リハーサル

10月26日の「あさくさ食たび」に出演させていただくことになり、昨日はそのリハーサルの日でした。

「あさくさ食たび」とは、浅草の料理人がオンライン講義で、全国の皆様に「浅草の食の道案内」をするというもの。浅草の料理屋の店主が連続して出ています。

私の前の講師は「駒形どぜう」のご主人でしたが、いつも以上に絶好調のトーク。司会の「ゆいろ」ユリさんの相槌が上手いので実に滑らか。

滑らか過ぎて、聞き取れないのでは?と心配になるくらいでした。人がご機嫌に話している様を視るのは悪くないものです。

で、私の番ですが、肉の具体的な話しは、コ難しんですよね。滑らかというわけに行きません。

不飽和脂肪酸とか、脂の融点とか、個体識別番号とか、

私の場合は、相槌はむしろ、

ん、んん?

ええっと、ちょっと、わかんないんですけど・・・

といったリアクションを入れていただくことにしました。

内容がコ難しいのに、司会がサラサラと進んだら、視聴者の方は置いて行かれたと思ってしまいますからね。

さて、どうなりますやら。

視聴ご希望の方は、こちらです。

本日もご愛読賜り、誠に在り難うございました。
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分からなければ

「大阪都構想」の住民投票について、某政党が

分からなければ反対を!

と呼びかけて炎上したようです。住民が分かるように説明してまわるのが政党の役割なのに、それを放棄しているように見えるからです。私もそう思います。 

しかし自分のこととなると、

分からなければ買わなくていい!

と叫びたくことがありますね、絶対言ってはいけないセリフですが。

このブログを始めて10年半、

自分が美味しいと思う肉について説明を繰り返してきましたが、

世間には牛の産地にしか興味の無い方が多いです。

そういう方は産地にしか興味がないので、本当に肉の美味しさに関係のあることがらには興味を示して下さいません。牛の性別、血統、肥育期間、重量などや、肉にした後の熟成方法が美味しさと関係あるのですが、それらの説明はスルーされ、「♡♡牛」だけ記憶に残るようです。

一般人もメディアの方もです。日本人のブランド信仰は、かくも根強いのです。

ある著名な評論家の方が、ブランド牛なんか、ちっとも旨いと思わないとテレビで言うと、必ずカットされると言っておられました。ブランド牛の販促事業に大手広告代理店がかかわっているからです。

分からなければ買わなくていい!

いや、いや、そう言ったら立憲さんに成ってしまうので、私は口を慎みます。

追伸、10月26日の「あさくさ食たび」に出演させていただくことになりました。「あさくさ食たび」とは、浅草の料理人がオンライン講義で、全国の皆様に「浅草の食の道案内」をするというもの。視聴ご希望の方は、こちらです。

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大晦日

本日は今年の三社祭の日ですが、神輿を担ぎまわることはありません。

神輿一基が車に乗って巡行します。その現在地は「密」を避けるため公表しないことになっております。ご了承ください。(公式情報は、こちらです)

「ちんや」は平常通り営業致します。

さて最近弊ブログにコメントをいただきました。大晦日のすき焼きについてのコメントでした。

「父方の祖母に話を聞いたところ、祖母が子供の頃から大晦日に食べていたそうです。そして、その詳細を聞くと「戦前曽祖父(祖母の父)が御徒町で商売をしていた頃、浅草の「ちんや」という肉屋で使用人(小僧さん)がコマ切れ肉を買ってきて皆んなですき焼きを食べたのが始まりとのことでした。」

「昨日私が聞かなければ、この事を祖母から聞かないままだったかもしれません。毎年必ず大晦日にはすき焼きを食べています。今年の大晦日は家族で食事に行くか、すき焼きにするお肉をちんやさんで購入させて頂けたらな…などと考えております。」

嬉しく在り難いコメントをありがとうございました。弊社は「毎年大晦日はすき焼き」という方々に支えらえているのだなあとあらためて実感しました。

今でも大晦日まで肉の販売をさせていただいており、以前ほどではないものの、忙しくさせていただく日です。引き続き、「大晦日にすき焼き」を続けていただきたいと思うと同時に、今年については密集対策を講じないといけません。

