隠れ里

国際観光日本レストラン協会の食味研修会が、「隠れ里 車屋」さんで開催されたので、参加しました。
丁寧につくられた和食の数々は実に結構でしたが、印象に残ったのは設備のご立派さでした。
東海道線辻堂駅から車で10分ほどの丘の上に広大な敷地を構えておいでです。庭もあって、一部屋一部屋も広いですねえ。「ドクターX」のようなステーキ・コーナーも在ります。
聞けば、現社長様の母上のご実家のあった所だと言います。
お店が出来たのは、平成に入って数年。
「まだバブルの残り香があったので、銀行から融資がうけられた」とか。
ですよねえ。郊外で土地が高くないとは言え、タイミングと、それ以前に優良企業でないと、借り入れは出来なかったと思います。
思えば、この真逆が浅草の店です。
浅草では、江戸時代から商業地に人口が密集して暮らしてきました。店主は店の二階に住むもの。奉公人も一緒に住むか、近所の長屋に住んでいました。
大正・昭和と鉄道が東京郊外に伸び、中産階級以上の人々はやや広い家に住むようになりましたが、浅草はそのまま。関東大震災や昭和の空襲を経ても、浅草の街中に今でも住む人は多いです。
自然と、飲食店も狭いです。経営者が、広い土地に住んだことがない人ばかりですからね。プライバシーがなくても平気。
「隠れ里」で空間感覚の違いに眩暈を覚えました。いや、美酒に酔ったのかな。うーい、ひっく。

追伸
今夏8月4日より「ちんや」ビル地下1階の「ちんや亭」が、
「肉の食べくらべレストラン」として再スタートしました。
今回すべての肉メニューに「ちょい食べサイズ」(ハーフサイズのこと)をご用意することに致しました。
くわしくは、弊ブログの8月4日号をご覧くださいませ。

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて3.123日連続更新を達成しました。
すき焼き「ちんや」六代目の住吉史彦でした。

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すき焼き親善大使

加山雄三さんのインタビューとなると、必ずこのネタになるので、おそらくご本人は「またか・・・」と思っておいでだと思うのですが、すき焼き屋としては、繰り返されるこのネタをとても在り難く思っております。
「必ずこのネタ」とはもちろん、ビートルズとすき焼きの件です。
報道によりますと、最近も
「テレビ東京の「チマタの噺」に出演し、1966年にザ・ビートルズが唯一の来日を果たした際、一緒にすき焼きを食べた時の秘話を明かした。」
ということでした。
「ビートルズは日本武道館で行われたコンサートの時以外、ほぼ宿舎である東京ヒルトンホテル(現ザ・キャピトルホテル東急)に缶詰め状態で、加山も同ホテルにビートルズを訪ねていった。」
「加山がビートルズに「何が食べたい?」と聞いたら「すき焼きがいい」と答えたため、すき焼きを届けさせたが、ビートルズ側は「ボーイさんたちとか皆出てけって言うんだよね」と人払いを要求。」
「すき焼きは誰が作るの?」と困惑する加山に、ボーイは「加山さん、よろしくお願い申し上げます。加山さん、すき焼き屋さんのセガレさんですよね?」と依頼した。」
加山さんがすき焼き店の息子なのは映画「若大将」シリーズ中での設定で、本物のご両親は映画スターですが、それでも、この日はビートルズのためにすき焼きを作り、喜んでもらったそうな。
この件は、弊ブログでも何回も採り上げています。おそらくすき焼きと有名人の話しとしては、もっとも有名なものだと思います。
何しろ、この頃外人さん接待と言えば、すき焼きか天婦羅でした。以前鮨は外人さんから嫌われていましたやからね。
ところが、その関係は今や逆転。大坂なおみさんも凱旋帰国会見で、
スシはスゴくオイシい!
と叫ぶほど。
米と魚と酢を一緒に食べるという意味で鮨は日本の風土を映したもので、日本を代表する食べ物ですから、それが世界に理解され、主役に躍り出たことについて、私は何の文句もございません、はい。
ただ、すき焼きが主役だった時代が懐かしいなあ・・・という、まあ、ボヤキですね、これは。
その懐かしい時代の体現者である加山さんを「すき焼き親善大使」に任命した方が良いかもしれません。

