如何なる星の下に
編集者をしている知人が、「文芸文庫の担当になりまして、今度これを出しました。」と言って、新刊本を一冊下さいました。
その本を見て私は、ヘえーと思いました。その本は・・・
高見順の「如何なる星の下に」(1939年)
その方は私と同世代なのですが、そういう方がこういう話しに興味を持っておられて、しかも商業的に出版しようというのですから、二度、ヘえーと思った次第です。
今や「如何なる星の下に」をご存じない方は多いと思いますので、念のため説明しますが、この話しは昭和十年代の浅草を舞台にした、高見の私小説風の小説です。
舞台は、日本が太平洋戦争へと突き進む頃。一方浅草のエンターテイメント業界つまり少女レビューやお笑い芸が、最後の輝きを放った時代でもあります。
主人公の作家「倉橋」は山の手から、そういう浅草に移り住んで執筆を始め、ぐうたらな空気と生存本能が交錯する、この町をこよなく愛するようになります。
「倉橋」は、別れた妻で女優の「鮎子」への未練や、レビューの少女に対する恋心を、一人称で吐露しつつ、浅草に集う人々の姿を描写していきます。
この本を発表した当時高見は「天才」とまで評されました。この時代の浅草のことをこれまで全くご存じなかった方でも、この一冊と、それから川端康成の「浅草紅団」を読めば、すぐに感じがつかめると思います。
さて、私がこの作品を読むのは、久しぶりです。と申しますか、ちゃんと読んだのは初めて、と言えます。
以前読んだ時は、どうも浅草のぐうたらな部分ばかりが描かれていると思い、また「ちんや」が出てくる場面もあるのですが、カッコ良くは書かれていなかったので、途中から読み飛ばしてしまいました。
ある夜、広小路(=「ちんや」のある通りのこと)で火事があって、「倉橋」が見物に行くと、「ちんや」の住み込み女中が大勢、2階の窓から首を出して見ていて、皆化粧を落としているので、ひどくブ格好に見えた、というのが、「ちんや」が出てくる場面です。
「ちんや」ではないのですが、他のすき焼き店が「動物園払い下げの熊」を使って、熊鍋を出しているという場面もあります。
・・・ですよね。
戦争という背景や、高見自身の帝大卒→左翼運動→逮捕→転向という経緯を知らないと、「倉橋」が浅草を愛した理由が腑に落ちないかもしれませんし、浅草の描き方は、デフォルメが効いているのかもしれませんが、読めば当時の様子はつかめると思います。
なお、高見が愛した浅草エンターテイメント業界は、その後の戦争で全焼し、完全に再建されることはありませんでした。
本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて613日連続更新を達成しました。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。
追伸
11/27に第五回「ちんや」すき焼き通検定試験を実施します。
年内最後の検定です。今年の内に、「自称すき焼き通を、公認すき焼き通に!」
詳しくは、こちらです。
「ちんや」創業130年記念サイトは、こちらです。「すき焼き思い出ストーリー」の投稿を募集しています。
Twitterもやってます。こちらでつぶやいています。
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