暑中見舞い

急に暑くなりましたので、少々フライングですが、夏の話題を。

暑中見舞い っていうものは、暑い最中に、お世話になっている方の御具合を気遣って贈るものですよね。

ウイキぺデイアをコピペーしますと、

「夏バテの改善と予防には十分な休養と栄養補給を行い体を休めることが大切である。ビタミンやタンパク質の不足も夏バテを招くため、食事は豚肉や大豆・魚、野菜など色々な食品をバランスよく摂り、冷えを増長する冷たいものは控えて暖かいお茶などを飲むようにすると効果的である。」

とあります。

なのに何故「見舞い」と称して、ビ♡ルや、そ♡めんを贈るんでしょう?

「冷えを増長する冷たいものは控え」るべきだと思うんですけど!

ええ、分かってます、貴殿は普通の人なんです。

竹内結子さんの着物姿を視て、

ええなあ~ と鼻の下をのばしてしまうような、普通に正しい感覚の人です。

え?! オレは竹内結子じゃなくて滝川クリステルだって?!

あ、そっちのメーカーさんでしたか。了解です。

でもね、クリステルさんがいくら美人でも、ビ♡ルを飲めば体は冷えますよ。

ここは一つ、ひねくれた感覚を持つべきなんじゃないですかね。

いくら美人にお勧めされても、オレは従わないぞ!っていうタイプの方、「ちんや」は貴殿を歓迎します。

で、今夏の「ちんや」のキャッチコピーは「暑牛見舞い」!!!

お世話になっている方の御具合を気遣って、牛肉を贈りましょう。

元々牛肉は「養生」で食べていたものですからね。

特に「ちんや」の肉は熟成させてあるので消化が良く、脂の融けも早いので、お年寄りでも食べやすいですよ。

それに「想いを包む」すき焼き川柳包装紙も用意してあります。

え?! それは分かったけど、そのコピーはいかがなものか って?!

うーん、この位インパクトがないと、美人さんには勝てないと思いましてね・・・・

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて1.596日連続更新を達成しました。

毎度のご愛読に感謝いたします。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。

 

 

Filed under: すき焼きフル・トーク,ぼやき部屋 — F.Sumiyoshi 12:00 AM  Comments (0)

いろは大王②

昨日の話しの続きです。

「いろは大王」こと木村荘平の生涯を、生地・京都府宇治田原町の郷土史研究家が冊子にまとめた、というニュースをFBにUPしましたら、

京都の知人から

「博善社の創業者って京都出身だったのか。」

というコメントが入りました。

この知人は京都人なのに明治時代にお詳しい、という奇特な方で、荘平が京都人で明治人なだけに、余計に興味をそそったようでした。

さて博善社についても説明しておかないといけませんね。

このブログでは荘平については、牛鍋チェーン「いろは」のオーナーとしか説明して来ませんでしたが、荘平は「大王」の文字通り、手広く事業をやっていました。その一つが、ここに書かれている東京博善社です。

荘平は牛鍋屋を展開する傍ら、日暮里村の火葬場運営を請け負う東京博善会社を設立。理事を経て社長となりました。

今でも、浅草辺りの人が死にますと、たいてい東京博善・町屋斎場の世話になります。とても身近な存在ですね。

政界にも進出して、政友会の星亨の派閥に属し、東京市会議員・東京府会議員も務めました。

今あらためて、荘平の生涯をながめてみますと、つくづく明治人の一生だなあ、と感じます。

そもそも京都人・荘平が東京に進出できたのは、薩摩出身の警視総監・川路利良の招きを受けたからです。明治政府から官営屠殺場の払い下げを受けて成功、そこから牛鍋チェーンに展開していったのです。