追伸
今夏8月4日より「ちんや」ビル地下1階の「ちんや亭」が、
「肉の食べくらべレストラン」として再スタートしました。
今回すべての肉メニューに「ちょい食べサイズ」(ハーフサイズのこと)をご用意することに致しました。
くわしくは、弊ブログの8月4日号をご覧くださいませ。

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて3.122日連続更新を達成しました。
すき焼き「ちんや」六代目の住吉史彦でした。

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大ブレーク有名人⓶

13日昼に放送された日本テレビの番組「ヒルナンデス!」に出演させていただきました。
その予告は、9月2日の弊ブログに書かせていただいたので再掲になりますが、
番組の企画書によりますと、
企画趣旨=テレビでは見ない日はないほどのブームを巻き起こした「大ブレーク有名人」。彼らがMAX収入の時に通っていたレストランやお店にあらためて行き、懐かしの味を堪能する。ジャニーズの若手も引き連れて行き、先輩としてアドバイス。当時は聞けなかった、ぶっ飛んだ生活やお金事情を明かす。
・・・という番組です。
弊店はそんなにバブリーな店じゃなくて地道な店ですから、この企画趣旨には合致しないのですが、今回はお断りせずに、出演させていただきました。
その理由を、2日の時点ではネタバレになっちゃうので、書けませんでしたが、まず、「大ブレーク有名人」とは、スギちゃんさんのことでした。
そして、「企画趣旨には合致しない」の意味ですが、スギちゃんさんが大ブレークしていた頃バブリーな消費をするために弊店に見えていたのではなくて、「ちんや」が「愛される理由」を調べに見えていたという点が違います。
「愛される理由」というのは、雑誌の連載のタイトルです。詳しくは弊ブログの2013年4月6日号をお読みいただきたいのですが、この年はスギちゃんさんが大ブレークした翌年でした。
ブレーク翌年でもまだ、スギちゃんさんが道を歩くと通行人が寄ってくる、という状況でしたが、この連載は、自分が「一発屋」にならないよう老舗店を学び歩くという企画だったのです。
その一回目が弊店。
その後も老舗つながりのお店を私が雑誌にご紹介しました。当時スギちゃんさんのスケジュールがタイトで、効率良く回るルートを組むのに苦心した記憶があります。
ということで今回の撮影でしたので、弊店はたしかに「MAX収入の時に通っていたレストラン」ではあるものの、意味合いが少し違います。が、スギちゃんさんの番組ですから、細かいことは言わずに、お引き受けした次第です。
視た方が面白がっていただけたのなら、幸いです。
ワイルドだろう?
旧い?

追伸
今夏8月4日より「ちんや」ビル地下1階の「ちんや亭」が、
「肉の食べくらべレストラン」として再スタートしました。
今回すべての肉メニューに「ちょい食べサイズ」(ハーフサイズのこと)をご用意することに致しました。
くわしくは、弊ブログの8月4日号をご覧くださいませ。

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すき焼き「ちんや」六代目の住吉史彦でした。

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夏野菜セイロ

夏の終わりのある日、「更科堀井」のご主人と話しておりました時のこと、
「ちんや」では溶き卵にヨーグルトを入れますよ!
と申しましたら、
ウチではね、そばつゆにバルサミコ酢を入れるよ!
と、かなり強烈なカウンター・パンチが。
それは「季節のおすすめ種物」として提供されていた「夏野菜セイロ」のことなのだそうです。
温かいおつゆに、茄子、おくら、きくらげ、 ズッキーニ、ミニトマト、ヤングコーン、みょうが、ねぎが入っています。
で、「お好みで生姜とバルサミコ酢を入れてお召し上がりください。」とのオススメが。
なるほど。
野菜の苦みと、生姜の辛味と、酢の酸味をバランスさせるのですねえ。
上手い作戦です。
このブログがUPされる9月には、もう食べられないのですが、
一年中おやりになれば良いのに。

