弔問客

「すきや連」の用事で「今半本店」さんを訪ねましたら、
昭和8年(1933年)に初代店主・相澤半太郎氏(1877-1933)が亡くなった時の記録が、最近発見されたとおっしゃいます。
そして弔問客名簿の中に、私の曽祖父・住吉忠次郎の名があったとか。
また「すきや連」でご一緒する新橋「今朝」さんのご先祖の名もあったとか。
このご葬儀と同じ年に私の祖父・清が結婚し、翌々年の昭和10年(1935年)に私の父・滋夫が生まれます。
時代を超えて、その子孫が面会・打ち合わせをしていることの奇遇を想いました。
南観世音菩薩。

追伸、
今夏8月4日より「ちんや」ビル地下1階の「ちんや亭」が、
「肉の食べくらべレストラン」として再スタートしました。
今回すべての肉メニューに「ちょい食べサイズ」(ハーフサイズのこと)をご用意することに致しました。
くわしくは、こちらです。

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて3.100日連続更新を達成しました。
すき焼き「ちんや」六代目の住吉史彦でした。

ぶつ切り肉

どういう料理を「牛鍋」と呼ぶかについて、統一見解はありません。
統一見解がないので、インタビューなどで質問された時に往生するのですが、無いものは無いので仕方ありません。
そのように色々なタイプがある牛鍋屋さんの中で、横浜末吉町の「太田なわのれん」さんは、ひときわユニークな食べ方をさせるお店さんで、しかも「牛鍋元祖」と名乗っておられるので存在感がありますが、上記のように、その他の牛鍋屋さんも同じやり方をしているかというとそうではありませんで、最初に戻りますが統一見解はありません。
同じ横浜の「荒井屋」さんや、浅草ひさご通りの「米久」さんも「すき焼き」と言わずに「牛鍋」と言っておられますが、やり方は「なわのれん」さんとはかなり違います。すき焼き界は未だ天下統一されていないのです。
さて、その「なわのれん」さんを久しぶりにお訪ねしました。
「すきや連」の会場をお引き受けいただいたのが2010年。その後も二度ほどお訪ねしましたが、ここ3年ほどはご無沙汰しておりました。
「なわのれん」さんの牛鍋のやり方について、弊ブログの読者さんの多くはご存知かもしれませんが、念のため書いておきますと・・・
肉は全て「ぶつ切り」。サイコロステーキのようです。
「なわのれん」の初代音吉は、太田の地で鍋屋を始める前は、肉の串焼きを売っていました。「ぶつ切り」は、その名残りでしょう。
鍋は味噌仕立て。
これは肉の臭みを消すための工夫で、当時多くの牛鍋屋が採用していました。その後畜産業が発展し、臭みが減るにつれて味噌は次第に使わなくなりましたが、「なわのれん」さんは今でも味噌を入れていて、しかも貴重な江戸甘味噌を使っています。
「ちんや」が非常に甘辛い割り下を使っていて、それで肉に旨味が必要なのと事情は似ていると思うのですが、「なわのれん」さんの味噌入り割り下は甘辛いです。その割り下と拮抗させるため、「なわのれん」さんの肉には旨味がしっかりあります。私の好みですね。
かねてサイコロ肉を薄く切って、この味噌で煮てみたいと思っているのですが、こちらのお店の仲居さんが、そういうプレイを許してくれません。
今回も目を盗むことは叶いませんでした。残念。

追伸
今夏8月4日より「ちんや」ビル地下1階の「ちんや亭」が、
「肉の食べくらべレストラン」として再スタートしました。
今回すべての肉メニューに「ちょい食べサイズ」(ハーフサイズのこと)をご用意することに致しました。
くわしくは、こちらです。

