長寿企業の知恵⑬

ネットTV番組『Story 〜長寿企業の知恵〜』に出演させていただきました。

この番組は、創業100年を超える老舗企業の経営者をゲストに招き、長寿企業の経営者が持つ知恵や理念、思いを語る、というものですが、思いがけず好評で嬉しく思っています。

こちらのURLで今でも視聴可能ですなのですが、全長50分と少々長いし、そもそも動画は音が出せる環境でないとダメなので、文字情報が欲しいというご要望をいただきました。以下に公開してまいります。

(長いので15日に分けてUPしています。今日は、その13日目です)

田「同業を含めて、浅草には特に長寿企業が多いと思うが、その理由は?」

住吉「そのご質問にお答えするには、浅草の原点に立ち戻らないといけません。17世紀の話しになりますが、この頃浅草は食べ物商売をもとにして成立して、その後も食べ物が中心の街であり続けました。最初の商いは「水茶屋」です。貞享2年(1685年)に「仲見世」の前身である商店が設けられた、浅草寺が近隣住民に境内の清掃を役務として課す見返りに、参道での営業を許可した、という記録があるそうですが、その商売が「水茶屋」つまり参詣人に茶や団子を売る商いでした。それが、浅草の「そもそも」です。

『浅草は何故・・・』の江戸前鮨の内田さんとの対談の時に強く感じたのですが、食べ物というものは、人間の生理にダイレクトにつながっていて、太古以来の悠久の歴史を持っています。だから、その歴史に想いを致しながら仕事をしていくと、その店は老舗化し易いと言えるかもしれません。食べ物の歴史に想いを致し続けますと、まず最初にその店は一流の店となり、その想いが二代目・三代目へと伝わって行き、さらにはお客さんへも伝わって行くと、ついにその店は老舗となるのだと思います。そういうことが起こり易いのが、食べ物商売だと私は思っています。舩大工さんのおでんが売れ続けたのは、煮物という仕事に真っ直ぐだったからであり、熊沢さんのお店が六区ドン底の時代にもお客様を引きつけたのは、なつかしい洋食を作り続けたからだと思います。被災したり、業界のピンチを経験したりした時に、その場凌ぎをせず、逆にピンチを契機に料理の本質に向かって行った人が結局老舗化しているということを、是非この本で読者の皆様にお伝えしたいと思いました。ご本人は「親父から習っただけ」とか「料理なんだから旨いのは当たり前」とか言っておいでの場合が多いですが、起きていたことは、実はそれでした。」

 

<書籍の画像=『すき焼き思い出ストーリーの本』>

朝岡「これはどのよう本ですか?」

住吉「ここに掲載されている物語は全て一般の皆様から投稿していただいたものです。思い起こすと『すき焼き』は文明開化の昔から、日本人の思い出の中に生きてきたものであり、料理は他にいくつもある中で、人々の思い出と一番つながっている料理は『すき焼き』だと私は思っています。しかし残念ながら、これまで「思い出を纏めて保存したもの」がなかったように思います。そこで私は、これを本にしよう!考えました。創業130年で集め始め、135年で本にしました。今後この本を、店の歴史の資料として、すき焼き文化の資料として、末永く保存させていただこうと考えています。」

石田「社長が特に印象的だったエピソードは?」

<この続きは、明日のこのブログで>

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて2.807日連続更新を達成しました。 すき焼き「ちんや」六代目の住吉史彦でした。

Filed under: すき焼きフル・トーク — F.Sumiyoshi 12:00 AM
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