その薩摩藩のコネを獲得したキッカケは、生地の近くで起きた、鳥羽・伏見の戦いでした。この戦いで薩摩藩の御用をつとめたからです。

今日の倫理観で見れば、荘平はコネと戦争を利用して成りあがった政商にしか見えないかもしれません。

それに、多数の愛人・妾がいて、東京市内20箇所にのぼる「いろは」の支店に、その愛人をそれぞれ配置して経営に当たらせた、なんて面白過ぎです・・・

おっと、そんなことを申しますと、都議会のアヤカ先生に叱られそうですので、ただ今の発言は、たしかに私の発言であったことを率直に認めて謝罪会見致します・・・

ともあれ、そういうタイプの人間が時代を活気づかせていたわけのも事実なわけで、そこが歴史の面白い所です。

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて1.595日連続更新を達成しました。

毎度のご愛読に感謝いたします。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。

 

Filed under: すき焼きフル・トーク,憧れの明治時代 — F.Sumiyoshi 12:00 AM  Comments (0)

いろは大王

木村荘平の生涯をまとめた冊子が出来たそうです。

木村荘平(しょうへい)(天保12年~明治39年)は、明治時代、牛鍋ブームに目を付け、東京で牛鍋チェーン「いろは」を展開した実業家です。「いろは」を当時最大の飲食チェーンに成長させて、「いろは大王」の異名をとった人物です。

弊ブログの2013年6月4号にも書きましたが、多数の愛人・妾がいて、東京市内20箇所にのぼる支店に、その愛人を女将として配置して⇒経営にあたらせたことが有名です。

戦前「ちんや」の真向かい、今「松喜」さんが在る所にも「いろは」の第十支店が在りました。

「大王」の生地は京都府宇治田原町。

私は行ったことがありませんが、地図で見ますると宇治市の奥。陶器の里・信楽へと山を登っていく途中の町のようです。

その町の郷土史研究家・茨木輝樹さんが、今回の冊子を製作したそうです。

茨城県にいる子孫を訪ねたり文献を参考にしたりしながら、2年かけて冊子にまとめたそうです。

そのことを伝える報道で連絡先は著者本人となっていて、電話番号が掲載されていたので電話してみますと、御本人が出てこられました。(まあ、当たり前ですが)

昔のすき焼きのことを知りたいので、御本をお売りいただきたいと申し出ますと、いくらで売るのか、未だ決めていなかった御様子。

結局、この本で儲ける気は毛頭ないらしく、安く譲っていただくことになり、恐縮なことでした。

御本が届くのが楽しみです。

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて1.594日連続更新を達成しました。

毎度のご愛読に感謝いたします。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。

 

Filed under: すき焼きフル・トーク,憧れの明治時代 — F.Sumiyoshi 12:00 AM  Comments (0)

勝ち・負け

「ちんや」さんは「××」さん(同業他店)」より美味いね!

と言うと私が大喜びすると思っている人がいます。

そういう方は、私が単に喜ぶ程度ではなく、モノ凄く喜ぶことを期待しておいでです。

まあ、たしかに、そう言われて悪い気はしませんけど、私はそんなに激しく喜んだりしませんから、たいてい御期待を裏切ってしまいます。

申し訳ないッス!

(最近「ヨシカミ」さんに行ったので移ってしまった)

弊ブログの読者さんならご存知の通り、そもそも私は味のことで勝ち・負けを決めたり、ランキングを作ったりするのが大嫌いです。

人間の味覚は、家庭で食べた味・所属する文化圏で食べた味の影響を受けて形成されるもので、店の味に合う・合わないは在り得ますが、それは勝ち・負けとは別物ですよね。

サッカーじゃないんだから!

だから、「××」さんより美味いね!

