上遊園地については、私も幼き日の思い出がありますので、とても残念です。「松屋」さんは、屋上だけでなく、4階から上にある、全売り場を閉鎖するそうで、景気の悪いこと、この上ありません。来年まで頑張れば、80周年だったのに、惜しいことをしました。

  それにしても、閉鎖が決まると、話題になって騒がれるのに、それまで普段は完全に放っておかれて、応援してもらえず、その間に衰退していってしまうものが多いですよね。今回の新聞記事も、閉鎖の前日に「もうすぐ閉鎖になっちゃいますよ!」というニュアンスで伝えています。記事文中に「・・・東京名所として知られた。」とありますが、今頃持ち上げてもらってもねえ、という感じです。

  「世の中に、無いと寂しいけど、しかし無くても、ものすごく困るわけではない」というものが、そういう展開になりがちですよね。「無くても、ものすごく困るわけではない」ものを売る人間は、相当工夫しないと、放っておかれる存在になってしまいます。

 屋上遊園地についても、お子様の成長に必須なプログラムを体験できる場として、衣がえするとか、なにか、そういうアイデアを出せたら、生き残ったかもしれません。

  すき焼きも、やはり「世の中に無いと寂しいけど、しかし無いと、ものすごく困るわけでもない」と思われがちですから、気を引き締めないといけません。

  遅ればせながら、「ちんや」も国際観光日本レストラン協会が開催する、食育プログラム(=「夏休み親子体験」)に去年から参加させていただき、今年も同様の催事を、8月に開催します。また、台東区役所が作っている、見学・体験が可能な、工房のリスト(=「手作り工房マップ」)にも参加しています。

 もちろん、「一家の団欒の時はゼッタイすき焼きを食べる⇒だからすき焼きは日本人には、無いと、ものすごく困るもの」という風に子供の頃から、すり込んでおこう、という作戦です。

  ご高配を賜りたく、お願い申し上げます。

 本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。

Filed under: ぼやき部屋,浅草インサイダー情報 — F.Sumiyoshi 9:25 AM  Comments (0)

普茶料理ランチ、竜泉にて

 6/1昼、台東区竜泉にある、普茶(フチャ)料理の「梵(ボン)」さんへ行ってきました。

 実は、東京商工会議所台東支部青年部の、月例会の内の1回として、

 「主任ナビゲーター・住吉史彦と行く、下町の食文化を担う老舗・名店シリーズ」

という、食べ歩き企画があります。既に、過去8回開催していて、恒例企画となっていますが、当然、毎回私が万事を手配して、青年部の諸君を、私推薦の御店へお連れしています。

  これまで、すき焼きの「浅草今半」さん、「どぜう飯田屋」さん、豆腐の「笹乃雪」さん、桜鍋の「中江」さん、おでんの「大多福」さん、鰻の「やっこ」さん、洋食の「香味屋」さんなどで開催し、食事をするだけでなく、毎回、その店のご主人さんまたは若旦那さんから、それぞれの御料理についてのレクチャーを受けてきました。

 自分で言うのもなんですが、毎回、大人気・大盛況の企画です。

 7月に、その第9回を「梵」さんで予定していますので、6/1は、その下打ち合わせというわけです。

  同行は、青年部のT幹事長の他、私と一緒に、このシリーズの幹事をしてくれている、「どぜう飯田屋」の若旦那・II田君も一緒です。そうです、II田君は、このブログに頻繁に登場する、浅草料理飲食業組合のII田組合長のご子息です。日頃私は、親父殿にお仕えしていますが、ご子息には、この企画を手伝ってもらっているわけです。

  さて、普茶料理と申しますのは、精進料理の一種ですが、江戸時代初期に、中国(明)から隠元禅師が渡来され、宇治に黄檗(オウパク)山萬福寺を建立された時から伝わっている料理です。

