浅草の思い出

すき焼き思い出ストーリー投稿サイトに新着1本をupしました。

題して「浅草の思い出」

どうぞお読み下さい。

<以下投稿です>

私が小学生のころの話です。私は埼玉県北部に両親、兄妹、父方祖父母と七人で住んでいました。

当時、千駄ヶ谷に一人で暮らしていた母方の祖母。
嫁いできたひとり娘の私の母のところへ月に一度、遊びにきていました。
乗り換えの面倒がなかったため、浅草まで出て、そこから東武線(現在はスカイツリーライン)でやってきていて、その時はいつも浅草駅に隣接する百貨店で、すき焼き用の牛肉をお土産に買ってきてくれました。
祖母が来た日の晩はすき焼きで、そしてそれは母方の祖母が鉄鍋を使って腕を奮って作ってくれ、食べ盛りの私たち3兄妹はその美味しさにペロリと平らげたものです。料理屋で働いていた祖母でしたので、こだわりを持って作っていたのを懐かしく思います。
また、自営の父は、仕入れのためによく浅草問屋街へ出かけていました。いつからかその帰りに買ってきてくれてたのが、ちんや精肉店で販売しているハンバーグです。これもまた絶品で、あふれでる肉汁がたまりません。
今は主人と中高生2人の息子と暮らしていますが、時々、浅草へ行く用があるとちんや精肉店を覗きます。そしてハンバーグを買って帰る。

息子たちも一口食べて、

これはちんやだね?

と言い当てます。
先日立ち寄った時は、臨時の連休中でお目当てのハンバーグは買えず、がっかりして帰宅したました。
次はいつ行こうかな~。

<投稿終わり>

お子さんが「一口で言い当てる」というのは、かなり嬉しいですね。味覚の継承とはこういうことだと思います。

このように、

すき焼き思い出ストーリーの投稿を募集しています。

すき焼きは文明開化の昔から、日本人の思い出の中に生きてきた料理です。でも残念ながら、その思い出話しをまとめて保存したことはなかったように思います。

ご投稿くださったものは、「ちんや」創業135周年を記念して本に纏め、今後店の歴史の資料として、すき焼き文化の資料として、末永く保存させていただきます。

どうぞ、世界に一つだけの、すき焼きストーリーを是非、私に教えて下さい。

投稿〆切は9月末日です。

既にご応募いただいた、約60本のストーリーはこちらです。

 

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて2.025日連続更新を達成しました。

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涙でレシートが見えにくい

すき焼き思い出ストーリー投稿サイトに新着1本をupしました。

題して「涙でレシートが見えにくい」

どうぞお読み下さい。

<以下投稿です>

私が子供の頃には、家族で食べる特別なメニューが幾つかありました。母が食パンをそのまま使って作る意味不明なハンバーグ、一般の中華料理屋さんで食べるものとはまるで違う、甘くない酢豚、そして自己流のすき焼きでした。
なにぶん子供だったので牛肉が高いことなどは知らず、「豚肉のほうがいいよ」などとうそぶいていた生意気な幼児であった私も、すき焼きは美味しいのだと理解はしていました。
長じて学生になって、やりたいことが全部挫折して、失意の中で会社員になりましたが、入社3年目くらい、たぶん平成3年の6月です。当時はまだ世間の景気も悪くはなく、大掛かりな仕事が終わった打ち上げで、部長が部下をおおぜい引き連れて、有楽町のおおきなお店ですき焼きを奢ってくださいました。中居さんが全部やってくださったのも驚きでしたが、味がまるで母のものとは違うので、大量に食べておおいに満足して、「会社もいいなぁ」などと勝手に思ったものです。
しかし景気も悪くなって、その後はそんなことはなくなりました。もともと「会社勤めなんかいやだ」と思っていたのでうまくいくわけなどありません。あちこち転勤して、東京あたりに戻ってきたのが9年前。父親が死んだ直後です。
身も心もすさんでいた私は、それでも元気になろうと自転車に乗り始め、水戸街道をずっと走り続けました。そのうち長距離も乗れるようになって、浅草へも。すると「ちんや」さんの看板が。
入りたい、でもこんな状態では入れない。いつかは入ろう。
それから更に何年もたったな。確か2013年の冬に接待先として生まれて初めてお邪魔しました。自腹ではないから一人前とは言えません。ですが、「ここに来られるようになったのか」その思いは格別でした。味もサービスも格別なのはもちろんです。
そして昨年、会社の知人がプロジェクトを成功させたお祝いに、プライベートでやっと「ちんや」さんに堂々と行けたのです。行けた、やっと行けた。俺もここまで来れたんだ。
メニューやレシートが涙で見えにくくなった、そんな日でした。

