大雨

葱屋さんから、今年の夏は栃木県の葱が雨でやられて状態があまり良くないと聞きました。
普段葱屋さんが良い物だけを仕入れて持って来て下さるので、私達は、良くない方の物にはあまり接せずにいます。例年なら、その地方の物が入っている時期に、他の地方の物が入った時に、おや!と思う程度です。
で、ですが、今年は栃木県は雨が多かったのでしょうか?
ということが調べられるのです。今どきは。
「防災とちぎ」という栃木県がやっているサイトを開けると、
令和元(2019)年08月21日大雨による被害
令和元(2019)年08月15日台風10号による被害
令和元(2019)年8月10日大雨による被害
令和元(2019)年08月09日突風による被害
令和元(2019)年8月9日大雨による被害
令和元(2019)年8月8日大雨 による被害
令和元(2019)年08月01日大雨による被害
令和元(2019)年07月30日大雨による被害
令和元(2019)年07月28日大雨による被害
令和元(2019)年07月27日佐野市における突風
令和元(2019)年07月25日大雨による被害
令和元(2019)年07月24日大雨による被害
令和元(2019)年07月23日大雨による被害
令和元(2019)年07月20日大雨による被害
令和元(2019)年07月04日大雨による被害
令和元(2019)年06月21日大雨による被害
令和元(2019)年06月18日大雨による被害
それぞれについて、人的被害、住家被害、河川の状況、土砂崩れ等、道路(通行止め等)の状況、鉄道の状況、ライフラインの状況が報告されています。
栃木の豪雨と言うと、鬼怒川が決壊した2015年9月を思い出します。今年はあれほどではないですが、規模が小さめの大雨はあったことが分かります。
天気相手の農業は、つくづく大変だなあと思います。

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浅草の談慶!第三弾

「浅草の談慶!」の第三弾がやってきます。
これは大学同期の落語家・立川談慶君の浅草での独演会のことでして、前回の第二弾には、私もゲスト出演させていただきました。
今回は
「浅草オペラからアカペラ落語へ」
「アカペラ落語は浅草オペラの遥かなるエコーか」
・・・ということで私もまったくリサーチしていない趣向です。どうなることやら。
浅草芸能界のドン松倉会長(浅草演芸ホール会長、御年83歳)は今回も参戦。松倉さんは、前回のトークで「100歳まで現役」宣伝しましたが、こちらもどうなることやら。
私は今回は出ません。アカペラ落語なら出来そうだけど(笑)
皆様もお出かけを。
9月28日(土曜)18時開場。「東洋館」にて。
<チケットの購入・お問い合わせは>
「墨東名人会」へ
bokutoukinema@gmail.com
090-8566-6855

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起きたことは笑うしかない!

東洋興業会長で、浅草芸能界の「生き字引」とも言うべき松倉久幸さんが本を出されました。
『起きたことは笑うしかない! 』(朝日新書)。
宣伝文に曰く・・・
「笑いを磨けば長寿も楽々、浅草演芸ホール会長の“奇跡の83歳”笑老術のすべて。」
「笑老術」とは何か?造語ですから、本を通読しないと俄かには分かりませんが、
お笑いの巨人に学ぶ人生訓といった感じでしょうか。
それを、この本では「忘れられない三名人」に求めます。
古今亭志ん生
永井荷風
深見千三郎
特に志ん生が戦時中に前線を慰問した時のエピソードは、笑いについて考えさせてくれます。戦争という、究極に笑えない環境にいる人こそ、猛烈に笑いを欲している、そして、きびしい状況にいる人の活力の素になるのは笑いで、それは体の栄養と同じくらい大切だということです。
結局、松倉さんのモットーは、
誰よりも早く笑え!
皆さまも是非ご購読を。
出版社: 朝日新聞出版
ISBN-10: 4022950358
ISBN-13: 978-4022950352

なお松倉会長には、私の本にも登場していただきました。そちらも、どうぞ、よろしくお願い申し上げます。

第四十回

第四十回記念「 台東薪能」を拝見しました。
「台東薪能」の主役は地元の能楽師・坂(ばん)真太郎さん。坂さんとは、台東区アートアドバイザーの仕事で10年ほどご一緒しています。
坂さんの御父上が「台東薪能」をスタートさせて、今回が四十回目。素晴らしいことですが、天候だけはあいにくでした。好天であれば会場は浅草寺境内の予定でしたが、雨模様になってしまったので、浅草公会堂へと変更となりました。
「台東薪能」では、地元鳶職の木遣りに先導されて、火が運ばれるのが他にはない特色で、屋外ならが当然本物の火を使いますが、公会堂の中で、そうは行きませんでした。
演目は『敦盛』『石橋』など、節目の回にふさわしく、古典的でシリアスなもの。格調たかく、堪能させていただきました。ありがとうございました。