 だから餡の使い方や、豆腐・ごま油を多用する点などが、微妙に中華料理風です。

 また、面白いのは、擬製料理と言いまして、精進OKの食材で、魚や肉の代替品を造るところです。例えば豚肉の擬製品は、わらび粉を練り、薄く伸ばして形作り、油で揚げるそうです。これが、食べると本当に豚に思えるから、大したものです。

  今回、普茶料理を選んだのは、青年部の連中の、止まる所を知らない煩悩にブレーキをかけるため、では勿論なく、ベジタリアンの方に対応できる料理屋を、青年部の面々が知っておいた方が良い、と思ったからです。

  東京スカイツリーが出来て、ますます海外からのゲストが増えています。しかし鎌倉と違って、浅草近辺には精進料理の店が大変少ないので、こうした御店は貴重です。

 6/1は、幸い、ご主人のFさんがご在店で、もろもろ打ち合わせできました。我々の用件にも、いちいち真面目に・丁寧に応対していただき恐縮してしまいました。

 まずは、これでひと安心。今回も当日は、楽しくレクチャーを受け、もちろん宴会も盛り上がるでしょう。

 めでたし、めでたし。

 あ、そうだ、青年部の連中には、「梵」さんでの宴会が終わったら、そこで大人しく撤収して、その後煩悩ワールドへ出動することなどないように、くれぐれも、今から注意しておこう!

 本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。

*「梵」さんについては、こちらです。

Filed under: 浅草インサイダー情報,飲食業界交遊録 — F.Sumiyoshi 10:23 AM  Comments (0)

「三嶋亭」さんの、急な階段

 向笠千恵子先生の新連載『続すき焼き ものがたり』が掲載されている、月刊「百味」6月号が届きました。5月号より連載が始まりましたので、今回は第2回です。

 早速ページを開けますと、今回は京都・三条寺町の「三嶋亭」さん=私も旧知のM社長の御店、についての記事でした。さて読みはじめますと、私としては「うーん」という所からスタートしました。「三嶋亭」さんの、店舗のバリアフリー対応のことから、記事がスタートしているのです。

  向笠先生のお母上様は、俳人でいらして、俳句を作るのが脳に良いせいか、ご高齢でも頭脳は大変明晰でいらっしゃいます。しかし、御み足には不自由なところが少しあって、そういう方には、古くからの店舗は不都合なことが多いのです。

 特に「三嶋亭」さんは、玄関を入ると、2階へ続く急な階段があって、そこにロビーがあるのです。1階にも客席がありますが、1階の客席へ入る客も、いったん2階ロビーを経由して1階へ入る=つまり、まず登って⇒別の階段を降りる、という構造なのです。これが、御み足の不自由な方にはキツイのです。

  記事によれば、結局今回、その2階ロビーを経由せず、バックヤードを通り抜けて、1階の客席へ入られたようです。「裏手の通路に案内され、下足箱の前を通り、配膳室脇を抜け、事務机の傍から表廊下へ出た」という具合だったようです。

  要するに、社会が高齢化しているのに、店舗の構造が合わないのです。先生はこのことを「日本の生活文化のとってはひとつの危機」と書いておられますが、実は「ちんや」にとっても、こうした問題があります。

  「ちんや」の現在の店舗は、昭和50年竣工のビルですので、エレベーターもありますし、「三嶋亭」さんほど、やっかいではありません。しかし、それでも御客様には玄関で下足をお脱ぎいただいた上で、ご入店いただく構造でして、その際に50cm程度の段差があります。その段差さえ突破すれば、あとは平らなのですが、そこだけは何とかしないといけません。

  「少し御み足がご不自由」くらいなら、下足番がお手伝いして、押し上げてしまいますが、困るのは、車椅子のお客様です。

 店外から車椅子にお乗りになったままでは、御入店になれないので、店内には店内用の車椅子を1台用意してあります。玄関でそれに乗り換えていただくのですが、まだ1台しか用意してありません。ついては、お席のご予約と同時に、店内用車椅子もご予約いただかないといけないわけです。(利用料は無料です)

