立志と学問

さて12月となり、今年の顔である渋沢栄一の大河ドラマも残り少なくなりました。

そんなおり、久しぶりに「論語と算盤」を読んでおりましたら、

?!

と思う一節がありました。

第2章「立志と学問」で自身の前半生を「ムダ」と言っていたのです。

以前に読んだ時は読み飛ばしてしまったようですが、今回かなりハッキリ「ムダ」と言っていて少し驚きました。

渋沢は、はじめ尊王攘夷運動に関わり、やがて大きく方針転換して徳川慶喜の臣下となり、さらに転換して明治政府に入って、政府の近代化を進め、またさらに転換して、実業界に移ります。

実業界を盛り立てることが、結局自身の「立志」であって、それまでの、30歳くらいまでの活動は、

「青年時代の見当違いなやる気で、肝心の修養すべき時期を、まったく方向違いの仕事でムダに使ってしまった」と。

ムダという表現を?!と思ったのは、今年の大河ドラマで前半生の部分が長かったからかもしれません。

渋沢栄一って、明治時代の実業家と聞いていたのに、なんでずっと江戸時代の話しが続くんだ?と思った方も多かったと思います。ドラマとしては、そちらが面白いですからね。

しかし、ご本人はムダと言っておられましたよ、はい。

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今年の新生児・命名ランキングで、男の子は、

「蓮」がトップだったそうです。「蓮」は、昨年は一位を逃したものの、このところトップの常連だそうです。

ハスは古代インドのヒンドゥー教では女性の象徴だった思いますが、そんなことより、

・泥の中で力強く根を張る

・日本らしい

といったところが受け入れられているそうな。

が、それ以前に私が意外なのは、名前トップということは、ハスが食材すなわちレンコンとしては認識されていないのかなー

という点です。

レンコンは脂との相性の良い食材で、甘辛ピリで煮るとうまいので、すき焼きにして→、後から七味をかけると最高ですが、すき焼きのレギュラー具材にはなっていません。

たぶん、生産量が少ないからでしょうね。

ネギの全国総生産量が465.300トンに対して、レンコンは52.700トン。

ネギを生産していない県は非常に少ないですが、レンコンは生産している県の方が少ないです。

まあ、レンコン業は重労働ですからねえ。

水中の、泥の中でハスの根と格闘するのが、レンコンの収穫ですから、大変です。

レンコンを生産している方は、自分の息子にレンと名付けるんでしょうか。

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我が家の新定番

ぐぐっと冷え込んでまいりまして、鍋の季節となりました。

この「ぐぐっと冷え込んで」は、私が子供の頃は11月初旬に感じられたものですが、昨今は12月が目前に迫ってから感じられます。温暖化なんでしょうか。

そして、この時期に鍋に関する記事がメデイアでもネットでも、ぐぐっと増えます。

最近発見したのは、

「すき焼きに入れてみたら意外と美味しかった具。我が家の新定番はこれ!」

という記事。

「我が家は三種混合です! 牛肉3・豚肉3・鶏肉4割で。鶏肉が美味しいです!」(50歳/その他)

「鶏モモ肉。下茹でをしたものをいれるとおいしいです。甘辛いタレと鶏はよくあいます。値段も安く、ばくばく食べられるので家族にも好評です」(53歳/主婦)

牛肉=高い、ということでそうなっているようですが、味がタンパクで熟成させていたない豚・鶏と牛肉とは、煮加減を変えないとですね。それから、

ウインナー。お肉ばかりだと高くつくので、ウインナーを入れてみたところ、意外にいけました」(49歳/主婦)

「シュウマイ。あつあつでおいしい」(32歳/総務・人事・事務)

「餃子を入れたら絶品だった」(56歳/営業・販売)

うーん・・・

ウインナーは、我が家ではハクサイと一緒に鍋にしています。おでんにウインナーは「あり」ですからね。和の出汁でも行けます。

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地味ノミクス

とある純米酒を飲みながら、ネーミングを思いつきました。

「地味ノミクス」

「じみのみくす」と読みます。

私が政権を獲ったら実行しようと思います(笑)