と言われると私は、

ああ、手前どもの味が御口に合いましたか、それは幸いです。

と申します。御期待には副えませんが、私の考え方の根本部分を理解して下さってないのだから、まあ、止むを得ませんね。

さらに言えば、すき焼き業界全体・すき焼き文化全体のことを愛して下さらないのが残念です。

色んなすき焼き屋さんが在って、それぞれ面白いんですけどね。

「すきや連」で他の店主さん達にお目にかかると、へえ、そういう方式があるんだ!と実に面白いです。

サッカーの場合色々なタイプのサッカーが在りますが、結局勝てないと仕方ありません。でも、すき焼きの場合色んなすき焼き屋さんが在って、それぞれ繁盛すれば良いんです。

勝ち・負けの発想、ランキングの発想って、業界全体のパイを小さくする発想だと思うんですよ。

ネット社会に成って、ますますそういう発想が蔓延ってますけど、ダンコ、抗いたいですね、私は。

あっ、なんか、今日の話し、カタかったですね、すみません。

この辺りで号泣してみますかね。

 

追伸、

浅草寺の「ほおずき市」は、今日7/10までです。

是非お出かけを!

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて1.593日連続更新を達成しました。

毎度のご愛読に感謝いたします。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。

Filed under: ぼやき部屋,飲食業界交遊録 — F.Sumiyoshi 12:00 AM  Comments (0)

卵消費量

ツイッターで、また面白いツイートを発見しました。

「奈良は卵消費全国一位です。

亀井さん「そんな実感ないんですけどねぇ」

ぼく「全員が地域の特性通りの食生活するわけじゃないもんね亀井さんかわいいなぁうふふ」

すき焼き食べるとき卵何個使います?

亀井さん「3つ」

ぼく「ファッ!?」」

・・・というものです。

え?!奈良市民は、すき焼きを食べるのに激しく卵を使うんだ!

と思い、念の為確認しようと調べてみましたら、事情は残念ながら少し違うようでした。

まず奈良は卵消費全国一位というのは事実です。奈良は2012年の総務省・家計調査の平均消費支出金額(総世帯)で卵年間消費額が8216円と全国で唯一8000円の大台に乗っているそうです。報道によりますと、

「なじみのある「卵」という食材でも、都道府県ごとにその消費支出金額を見ると、思いのほか開きがある。例えば卵への消費支出が少ない宮崎や徳島などは4500円程度にとどまっている。1位の奈良は、その2倍近い金額の卵を買っているということになる。」

へえ、2倍ですか、それはスゴい。

で、その原因ですが、何でもかんでも「とじる」習慣が影響しているそうです。

「奈良県出身者に聞いてみると「親子丼やカツ丼をよく食べていた」(49歳・男性)、「卵とじうどんや、つくしの卵とじはよく食卓に上った」という人も。いずれも「卵でとじる」という共通項がある。卵のような日常の素材は、ふだんの食事にこそ反映される。」とか。

歴史的には、

近代養鶏が名古屋を拠点として周辺へ発展したという経緯があるようです。1944年に発刊された『日本養鶏史』によると、

「尾張一円に広がり、三河地方に及んだ一方、京阪地方にも入ったことは明らか」とか。

今でも、名古屋は鶏食いの都ですが、名古屋が直に鶏肉を食べるのに対し、関西人は卵の方を愛するようになったたようですね。消費量2位以下は・・・

和歌山(7897円)、

堺(7793円)、

京都(7157円)、

大津(7013円)、

神戸(6954円)、

大阪(6702円)

この中で京都、大津、神戸、大阪は、すき焼きの都でもありますね。

奈良はと言うと、牛でなくて鶏すき焼きが盛んだと聞きます。和歌山、堺のすき焼き事情も気になって来ました。

なお「ちんや」では、すき焼きの卵はお一人様2個まで無料で、3個目から有料とさせていただいております。奈良市民の皆さん、誠に恐縮です。

追伸、

浅草寺の「ほおずき市」は、今日-明日7/9-7/10です。

是非お出かけを!