  「ちんや」のもう一つの問題は、お使いいただく部屋自体の構造です。個室が7室ありまして、その内6室は、洋室(=椅子席)または掘り炬燵の個室だから良いのですが、大広間・ご宴会場と、個室の残り1室は、あいかわらず和室です。(小さいお子さんがおいでの場合は、やはり和室が良いので、全部を洋室にはしていません。)

  ご宴会の場合は、椅子でなくて、動き回って歓談できる和室の方が、楽しい宴会になる、と私は思っていて、だから現在の構造を直していないのですが、しかし、そもそも和室に座れなければ、楽しい宴会にもなりえませんね、たしかに。

 だから、洋室の宴会場も増やしつつありまして、20名様までなら、洋室で宴会もできるようにしてあります。

 先日、八王子のすき焼き屋「坂福」さんをお訪ねしたら、D社長が「ウチは今でも、会議室以外は全部和室ですよ!」と自信満々でしたが、「ちんや」はそこまで強気になれません。

  日本の生活文化にとって、残念なことでも、少しずつ、椅子席化が進行するのは避けがたいと思います。

 思いまするに、古いもの全てを残すことはできません。しかし、古いものの中の、エッセンスあるいは本質は残さないといけません。その判別のための眼力が、私やM社長に必要なんだと思います。

  違う眼力なら、あるんですけどねえ。

 え? なんの眼力があるかって? それについては、このブログ5/29号をご覧下さい。ひひひひ。

 本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。

*新連載『続すき焼き ものがたり』が掲載されている、月刊「百味」については、株式会社ビジネス・フォーラムへお問いあわせ下さい。(電話:03-3288-9180)

立派なビルが建っちゃって

 先日、お取引先の紹介のお客様が見えたので、その部屋へ挨拶にうかがったら、年配の方でした。その方が、おっしゃったことは「いやあ、「ちんや」さん、こんな立派なビルが建っちゃって驚いたよ!」

  こんな立派なビル?

  最近、浅草界隈には、高層マンションがたて続けに建っているので、そういうビルの話しをなさっているのか、と思ったら、違うのです。どうも「ちんや」がビルになったことを言っておいでなのです。と、いうことは、昭和50年以前の(=先代の)建物と、今のビルを比較して「立派」とおっしゃっているわけです。

  先代の建物は、先々代の建物が、太平洋戦争で焼けた後、終戦直後に建てられたもので、およそ30年間使われました。私はそこで生まれ育ったのですが、お世辞にも「立派」とは言い難いものでした。

 昭和50年竣工の、今のビルと比較しても、戦争前の結構立派な先々代と比較しても、見劣りがします。だから、今のが「立派なビル」というのは間違いではないのですが、それにしても、今頃そう言っていただいてもねえ、という感じです。

  現在のビルも、既に築35年が経過して老朽化し、実は、あちこちに不具合が出てきています。メンテナンスに毎年多額のお金を投じているのが実態ですから、今頃「建っちゃって」というのは、当事者としては、かなり違和感があります。

  そう思っていたら、翌日も、店の玄関で、ほとんど同じ趣旨のことを、別のお客様から言われました。

 「40年ぶりに、思い出の「ちんや」さんに来たんだけど、いやあ、この前と随分変わっちゃったねえ。」

 実は、こういう話しは、結構頻繁に聞かされるのです。こちらとしては、「うーん」という感じですが、そういう感覚の方がたくさんおいでなのだと思います。

  ご来店の頻度が、「数十年に一度」という極端に低い頻度でも、思い出の中の印象は、薄いわけではないらしく、良い印象であった場合は鮮明に覚えていただいているようです。その、思い出の中の「ちんや」と現物が違ってしまうと、残念に思って、「変わっちゃったねえ」という御発言につながるようです。現在が「立派」であっても、あまり嬉しくはないようです。

