震える牛
『震える牛』は、相場英雄さんによる社会派推理小説です。
今年6月からWOWOWでテレビドラマ化され、その際に技術的な監修を、知人で食肉卸売会社の吉澤畜産さんが担当なさった、ということで興味を持ちまして、原作を読んでみました。
食肉卸売会社さんが監修したわけは、この小説が肉加工会社の詐欺的な加工方法や偽装の実態を扱っているからです。
一人の、迷宮入り寸前の殺人事件を追っていた刑事が、事件の背景として日本の企業社会の暗部に気づきます。この小説が描くのは単なる悪徳企業ではありません。筆者の意図は勿論、その暗部全体に読者の注意を向けることです。「社会派」と評価される理由は、そこですね。
・デフレ経済の下で低価格だけを追い求め、正しい商品知識を求めない、そうした消費者の消費態度が、まず問題です。
・そんな消費者相手にモノを売っていくために、街の肉屋から身を起こした大手スーパーが、大きくなるにつれて原点を忘れて、安売りに走ってしまいます。
・安売りのため、非常に品質の悪い詐欺的な「成型肉」を製造し、さも本物であるかのように偽装する手法にまで手を染めます。
私の見るところ、現実はここまで酷くはなく、「膨らませているなあ」と思いましたが、読者を恐怖させる筆力は在ります。
筆者が「ネタ本」にしたのは、食品添加物の恐ろしさを訴えた『食品の裏側』という本ですが、その本には現代の食品加工の恐るべき実態が詳しく書いてありますので、以前から「ちんや」の全社員に読ませています。
・やがて薄利多売で競合者を破滅させることだけが、そのスーパーの経営手法に成ってしまい、巨大ショッピング・センターを全国展開する間に、日本の原風景=地方の商店街を壊し尽くしてしまいます。
・ついにスーパーの不祥事=今度はBSE問題が発覚しかかり、それを隠そうと関係者を殺したのは、二代目予定の御曹司でした。父の手を借りずに問題を解決しようとして焦り、殺人という、とんでもない手法を採ってしまいます。単なるボンボンと描かれていて、犯行に至る心理描写が今市弱い感じがして、そこは少し残念ですね。
・さて、それを知った会社は、従来から癒着していた政治家や警察官僚を使って、事件を追う刑事の妨害をし、刑事と組織の攻防が、小説をよりサスペンスに満ちたものにします。
我が国の構造的な問題に斬り込もうとする著者の志・熱い思いは、非常に共感できるものです。評価したいと思います。
筆者はジャーナリスト出身の小説家で、地道な取材の上で書いたのであろう、と感じます。多くのエピソードに、ノンフィクションのようなリアルさを感じます。いや、むしろ、ノンフィクションとしては書きにくいことを小説にしたようにも見えます。
この小説には、大手企業や警察官僚と対局にあるものとして、主人公の刑事と、彼が住む街で頑張っている肉屋さんが登場します。
地道な「聞き込み」を得意とする、この刑事の楽しみは、その肉屋の店主と会話しながら肉を買い求めて、捜査の着手時と解決時にすき焼きをすることです。
地道な刑事と、街の肉屋さん、「社会派」の小説家の方が、この二人を愛しているのが、嬉しいですね。
読みごたえがありました。
追伸①
単行本『東京百年老舗』に載せていただきました。
21人のフォトグラファーたちが、歴史と伝統を現在に伝える「老舗」の魅力を余すことなく写しだした写真集です。
時代が変わっても、変わることのない老舗の魅力が、ここにあります。
くわしくはこちら↓です。
追伸②
「日本国復興元年~1千人の笑顔計画」を実行中です。
この「計画」では、まず「ちんや」で東北・北関東の牛を食べていただきます。そして食後の飛びっきりの笑顔を撮影させていただきます。
その笑顔画像をこちらのサイトにUPして、北の産地の方に見ていただきます。
現在の笑顔数は366人です。笑顔数が1千人に達するまで継続してまいります。
皆様も、是非御参加下さい!
本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて1.311日連続更新を達成しました。
毎度のご愛読に感謝いたします。浅草「ちんや」六代目の、住吉史彦でした。
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