継続は力

 継続は力なり、と申します。

 でも私は、全面的には賛成できません。継続が力にならないことも多いからです。

 どういう場合に力にならないか、と申しますと、カネのかかる催事などがそうだと思います。

 例えば、ですが、飲食店が催事に出ると損をすることがあります。設備のレンタル費や運搬費などがかかるからです。アルバイトを雇えば、それも勿論費用です。

 売上が全部自分のものになれば救われますが、たいていは主催者が運営費用の分担を各出店に求めます。催事の運営自体にもカネがかかるので、それを誰かに分担させないといけません。

 そのイベントが一回コッキリの、記念イベント的なものなら、飲食店側も「損をしてでも協力しよう」と思うことがあります。でも毎年継続するとなると話しは別です。毎年損するのは困ります。損をしないためには、食べ物の原価を削らないといけませんから。

 そんな中で、その催事の継続にこだわれば、「原価を削って⇒美味しくないものを出すのはイヤだ」と考える飲食店は、回を重ねるごとに出店を辞退するようになり⇒その催事から美味しい店が姿を消して行きます。

 代わって出店してくれるのは、原価を削ることを厭わない店ばかりとなります。この場合、継続は力なり、と言えるでしょうか。

 パフォーマンス系の催事も同じことです。

 パフォーマンスで人を魅了することの出来る人(=スターさん)は、世の中に多くはなく、出演をお願いすれば、当然高額のギャラを支払う必要がありますが、主催者がそのカネをケチれば、素人さんしか出演してくれません。

 そのイベントが一回コッキリの記念イベント的なものなら、「安ギャラでも、ここは協力しよう」と思うスターさんがいたりすることもあります。でも毎年継続するとなると話しは別です。他の出番を断ってまで、毎年協力するのはイヤですからね。

 そんな中で、その催事の継続にこだわれば、出演してくれるのは、素人さんばかりとなり、当然、見ていてツマらないものになります。

 ここで確認しておきたいのは、同じ名前の催事なのに、カネが無いまま継続するうち、内容が変質してしまう、という点です。

 美味い催事⇒不味い催事 という変質は、まだ許されるかもしれないですが、パフォーマンス系の催事の場合、

 スターが出ている催事⇒素人が出ている催事 という具合に変質するわけですので、観に来た御客様が許してくれるか、ビミョーです。

 だから私は、催事の継続は力にならないことがあると思っています。

 催事を継続するためには、主催者がよほどのスポンサーを見つけてくる必要があります。そこが主催者のツラいところですね。頑張っていただきたいです。

 一方、ブログの継続は力になると思いますよ。タダですからね、これは。

 本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて612日連続更新を達成しました。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。

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Filed under: ぼやき部屋 — F.Sumiyoshi 12:01 AM
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