  思いまするに、建物=半永久・人間=はかないもの、ではなく、その逆のようです。人の一生の間に、実際、先代の建物は築30年で取り壊しとなりましたし、築35年で、先代より長生きしている、現在のビルも、維持するのに難儀しています。

 むしろ人間の思い出の中の、「ちんや」が半永久で、現物の「ちんや」の建物の方はと言うと、永久ではないのです。

  先代の建物は取り壊されましたが、お客様の思い出の中に、半永久に生きていることを、つくづく有り難く思います。

  それにしても、そういうお客様には、もう少し頻繁に来ていただけないもんでしょうかねえ。

 毎月来て欲しいとは、申しませんから。

 3年に1度くらいで結構ですから、なんとかひとつ、よろしくお願いします。

 *太平洋戦争前の建物をご覧になりたい方は、いったんこちら(=「ちんや」サイト表紙)を開け、表紙>ちんやへのご案内>外観 の順で開けて下さい。

Filed under: すき焼きフル・トーク,今日のお客様 — F.Sumiyoshi 9:13 AM  Comments (0)

みついし牛 

 5/26より「今週の特撰牛」が変わりまして、北海道浦河町の「みついし牛」をお出ししています。「みついし牛」をご存じの方は多くはないだろう、と思いますが、トライしています。

 有名ブランド牛ばかりを売るのは、「ちんや」として、さほど面白くありません。そこで、実は、「有名産地でなくて、育て方に独自のこだわりのある生産者の牛を売りたいんだ」ということを、「ちんや」へ肉を卸してくださる、問屋の「アマイ」さんにしていました。

 特に、「①子牛から出荷まで一貫生産をしていて、②飼料にこだわっている、生産者がいいですね。」と要望をしていたら、「アマイ」さんが推薦してきたのが、この牛です。

  みついし牛の産地は、北海道の浦河町・えりも町・新冠町です。みついし農業協同組合のホームページによれば、本格的に肉牛生産に取り組み始めたのは、昭和63年のことだそうなので、新しい産地です。この年から、優秀な繁殖雌牛をそろえるため、町営の和牛センターが受入施設となって、島根県経済連より毎年50頭づつを導入し、そこから各農家に供給するようになりました。

 平成4年には農家6戸が牛の肥育を始め、平成6年に肥育牛を初出荷。それ以来、次第に各地の市場で高い評価を受けるようになり、農家数は、素牛生産が48戸、肥育農家が12戸まで増えてきました。総頭数については約1340頭となっているそうです。(素牛生産というのは、出産から子牛まで育てる農家のことで、肥育農家というのは、その後、出荷まで育てる農家のことです。)

 品質向上を図るために平成8年から枝肉研究会を開催し、「みついし牛枝肉共励会」(=優秀牛を集めたコンクールのこと)も開催し、肉質の向上とブランド確立に向けて取り組んでいるそうです。

  「一貫生産の中心に(!)経営している」、と書いてあるので、完全に一貫生産ではないのかもしれませんが、今回の牛は、もちろん、浦河生まれで、東京食肉市場へ出荷されるまで、浦河で育っています。一貫生産により、風土の特性が肉の味により濃く反映されていれば嬉しいことです。

  それから、飼料についてですが、茨城県畜産農業協同組合連合会が作る「名人」という名の資料を使用しているそうです。

 茨城畜連さんは、飼料の中の、ミネラル・ビタミン等無機質にこだわっています。ビタミンCを特別添加・ビタミンAやEも添加。またミネラルを強化するため、貝化石(=数百万年の歴史を持つ、魚貝類・海草・プランクトン等がそのまま化石になった、天然総合ミネラルのことだそうな)を飼料に混合しているそうです。

 また面白いのは、茨城畜連さんは、配合飼料「名人」を使用して肥育・出荷された牛肉に、そのことを証明する証明書を付けていることです。「名人」を使用した、という情報が、多くの消費者に届くような、取り組みをしているわけです。こうした証明書は、実は私も初めてみました。