このように、

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どうぞ、世界に一つだけの、すき焼きストーリーを是非、私に教えて下さい。

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ちんやさんの思い出

すき焼き思い出ストーリー投稿サイトに新着1本をupしました。

題して「ちんやさんの思い出」

どうぞお読み下さい。

<以下投稿です>

ちんやさんとのお付き合いは小生小学校低学年の頃からですので、もう60年近くになります。当時は、両親に連れられて浅草寺へのお参りの際に寄らせてもらっていました。
もちろん、ちんやさんの由来、また味のことなども分かりませんでした。ただ、入り口に下足番の方がおられ(もちろん下足番の方のことなど当時は分かりませんが)、広い入り口から上がって行ったのは今でも鮮明に覚えています。
今、入り口に伺いますと当時の印象からは狭いなと感じますが、昔とは変わりましたでしょうか?あるいは自分が大きくなったので、当時は広く感じたということでしょうか?

その後、就職し居住地が変わったこと、また仕事の関係で外国勤務となったことなどから、ちんやさんとも縁遠くなってしまいましたが、この15年くらいまた通わせていただいています。

ちんやさんの永い歴史を知るにつけ、自分自身のちんやさんとの60年近くに及ぶお付き合いを感慨深く思い出しています。これからも末永いお付き合いをお願いしたいと思います。

<投稿終わり>

このように、

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父のすき焼

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題して「父のすき焼」

どうぞお読み下さい。

<以下投稿です>

私が子供の頃、今から50年位前のことだと思う。我が家ですき焼をする時は常に鍋が二つ用意された。

五人家族の我が家は大きめの丸い卓袱台に小さな折り畳みテーブルを付け足した、その小さなテーブルの上では豚肉の入った鍋がぐつぐつと音をたてていた。父の為の鍋だ。

末っ子で、まだ小学生になるかならないかの私にはその肉が牛か豚かなんて事は知るよしもなかった。ただ、ただみんなでおいしい、おいしいと言いながら、みんなでお腹いっぱい食べた。

少し大きくなった頃、父の分だけが豚肉だったと知った。牛肉が苦手だと言っていた。

私が大人になった頃、父の牛肉嫌いは、父が子供の頃可愛がっていた牛が居て、それを思い出すからとか、ただの食べず嫌いとか色々言い訳を聞かされた。

父が亡くなって、もう15年・・・

本当はどっちだったのだろう?なんて、夫と二人「ちんや亭」のカウンターですき焼の牛肉をつつきながら、ふと思い出したりするのだ。

 

このように、

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川柳「超ウケ賞」に選ばれて想うこと

すき焼き思い出ストーリー投稿サイトに新着1本をupしました。

御年81歳の方からです。在り難いですね。

題して「川柳「超ウケ賞」に選ばれて想うこと」

どうぞお読み下さい。

<以下投稿です>

昨年8月誕生祝と傘寿を祝って老夫婦で参じた折、投句の話が仲居さんからあり即興で詠みました。発句するのはこれが初めてでした。雅号もそのまま「はじめ」と付けた訳です。