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すき焼き「ちんや」六代目の住吉史彦でした。

測定

「味博士」に「ちんや」の「変わり卵」の旨味を測定してもらいました。
・すき焼きの肉を、普通の溶き卵に入れたもの
・すき焼きの肉を、カレー入りの溶き卵に入れたもの
・すき焼きの肉を、ヨーグルト入りの溶き卵に入れたもの
・すき焼きの肉を、カレーとヨーグルト両方入りの溶き卵に入れたもの
以上の旨味を博士の開発した味覚センサー「レオ」で計測し→比較してもらいます。
「味博士」こと鈴木隆一博士は慶応義塾大学研究員。「レオ」で「Aissy」という会社を企業して、「慶應発のベンチャー社長」として、最近テレビなどでも見かけます。
私は、肉の熟成中の旨味の研究の件で博士と知り合い、すき焼きと日本酒の相性テストをしていただいたこともありました。
その「味博士」に、今回は「変わり卵」を測定してもらいました。
各種の「変わり卵」に、私はすき焼きの味が単調なのを改革しようと数年前から取り組んでいます。
カレーは映画の小津安二郎がやっていたものを改良しました。正確に言うと、カレー粉をオイルに溶いてから卵に入れています。
ヨーグルト入りは、日本料理の「バサラ」さんが「トマトすき焼き」を発案したのに刺激を受けて、私が発案しました。甘辛旨に酸味とアミノ酸を足すという点では同じですが、トマトと違って「牛つながり」ですからね(笑い)
小津監督も「バサラ」さんも鍋全体の味を変えてしまいますが、私は卵の味だけ変えています。
卵の件は、弊ブログに何度も登場していますので、読者の皆さんは、「またか!」とお思いでしょうが、これまで「旨いです」と言い募っても、全ては自称でしたから、やはり客観性を醸すことが必要だと考えたわけです。
で、計測結果は、8/28に私が会長をしている「料飲三田会」の例会で発表していただくことになっています。今回の例会の講師が「味博士」なのです。
そういう次第で結果発表は、8/29以降になります。お楽しみに。

追伸、夏季の「ちんや」の、臨時営業のご案内です。下記の日は火曜ですが、営業いたします。どうぞご利用下さいませ。
8月14日(火曜、お盆)

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すき焼き「ちんや」六代目の住吉史彦でした。

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日日新聞

5月に開催しました、第29回「すきや連」の件が大阪日日新聞に載りましたので、以下に転載します。>
全国のすき焼きの名店や牛肉、野菜の生産者らが集まる「すきや連」(事務局・東京)の活動が今秋で結成から10周年を迎える。趣旨は食文化発信のための意見交換。このほど、例会が大阪ミナミで初めて開かれ、出席者らが「なにわのすき焼き」に舌鼓を打った。府内の生産者らが伝統食材を売り込み、大阪が優れた食の宝庫だということを伝えたいとアピールした。
会を主宰するのは、食文化研究家の向笠千恵子さん。向笠さんが各地の味や由来、作法を紹介した著書「すき焼き通」(平凡社新書)を出版したのを機に有志が集まったのが発足のきっかけだ。
例会では、年に3度のペースで仙台や米沢、松阪など和牛や野菜の産地を巡っており、5月下旬は大阪市中央区の老舗「はり重」道頓堀本店に関係者約60人が顔をそろえて、鍋をつついた。そこで、すき焼きに欠かせないネギを提供したのが大阪の生産者たちだ。
用意したのは、大阪・難波が原産地で、昨年4月に「なにわの伝統野菜」に認証された「難波葱」。広く流通する青ネギと形状は変わらないが、葉の組織は柔らかく、中から染み出す濃厚な甘みも特徴だ。
会合には、栽培の第一人者でもある上田隆祥さん(80)(住吉区)ら生産者が顔をそろえ、10年近く前から普及に取り組む市民団体「難波葱の会」の担当者は、かつては難波一帯がネギ畑だったことや九条ネギの原種であることなどを解説。泉州ナスはサンショウを提供した生産者もいた。
参加者の一人、肉料理店経営の女性(熊本市)は「土地によって具材や味付けも違い、刺激を受ける。青ネギを使うのは関西ならでは」と驚いていた。
各都市を巡る例会は今秋で30回目を迎える。向笠さんは「難波葱は白ネギとは違う独特の甘み、柔らかさがある。すき焼きのうまさはネギあってこそで、食材を通して地域のストーリーを感じるのが面白いし、和食文化の奥深さも味わえる。どっさりとお肉を入れるところは浪速のスピリットを象徴している」と総括していた。
<転載終わり。大阪でお世話になった、難波りんごさん、本当にありがとうございました。文中で「難波葱の会の担当者」となっているのが、りんごさん。「熊本市の肉料理店」となっているのは「加茂川」さんでした。それと、「すきや連」(事務局・東京)は私でした。悪しからず。>