  本当は、私としては、地元産の飼料を使っている方が良かったです。ミネラルを強化するにしても、地元由来のミネラルなら、さらに風土の特性が肉の味に、より濃く反映されて、さらに面白かったですね。

 フランス人は、海風の強い土地で育った牛を珍重しますが、それはミネラルの影響だと思います。日本の隠岐牛も、同じ理由で旨いです。今回は、その点が今一歩ですが、まあ仕方ありません。北海道の飼料の、今後の発展に期待します。

 今回の牛は、味事自体は旨いので、まあ、良いでしょう。

  是非、ご賞味を。なお、個体識別番号は、02056-50772です。

 値段についても、毎度のブランド牛より良心的です。

 本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。

*「ちんや」流の個体識別表示方法については、このブログの5/10号をご覧下さい。

Filed under: すき焼きフル・トーク — F.Sumiyoshi 9:27 AM  Comments (2)

高橋是清

 5/24の新聞各紙に、カードのJCB社が全面広告を出していましたが、その広告の内容に驚いた人もいると思います。文字だけの広告で、その文字は1929年の、宰相・高橋是清(たかはし・これきよ)の言葉の引用でした。長いですが、転載しますと、

 「仮に或る人が待合(まちあい)へ行って、芸者を招(よ)んだり、贅沢な料理を食べたりして二千円を消費したとする。是れは風紀道徳の上から云へば、さうした使方をして貰ひ度くは無いけれども、仮に使ったとして、此の使はれた金はどういふ風に散らばって行くかといふのに、料理代となった部分は料理人等の給料の一部となり、又料理に使はれた魚類、肉類、野菜類、調味品等の代価及び其等の運搬費並に商人の稼ぎ料として支払はれる。此の部分は、即ちそれだけ、農業者、漁業者其の他の生産業者の懐を潤すものである。

 而(しか)して是等の代金を受取たる農業者、漁業者、商人等は、それを以て各自の衣食住其の他の費用に充てる。それから芸者代として支払われた金は、其の一部は芸者の手に渡って、食料、納税、衣服、化粧品、其の他の代償として支出せられる。(中略)

 然るに、此の人が待合で使ったとすれば、その金は転々して、農、工、商、漁業者等の手に移り、それが又諸般産業の上に、二十倍にも、三十倍にもなって働く。

 故に、個人経済から云へば、二千円の節約をする事は、其の人に取って、誠に結構であるが、国の経済から云へば、同一の金が二十倍にも三十倍にもなって働くのであるから、寧ろ其の方が望ましい訳である。」

 この話しは、経済学部に行ったことのある人は、産業連関の話しだよね、とすぐ分かりましょう。そうでない人も、景気が悪いのは、皆が節約ばかりするからだ、と理解できましょう。

  そして「理解できましょう」程度の話しではないのは、飲食業であるところの「ちんや」で働く、我々のような者です。この話しは、大変身近な話しです。

 時代が違うので、今時の風俗産業の主力は、「待合」ではありませんで、違うタイプの店ですが、是清的な男がそういう店に行く前に、店のお姐さんを誘い出して、少し高級な飲食店で食事をし、その後、男女同伴で出勤する=いわゆる「同伴需要」というものが、我々の業界には、結構有ります。いや、有りました。

  ところが、ご存じのリーマン・ショック以来、そういう行動をする男がめっきり減ったようで、その結果、世の中への金の回りが悪くなっています。お姐さんの店で金を使わなくなったのは勿論、少し高級な飲食店、例えば「ちんや」で食事もしなくなっていますから、経済への波及効果が、ダブルで小さくなっているわけです。

  そんな御時勢に掲載されたのが、この全面広告ですが、それではここで、この広告が利いたか、どうかをご報告したいと思います。結果は=結構、利いたかもしれません、はい。

 この前の金曜の夜、店の玄関に立っていたら、結構ご来店があったのです。「お、同伴だな」「いやあ、ケバいねえ」というタイプの。店の外の、雷門通りを通る人の中にも、そういった方面の方がチラホラと。

  え? なんで、同伴かどうかわかるのか、って?

