パンの話し

パンのペリカンの四代目が本を出されました。題は、そのまんまですが、
『パンのペリカンのはなし』
去年の秋に出ていたようですが、気づくのが遅れ、今頃読みました。
さて「ペリカン」さんは、浅草寿町の、75年続くパン屋さんですが、商品は、
食パンとロールパンだけ。
それでも連日行列ができ、昼には売り切れます。
食パンとロールパンだけになったのは、二代目がとにかく優しい性格に人で、他のパン屋さんと競争したくないと考えたからだそうです。当時は戦後の復興期、生活様式の洋風化の中で、パン業界は菓子パンや総菜パンの開発にしのぎを削っていました。
そんな中で、競争したくなくて、食パンとロールパンだけになりましたが、結果として「無駄をそぎ落す」ことが達成できて、世間からもよく認知されているのだから結構な話しです。
「効率さと丁寧さだと、丁寧さのほうが大切だと思っています」とは至言。
内容は以下の通りです。
◎ 食パンとロールパンしか作らない理由
◎ 「ペリカン」の由来
◎ 人気喫茶店のレシピを紹介
◎ バブル期は「時代遅れのパン」
◎ 伝説のキャバレーはペリカンのパン粉を使っていた
◎ 特別な材料を使っているわけではない
◎ おいしさの秘密
◎ 45年以上ペリカンのパンを作っている職人さんの言葉
◎ 食パン400本、ロールパン4000個を毎日売る
◎ 堅実で地味なパンは不況に強い
◎ 常識をくつがえす差別化

出版社: 二見書房 (2017/10/2)
ISBN-10: 457617147X
ISBN-13: 978-4576171470

追伸、夏季の「ちんや」の、臨時営業のご案内です。下記の日は火曜ですが、営業いたします。どうぞご利用下さいませ。
8月14日(火曜、お盆)

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて3.058日連続更新を達成しました。
すき焼き「ちんや」六代目の住吉史彦でした。

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洋食のルーツになった世界の古典料理を食べる会

・シクバージ(またはアル・シクバージ。エスカベッシュのもとになった古代ペルシャの元祖・南蛮漬け)
・フィリョース(がんもどきの原型といわれるポルトガルのお菓子)
といった、聞き慣れない料理を食べました。
「洋食のルーツになった世界の古典料理を食べる会」でのことです。
この会は、e-food.jp代表の青木ゆり子さんが、新著『日本の洋食 ~洋食から紐解く日本の歴史と文化』(ミネルヴァ書房)を出版されたのを記念して、洋食の源流を食べようというものです。
青木さんの新著は、単に日本の洋食の蘊蓄を並べるだけではなく、その洋食の元になった西洋料理をたどり、さらに、その西洋料理に影響を与えた各国の料理にまで遡って行こうというもので、大変画期的と思います。
「洋食」と言いながら、実はヨーロッパ諸国の料理は、もともと古代ペルシャやインド等に起源があったり、東洋の影響を受けたものが少なくないのでした。
さすが、「世界の料理」を伝えてきたe-food.jp代表らしい視点ですね。
ご馳走様でした。

追伸1、青木ゆり子さんと私が7/22の15時半よりトークショーをいたします。ご興味ある方は、コメント欄にご芳名とメルアドをお書き込み下さい。ご案内致します。

追伸2、夏季の「ちんや」の、臨時営業のご案内です。下記の日は火曜ですが、営業いたします。どうぞご利用下さいませ。
8月14日(火曜、お盆)

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて3.057日連続更新を達成しました。
すき焼き「ちんや」六代目の住吉史彦でした。