12月に入ったらすぐ全会員さんにDMを送り、極力受け取り予約をしていただくようお伝えする予定です。

配送もできるのでご案内します。年末押し詰まっての配送はできないのですが、28日着とか少し前に着けるのでOKな方にはお送りします(ただしその場合冷凍配送になります。生で受け取りたい方は、やはり予約受け取りになります)

どうぞ、本年もよろしくお願いいたします。

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DNA

鎌倉に新オープンしたすき焼き店「松喜屋」さんに行ってきました。

「新オープン」と言っても、このお店は明治時代の名店・銀座「松喜屋」のDNAを継いだお店です。その店は銀座の、現在の博品館の辺りにあって、東京随一の規模と知名度を誇る、すき焼き店でした。

昭和の戦災に遭い、戦後は白金に移転して、十数年前まで営業なさっていましたが、中断。雌伏期間を経て最近再開したというわけです。

銀座時代の遺品である橋本明治の日本画、白金時代の土門拳の額なども掲げられていて、良い雰囲気です。

で、肉は近江牛。これは戦前からの伝統で、宮内省ご用達だったこともあります。

新しい店だけに熱源がIHですぐ沸かないので、私などは待ち遠しいですが、女将さんは自分のペースでやり易いと。なるほど。

場所は、若宮大路と小町通りの間の住宅街の一角。黒壁が印象的な建物です。

追伸

今日は三社祭の日ですが、屋内でのご祈祷のみで屋外イベントはありません。

明日は、神輿一基が車に乗って巡行します(担ぎまわることは致しません)

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新春

来年一月の「新春浅草歌舞伎」は中止になると松竹さんが発表しました。

歌舞伎座が公演できているので浅草も出来るのかなと、勝手に思っておりましただけに残念なことでした。

歌舞伎座は公演「できている」といいつつもかなり変則な形です。一日四公演に細かく分け、出演者も裏方も四つの別チームにして・・・と煩雑な体制を続けておられます。浅草まで手がまわらなかったかもしれませんね。

毎年一月の浅草歌舞伎は若手俳優の登竜門で、公演時間も短めなので、終演後に浅草で大勢のお客様が食事をしてくれました。

来年に期待します。

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利便性

今日は全編ボヤキです。

「利便性」を軽視してきた結果、今大変困っています。

料理屋と申しますものは「利便性」と対局にあるところだと私は思ってきました。無駄な時間をあえてつくり、それを楽しむ所だと思ってきました。

すき焼きの鍋を囲んで、気のおけない者どうしの緩やかな時間を提供するのが私の仕事だと思ってきましたので、

すぐ受け取れるシステム

とか用意してございません。

聞けば、世間にはハンバーガーを予約しておけばすぐ受け取れるアプリがあって、それがコロナ下で好評なんだとか。

スマホさえあれば予約がカンタンに出来て、決済も出来てしまい、店に車で乗りつければ、ほぼ非接触で品物を受け取れるとか。

弊店と、そのハンバーガー店の間には「食べ物」という共通点はあるものの、時間の捉え方は、まったく別物です。

「利便性」を軽視してきた結果、今大変困っています。

追伸、10月26日の「あさくさ食たび」に出演させていただくことになりました。「あさくさ食たび」とは、浅草の料理人がオンライン講義で、全国の皆様に「浅草の食の道案内」をするというもの。視聴ご希望の方は、こちらです。