 まかせて下さい。その鑑定の眼力については天下一の自信があります。私と「ちんや」の下足番Iが二人がかりで、鑑定すれば、まず間違いはありません。

  ひとつだけ、手法をバラしますと、靴に注目することがポイントです。「ちんや」は靴を脱いで入っていただきますが、靴の趣味が、男女で同じか、それともまったく違うかを見ると分かるのです。当たりますよ、これは。

  ちなみに、わが地元・台東区の地場産業である、皮革産業にとっても、お姐さん方は、上得意中の上得意です。何足もの靴を次から次へ、どんどん購入してくれるのは、彼女たちくらいのものです、世の中で。

 そういう意味でも、是清男には、いっそう奮励努力して、散財していただきたいものです。

  料理・サービスとも差は有りませんから、正真正銘のご夫婦でも、同伴でも。

  本日も下らない話しを最後まで読んで下さって、ありがとうございました。カリスマ同伴鑑定士の、住吉史彦でした。

「狆屋」の後継者

 「ちんや」の玄関の、下足番の席にはビーフ・ジャーキーがストックしてあります。人間用ではなく、犬用のビーフ・ジャーキーです。可愛いワンコが散歩で周って来て、「ちんや」の前を通りかかると、下足番のオジサンは、外へ飛び出していって、ワンコにジャーキーを与えています。

  「狆屋」の後継者たる、「ちんや」だから、必須の業務として餌付けを遂行している、わけでは勿論なく、単に彼が犬好きなのです。

 餌付けの最中に、偶然「ちんや」へ入ろうとした、お客様が可愛いワンコに気がつき、一緒になって、そのまわりを囲み、餌付けに飛び入り参加、なんて言うこともたまにあります。

  そのように餌付けをしているワンコの中に、柴犬の夫婦がいました。そして、この春、その夫婦の間に、それはそれは可愛い子犬が5匹生まれ、飼い主の方は、夫婦の柴に加えて、子犬をカートに乗せて周ってくるようになりました。

 やがて、3ヶ月くらいが経過し、子犬たちには里親が決まり、カートの中の子犬の数はだんだんと減っていきました。

  そんなある日、下足のオジサンは、いつもの飼い主さんが、ワンコを連れずにやって来て、「ちんや」の中へ入ろうとするので、驚きました。

 どうしたんですか? と尋ねると、

 イヤ、今日は、すき焼き食べに来たんだよ。入っても良いんでしょ?

 ええ、ええ、それは、いらっしゃませ、どうぞ、お入り下さい!

  というわけで、飼い主さんと一緒に入店された、もう一人の方は、子犬を引き取った、里親さんのようでした。係になった、仲居の話しによると、最初から最後まで、犬の話しで盛り上がっていたとか。なんとも、微笑ましいですね。

 これも、ワンコの取り持つ御縁と言うのか、有り難い話しです。

 今度から、正式に「ワンコ受付」を造って、組織的・徹底的に餌付けするか!

 なんたって、われらは「狆屋」の後継者だし、売上につながりそうだし。

 ひひひひ。

 本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。

*「狆屋」については、いったんこちらを開け、表紙>ちんやへのご案内>沿革の順で開けて下さい。

Filed under: 今日のお客様,憧れの明治時代 — F.Sumiyoshi 10:17 AM  Comments (0)

友三角、上三筋

 私が日頃お世話になっている、「浅草うまいもの会」のK子会長(=鰻「川松」社長)から、質問メールが来ました。

 「ある焼肉店に行ったら、「座布団」とか「友三角」「上三筋」など部位がメニューに書いてあるんです。店の人から、モノ凄く貴重な部位と聞かされたんですが、どういう部位なんですか?」という御質問でした。