追伸、夏季の「ちんや」の、臨時営業のご案内です。下記の日は火曜ですが、営業いたします。どうぞご利用下さいませ。
8月14日(火曜、お盆)
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すき焼き「ちんや」六代目の住吉史彦でした。

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答申

新発田の「八木」さんが文化財に成るという報せが届きました。芽出たいです。
「八木」さんは、2013年にお訪ねして以来大変ご無沙汰しておりますが、新潟県新発田市の「新道」という繁華街にある、すき焼き屋さんです。
「新道」一帯には、昭和の木造建築が残っていて、「八木」さんも、その一軒です。その多くは昭和10年の「新発田の大火」の後に建てられた建物で、太平洋戦争の戦火は逃れました。それが今回指定されるのです。
県庁が公表したデータによりますと、
「すき焼き八木店舗(すきやきやぎてんぽ)」
・所在地=新潟県新発田市中央町三丁目甲1316-1他
・建設年代=昭和10年(1935年)頃/昭和15年(1940年)増築、昭和49年(1974年)、平成18年(2006年)改修
「平成30年7月20日(金)に、国の文化審議会(会長:佐藤信)が開催され、県内に所在する8件の建造物を登録有形文化財に登録するよう、文部科学大臣に答申されました。登録は答申後に行われる官報告示をもって正式決定となりますが、これにより本県に所在する登録有形文化財(建造物)は477件となる予定です。」
「予定です」というのだから、ほぼ確定なのでしょう。
誠にお芽出とうございます。
が、きっと店としては諸々制約を受けることになるのでしょうね。「使いながら保存」が上手く行くと良いと思います。

追伸、夏季の「ちんや」の、臨時営業のご案内です。下記の日は火曜ですが、営業いたします。どうぞご利用下さいませ。
8月14日(火曜、お盆)

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すき焼き「ちんや」六代目の住吉史彦でした。

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けいだんれん

在り難いことに『月刊経団連』にエッセイを投稿させていただきました。
それを丸々転載するのは、ネタバレなのでしょうけど、発行からもう20日経ちましたし、私の文が読みたくて購入する人は、ごくごく少数でしょうから、誠に勝手ながらここに転載しちゃいます。
以下お読みください。なお「ですます調」でなくて「である調」なのは編集部からのご指定です。

