ソラマチ

 ソラマチを、開業前に見学させていただきました。

 念のために説明しますと、ソラマチとはスカイツリーの足元に出来た商業ビルのことです。見学できましたのは知人がそこに出店をしたからでして、その披露会によんでいただいたのです。

 出店が出来たこと自体は勿論目出度いことで、日頃尊敬している社長さんですので、私も嬉しかったのですが、ソラマチ全体の構成には、あまり感心しませんでした。

 まあ、はっきり申して既存有名店指向です。

 開発を手掛けたのが鉄道会社さんだからですかねえ。系列の東武百貨店さんからも人を入れたそうですが、ラインナップを「一捻り」とまではいかなかったようですね。

 ここで私の申す「一捻り」とは、東京東部の御店に光を当てて欲しかった、ということです。

 申し訳程度に、地元の墨田区銘品名店会の御店が並んでいましたが、もっと「地元」の範囲を拡大解釈して欲しかったです。

 戦後、東京の開発はもっぱら西南の方向に進められましたので、東方はどうも置き捨てられた感があります。

 深川なんて所は、江戸時代には大きな花柳界があったりして、繁華な土地だったそうです。歌舞伎や新派にも良く深川が出てきますが、現代劇で深川が舞台の話しっていうのは、まずお目にかかりませんよね。

 柴又は、まあ虎さんイヤ寅さんが有名ですが、地元の人に言わせれば、「柴又=寅さん」という決めつけは心外だそうで、色々なものがあります。

 これらの地域には、ずっと江戸時代から地元に根付いている御店が、今でも在ります。そうした、東京東方の文物に、もっと光を当てて欲しかったです。西南からやって来た人が、スカイツリーの足元で東方のものに出会えれば、きっと素晴らしかったのに、と残念に思います。

 くず餅が有名な、亀戸の「船橋屋」さんが出ているのは嬉しかったですが、それ位ですかねえ。

 実際、ソラマチの、馬鹿高い家賃を払える店は限られるでしょうから、何か特段の御配慮がなければ、東京中央の有名店か、資金調達だけ上手な外食産業=つまり既にあちこちに出店がある店が並ぶに決まっています。

 でも、そういう店って、スカイツリーの開業景気が終わって、客足が引き、採算が悪化したら撤退するんじゃないでしょうか。その辺の様子は「丸ビル」で予想がつきます。

 それより「この場所で一世一代の、あるいは三世三代の勝負をしよう!」という御店に、出店を誘った方が良かったのでは、と思ったりします。

 だいだい、ですよ、東武さんは所詮「俄かデベロッパー」なんだから、老舗デベロッパーのマネなんかしないで、「地元を知っている」という鉄道マン本来の有利さに寄って立てば良かったのではないでしょうか。

 スカイツリーのおかげ、浅草と押上の間の土地には光が当たりましたが、それって、たかだか3キロメートル位なんですよね。

 3キロだけとは料簡狭くないですかね、東武さん。

追伸

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 この「計画」では、まず「ちんや」で東北・北関東の牛を食べていただきます。そして食後の飛びっきりの笑顔を撮影させていただきます。

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 本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて817日連続更新を達成しました。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。

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Filed under: ぼやき部屋 — F.Sumiyoshi 12:01 AM
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