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて1.592日連続更新を達成しました。

毎度のご愛読に感謝いたします。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。

Filed under: すき焼きフル・トーク,色んな食べ物 — F.Sumiyoshi 12:00 AM  Comments (0)

洋食Lover

まずは昨日の「洋食クイズ」の正解です。

<浅草うまいもの会「洋食クイズ」正解>(2014.7.4「ヨシカミ」さんで開催)

①A築地、②C煉瓦亭、③C煉瓦亭、④B横浜ホテル・ニューグランド、⑤C丸善、⑥Cスパゲテイ・ナポリタン、⑦B肉じゃが、⑧B10席

簡単でしたね~

さてさて、そういう次第で先日の「浅草うまいもの会」総会・懇親会では「ヨシカミ」さんの洋食を堪能させていただきました。

「ヨシカミ」さんは、あまりにも有名ですが、念のためご紹介しますと、

「大正から昭和にかけて、日本一の娯楽の中心地として繁栄を際わめた東京浅草の中心、六区興行街の一つの裏通りに、昭和26年(1951年)12月末、客席数わずか10席のオープンカウンター式の店として誕生しました。」

「私共のお料理は、生まれはフランス・イタリアと大々に異なっていても、どの一つを採っても、基礎から手作りをモットーに調理の課程で日本人の味覚に合うように、そしてお米のご飯の香りと日本酒の味わいにも適するように工夫し、独特の風味を持つように仕上げております。」

そう、「日本人の味覚に合う」洋食って、かなりすき焼きに近い存在だと私は考えています。

先行する猪鍋からすき焼きが誕生したように、先行する西洋料理から誕生したものが洋食です。

豚カツなどは、ほとんど見ためからして和食化していますし、ハヤシライス・ドリアなどのように日本で誕生したものもあります。

それに、その和食化が実際に行われた場所は、明治時代から昭和戦前に都会だった場所で、つまりは下町=ウチの近所ということになります。

どんな料理よりも洋食にシンパシーを感じてしまう理由は、そこでしょうね。

今後とも私は、生涯、洋食Loverであることを、此処に宣言致します。

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて1.591日連続更新を達成しました。

追伸、

入谷鬼子母神の「朝顔市」は、7/6-7/8です。

浅草寺の「ほおずき市」は、7/9-7/10です。

お間違えなく!

毎度のご愛読に感謝いたします。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。

洋食クイズ

「浅草うまいもの会」の総会・懇親会がありましたので、私は吉例により、余興のクイズを致しました。

懇親会場が「ヨシカミ」さんなので、当然「洋食クイズ」です。

以下を是非お試しください↓

<浅草うまいもの会「洋食クイズ」>2014.7.4「ヨシカミ」さんで開催。

①現在も営業する日本最古の西洋料理店は上野精養軒さんですが、その精養軒さんが明治5年に最初に開業した場所は上野ではありませんでした。さて、その場所は、どこでしょう。

A築地、B神田、C王子

②トンカツのつけあわせと言えばキャベツの千切りが定番ですが、これは日露戦争で、ある店のコックが徴兵されてしまい、手間を省くために始めたそうです。さて、その店とは、どこでしょう。

Aとんき、Bぽんた、C煉瓦亭

③オムライスと言えば、お子様ランチの定番ですが、元々はお子様の料理ではなく、ある店の賄い料理で、客からの要望によりメニューに取り入れたそうです。さて、その店とは、どこでしょう。

Aたいめいけん、B三河屋、C煉瓦亭

④ドリアと言えば、西洋の伝統料理のように見えますが、実は名シェフ・サリー・ワイルが日本のホテルの料理長を務めている間に考案したものです。さて、そのワイルが勤めていたホテルとは、どこでしょう。

A日光金谷ホテル、B横浜ホテル・ニューグランド、C築地ホテル館

⑤ハヤシライスと言えば、薄切り肉とタマネギをバターで炒め、さらに赤ワインとドミグラスソースで煮て、白飯の上にかけた料理ですが、日本人が考案した料理です。さて、ハヤシライスを考案した、はやし・ ゆうてきさんが勤めていた会社は、どこでしょう。

