受け入れ拡大

改正出入国管理法すなわち外国人労働者受け入れ法が成立しました。
先月のアメリカの選挙では、民主党が勢力を盛り返し、移民を巡って社会の分断が広がっています。またイギリスのEU離脱も来春を目指して進んでいるとかですが、これも原因は移民です。
そんな中で、日本だけが外国人受け入れ拡大の方向に向かっています。
たしかに、人手不足は私も感じます。
が、単純に今の経済を、そのままにして、穴を埋めるためだけに外国人を利用するのは、どうなのだろうと思っています。
来年が良い年になりますように。

Filed under: ぼやき部屋 — F.Sumiyoshi 10:37 PM  Comments (0)

遷都

昨日が明治150年の日でしたので、150年前の話しを、もう少し。
私が大学に入った時、京都出身の先輩がいて、その方は、
日本の首都は今でも京都だ!
と主張していました。もちろん随分変わった人がいるものだなあと思いました。ところが、調べてみるとたしかに明治政府は京都が日本の首都でなくなったと正式には言っていないのです。
明治天皇は、明治元年9月20日に京都を出発して東京に向かいますが、この時は「行幸」と言っていました。いずれ京都に「還幸」する前提なので「行幸」と言ったわけです。10月13日に江戸城へ到着、江戸城は「東京城」と改称されました。
この時天皇はまだ大嘗祭を行っていなかったことから京都に還幸しますが、政情不安や財政窮乏などから大嘗祭は延期され、結局、明治4年11月になってから、東京で行われました。
その後明治5年5月天皇が京都に行く際は、「還幸」ではなく「行幸」と言われましたので、この時点で、名称の上でも、京都は首都ではなくなっていましたが、それでも廃止が発表されたわけではありません。大正天皇、昭和天皇は即位の礼・大嘗祭とも逆に京都で行っています
昭和天皇の即位の礼の時は、日本中から有力者が京都に集まり、旅館や料理屋が大盛況だったと聞きます。
今上陛下が東京で即位された最初の天皇で、明治150年を経て、その陛下が今回退位されるという次第です。
天皇家は、肉食・断髪などはすぐ受け入れましたが、土地に関しては、ゆっくりだったということですね。興味深い話しです。

Filed under: 憧れの明治時代 — F.Sumiyoshi 12:00 AM  Comments (0)

大号令

1868年(慶應3年)12月9日、朝廷から王政復古の大号令が出されました。
そこから今日で150年。
明治天皇は、この年の1月に即位なさったばかりで、今上陛下は来春に退位される予定ですから、明治150年とはピッタリ皇室四代に当たることが分かります。
明治天皇という方は、日本の残すべき文化は残し、外国の取り入れるべき文化は取り入れる、という態度であったようです。朝廷の閉鎖空間でお生まれになったにも関わらず、こういう態度であられたことが日本の近代化を進めたと申せましょう。
・1873年(明治6年)散髪脱刀令が出された後、天皇が西洋風に断髪したことで、国民も同様にする者が増えたといいます。
そして、肝心の肉食ですが、
・1872年1月24日が、明治天皇が初めて牛肉を試食された日です。その件は新聞で報道され、「我が朝にては、中古以来肉食を禁ぜられしに、恐れ多くも天皇謂(いはれ)なき儀に思召し、自今肉食を遊ばさるる旨、宮内にて御定めこれあたりたり」(『新聞雑誌』)と国民に伝わったそうです。
天皇家は、この国の中でも一番きびしく肉食を戒められてきましたが、それを止めるにあたって、理由が「いわれないことだと思った」とは随分シンプルな感じですよね。
現代も色々な意味で過渡期ですが、変化を受け入れる態度は柔軟な方が良いのだろうと思います。

Filed under: すき焼きフル・トーク,憧れの明治時代 — F.Sumiyoshi 12:17 PM  Comments (0)

呂律

「ちんや」の肉はモタレない肉です。
熟成させてあり、脂の融点が低いからです。
よって、そういう肉を食べたいという年配のお客様が多く、末永くご利用いただきたいとは思うのですが、困るのは呂律が回らない方。
五時半!

ろじはん!
と聞こえるんですよね。
自分の身内が脳梗塞をやったと思って、イラつかないよう努力します。

Filed under: すき焼きフル・トーク — F.Sumiyoshi 12:00 AM  Comments (0)

平成最後の忘年会シーズン

恒例の台東三田会の忘年会が昨日「ちんや」で開催され、今日は金曜日。平成最後の忘年会シーズンに入りました。
いや、平成を丸ごと懐かしむ会ですから、「忘時代会」「忘平成会」でしょうか。
逆に「忘」をやめて「望」にして、来年を展望する会にするのも一手かと思いますが、新元号が来年4月まで分からないのが不都合です。
「望2019会」とか西暦では雰囲気でないですね、やはり元号でないと。
ともあれ、大晦日まで無休で営業させていただきます。
復帰早々の繁忙期で不安が無くはありませんが、頑張りたいと思います。

Filed under: すき焼きフル・トーク — F.Sumiyoshi 3:19 PM  Comments (0)