そもそも、ご当地に足を運んだのは一寸とした昔の想い出(回想)があったのです。想えば先の戦争が開戦し間もない昭和16年、17年初めの頃に父に連れられた記憶があります。

父は丁度橋場、南千住辺りの石炭の販売会社に勤めていたようで、そんなことで浅草界隈の「ちんや」をはじめ「今半」「駒形どぜう」「川松」辺りに豆炭やコークスを納めていたようで、少し顔馴染みがあったような記憶があります。

「ちんや」の大広間で仲居さんが丁寧にすき焼きを焼いてくれたのをうっすら覚えています(当時は美味しい物がだんだん口にすることが出来なくなってきた頃です)これが初めての縁のようです。

その後、戦災で焼け出され、疎開で東京を離れたりして、足が遠のきました。

終戦後父の勤めていた鋳物工場で造った鉄鍋で家族揃って、七輪を囲んで「すき焼」を食べ、その時大分「ちんや」の味が舌に残っていたのではないかと思います。

然し、その後父と一緒に当地に連れだっていくことは叶わなかったのは残念でした(忙しさと貧しさ故に)。

今此処にやっと妻はじめ家族と共に事ある度に足を運び、舌つづみしたいと思います。

このように、

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すき焼きは文明開化の昔から、日本人の思い出の中に生きてきた料理です。でも残念ながら、その思い出話しをまとめて保存したことはなかったように思います。

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慶びの思い出は残るお店で消えないように。

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題して「慶びの思い出は残るお店で消えないように。」

どうぞお読み下さい。

<以下投稿です>

娘の結婚が決まりました。
付き合っていた彼から、ホテルのスイートルームで真紅の花束を捧げてもらいプロポーズされたんです。もちろん、親の私は大喜びです。
娘より、彼が両親に挨拶に来るので、用意してほしいと。うーん、頭をひねりました。まず、自宅で食事にお招きするか、外のレストランに行くかの2択。
彼は学生時代からのつきあいなので私とは旧知の仲、自宅だと平凡の延長になるので、外食でと決まり。
次に、和洋中のレストラン、どこにするか何を食べるかのクラウドな選択。インパクトもサプライズもアクティビティも欲しい、ホテルのメインダイニングはありきたりだし業態や店名の変わるお店は困ります。
その時に、娘が、二人でいいお肉を食べた事がないから、すき焼きはどう?と提案。行った事のない高級店、ちんやのすき焼きに決定の瞬間です。
洋室個室を予約し、彼には「娘を下さい」と言ってはいけないと言づけて皆で浅草ちんやへ。
ちんやにて、彼から「結婚します」と宣言してもらい宴が始まりました。靴をぬいでくつろいだ洋室のテーブルですき焼き鍋を皆でつつきとても幸せな数時間でした。お箸で頂く柔らかいすき焼き肉は晴れの日にふさわしい。
コースで時間がたっぷり。幸せが永遠に続くようにと願いました。
慶びの思い出はいつまでも残したい。浅草で永年続いた、そしてこれからもずっと続くお店、結びきりです。
結婚式が終わり、二人の新生活が始まっています。これからも記念日には浅草ちんやに食事に行きたいと思います。

何回もよき記念日が訪れますように。

このように、

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真剣にケンカ

三代目桂米朝さんは、あらためて紹介するまでもなく、「上方落語中興の祖」と言われた方です。亡くなって忘れられるどころか、紹介される回数がむしろ増えているようにすら見えます。

で、米朝さんのすき焼きの思い出という記事を見つけました。ご子息であり弟子でもある米團治さんの談です。

「お弟子さんたちと一緒に食べた、すき焼き。多い時には10人以上、普段は台所で食べてる人も茶の間で一緒に鍋を囲む。独演会の後とか、おやじがなんやかんやと理由をつけて食べたがるんです。 「最近、肉食べてへんな」って。」