その純米酒は、

削りは60%。アル添なし。そして、ぬる燗向き。

蔵主さんは、地元の人が飲むようなお酒だと言います。

いただくと、穏やかに酔えます。

で、思いました。

食品も食べ手も、無暗に移動しないのが良いなあ。

ブランドを志向しないけど、安物ではなくて、真面目に造られていて、「お値うち」。

そういう食品ばかりを集めて食べたら、さぞ良いでしょう。

そういう商品ばかりで回る経済が「地味ノミクス」です。

世間では、キシダ総理の印象が地味なことから、キシダ氏の経済政策「新しい資本主義」を「ジミノミクス」と揶揄しているようですが、私のは全然、違います。

どちらが、本当の「地味ノミクス」か、次の総裁選で勝負しましょう。

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Q&A

元の店の片づけが終わっていないものですから、相変わらず出勤しています。

そうしますると、必ずしないといけないのが、路上の掃除。

雷門通り側も雷門横丁側も一人で掃除します。営業している時は、誰かがやってくれたんですけどね、今は自分でします。

そうしますると、通行人の方にあれこれ聞かれます・・・・

Q:寅さん記念館はどこですか?!

A:と、寅さんは柴又ですね。京成線で30分くらいかかりますよ。

渥美清さんは元々浅草芸人だったのですが、『男はつらいよ』が評判になってからは、寅さんのイメージを壊してはいけないということで、寅さん以外の役をやらなくなりました。で、渥美清=寅さん=柴又というイメージが確立しました。

質問なさった方が浅草時代の渥美さんをご存じだったなら嬉しいですが、たぶん、違ったでしょうねえ。

もっと現実的なご質問も。

Q:喫煙所はどこですか?

A:台東区が路上喫煙を禁止しているのは、実は、朝7時から朝9時までの2時間だけです(令和3年4月1日にできた条例による)

しかし、その2時間以外も「ポイ捨て」と「歩き煙草」は禁止されています。

ですので、自分用のマイ灰皿を持っていない人は、指定公衆喫煙所へ行って吸わねばならず、それが、このQの回答になります。

指定喫煙所は区内に19か所。

浅草近辺だと、浅草寺境内に5カ所と、隅田公園と、吾妻橋の袂ですね。

浅草観光センターの前にあった喫煙所はオリンピックの前に撤去されました。雷門から一番近いのは吾妻橋です。

それがAですが、そんなことより、喫煙者はコロナで重症化するそうですから、お止めになってはいかがでしょうか。

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肉と日本酒

とある市が地元の牛肉を売り出そうとなさっているようです。

牛肉の産地としては全く無名すなわち最後発ですので、広報の仕方は余程ひねらないといけません。

で、地元の方々が考えたのは、地元産日本酒とのマリアージュ

・牛肉と日本酒は意外と相性が良い。

・地元産の牛は、地元の米の稲わらを食べているので、地元の酒なら絶対に合うはずだ。

というご主張のようです。

はい、まあ、間違いではないと思います。

ただ、肉の料理法・味つけと、酒の製法を考えた上で合わせないと、完璧に必ず合うとは言えないと思います。

一つの例がすき焼きです。

すき焼きは、大変味が濃くて、匂いを強く出す食べ物です。

特にすき焼きは甘味が濃いので、酒がソフトな甘口の場合、酒の甘味を上回ってしまいます。その場合、酒は妙にサラサラ=水のように感じられてしまい、面白くありません。

また、すき焼きは匂いが出るので、吟醸酒の微妙な吟醸香を吹き飛ばしてしまうことがあります。

要するに、地元の米に由来する肉と酒であっても、それぞれすき焼き+吟醸造り、とした場合は、あまりハッピーでない結果になるかもね、と私は指摘しておきたいと思います。

あ、それ以前に、和牛と日本酒なのに、なにゆえ、「マリアージュ」なんだろうか?