A豊島屋、B白木屋、C丸善

⑥トルコライスと言えば、トルコ帝国に何の関係のない日本の洋食で、3種の料理を盛り付けるものですが、さて、その3種とは、ピラフ・豚カツと、もう一つは何でしょう。

Aカキフライ、Bハンバーグ、Cスパゲテイ・ナポリタン

⑦東郷平八郎提督と言えば、日本海海戦での大勝利が有名ですが、その東郷提督が海軍の厨房にビーフシチュー作らせた所、料理に失敗して、まったく別物が出来上がってしまったそうです。さて、その時出来た料理とは、なんでしょう。

A生姜焼き、B肉じゃが、C海軍カレー

⑧「ヨシカミ」さんが、昭和26年(1951年)12月に開業した時の客席数は、ずばり何席だったでしょう?

A6席、B10席、C24席

正解はナイショ。なんてね。明日のこのブログでお教えします。

追伸、

入谷鬼子母神の「朝顔市」は、7/6-7/8です。

浅草寺の「ほおずき市」は、7/9-7/10です。

お間違えなく!

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて1.590日連続更新を達成しました。

毎度のご愛読に感謝いたします。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。

撤退

ふーん、オーストラリアもなかなかやりますねえ。馬鹿に出来ません。

スタバの進出を、地元コーヒー勢がはね返し、スタバは撤退の憂き目をみたそうです。

スタバのオーストラリア1号店は2000年にオープンし、店舗網を拡大してきましたが、今回店舗の四分の三を閉鎖、残る店舗も地元資本に売却して、完全にオーストラリアから手を引くのだそうです。

スタバがオーストラリア市場で苦戦した理由は、報道によりますと、

「最大の要因は、進出した時には既に本格的なエスプレッソやカフェの文化が根付いていたことだろう。」

「英国植民地から独立したオーストラリアはもともと紅茶文化圏だったが、カフェイン飲料の主流は次第に紅茶からコーヒーにシフトした。中でも、戦後に急増したイタリア系移民が持ち込んだエスプレッソが市場を席巻している。」

「世界的に評価の高いバリスタを数多く輩出するなど、オーストラリアのエスプレッソの品質は非常に高い。プロのバリスタは大手チェーン店ではなく個人経営の小さなカフェを舞台に活躍している。公共放送SBSによると、こうした零細カフェは国内に約6,500店舗あり、年間売上高は40億豪ドル(約3,800億円)に達している。シドニー市内のこうした小さな店の中には、朝から夕方まで常に行列ができる繁盛店もある。オーストラリア人は1日平均3~4杯のコーヒーを飲むとされるが、お気に入りのバリスタを見つけて同じ店に1日に何度も通う人が多い。」

なるほど、なるほど。彼らがスタバをはね返したのですね。ブラボーです。

同様にイタリアにもスタバは進出できていないとか。

逆にスタバが成功しているのは、カフェ文化後進国です。

世界のスタバの店舗数は、

まず米国11,457店、

次にカナダ1,337店、

中国1,017店、

日本1,000店、

英国764店、

韓国559店の順とかで、

なーんだ。要するに、日中韓なのですね。

頑張って欲しいです、日中韓の喫茶店。

追伸、

入谷鬼子母神の「朝顔市」は、7/6-7/8です。

浅草寺の「ほおずき市」は、7/9-7/10です。

お間違えなく!