「10年以上、味の名店紹介番組に出演していたおやじですが、さすがに台所に立つことはなかった。ただ、すき焼きだけは別で「あっ~、待て待て、わしがする」と鍋奉行です。具の置き方にも決まりがある。 」

「薄味好みのおやじに対し、おふくろは甘党で、食卓を離れた途端「チャーチャン(米朝さんのこと)」あっち行った。さあ砂糖、砂糖」ってだーっと入れる。いっつも同じタイミングで夫婦げんか。「今日はすき焼き」と聞くと「また、けんかや」とげんなりするお弟子さんもいたみたい。」

「おかしいですよね。後に人間国宝にまでなる人がすき焼きの味付けで真剣にけんかするんですよ。けど米朝師匠は何事にもこだわりの人ですから。 父のすき焼きと、母のすき焼き、二つの味の思い出を持つ自分は幸せだと、今は思います。」

関東人と関西人が結婚すると、すき焼きの味付けでケンカになると言いますが、米朝さんの絹子夫人(故人)は大阪松竹少女歌劇団の出身で、やはり関西人。

関西人同士でも、すき焼きで真剣にケンカって素晴らしいですね。

追伸、

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すき焼きは文明開化の昔から、日本人の思い出の中に生きてきた料理です。でも残念ながら、その思い出話しをまとめて保存したことはなかったように思います。

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味が濃いすき焼き

FBは昔の知り合いと繋がることがあるので、面白いですね。

先日もおよそ30年ぶりの再会を果たせました。店に食べに来てくれたからです。

知らない間にお子さんが出来ていて、

「娘より「今日のすき焼きおいしかったね」との感想。いつも正直な感想を言う娘からこの一言はうれしい限りでした!」

それは何よりです。大人はコスパから入りますけど、お子さんの感想が一番当てになりますね。是非またお子さん連れでお願いしたいものです。

で、ご本人の感想は、

「子供の頃は、正月は毎年すき焼きだったんですが、最近は味が濃いという感想で遠のいてましたが、またやりたくなりました(^o^)/」

すき焼きの味が濃くてイヤというのは、肉に旨味成分(アミノ酸など)が少なくて調味料の強さに負けているからでしょう。

最近は旨味成分テンコ盛り(人造の旨味ですが)の調味料が盛んに売られていて、その調合は苦心の賜物ですから、良く出来ていることも多いですが、一方肉屋の業界はと申しますと、どんどん商品回転率を重視した経営=味を軽視した経営にシフトしていますから、結局どうなるかと申しますと、

肉に旨味成分が少なくて調味料の強さに負けてしまい、

⇒すき焼きの味が濃くてイヤということに成るのです。

この調子では「肉離れ」が酷くなりそうで、とても心配なことです。

あ、肉離れって、怪我の話しではないですよ。

お後がよろしいようで。

追伸①

誠に勝手ながら下記(↓)の日は「ちんや」は休業させていただきます。御了承下さいませ。

平成27年8月31日(月)~9月3日(木)(夏休み)

追伸②

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投稿〆切は9月末日です。

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火曜サプライズ

テレビ「きゃりーぱみゅぱみゅと浅草アポなし旅」が放送されます。

このコーナーは日本テレビ系列の番組『火曜サプライズ』の中のコーナー「アポなしグルメ旅」の新しいバージョンです。

元々の企画は「アポなしグルメ旅」と言って、ウエンツ瑛士さんがゲストと撮影地をぶらり旅しながら、通行人におすすめの料理店を聞き出し、事前に撮影許可を得ていなくても店に突撃、ウエンツさん自身が直接撮影許可を取り、料理を堪能する企画です。

今回は、その新しいバージョンで、本当にアポ無しで、私の留守に撮影に見えたようです。

さて、いなかったので、どう成っているのやらサッパリ分からないのですが、放送されるようです。

放送は、9月1日火曜日19:00 – 19:56、日本テレビ系列です。

追伸①

誠に勝手ながら下記(↓)の日は「ちんや」は休業させていただきます。御了承下さいませ。

平成27年8月31日(月)~9月3日(木)(夏休み)