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蕎麦クイズの正解です

<昨日の蕎麦クイズの正解です>
Q江戸っ子は蕎麦を粋に食べることを大変重んじ、蕎麦を食べることを「食べる」と言いたがりませんでした。では、粋な江戸っ子は、蕎麦を食べることを何と言ったでしょう?
A蕎麦をたぐる 
Q江戸時代に江戸で蕎麦が大流行したのは、健康食品として食べられていたからですが、さて、蕎麦にはどの病気を予防する効果があるでしょうか?
A脚気 
(解説)江戸の人々は、白米ばかりを食べたことによりビタミンB1欠乏症すなわち「脚気」になりました。脚気は「江戸患い(えどわずらい)」とも呼ばれるほどでした。
Q江戸っ子が死ぬ間際に「一度でいいから蕎麦をつゆにたっぷりつけて食ってみたかった」と言い残して事切れる、という有名なオチを落語に付けたのは、十代目金原亭馬生(きんげんてい・ばしょう)でしたが、さて、その噺の題名は何でしょう?
Aそば清(せい)
Qそば屋の屋号には「〇〇庵」と「庵」が付いていることが多いですが、これは、あるお寺のお坊さんが、そば打ちの名人で、江戸時代のそば名人番付で有名だったからです。さて、そのお坊さんのいたお寺は、どこにあったでしょうか?
A浅草
(解説)西浅草の、現存しない「称往院」境内にあった「道光庵」という塔頭の僧が有名で、「そば切り寺」の異名がついたほどでした。
Q地方の蕎麦の問題です。一口大の蕎麦を給仕係が客のお椀に投げ入れ、客がそれを食べ終わるたびに、次々とそばを入れ続けるというスタイルの蕎麦は「わんこそば」と言いますが、そのわんこそばの起源は、とある人が蕎麦を何杯もおかわりしたからだそうです。さて、そのおかわりした人とは誰でしょう?
A盛岡南部家の当主・南部利直
Qそば店の名前の問題です。次の3つの蕎麦店の内、神田にないのはどれでしょう?
A更級堀井
Q蕎麦を決まった日に食べる風習としては「年越し蕎麦」が有名ですが、さて、日本人のずばり何パーセントが大晦日に蕎麦を食べるでしょう?
A57.6パーセント
<皆さんは、何問できましたか?!>

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蕎麦クイズ

「浅草うまいもの会」の総会が、蕎麦の「尾張屋」さんでありました。
毎度余興担当の私は、「蕎麦クイズ」を創りました。
さて、皆さんは、何問できますか?全部三択です。
<蕎麦クイズ>
・江戸っ子は蕎麦を粋に食べることを大変重んじ、蕎麦を食べることを「食べる」と言いたがりませんでした。では、粋な江戸っ子は、蕎麦を食べることを何と言ったでしょう?
1蕎麦をひねる 2蕎麦をたぐる 3蕎麦を流す
・江戸時代に江戸で蕎麦が大流行したのは、健康食品として食べられていたからですが、さて、蕎麦にはどの病気を予防する効果があるでしょうか?
1梅毒 2脚気 3盲腸
・江戸っ子が死ぬ間際に「一度でいいから蕎麦をつゆにたっぷりつけて食ってみたかった」と言い残して事切れる、という有名なオチを落語に付けたのは、十代目金原亭馬生(きんげんてい・ばしょう)でしたが、さて、その噺の題名は何でしょう?
1そば清(せい) 2そば甚(じん) 3そば勘(かん)
Qそば屋の屋号には「〇〇庵」と「庵」が付いていることが多いですが、これは、あるお寺のお坊さんが、そば打ちの名人で、江戸時代のそば名人番付で有名だったからです。さて、そのお坊さんのいたお寺は、どこにあったでしょうか?
1芝 2本郷 3浅草
・地方の蕎麦の問題です。一口大の蕎麦を給仕係が客のお椀に投げ入れ、客がそれを食べ終わるたびに、次々とそばを入れ続けるというスタイルの蕎麦は「わんこそば」と言いますが、そのわんこそばの起源は、とある人が蕎麦を何杯もおかわりしたからだそうです。さて、そのおかわりした人とは誰でしょう?
1遠野の座敷わらし 2盛岡南部家の当主・南部利直 3岩手山の鬼
・そば店の名前の問題です。次の3つの蕎麦店の内、神田にないのはどれでしょう?
1やぶそば 2まつや 3更級堀井
・蕎麦を決まった日に食べる風習としては「年越し蕎麦」が有名ですが、さて、日本人のずばり何パーセントが大晦日に蕎麦を食べるでしょう?
132.5パーセント 257.6パーセント 375.8パーセント
<正解は明日の弊ブログで!>