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帝釈天

柴又の『川千家』さんを訪ねました。
『川千家』(かわちや)さんは、帝釈天の参道にある川魚料理(鯉、鰻)が自慢のお店です。ご創業は250年以上前の安永年間で、当代店主は十代目と聞きます。
なんでも、『川千家』さんが開業した頃、この近辺では料理屋の開業ラッシュがあったそうです。
1778年お寺の改築工事に着手したら、日蓮が自ら彫って、その後紛失していたという帝釈天像が発見され、それが世間の話題になって、参拝ブームが起きたとか。
その参拝客を当て込んで、近辺の農家が江戸川でとれる川魚料理を振る舞うようになったのだと言われています。最初は料理屋は農家の副業でした。
その柴又へ、私は浅草から京成電鉄を使って行きました。
先月京成の旧「博物館動物園」駅舎を使った映像インスタレーション展「大洲大作 未完の螺旋」を拝見した時、京成電鉄について少し調べましたが、京成は、実は成田へつながる前に最初に柴又につながっていたのです。今回その土地を訪ねることができて面白く感じました。
1912年に「京成電気軌道」は押上= 市川間を開業、支線として高砂=柴又間を開業させました。成田までつながったのは1926年のことでした。
京成というのは、帝釈天と新勝寺という、お寺を目指して開業した、とてもユニークな路線であることが分かります。京=柴と京=成だったのですね。
『川千家』さんが開業したのも、京成が開通したのも、帝釈天のおかげだったのです。
現代人には、その感覚が掴めませんが、美味しい料理が、この地にあるのは仏恩の賜物であることは間違いありません。

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デジタル回線

昨今は通信がデジタル化されましたので、電話の着信履歴で先方さんのお立場が分かることがあります。
先方の使っている回線がアナログだと何も表示されません。ご自宅の固定電話から発信した場合、そうなることが多いです。
一方お店の回線の場合、ネットを使えるようにしていることが多いので、たいていはデジタル回線で、その番号が表示されます。で、それを検索にかけてみると、料理屋さんであることが分かったりします。
すき焼き屋さんだったりもします。
横浜の「荒井屋牛鍋店」さんとは、この方法で知り合い、今では荒井さんは「すきや連」に毎回に参加して下さります。
もちろん、先方がウチの店においでの間は、部屋に押しかけたり、名刺を突き出したりはしないです。名乗らずに視察に見えているのに、そういうことをしたら不快に感じられるかもしれないからですね。
後日手紙を送ったり、こちらから名を名乗って食べに行ったり、というようにしています。
先日も、有名なすき焼き屋さんの方が見えました。お店のサイトを見たら、肉のこだわりのことが縷々書かれていて、私の趣味に、結構、近いです。
今のところ、お迎えして、お見送りしただけで、それ以上は話していませんが、いずれ御縁があったら良いなと思います。

東京プレスツアー

東京に駐在している外国人記者のために、東京プレスツアーを主催している団体の方が打ち合わせに見えました。
過去に、大田区町工場ツアーとか、練馬区の「都市型農業」ツアーとかを実施したそうですが、次回のツアーの一部に弊社を入れて下さるとか。在り難いことです。
そんな打ち合わせの後で、資料をパラパラ見ていて、私は驚きました。
東京に記者を置いている国が、とても偏っているのです。
そういう会社は、世界全体でおよそ150社ほどあるのですが、
その内、韓国・中国・イギリス・フランス・ドイツ・アメリカの6か国だけで、およそ100社なのです。その他の全ての国や地域を合計しても、6か国の半分にもならないそうです。中国に台湾・香港を加えれば、もっと寡占的になります。
中東からは4社だけで、その内の2社はトルコ。
南米からはブラジル2社、ペルー1社だけ。
たしかに今どきは、人を駐在させなくても情報は買えます。費用やリスクを避けようと思えば、こうなるのかもしれませんが、寂しい数字ですね。
それにしては観光客が結構、色んな地域から見えるのが不思議です。人が取材しない情報、つまり浅い情報だけでも集客できるって、なんだか変な気分です。