追伸⓵
日本テレビの番組「ヒルナンデス!」に、カットされてなければ、出演させていただく予定です。本日の11時55分~です。ご覧くださいませ。

追伸⓶
今夏8月4日より「ちんや」ビル地下1階の「ちんや亭」が、
「肉の食べくらべレストラン」として再スタートしました。
今回すべての肉メニューに「ちょい食べサイズ」(ハーフサイズのこと)をご用意することに致しました。
くわしくは、弊ブログの8月4日号をご覧くださいませ。

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて3.120日連続更新を達成しました。
すき焼き「ちんや」六代目の住吉史彦でした。

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浅草六区芸能伝~第九幕

月刊『浅草』に東洋興業会長・松倉久幸さんの「浅草六区芸能伝」が連載されていて、おもしろいです。
松倉さんは、2016年に刊行された拙著『浅草はなぜ日本一の繁華街なのか』の中で私が対談させていただいた、浅草の九人の旦那衆の一人ですが、その松倉さんの連載が、このところ『浅草』の巻頭に連載されているのです。
さて今月の「第九幕」では「浅草演芸ホール」開設の経緯が語られます。
「浅草演芸ホール」は、寄席です。そして開設されたのは昭和39年(1964年)のことでした。
浅草には昔からずっと寄席があったと思っておいでの方が多いかもしれませんが、実はそうではないのです。
関東大震災までは小規模な寄席が何軒かあったと聞きますが、戦後は「浅草末広亭」だけになり、その「末広亭」も1年あまりで廃業したそうです。落語以外のエンタメが面白過ぎたからかなあと私は想像します。
で、浅草には寄席がない状態がしばらく続いたのですが、そんな中落語家の桂枝太郎が隣人の、東洋興業の文芸部員に寄席再興を頼み込んだのがキッカケと伝えられています。
うまいことに、その頃東洋興業さんは、上演体制を刷新しようとしていました。
当時「東洋劇場」と「フランス座」の2会場がありましたが、どちらもお笑いとストリップ・ショーという似たような形態で、どちらか一方を整理する必要がありました。
結局、2会場のうち「フランス座」を閉鎖して、「東洋劇場」と「演芸ホール」の体制になったわけです。
やがて落語の方が盛んになり、現在では「演芸ホール」が主力ですが、「東洋劇場」の流れをくむ「東洋館」が健在で、落語以外のお笑いを提供しています。
浅草のお笑い界にも変転があるのだなあと分かります。
連載は続くそうなので楽しみです。

追伸⓵
日本テレビの番組「ヒルナンデス!」に、カットされてなければ、出演させていただく予定です。明日13日の11時55分~です。ご覧くださいませ。

追伸⓶
今夏8月4日より「ちんや」ビル地下1階の「ちんや亭」が、
「肉の食べくらべレストラン」として再スタートしました。
今回すべての肉メニューに「ちょい食べサイズ」(ハーフサイズのこと)をご用意することに致しました。
くわしくは、弊ブログの8月4日号をご覧くださいませ。

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて3.119日連続更新を達成しました。
すき焼き「ちんや」六代目の住吉史彦でした。

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利用率

このところしつこく告知しておりますが、
今夏8月4日より「ちんや」ビル地下1階の「ちんや亭」が、
「肉の食べくらべレストラン」として再スタートしました。今回すべての肉メニューに「ちょい食べサイズ」(ハーフサイズのこと)をご用意することに致しました。
それから一か月。傾向もだんだんと見えてきました。
「ちょい食べ」の利用率は、
30.6% 
でした。
「ちょい食べ」2品食べくらべは、こちらが期待したほどではありませんで、「ちょい食べ」1点だけの方が多かったですが、もちろん、それも大歓迎です。
歓迎の理由は、単価が上がっているからです。
従来は、
ハンバーグ定食のみ。
ロールビーフ定食のみ。
という方が圧倒的に多かったですが、「ちょい食べ」が始まってからは、
ヒレステーキを「ちょい食べ」。
サーロインステーキを「ちょい食べ」。
すき焼きを「ちょい食べ」。
という方が増えたので、単価が上がったのです。
ステーキもすき焼きもまともに食べれば、胃腸と財布に負担がかかりますが、「ちょい食べ」ならご負担がやさしいですからね。
今回より、ご飯・みそわんを本体価格から分離して、別途注文の形に変更しましたが、
ご飯利用率は91.9%
味噌椀利用率は75.9%でした。
事前の予想では、糖質カットをしている方がご飯をとらないだろうと考えましたが、塩分カットの方が断然多いようです。
同業の皆様、ご参考に。