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すき焼き「ちんや」六代目の住吉史彦でした。

浪速の味

先日の第29回すきや連の記事が産経新聞大阪版に載りました。東京の方は読めませんので以下に転載しますね。
「すき焼きには難波葱」
全国各地のすき焼き料理店や農畜産関係者でつくる「すきや連」の例会が大正8年創業の「はり重」(大阪市中央区道頓堀)で開かれ、昨年「なにわの伝統野菜」に認証された、「難波葱」を使ったすき焼きが会員ら約60人に振舞われた。
すきや連は平成20年に東京在住のフードジャーナリスト、向笠千恵子さんが『すき焼き通』(平凡社新書)を刊行したのを機に、「すき焼き文化をもっと広めよう」と設立。東京や熊本など各地で年3回、例会を開催している。
今回の会場は、かつて難波葱の産地だった大阪・ミナミ。「なにわ伝統野菜復活の会」の難波りんご事務局長(63)が
「明治初期の難波駅周辺には広大な難波葱の畑が広がり、鴨なんばの由来になったとされている。強いぬめりと香り、濃厚な甘みが特徴」などと紹介した後、参加者は「浪速の味」を堪能した。(終わり)
この記事に掲載された写真には私も写っていましたが、このブログは「字だけブログ」なので悪しからず。

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あんこう鍋とワイン

「いせ源」さんのあんこう鍋とワインを合わせて来ました。
神田連雀町の「いせ源」さんは、天保元年(1830年)のご創業。あまりにも有名な、あんこう専門店です。
当代のT川さんは同窓で、最近「料飲三田会」に入会して下さったので、メンバー有志で行くことにしたのですが、同行の諸氏はワインの専門家。
うーん、日本の、醤油ベースの鍋物って、ワインと合わせ易くはないですよね。
あんこうは勿論魚で、しかも身の味わいが淡泊ですから、ワインは白かと思いきや、味つけは割り下です。その割り下というものは、醤油という醗酵食品がベースですが、そもそも日本の醗酵食品は、味噌も納豆も、ワイン特に白ワインとは合わせづらいと思います。
醤油には、熟成の進んだ赤ワインで、担任が弱めのもの、いや、タンニンが弱めのものが良いと勧める人が多いようです。
すき焼きも、肉だからといって強い赤ワインを当てるとダメでして、「割り下による煮物」という性格が結構感じられますので、穏やかな赤が良いのです。肉自体も養殖ですしね。
今回は5本ほど試しましたが、北海道余市ピノ・ノワールが良いように思いました。
意外と合ったのはシャンパンでした。シャンパンは醗酵過程がワインと少し違い、旨味成分、糖質、乳酸が多いので、同じく糖質と乳酸が多い割り下に合うと言えます。
あー、結構飲んだなあ。うーい、ひっく。

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素敵なパパの歌

6月17日は「父の日」です。
「父の日」にはすき焼きを!
と言いたいところですが、テレビでは
「父の日」にはステーキソースを!
と言っています。
言っているのは日本食研さん。
女の子に「素敵なパパの歌」という歌を歌わせ、その歌をYouTubeにもアップして連動させる方式の広告のようです。
このソースが結構なのか、私は食べていないので存じませんが、ソースのベネフィットとして「娘さんとの楽しい食事」を設定するという方向性は結構なものだと思いました。
でも、「父の日」にはすき焼きですよね、やっぱり。
娘さんとすき焼きを!

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すき焼き「ちんや」六代目の住吉史彦でした。

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「Riceyな酒」と「適サシ肉」の会!

「Riceyな酒」と「適サシ肉」の会!
~あまりに似ている酒と肉、一気に腹に収める日
を開催します。

磯蔵酒造創業150年記念
+日本酒文化専門店・浅草「窖」開店1周年記念
+住吉史彦ブログ連続更新3.000日記念
です。

このたび磯蔵酒造・磯貴太さんにお願いして、磯さんの「Riceyな酒」と、弊店の「適サシ肉」を合わせる会を開催させていただくことになりました。どうぞ、ふるってご参加下さいまし。

この企画を思いついたのは、磯さんが150周年を機会に作られた冊子『これだけは一斗句(言っとく)』を拝読した時です。「Riceyな酒」の考えと「適サシ肉」の考え方が酷似していたのです。そして、商いについての考え方も。

およそ、旨い食べ物を造るには、バランスあるいは塩梅が大事ですが、
当節「売り」(=セールスポイントのこと)を際立たせるために、過剰な「こだわり」を言いつのる造り手さんが増えました。
肉の場合、「こだわり」は「A5」(=過剰なサシ)でした。

私は昨年1月に、霜降りと赤身のバランスが良い肉を使うと宣言(=「適サシ肉宣言」)して、その流行りから脱出させていただきましたが、その件は、おそらく各種の報道やネットの拡散でご高承と存じます。