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和牛の町×ごはん

10月13日21時放送の、BS日テレ『和牛の町×ごはん』

に出させていただきました。

ご紹介いただいたdancyu植野編集長、誠にありがとうございました。

今回お採り上げいただいたのは、「ちんや」本体ではなく、地下一階の「ちんや亭」です。

「ちんや亭」は2018年から「肉の食べくらべレストラン」を称しておりまして、全ての肉メニューに「ちょい食べサイズ」(ハーフサイズのこと)が用意してございます。

最近「ちんや亭のちょい食べ」が商標登録できたばかりでの、テレビ出演で大変良いタイミングでした。

撮影していただいのは、すき焼きの「ちょい食べサイズ」とハンバーグの「ちょい食べサイズ」。

「和牛」の水田さんは調理師免許を持っていて、当然ですが色々お詳しい。

製造工程もたくさん撮っていただいて、さすが植野さん監修の番組と思いました。

お採り上げいただき、ありがとうございました。

追伸、10月26日の「あさくさ食たび」に出演させていただくことになりました。「あさくさ食たび」とは、浅草の料理人がオンライン講義で、全国の皆様に「浅草の食の道案内」をするというもの。視聴ご希望の方は、こちらです。

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割り下②

今月6日の弊ブログの続き=「ちんや」の割り下の話しです。

割り下は作ってすぐ使わず、3日ほど経ってから使います。

鰻屋さんのタレや、泡盛の「仕次ぎ」のようなことは行っておらず、静置するだけですから、化学的変化は起こっていないと思いますが、それでも割り下の「角」が取れてから使いたいので、置いておきます。

これは焼酎やウイスキーの「前割り」と同じことだと思います。

「前割り」ではバラバラに存在している水とアルコールの分子が馴染む(クラスターに成る)ことで、アルコールの刺激が抑えられますが、

割り下にも刺激の強い味が入っていますので、馴染ませた方が良いという話しです。

焼酎の「前割り」でも、割って3~7日後に飲むことが推奨されているようで、熊本や鹿児島の焼酎好きの家では、来客予定の三日前に「前割り」をして、ゲストが見えたらそれを飲むとか。良い作戦ですね。

ご説明まで。

追伸

「和牛」のお二人とdancyu植野編集長のテレビ番組に出演させていただきます。

『和牛の町×ごはん』BS日テレ 本日10月13日(火曜)21時~

本日もご愛読賜り、誠に在り難うございました。
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狆屋

そもそも、ですが、「ちんや」は何故浅草で商売をしているのでしょう。今日は、その話しです。

「ちんや」は漢字で書くと「狆屋」。明治維新まで狆という愛玩犬のブリーダーをしていました。

そのブリーダー直営ペットショップが浅草に在った背景には、江戸時代の人達がペットの品種改良が大好きだったということがあります。

典型的には金魚と朝顔。

品種改良をして珍しいものを作り、話題沸騰になると儲けがあったと聞きます。そして、その珍しいペットを繁華街に買いに出かけるという習慣がありました。

そんな中で、狆は徳川綱吉や吉原の大夫が愛玩したと言いますから、高級版のペットでした。良い血統を確保したブリーダーは儲かったのだろうと思います。何しろ狆は日本唯一の愛玩犬種で、改良が行われた唯一の品種でもありました。(逆に言えば他の犬種は番犬とか猟犬とかで、品種改良してまで飼うものではなかったようです)

そういう次第で、浅草にもペットの店がありました。小鳥なども人気だったそうです。

今では浅草にペットショップが多いとは言えませんが、江戸時代には盛んだったようです。

やがて明治維新が起こり、売れていた狆が売れなくなったので、「狆屋」は狆を止めて料理屋になりました。

狆屋という一般名詞を商標にしていたくらいですから、狆屋業界を代表する店だったのだろうと想像しますが、変わり身は意外に早かったようです。

今日は、そもそもの話しでした。

追伸

「和牛」のお二人とdancyu植野編集長のテレビ番組に出演させていただきます。

『和牛の町×ごはん』BS日テレ 10月13日(火曜)21時~

追伸

「和牛」のお二人とdancyu植野編集長のテレビ番組に出演させていただきます。

『和牛の町×ごはん』BS日テレ 10月13日(火曜)21時~

追伸

「和牛」のお二人とdancyu植野編集長のテレビ番組に出演させていただきます。

『和牛の町×ごはん』BS日テレ 10月13日(火曜)21時~

本日もご愛読賜り、誠に在り難うございました。
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浅草の魅力

コロナで浅草が危機だ!