私 は「けいだんれん」の 代 表 幹 事 に な っ た こと が あ る ― ― と 書 け ば 、 そ ん な ば か な ! 財 界 総 理に ど う し て ? あ り 得 な い ! っ て 。
待 て 待 て そ れ は
「経 団 連」 。
私 の 場 合 は
「 継 旦 連」 。 旦 那 を 継 ぐ 連中 の 意 味 で 、 浅 草 料 理 飲 食 業 組 合 の 青 年 部 の 通 称だ 。
「 継 旦 連」 が 発 足 し た の は 1988 年(昭 和 63年)のこと、 う な ぎ「 川 松」 の 先 代 ・ 松 沢 欣 一 氏 ( 故人) が 組 合 長 だ っ た 時 。 将 来 の 浅 草 を 考 え て の こと だ っ た 。
初 代「 継 旦 連」 代 表 は「 ど ぜ う 飯 田 屋」の 飯 田 龍 生 氏 。 現 組 合 長 だ 。 以 来 、 現 代 表 の 清 水祐 子 氏 ( も ん じ ゃ 焼 き「 雷 門 お す ぎ」)ま で 活 動 は継 続 さ れ て い て 、 私 は そ の 途 中 の 2 年 間 を お 預 かり し た 。
た い て い の 浅 草 の 料 理 屋 は 世 襲 経 営 で 、 親 子 間の 味 の 伝 承 は素 晴 ら し い 日 本 の 伝 統 だ と お 褒 め にあ ず か っ た り も す る が 、 現 実 は も ち ろ ん そ う 簡 単で は な い 。
ご 経 験 の あ る 諸 兄 も 多 い と 思 う が 、 親子 と い う の は素 直 に な れ な い も の 。 没 コ ミ ュ ニ ケー シ ョ ン に 陥 る こ と も あ る 。
そ こ で「 継 旦 連」 であ る 。 街 の 先 輩 が 斜 め上 か ら 、 親 父 の 気 持 ち ・ 考え を 伝 え て 、 子得 心 さ せ る こ と がで き る と い う の が 、こ の 場 の素 晴 ら しい と こ ろ だ と 思 う 。
「上か ら 目 線」は 嫌 わ れ る が 、斜 め上 か ら 目 線」 は 嫌 わ れ な い の だ 。
ほ お 、 な る ほ ど 結 構 、 し か し 技 術 の 流 出 は 大 丈夫 な の ? も し す き 焼 き 屋 が 2 軒 入 会 し た ら 、同 業者 に 秘 伝 の 味 を 盗 ま れ る じ ゃ な い か ! っ て 、 そ う考 え が ち か も し れ な い 。
し か し 今 少 し 考 え て み てい た だ き た い 。 も と も と 飲 食 業 界 に お い て は同 じ料 理 の 店 は 競 合 し て い る よ う で 競 合 し て い な い こと が 結 構 、 あ る 。 甘 め の 割下 の す き 焼 き が 好 き なお 客 様 は 、 辛 め の 割下 の す き 焼 き 屋 に 決 し て 行 かな い か ら で あ る 。 そ の 逆 も同 じ 。
し た が っ て 1 つの 繁 華 街 に 複 数 の す き 焼 き 屋 が あ って 、 そ れ ぞ れの 特 徴 を 活 か し て 繁 盛 す る こ と は 、 む し ろ そ の 街の 強 み と と ら え る の が 実 は 正 し い 。 他 の 繁 華 街 との 競 合 に 勝 つ こ と が 重 要 な の だ 。 他 地 区 の同 業 店に 対 し て も同 様 だ 。
他 の 料 理 、 他 の レ ジ ャ ー と の競 合 に 勝 つ た め 、 す き 焼 き 屋同 士 が 連 携 し て 業 界を 盛 り 立 て る こ と が 期 待 さ れ る 。
そ う 考 え て 私 は2008 年 に「 す き や 連」 と い う 、 全 国 の す き 焼き 屋 と 関 係 業 者 ・ メ デ ィ ア 関 係 者 の 団 体 を 設 立 し 、年 3 回 の 会 合 を 主 催 し て い る 。 そ の「 す き や 連」は 今 秋 発 足 10 年 を 迎 え る 予 定 で 感 慨 深 い・・
・・・ と 、本 稿 で は「 継 旦 連」 を 題 材 に 、「 時 の 調 べ」 読 者の 諸 兄 が 、 日 ご ろ あ ま り 触 れ て お ら れ な い で あ ろう 、 地 域 社 会 の 一 景 を ご 紹 介 し た 次 第 。 と ざ い 東〜 西 。

追伸、夏季の「ちんや」の、臨時営業のご案内です。下記の日は火曜ですが、営業いたします。どうぞご利用下さいませ。
8月14日(火曜、お盆)

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すき焼き「ちんや」六代目の住吉史彦でした。

陸軍御用

不勉強なことに、そういうすき焼き屋さんがあったことを存じませんでした。
報道で初めて、その旧店舗が取り壊されたことを知りました。
取り壊されたのは、老舗すき焼き料亭「信田(のぶた)」さんの店舗です。
所在地は、以前は群馬県内有数の花街として知られた高崎市柳川町。2010年に営業終了した後も姿をとどめていたそうですが、この6月に解体・撤去されたそうです。
「信田」さんは明治20年代の創業と言われています。西洋料理もやっていて、すき焼き専門というわけではなく、戦前は陸軍の将校たちが通う社交場という感じだったようです。
新潟県の新発田には料亭風のすき焼き店「八木」さんがあり、かつては陸軍歩兵第16連隊に愛され、今でも自衛隊の人たちに愛されていますが、高崎も事情が似ていて、ここには第15連隊がありました。
こういう土地には、大勢で宴会を出来て芸者衆を呼べる店が自然と出来ました。で、メインの料理がすき焼きだったということだろうと思います。
戦前の「信田」さんの広告を見ると、「陸軍御用」「牛肉」「西洋御料理」と書かれていて、仲居さんはエプロンを付けています。
今回の報道を受けて、群馬の肉方面の知人から「群馬のすき焼きを語る折には欠かせぬ店」だったと惜しむ声が届きました。
廃業なさった2010年は、私が「すきや連」を始めた2008年の少し後で、その時は営業されていたのですから、丁寧に調べて、ご縁を創っておけばよかったと悔やまれます。
今回、建物を残して古民家再生することも出来なかったようです。残しておけば「かつてすき焼き屋だった」ということが記憶されるはずですが、完全取り壊しなので、それも叶わないようです。残念ですね。