そして酒の場合は超高精米(=「磨き」)が、それですね。
過剰に磨けば、たしかに希少性は増しますが、米の表面にある、苦味・渋味・酸味が全く無くなってしまい、甘辛いだけの飲み物になってしまいます。

それを持て囃しているのが、当節の東京市場ですが、
皆さん、自分の舌で味わって、心底、その酒が旨いですか、ね?
その点、磯さんの「Riceyな酒」は旨いです。「Ricey」の字義通り、米の多様な魅力が割拠していて、それがバランスしています。

その酒を、今回は初夏ですが、「ぬる燗」も致します。
超高精米酒は甘辛いだけの飲み物なので、どうしても冷やすのが良いわけですが、「Riceyな酒」は旨いので、「ぬる燗」が良いです。
初夏に、すき焼きと「ぬる燗」!
自分で言うのもなんですが、粋な催しですねえ。

冊子『これだけは一斗句(言っとく)』(磯貴太著)
もちろん当日配布いたします。

シニアな酒徒のご参加を期待しています。

<「Riceyな酒」と「適サシ肉」の会>
日時:平成30年6月24日(日曜)15時30分受付開始、16時開会、19時30分閉会予定
第一部:磯貴太VS住吉史彦トークショー(1時間程度)
第二部:すき焼き大宴会
*他の参加者の方と、四人一組で鍋を囲んでいただきます。席割りは主催者に一任願います。

会場:浅草「ちんや」
東京都台東区浅草1-3-4 浅草雷門通り
電話:03-3841-0010
http://www.chinya.co.jp/
会費:10.000円(すき焼きと日本酒3合程度)
*当日現金で申し受けます。
会場:和室、着席性
定員:40名様、先着順
主催:株式会社ちんや、磯蔵酒造有限会社

申し込み方法:以下のメルアドへ、ご芳名・住所・電話番号・参加人数をお知らせくださいませ。
chinya@alto.ocn.ne.jp
準備の都合上、21日木曜日までにご連絡下さい。

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てまえ味噌

テレビの散歩番組って、意外と侮れないと思うことがあります。参考になることが、たまにあります。
今回は、味噌を売っているのではなく、「味噌作り」を売っている味噌屋さんをテレビで発見しました。
それは菊名(横浜市)の「小泉麹屋」さん。
キャッチコピーは、
「味噌作りを伝授!あなたの家庭の好みにあう手作り味噌を無添加の麹(糀)とセットで販売。味噌、作り方はおまかせください。」
おうちで「てまえ味噌」を作れる「味噌作り簡単セット」を売っていたり、
手作り味噌講習会もやっています。
こちらは創業明治元年の老舗店ですが、昨今の日本人の味噌離れの中で、やはり苦戦を強いられてきたようです。で、味噌をただ並べて売るだけではダメだと気付かれたようです。
普通の人が家で味噌作りに取り組めるようにして、
「手作り味噌でつくる料理に家族の笑顔があふれますよ。」
と誘っています。
ベネフィットは「家族の笑顔」なのですね。
だから、味噌を売っているのではなく、
「味噌作り」を売っているのでもなく、
「家族の笑顔」を売っている味噌屋さんだったのです。
参考になりました。

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて3.026日連続更新を達成しました。
すき焼き「ちんや」六代目の住吉史彦でした。

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料亭のような鮨店

大森海岸の「松乃鮨」さんを訪ねました。ここは料亭のような鮨店です。
「松乃鮨」さんは、明治43年(1910年)に東京の芝で屋台の鮨屋としてスタート、昭和11年(1936年)に大森海岸に移ってきました。
当時の大森は花街として繁栄していて、大きな料亭が立ち並び、芸者衆も400名以上在籍していたと言います。「松乃鮨」さんも繁盛して、数奇屋造り二階建ての店を建てたそうな。
その後火事に遭ってしまいますが、往時の雰囲気を残して再建を果たして、今日に至っています。で、「料亭のような鮨店」なのです。
今も大森には何人かの芸者衆が活動していて、もちろん「松乃鮨」さんに呼べるのですが、私が訪ねした日は、踊りの会ではなく落語の会でした。
「鶴齢」の青木酒造さんが、今勢いのある春風亭一之輔師匠をお招きし、鮨をツマミに飲みながら気楽に落語を楽しもうという会でした。
美味しく、楽しい会でした。お誘いありがとうございました。

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて3.025日連続更新を達成しました。
すき焼き「ちんや」六代目の住吉史彦でした。

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