追伸②

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すき焼きは文明開化の昔から、日本人の思い出の中に生きてきた料理です。でも残念ながら、その思い出話しをまとめて保存したことはなかったように思います。

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章立て

何度もお伝えしていますが、創業135周年を記念して、「すき焼き思い出ストーリー」を本にまとめたいと思っています。

9月末まで投稿の募集を続けますが、章立ては先回りしてそろそろ考えないといけません。章立てしておいて、新しい投稿が来たら、そこへ落とし込むのです。

で、今は各章の名前を思案中です。

だいたい、こんな↓感じかなあと思っているところです。

(1章)主の六代 客の六代

~お爺ちゃん・お婆ちゃんからお孫さんまで。絆をつないで来たものは?

すき焼きほどご家族で食べるのにふさわしい料理はないと思います。私・住吉史彦は店に出ていて、ご高齢のお客様から「自分も幼い頃爺さんに連れられて、ここへ来たもんだよ!」とたびたび聞かされました。そしてその方の傍らには可愛いお孫さんが。と、いうことは五代に渡ってご利用下さっているのです。味覚が家族の絆と成り、弊店にはとっては、その味覚こそが本当の財産です。

 

(2章)昭和に生きて

~生き抜いた先に、食べたくなった料理とは?

「激動の時代」というだけでは表現しきれないほど厳しい時代だった「昭和」。あの時代を経験した人達もだいぶ少なくなりました。戦争というとてつもない理不尽が在り、その分人々は成長というとてつもない渇望を抱いて生きていました。一代で何代分も生きた人達が沢山。そして、その人達が成長のシンボルであるかのように食した料理が、すき焼きでした。

 

(3章)オラがすき焼き

~家庭ごとに違うすき焼き、地方ごとに違うスキヤキ。なんて面白いのか!

すき焼きは「関東」VS「関西」だけではありません。ご家族の数だけ、街の数だけのすき焼きが在って、そのどれもが後世に伝えたいものばかりです。どれが一番美味しい?と問うのは止めて、全部面白い!と言っていただけたら嬉しいです。

 

(4章)おご馳走

~人は何故その大切な日にすき焼きを食べるのか?

「ご馳走」に「お」を付けてしまう人を咎めてはいけません。それほど嬉しいのですから。そして、その嬉しい日に食べたのは、すき焼き。嬉しい日だけではありません。悲しみを噛みしめて、「きっとまたいつか」と誓う日にも、やっぱりすき焼き。すき焼き鍋は人の人生を映す鍋です。

 

(5章)浅草じゃなくちゃ!

~出かけるだけで心騒ぐ街。さて腹ぺコになってきた。

浅草にすき焼き屋が多いのは偶然です。牛鍋が世に登場した時、繁華街としての浅草が全盛期だっただけです。しかし、いつの頃からか、すき焼き食うなら浅草じゃなくちゃ!浅草行くならすき焼き食わなきゃ!と成りました。ゆるゆるのように見えて実はキビシいこの街で、すき焼きが変わらず支持されていることが嬉しいです。

どうぞ、ご期待下さい!

追伸①

誠に勝手ながら下記(↓)の日は「ちんや」は休業させていただきます。御了承下さいませ。

平成27年8月31日(月)~9月3日(木)(夏休み)

追伸②

このように、すき焼き思い出ストーリーの投稿を募集しています。

すき焼きは文明開化の昔から、日本人の思い出の中に生きてきた料理です。でも残念ながら、その思い出話しをまとめて保存したことはなかったように思います。

ご投稿くださったものは、「ちんや」創業135周年を記念して本に纏め、今後店の歴史の資料として、すき焼き文化の資料として、末永く保存させていただきます。

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投稿〆切は9月末日です。

既にご応募いただいた、50本のストーリーはこちらです。

 

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