「ちょい食べ」について、これからお調べになる方は、弊ブログの8月4日号をご覧くださいませ。

追伸
日本テレビの番組「ヒルナンデス!」に、カットされてなければ、出演させていただく予定です。13日の11時55分~です。ご覧くださいませ。

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて3.118日連続更新を達成しました。
すき焼き「ちんや」六代目の住吉史彦でした。

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夏休み

9月3日から6日まで、遅めの夏休みを、悪しからず頂戴いたしました。
そうしましたら知人から、
「ちょい食べ」しに行ったのに休みだったー!!!
というメッセージが。
それは、恐縮なことでした。
それ以外にも、各方面から、
早くちょい食べに行きたいです!
とかコメントをいただけて大変嬉しく思っています。
反応がすぐ分かるのが、SNSのありがたいところですね。私のFBを視て、広島から来て下さった方もおいででした。
働く社員のやり甲斐にもなります。
引き続き、コメントなどよろしくお願い申し上げます。

「ちょい食べ」について、これからお調べになる方は、弊ブログの8月4日号をご覧くださいませ。

追伸
日本テレビの番組「ヒルナンデス!」に、カットされてなければ、出演させていただく予定です。13日の11時55分~です。ご覧くださいませ。

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて3.117日連続更新を達成しました。
すき焼き「ちんや」六代目の住吉史彦でした。

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230年の会

蕎麦の「更科堀井」さんの創業230年の会にお招きいただきました。
堀井家の伝によると、ご創業は寛政元年(1789年)。
初代は、もともと信州特産の信濃布を商っていたのが、そば屋に転じたそうな。江戸に出てきて、領主・保科家の江戸屋敷に近い麻布永坂町に店を構えたと伝えらえています。
明治半ばの最盛期には、皇后や宮家などにも出前を届けていたといいますが、昭和に入って順調でない時代を迎えることになります。昭和の恐慌で、出資していた銀行が倒産、昭和十六年に廃業に追い込まれてしまったとか。
戦後になんとか再建を果たしますが、この時に外部の資本も入れて会社組織にしたことが、後に紛議の素となってしまいます。
やがて現当主八代目の良造さんが、その会社を離れ、堀井家の業として、現在の「更科堀井」を設立したのは昭和五十九年のことだったそうです。
現在麻布十番界隈に三店の更科さんがあり、また堀井家が総本家であるにも関わらず、「永坂更科」「布屋太兵衛」の商標を、堀井家でない更科さんが持っているのは、そういう事情によります。そういう経緯を良造さんは隠さず、HPに記載し、当日の挨拶でも語っておられました。会社が歴史があるのは当然のことで、むしろ共感をよぶ姿勢と思います。
さて、230年の会のお蕎麦は、まず、
「煮貫(にぬき)」
「煮貫」とは、味噌をメインに作るつけ汁のことで、1643年発行の、日本最古の料理書といわれている『料理物語』に、つくり方が載っているそうです。醤油味の麺つゆが主流になる前の味を再現したもので、九代目・義教さんの研究熱心なことが良く分かります。
もう1点のお蕎麦は天婦羅蕎麦。しかも「ひと昔前の?天婦羅蕎麦」。
最近の天婦羅蕎麦の天婦羅は、たいてい「揚げたて」ですが、以前は、揚げ置きして油を抜くのが好まれました。
「油を抜くのが好まれました」と聞いて、え?そうだっけ?と思いながら噛みついて→思い出しました。うん、たしかに以前はこんな感じでした。懐かしい。衣に汁が浸みてうまいです。
美味しくも、発見のある会でした。ご馳走様でした。

追伸⓵
日本テレビの番組「ヒルナンデス!」に、カットされてなければ、出演させていただく予定です。13日の11時55分~です。ご覧くださいませ。

追伸⓶
今夏8月4日より「ちんや」ビル地下1階の「ちんや亭」が、
「肉の食べくらべレストラン」として再スタートしました。
今回すべての肉メニューに「ちょい食べサイズ」(ハーフサイズのこと)をご用意することに致しました。
くわしくは、弊ブログの8月4日号をご覧くださいませ。