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて1.589日連続更新を達成しました。

毎度のご愛読に感謝いたします。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。

Filed under: 色んな食べ物 — F.Sumiyoshi 12:00 AM  Comments (0)

建築家の「三方良し」

地元の建築家で旧知の、上垣内伸一さんの講演を聞いてきました。演題は、

「三方よしの『地域よし』を目指して」

~「売り手よし買い手よし世間よし」が地域を幸せに~

でした。ご本人曰く、

「農作物も最近は作り手の顔が見える売り方になってきたように、建築も作り手の顔の見

えるつくり方が見直されてきているような気がします。売り手(作り手)と買い手(発注者)と世間(地域)の三方が、ともに良い思いをする仕事こそ幸せなんじゃないかと信じ実践してきた自分の仕事や、関わった地域のお話しを通して、少しでも皆さんの普段のお仕事のお役に立てれば幸いです。」

この御題にそって、上垣内さんが手がけたいくつかの事例が紹介されました。

福島県鮫川村の村民保養施設「さぎり荘」では第30回福島県建築文化賞復興賞を受賞したそうです。ほおっ!

「さぎり荘」は画像を見るだけでもオサレな建築ですが、しかし本当に面白いのはデザインではなく、暖房です。

「さぎり荘」には高性能の木質バイマオス・ボイラーが導入されていて、そのボイラーが施設に熱を供給しているのですが、このボイラーには、これまでは「廃棄物」として処理されていた間伐材、剪定枝、廃材などを、そのまま投入することができるのです。

木材をいったんペレットやチップに加工する必要がなく、周辺里山のナラ材・杉材が、すぐに再生可能エコ・エネルギーとして生まれ変わるのです。

そして、さらにさらに面白いことが。

それは、その木材の集め方。

村のお年寄りが木材を集めてくると、それを村が買い取るのです。

これにより里山保全と雇用創出が可能になります。それまでは病院のロビーでウダウダしてばかりだったお年寄りが材木集めに勤しむようになり、なんと、お元気に成ってしまった(!)とか。

この方式を、より見える化するため、上垣内さんは、当初裏口に置くはずだったボイラーを表側へと設計変更。ガラス張りにして利用者から良く見えるようにしました。

そしてボイラーの前は「薪割り広場」。

地元の子供や都会から来たエコツーリズムの観光客が、薪割り体験をして、それをボイラーに投入、その熱で沸かした風呂に入れるのです。

素晴らしいです。

上垣内さん曰く、「建築をいつも建築単体として成立させないようにしています。」

とても参考になります。

料理屋でも応用してみたい・マネしてみたいと思う事例でした。

追伸、

入谷鬼子母神の「朝顔市」は、7/6-7/8です。

浅草寺の「ほおずき市」は、7/9-7/10です。

お間違えなく!

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて1.588日連続更新を達成しました。

毎度のご愛読に感謝いたします。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。

Filed under: 台彪会,浅草インサイダー情報 — F.Sumiyoshi 12:00 AM  Comments (0)

夏純米

暑くなってきましたねえ。

7月より夏の冷酒を発売しました。

その御酒の名前は、『夏純米』。

大洗町の「月の井酒造店」さんの、季節限定の御酒です。

酒のスペックを一応御説明いたしますと、純米の「生貯蔵酒」です。

「生貯蔵酒」とは、搾ったお酒を生のままタンク貯蔵をして、出荷直前に火入れをし、瓶詰して出荷することです。生のまま厳重な品質管理のもと貯蔵することで、生独特のフレッシュさを残すことができます。

使用米は美山錦、精米歩合は60%。

味わいの傾向は「淡れい」。

香りが爽やか、サラリとした飲み口が「ついつい癖になる」という宣伝文句でして、たしかにクイクイ飲んでしまいそうな御酒です。

それにつけても、『夏純米』というネーミングが旨いですねえ、いや、上手いですねえ。

通常夏場は日本酒が売れにくい季節ですが、『夏純米!!』と言われると、なんか、飲まないといけない気がしちゃいますよね。

スペックを四の五の言われるより飲みたくなります。

いいセンスです、K子社長。

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて1.587日連続更新を達成しました。

毎度のご愛読に感謝いたします。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。

Filed under: 色んな食べ物,飲食業界交遊録 — F.Sumiyoshi 12:00 AM  Comments (0)