平成元年

平成最後ということで、今年だけでなく平成時代そのものを回顧する記事や番組があって、色々考えさせられます。
さて皆さん、平成元年(1989年)には何がありましたか?
まずは消費税導入(4月)でしょう。そして、それが原因になって、自民党が参議院選挙で敗北(7月)でしょう。
消費税は前年に竹下登内閣が導入を決めましたが、その竹下内閣はリクルート事件で辞職。かわった宇野宗佑総理には女性問題が発覚して、自民党は大敗しました。
躍進したのは社会党でした。党首は土井たか子委員長。女性候補をたくさん出馬させて、「マドンナ旋風」を起こしました。
勝った土井さんのセリフは「山が動いた」。
負けた自民党幹事長・橋本龍太郎さんのセリフは「ちくしょー」でした。懐かしいですね。
あれから30年と少し。消費税が30年かけて来年ついに10%に。ウチもレジその他対応しないといけません。
平成とは消費税の時代だったのですねえ。とほほ。

Filed under: ぼやき部屋 — F.Sumiyoshi 12:00 AM  Comments (0)

ゲートウェイ

げ、げーと、うえい、だって?
JRさんが公表した駅名に驚いた方が多かったと思います。
田町駅と品川駅の間の辺りには、
・かつて江戸の玄関口「高輪大木戸」 (Gateway)が置かれていたから。
・周辺に「グローバルゲートウェイ品川」という名の再開発が進んでいるから。
ということで、新駅名は「高輪ゲートウェイ」になるそうですが、なんと、まあ、キラキラなこと。
「大木戸」という言葉を思い出させてくれたのは結構なんですけど、反対運動が起きそうですね。
ま、でも、たぶん使わないから関係ないな、この駅。

Filed under: ぼやき部屋 — F.Sumiyoshi 8:44 PM  Comments (0)

世間復帰

国際観光日本レストラン協会の、今年の納会は、神楽坂の「アリアンス」さんでした。
11月に間抜けなアクシデントで入院したものですから、参加できるか心配でしたが、芽出たく出席できまして、ありがたいことでした。
さて、「アリアンス」さんはフレンチが食べられる、ウエディング会場です。
神楽坂の毘沙門天に向かうメイン通りに面していて、外見からすぐウエディング会場には見えませんが、ビルに入ると、ずいぶん長いエスカレーターが。それを上りきった先にある重そうな扉を開ければ、突然別世界っぽくなります。
大きめレストラン・ウェディングという感じでしょうか。
産地直送の魚介や採れたての有機野菜を使っておられて、結構と思いました。
私の世間復帰も無事に。ありがとうございました。

Filed under: 飲食業界交遊録 — F.Sumiyoshi 12:00 AM  Comments (0)

53歳

おかげさまにて、53歳の誕生日を迎えました。
11月に間抜けなアクシデントで入院しまして、その後退院はしているのですが、本調子までは「もう少し」です。それでも普通に仕事をし、食べていられることは在り難いことと思っております。
思えば、1988年に学校を卒業、平成の始まりとほぼ同時期に社会に出ましたから、その平成がまもなく終わることは感慨深く思います。
在職中には、バブル崩壊・リーマンショックといった経済の問題、東日本大震災、BSE・口蹄疫といった色々の災害があって、対応に追われてしまいました。
その一方で、「すきや連」を10年間開催したり、2017年には「適サシ肉宣言」をしたりと、業界にほんの少しは貢献できたのかな、と自負もしております。
さて、新しい時代に何をしたら良いのか、まったく想像できませんが、振り返れば、1988年の時点で、今の状況を全く想像できていませんでした。
どうなりますやら不透明ですが、しばしおつきあいいただきたく、お願い申し上げます。

Filed under: ぼやき部屋 — F.Sumiyoshi 1:42 PM  Comments (0)

平成最後の

12月に入りまして、「平成最後の〇〇」という言い方が増えてきました。
「平成最後の忘年会」
「平成最後の新年会のご案内」
ツイッターにも「平成最後の師走」というハッシュタグが出来ているようです。そのハッシュタグの付いた投稿を見ていくと、イベントの告知が多く、別に「平成最後」に相応しいと思えないものも多数含まれていて、単にイベントを盛り上げたいだけか・・・と思ってしまいますが、ともあれ、平成最後の師走です。
そもそも、元号は不便だし、国際的に通用しないから、もう要らない!と言う人も少なくないようです。私も西暦への読み換えが面倒だと思うことがありますが、良いところもあります。
それは天皇家の代替わりと自分の家の代替わりを比較しながら感傷に浸れることでしょう。
今上陛下は1933年生まれですから、ウチの父の2歳年上。美智子さまが入られたのが59年で、皇太子さまがお生まれになったのは60年。私が生まれたのは65年です。
私が社長に成ったのは2001年で36歳でしたが、皇太子さまは随分じっくり登板する形になります。父上の今上陛下が55歳の登板(1989年)で歴代2位の遅さでしたが、それを上回りますね。
このように皇室と自分の家を比べるとか、不敬にも思えるので、口に出して言わない人も多いでしょうが、内心は同じように思っている方は多いかと想像します。
アメリカでも元号をやったら良いんですよね。
とらんぷ元年とか。ひらりー二年とか。

Filed under: ぼやき部屋 — F.Sumiyoshi 1:10 PM  Comments (0)