ということで有志の若い方が浅草の魅力をネットなどで発信してくれようとしています。そういう方の中には私の所へ取材に見える方もいます。ありたいことです。

そんなタイミングで池袋暴走事故の裁判が始まりました。

あの事故ではドライバーが元高級官僚で「上級国民」であることがポイントになってしまい、「上級VS下級」の構図が作られようとしています。不幸なことですね。

が、上級と下級が接することは、対立だけを産み出すのではなく、面白いものを産み出すこともあります。それが浅草だと私は思っています。典型的には永井荷風や高見順の文学作品が挙げられます。

思い起こしますと、太古の時代東京湾の海岸線は今よりずっと手前にあり、浅草辺りが隅田川の河口でした。そこに水運の拠点ができ、お寺も建立されました。江戸が未だない時の話しです。

太田道灌が江戸城を築城したのは15世紀のことでしたが、この時点でもまだ江戸と浅草は別の町だったと思われます。

江戸が大きく変わったのは、家康が入って来たからです。家康が秀吉から江戸を与えられた時点でも、江戸城のすぐ先には入江や湿地帯があったと言いますが、家康は天下を獲ると、首都・江戸の建設に邁進します。

で、やがて浅草は膨張してきた江戸に吸収されるわけです。元々江戸にはあんまり関わりがなかったのに、急に日本の首都の一部・「首都の端っこ」に成ってしまったわけです。これが浅草の運命であり特徴です。

隅田川は水運の動脈だったので、その岸に米蔵が建設されました。浅草と江戸の間の蔵前の辺りです。米は武士の給料でしたから、経済を扱う一大拠点が浅草の、すぐ南に来たのです。

要するに、浅草の人達の主体性とはあんまり関係なく、浅草は政治権力や経済力の中枢の、すぐ隣になってしまい、影響されるようになったのです。

浅草北方に吉原遊郭や歌舞伎座が移転してきたのも江戸幕府の政策の結果です。

明治時代に浅草六区が歓楽街になったのも政府の政策の結果です。明治政府は徳川方だった浅草寺の土地を強引に取り上げて、それを民間人に貸し、地代を財政の足しにしました。明治・大正・昭和の浅草全盛時代に、浅草の中でも特に賑やかだったのは六区ですが、その土地は、そのように開発されたのです。

このように、浅草は江戸の政治権力・経済力のすぐ傍に在ったので、歴史上常に権力サイドに左右されてきました。

そして権力サイド(「上級国民」)の中の酔狂な人が浅草へ入り込んできて、面白いことをしてくれました。

上級側には文化があるが、バイタリティーがない

下級側には文化はないが、バイタリティーがある

先に例として挙げた荷風や高見順の親は内務官僚でした。二人とも高学歴でしたが、官界からはスピンアウト。六区の踊り子のバイタリティーに惹きつけられて通って来ました。

川端康成も大の浅草ファンだった時期があり、「浅草紅団」という作品があります。(その後偉くなり過ぎて、浅草所縁というイメージではなくなりましたが)

戦後日本のバイタリティーを体現する人物と言えば松竹映画「寅さん」ですが、その寅さんこと渥美清は浅草芸人でした。そして寅さんが恋に落ちる「マドンナ」は、しばしば上級側の娘でした。学者志望の大学院生、画学生、殿様の末裔の娘・・・二人がデートする喫茶店にはクラシック音楽が流れていたります。

さてさて、浅草はこれからどういう町になって行くでしょうが。

「いかにもインバウンド狙い」の町にして良いわけもありませんが、別の方向が見えて来ているわけでもなく、試行錯誤が続きましょう。

追伸

「和牛」のお二人とdancyu植野編集長のテレビ番組に出演させていただきます。

『和牛の町×ごはん』BS日テレ 10月13日(火曜)21時~

本日もご愛読賜り、誠に在り難うございました。
弊ブログは2010年3月1日に連載スタートし本日は3.879目の投稿でした。引き続きご愛読を。

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