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支配人

月刊『浅草』に東洋興業会長・松倉久幸さんの「浅草六区芸能伝」が連載されていて、おもしろいです。
松倉さんは、2016年に刊行された拙著『浅草はなぜ日本一の繁華街なのか』の中で私が対談させていただいた、浅草の九人の旦那衆の一人ですが、その松倉さんの連載が、このところ『浅草』の巻頭に連載されているのです。
さて今月の「第21幕」は浅草オペラのことでした。
浅草オペラは1923(大正12)年の関東大震災によって「一瞬にして消滅してしまった」と言っても良いくらい、急に衰えました。全盛期には「ペラゴロ」(オペラごろつき)という熱狂的なファン=今で言えばアイドルの「追っかけ」のような人達がいたくらいですが、あっけないことでした。
ですので、昭和の戦争の後に創業した松倉さんの会社とは、あまり関係ないだろうと私は思ったのですが、この連載を読んで驚きました。浅草オペラのスターの一人・町田金嶺が歌手引退後、松倉さんの会社で支配人を務めていたというのです。
町田金嶺(きんれい、1900-82年)は田谷力三(たや・りきぞう、1899-1988)と同世代。町田も田谷も浅草オペラの源流というべき「赤坂ローヤル館」に入団し、「ローヤル館」閉館後は浅草に移り、原信子歌劇団、根岸歌劇団と行動を共にしました。
その金嶺が、引退後東洋興業に入社して、フランス座、ロック座などの支配人を務めたというのです。人格者で支配人になってからも人気者だったと言います。
このように浅草で流行るものは、オペラ、映画、レビュー、お笑いと変遷しましたが、人脈面では断絶していませんでした。東洋興業さん自体も、今は落語が主体ですが、以前は違いました。
そんな話しを知ることができる、面白い連載です。
『浅草』を購読ご希望の方は㈱東京宣商さんへ。TEL:03-5827-1962

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ライトアップ

あー、パラリンピックの色だったんですか・・・
夜のウオーキングのおりに私はその色をみつけ、おそらく浅草には関係ないコンセプトで彩色されているんだろうと思っていましたが、パラリンピックの色でしたか。
「浅草には関係ないコンセプトの彩色」とは駒形橋のライトアップの色の話しです。
赤・青・緑の三色で、それがパラリンピックの色なんですが、皆さん、ご存知でしたか?
ウオーキングしながら、なぜ、この色?和風の色ではないなあ、と私は不思議に思い、調べてやっと分かりました。
東京都のリリースによりますと、
東京都は「駒形橋」「厩橋」「蔵前橋」のライトアップを8月25日に開始、これは2020年8月25日に開幕する東京パラリンピック1年前に合わせての点灯開始でした。
今後も、2020年3月までに隅田川の10橋を、この色にするとか。
が、赤・青・緑がパラリンピックの色だと知らない人は、
なぜ、この色?
と思ってしまいます。橋の周囲に説明もないですし。
なんでもオリ・パラに関連させるのって、どうなんでしょうね。

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居合抜

山本普乃(ゆきの)さんの、10回目の三味線コンサート「粋と賑わい」を拝聴しました。
ゆきのさんは、お座敷唄などのくだけた曲から長唄も、さらには現代・オリジナル曲等、ジャンルにとらわれず、幅広く演奏と作曲活動なさっていますが、得意になさっているのは、お座敷唄=小唄、端唄、俗曲などの、宴席で唄われる気軽な曲です。そういう曲の方が細棹三味線の魅力が出易いということのようです。
そんな曲の内、今回は「浅草詣り」という俗曲が採り上げられていました。歌詞は・・・
浅草詣り 蔵前通れば 隅田の風に どんどこどんどこ
笛太鼓 国技館 横綱関取衆の晴れ姿
永井兵助居合抜・・・
「永井兵助」と聞いて、お恥ずかしいことに私も一瞬何のことか分からなかったのですが、これは、戦前まで浅草名物とされていた、テキ屋あるいは香具師(やし)のことでした。
居合抜は余興でして、それで通行人の耳目をひいて歯磨き粉を売ります。「長井」と書く場合もあるようです。車寅次郎が全国をまわっていたので、テキ屋というと全国をまわるものと思いがちですが、定住型のテキ屋もいたわけです。
浅草では戦後すぐまで香具師がいて、その時代を覚えている人にとっては、浅草の音というと香具師の声色を思い出す方もいますね。私の世代ではリアルには聞いていませんが、こういう形で土地の音の記憶の一つを、思い出すことが出来ました。

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