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「する派」VS「しない派」

11月も終わりに近づきまして、

忘年会「する派」VS「しない派」

の論争が激しくなってきたようです。メデイアが対立させているだけかもですが。

数字としては「しない派」の企業が7割だそうです。今年に関しては、そんな感じでしょう。

問題は、コロナが終わっても「しない派」のままかどうかですね。

忘年会は、すっかりアルハラの現場としか思われなくなっているようで、企業は一体感を醸し出す手法としての酒を、放棄する日が来るのかもしれません。

問題は、それに代わる方法を知らない人が多いということだと思います。

例えば、皆で歌をうたうという方法がありますが、

・歌が下手な人もいる。

・周囲への迷惑度では酒より上。

・飛沫が飛ぶ。

ということで、こちらも容易ではないと思われます。

忘年会は、いったい、どうなるのやら。

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うがい

「うがい」がかつてほど推奨されていないのを、ご存じでしたか。

私は、先日、保健所の先生の研修でハッキリと認識しました。

厚生労働省の公式啓発チラシやホームページでも、たしかに、まったく載っていません。

理由は、その研修で聞きました。

そもそも、ウイルスが口の中に入った場合、細胞の中へ入り込むまでに、数分から20分しかかからないと言うのです。

その間にタイミング良くうがいをするためには、数分おきにうがいし続けないといけないことになり、まったく現実的でありません。

また、もし口の中にウイルスがいた場合、うがいで勢い良くそれを吐き出すと、洗面台を汚染させてしまいます。それで推奨されなくなったのです。

間接的には効果はあります。

口の中を清潔にすることで、歯周病などを防げば、体全体の免疫力が上がりますので。

感染対策も変わって行くので追いつくのが大変ですね。

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天保の改革

昨日の弊ブログに書きました芳町花街もそうでしたが、今日まで続いている江戸文化には「天保の改革」に関係するものが少なくありません。

歌舞伎、寄席、遊郭を弾圧した改革として知られています。

が、「天保の改革」の目的って、娯楽の弾圧だったんですか、ね?

もちろん、違います。

「天保の改革」の目的は経済改革でした。

そもそもの原因は飢饉。

1833年(天保4年)から1839年にかけて、東北地方の中心に「天保の大飢饉」が発生し、数十万人とも言われる、多くの餓死者が出ました。百姓一揆や打ちこわしも頻発しました。

税収も減り、幕府や諸藩の財政も悪化しました。そこを何とかするのが目的でしたが、結果から申しますと、失敗。

薩摩など西方の大名の被害は相対的に小さかったので、力の逆転が起きて、幕府の威信が低下するのは避けられませんでした。ザンネン。

そんな改革の中で、一番残念だったのは、旗本の無利子年賦返済令でした。

旗本などの幕臣の借金をすべて無利子にして、元金の返済も伸ばすというもの。

生活に苦しむ旗本を救う目的で出されたものですが、旗本に貸していた札差が貸し渋りをするようになり、かえって旗本たちの生活が悪化してしまいました。

現代のコロナ禍でも、多くの中小企業が借金をしており、その返済はまだ始まったばかりですが、上手く対応しないと、天保のような貸し渋りが起きかねません。

お上の皆様には、宜しきまつりごとをお願いしたいものです。

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芳町

久しぶりに芳町でお酒をいただく機会がありました。

芳町は、住居表示としては「日本橋人形町」に吸収されてしまいましたので、花街の名前だけに残っていますが、江戸でも大変古い花街の一つです。

この辺りに在った遊郭が1657年の「明暦の大火」により、今の吉原の場所へ移転し、元々吉原のあった辺りは「元吉原」と呼ばれるようになりました。

遊郭の跡には歌舞伎の芝居小屋が立ち並ぶようになったので、この辺りには芸能関係者が多く住むようになりました。

その芝居小屋も「天保の改革」で浅草北部へ移転させられますが、その「天保の改革」で深川花街が弾圧されたので、深川芸者が芳町に移ってきて、芳町は芸事の盛んな土地として、今日まで続いているというわけです。

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