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて3.116日連続更新を達成しました。
すき焼き「ちんや」六代目の住吉史彦でした。

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国民皆牛豚鶏美食のこと

うーむ、不勉強にて存じませんでした。
福沢諭吉先生の『肉食之説』(明治三年)より前に、肉食を奨励する意見書が出ていたとは。
慶應義塾に学び、肉を売る立場の私としては、これまでしばしば肉食を奨励した文化人として福澤先生の名をあげ、『肉食之説』を引用して来ましたが、それ以前に
「良質の人馬、及び鳥獣の種類、御殖育の事。」
という建白書が、赤松小三郎なる人によって、幕府の政事総裁職・松平春嶽(福井藩主)宛てに出されていたというのです。「国政改革意見書」と言うそうな。
そんな話しを私が知ったのは、大学同期の落語家・立川談慶くんの落語会でのことでした。
談慶くんは信州上田の人。
赤松も上田の人で、郷土の偉人の生涯を辿る紙芝居が地元で創られました。その紙芝居のナレーションを、なんと、談慶くんのお母さまが付けていて、それが談慶くんの落語会の中で披露された、という次第です。
さて、話しを「国政改革意見書」に戻しますが、意見は七項目あります。
意見の第一は、「人才教育の儀、御国是相立ち候基本に御座候事」。
「江戸・京・大坂・長崎・函館・新潟等の首府へは、大小学校を営み、各々其の大学校には、用立ち候西洋人数人づつを雇ひ、国中有志の者を教導せしめ、大坂に兵学校を建て、各学科毎に洋人数人づつを雇ひ、国中兵事に志有る者を御教育相成り、且つ国中に、法律学・度量学を盛んにし、其の上漸々諸学校を増し、国中の人民を、文明に育て候儀、治国の基礎にこれ有る可く候。」
赤松の関心は主に国防にあったらしく、教育が第一といっても、軍学が中心に語られています。
そして肝心な七番目の意見が肉食についてです。
「又牛羊鶏豚類、衣食に用いて有益の種類を殖育し、ゆくゆく国民皆牛豚鶏の美食を常とし、羊毛にて織り候美服を着候様改め候へば、器量も従って相増し、身体も健強に相成り、富国強兵の基にこれ有る可く候。」
ここでも、富国強兵の基になるということで、肉食が奨励されています。
この意見書が出されたのは慶応3年5月。
だから『肉食之説』(明治3年)に少しだけ先んじているのですが、残念ながら、あまり知られていないと思います。
福澤先生が、明治34年(1901年)まで長命して、近代日本を代表する知識人と成ったのに対して、赤松が、この意見書を出したすぐ後の慶応3年9月に暗殺されてしまったからでしょう。
上田ではそれなりに知られていて、上田城跡公園に記念館もあるとかですが、一般には知られていませんね。
肉の業界の人だけでも、赤松のことを記憶した方が良いと思いました。
談慶くん、お母さま、勉強になりました。

追伸
今夏8月4日より「ちんや」ビル地下1階の「ちんや亭」が、
「肉の食べくらべレストラン」として再スタートしました。
今回すべての肉メニューに「ちょい食べサイズ」(ハーフサイズのこと)をご用意することに致しました。
くわしくは、弊ブログの8月4日号をご覧くださいませ。

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて3.115日連続更新を達成しました。
すき焼き「ちんや」六代目の住吉史彦でした。

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働き甲斐

<ある夏の日の惨事>
エアコンの排水管が詰まって、
→下の階の客席に漏水と来ました。
夏場にエアコンに負担がかかるので、こういうことは起こりがちなんですが、
料理屋とは、働き甲斐のある稼業だわいな。

追伸
今夏8月4日より「ちんや」ビル地下1階の「ちんや亭」が、
「肉の食べくらべレストラン」として再スタートしました。
今回すべての肉メニューに「ちょい食べサイズ」(ハーフサイズのこと)をご用意することに致しました。
くわしくは、こちらです。

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて3.114更新を達成しました。
すき焼き「ちんや」六代目の住吉史彦でした。

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