  「友三角(トモサンカク)」「上三筋(ウワミスジ)」・・・ですか。

  肉の業界で、一般に表示することを求められているのは、「もも」とか「かた」とか「リブロース」とか、そういう大分類でして、表示方法が決まっています。しかし、最近、さらに細かい、小分類の部位名を消費者に表示することによって、それがとても旨い部位であるかのように思わせる手法が、一部で流行っているようです。小分類の部位名が消費者になじみがないのを利用しているわけです。

  もちろん、細かく表示して悪いわけではありませんし、「友三角」「上三筋」というのは、マズい部位ではありませんが、「友三角」は「もも」の一部、「上三筋」は「かた」の一部でして、たしかに焼肉向きの部位ではあるものの、「格別上等」の部位というわけではありません。

 モノ凄く貴重な部位、というのは、チョッと言い過ぎでしょう。言葉のパフォーマンスのような気がします。

 「座布団」「徳利」なども、やはり部位やパーツを示す隠語ですね。これも「格別上等」と言うのは、少し大げさと思います。

 「友三角」(「もも」の一部)

 「上三筋」(「かた」の一部)

と表示するのが、最も正確かつ正直と思いますが、そうはやらなそうですよね。

  一般の方が、肉のことを体系的に学習する機会などはほとんどありませんから、こういう手法を考えつく業者がいるのだと思います。

  「大人の食育」もしないとなあ、と思う今日この頃です。

 特に、焼肉店などに行く機会の多いのは、男性ですから、「男が肉を学ぶ会」なんていうのを、やらないといかんのかなあ、と思ったりしています。

 あ、しまった、K子大明神は女神様だったか!

 「肉を学ぶ会」には、もちろん、御参加いただけるようにいたしますので、御許しを!

 御気の短いのはいけませんよ。 乱暴なことは御考え直しを! ぎゃあああ。

 本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。

*「浅草うまいもの会」については、こちらです。

ブロガー?の喜び

 私がこのブログを始めてから、もうすぐ3ヶ月になりますが、嬉しかったことは、しばらくの間ご無沙汰していた知人・友人から、連絡や書き込みをもらったことです。

 私の学生時代の友人にはサラリーマンも多く、転勤を繰り返す内、疎遠になってしまいがちですが、こちらは全く異動することなく、同じ土地に居続けています。だから「浅草+ちんや+住吉」と入れて、ネットで検索してくれれば、簡単に、こちらが何をしているか、わかってもらえます。

 毎日が年賀状みたい、と言えなくもありません。便利ですね。

 ネット上に、完全に個人名を出すことには、実はかなり抵抗感がありました。でも、既にマスコミ取材等で、しばらく前から自分の名前や肖像が掲載されていましたので、どうせなら、どーん、と公開して、書きたいことを書いてやれ! そう思って、このブログを始めた次第です。

 今のところ、デメリットよりメリットの方が大きいようです。

 それから、このブログを始めてから、気のせいかネオン街での、私のモテ具合がUPしたように感じます。

 「あらあ、住吉さんじゃないの、ご無沙汰だわねえ! アタシ読んでるのよ、住吉さんのブログを、ま・い・に・ち!」

 「ま・い・に・ち!」は、もちろん営業的なデフォルメでしょうが、まあ、そう言われて悪い気はしません。

  それに飲んでいる間、会話のネタを、こっちが一生懸命考えなくて済むので、気が楽です。「先週のブログに書いてあった、○○のことを、もうチョッと教えてほしいわ」と言われたら、それに答えていれば座持ちがします。

 座持ちしないことを心配するより、むしろ、私が話題を独占してしまい、同席している男前諸侯のご機嫌を損ねないよう、心配する必要があるくらいです。

 いやあ、人気ブロガーは、辛いなあ。ひひひひ。

 本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。

Filed under: ぼやき部屋,飲食業界交遊録 — F.Sumiyoshi 6:30 AM  Comments (2)