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すき焼き「ちんや」六代目の住吉史彦でした。

浪速の味

先日の第29回すきや連の記事が産経新聞大阪版に載りました。東京の方は読めませんので以下に転載しますね。
「すき焼きには難波葱」
全国各地のすき焼き料理店や農畜産関係者でつくる「すきや連」の例会が大正8年創業の「はり重」(大阪市中央区道頓堀)で開かれ、昨年「なにわの伝統野菜」に認証された、「難波葱」を使ったすき焼きが会員ら約60人に振舞われた。
すきや連は平成20年に東京在住のフードジャーナリスト、向笠千恵子さんが『すき焼き通』(平凡社新書)を刊行したのを機に、「すき焼き文化をもっと広めよう」と設立。東京や熊本など各地で年3回、例会を開催している。
今回の会場は、かつて難波葱の産地だった大阪・ミナミ。「なにわ伝統野菜復活の会」の難波りんご事務局長(63)が
「明治初期の難波駅周辺には広大な難波葱の畑が広がり、鴨なんばの由来になったとされている。強いぬめりと香り、濃厚な甘みが特徴」などと紹介した後、参加者は「浪速の味」を堪能した。(終わり)
この記事に掲載された写真には私も写っていましたが、このブログは「字だけブログ」なので悪しからず。

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すき焼き「ちんや」六代目の住吉史彦でした。

第29回ー②

第29回「すきや連」を大阪市道頓堀の「はり重」さんにて開催しました。
今回も全国から60名ちかくのすき焼き関係者が終結して、大盛況でした。
「なにわ伝統野菜復活の会」難波りんご様の、なにわ野菜に関する卓話を拝聴した後、なにわ野菜の一つである「難波葱」を使ったすき焼きをいただきました。
「はり重」さん、ご参加いただいた皆さん、在り難うございました。
<以下↓は当日参加者の方が書いてくれた寄せ書きです。ご覧ください。数が多いので、昨日から二日に分けてUPしています(敬称略)>
・久しぶりの関西ではり重さんのすき焼きを味わうことができ感激しました。ありがとうございました。(荒井一樹)
・難波葱おいしかったです。(生が特に)ごちそうさまでした。(小金沢章文)
・なにわのすき焼きの代表はり重さんのすき焼き大変楽しみにまいりました。(相澤二郎)
・夢のはり重さんでのすき焼き美味でした。ごちそうさま。(中川晶成)
・葱も割り下も唐辛子もいろいろ。感動しました。(樋口潤)
・初大阪楽しく過ごせました。ありがとうございました。難波葱、下仁田葱に似て美味です。肉も美味でした。(島崎進)
・はり重さんのすき焼き、大阪もん、しっかり楽しませていただきました。(鳥山渉)
・はり重さんのすき焼き美味でした。葱もおいしかったです。(藤井紀美江)
・はり重さんのお肉のビックリです。素晴らしいサービスに感謝。浪速の伝統野菜は美味しいものがたくさんあるのですね。難波葱が九条葱の先祖と聞いてびっくりしました。大阪は美味しい街ですね。より好きになりました。(羽鳥裕子)
・割り下が薄味で肉を味わえました。葱もおいしかったです。旬の時にまた来たいです。私は今3つのすき焼きにチャレンジしています。①普通のすき焼き=5~6回に分けて焼く、たかない。②明治のすき焼き=角切りの肉、みそ味、野菜は葱だけ。③四日市のすき焼き=四日市の万古焼という土鍋を使う。地場の名産野菜を使う。四日市ならではの〆も考えてます。(赤塚直子)
・大阪のすき焼き最高。ごちそうさまでした。(細谷恵一)
・大阪みなみで頂く難波葱のすき焼きは美味でした。割り下が関東と違ってあっさりで良かったです。(藤森朗)
・大阪の夜、すき焼き。葱を初めて食べました。おいしい。(土橋孝多)
・水なすの甘さに思わず舌つづみ。すき焼きの味今日も美味しく(柴田伸太郎)
・なにわの伝統野菜とはり重さんのすき焼き美味でした。ありがとうございます。
(荒井亮一)
・黒毛和牛最高!なにわのすき焼き夢のような一時(吉澤直樹)
・難波の葱、水なす、はり重さんのすき焼き、大阪を堪能させていただきました。
(吉澤裕介)
・初体験の難波葱旨し!水なす、さんしょう、新しい関西の味、すき焼きと共にごちそうさまでした。(森大亮)
・薫風に交じる香りのはり重哉(署名無し)
・難波葱に水なす皆様お楽しみいただけたでしょうか?僕はとても楽しかったです!ありがとうございました。(藤本有吾)
<以上>
本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて3.018日連続更新を達成しました。
すき焼き「ちんや」六代目の住吉史彦でした。

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第29回

第29回「すきや連」を大阪市道頓堀の「はり重」さんにて開催しました。
今回も全国から60名ちかくのすき焼き関係者が終結して、大盛況でした。
「なにわ伝統野菜復活の会」難波りんご様の、なにわ野菜に関する卓話を拝聴した後、なにわ野菜の一つである「難波葱」を使ったすき焼きをいただきました。
「はり重」さん、ご参加いただいた皆さん、在り難うございました。
<以下↓は当日参加者の方が書いてくれた寄せ書きです。ご覧ください。数が多いので、二日に分けてUPします(敬称略)>
・浪花の味ははり重のすき焼きから(向笠千恵子)
・本日は有りがとうございます。(藤本稔)
・難波葱よろしくお願いします。(難波りんご)
・おいしい難波葱作ります(上田隆祥)
・はり重さんでいただく難波葱上田さんりんごさんとで幸せを感じる。(大竹道茂)
・あこがれの名店はり重さんのすき焼きを堪能させて頂きました。(松田多美)
・楽しい野菜の話を伺いこれからのすき焼きが楽しみです。(三澤茂計)
・楽しい時間と美味しい味をありがとう(中浦政克)
・難波葱おいしい!すき焼きに最高です。これからも手に入るかしら。(福谷美保子)
・難波葱に大阪の金ゴマもそえて(大植史朗)
・頑張って難波葱をつくります(四日克彦)
・浪花の味の幅広さ深さ、そしてすきやきすばらしい(加藤政義)
・30数年前から店の前を通るだけでしたが、初はり重さんに感激です。(上田健一郎)
・日本が誇るすき焼き文化いろいろ違いがおもしろい。(加藤英子)
・泉州水なす素晴らしい方々に食べていただきありがとうございます。(北野忠清)
・難波葱のすきやきが食べられる、すばらしい会ありがとうございます。(北野公美)
・いつもありがとうございます。(福本吉宗)
・大阪で葱と水なす!流石なにわと感じた夜です。(米増昭尚)
・古えの難波すき焼きの香りが蘇す。(植村光一郎)
・大阪在住の頃に何度かはり重さんでいただくすき焼きは大変なごちそうでした。30年ぶりに食し美味しくいただきました。ありがとうございました。(山下美希)
・このご縁を大切に今後の取材活動に活かしていきたいと思います。ありがとうございます。(藤木俊治)
・いつも良い勉強です。はり重さんのすき焼き幸せです。(和田政司)
・はり重さんのすき焼きと難波葱楽しみました。ありがとうございました。(西居基晴)
・すきや連素晴らしい!日本中からすき焼きを愛する人が大阪はり重さんに集結。美味しい楽しいひと時をありがとうございます。(荒井順子)
<続きは明日の弊ブログにて>
本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて3.017日連続更新を達成しました。
すき焼き「ちんや」六代目の住吉史彦でした。

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