肉屋の仕事をしている肉屋

今日は「適サシ肉宣言」は唐突にポッと出たわけではない、という件です。

そもそも弊店が「肉屋の仕事をしている肉屋」だから、この宣言が言えたのだという点を知っていただけたら嬉しいです。

まず、そもそもの話しとして弊店は、

肉を仕入れておりません。

牛を仕入れています。

その時点で、牛さんは勿論生きてはいませんが、その子の誕生日と昇天日を知った上で仕入れています。卸屋さんから、精肉された状態の、「売れば良いだけ」「料理すれば良いだけ」の肉を仕入れておいでの、スーパーさんやレストランさんと弊店が決定的に違うのは、まずもって、ここです。その牛さん全体の良し・悪しを判断して仕入れているのが弊店です。

 

流れを正確に申しますれば、

まず食肉市場で「枝肉」の状態で競り落とします。「枝肉」というのは、牛から頭部や皮などを取り、タテに2分割した状態を言います。

この状態で、2~3週間安置し、熟成させます。すぐには「脱骨」しません。

ここは重要なポイントです。牛さんを、と殺してすぐ「脱骨」してはNGなのです。まだ落ち着いていない状態で無理やり「脱骨」しようとすると肉の組織が破壊されるので、大量のドリップ(血糊)が出てしまいますが、そのドリップこそが旨味なのです。無理やりはダメです。

安置させるのは、弊店と提携関係にある卸屋さんの倉庫です。「枝肉」の状態を、こちらへ報告してもらって、何日置くか、判断しています。そういうことが出来るのは、肉を仕入れているのではなく、牛を仕入れているからです。

さて、やがて時期が来たら、「枝肉」を「脱骨」しますが、その時点では熟成が進んでいます。肉の中の酵素の働きにより、肉のタンパク質が分解されていますから、作業の際に力をさほど込めなくても、肉が骨からスッと離れるのです。で、流れ出るドリップを最小限にすることが出来ます。

こうして「脱骨」が済みましたが、すぐには精肉しません。

ここでは「大分割」と申しまして、「肩」「ロース」「とっくり」といった具合に、大まかな状態に分けて、パックし、その状態で「ちんや」に搬入します。

「ちんや」は飲食店として、かなり大きい冷蔵庫を持っているのですが、それでも「枝肉」をたくさん吊るす場所はないので、「大分割」して搬入します。パックした後に、高温の湯に通して、表面の雑菌を殺します。

パックすると通期が悪くなってしまい、その分乾き方が遅れるのですが、いったん菌を殺す過程は、どうしても衛生上必要です。

だからこそ、最初に「枝肉」の状態で置いて、乾かすことが必要なのです。乾いた分だけ、旨味の濃度が濃くなりますからね、単純な話ですが。

結局「枝肉」の中の水分の15%程度は飛ばされますから、旨味は15%濃くなるのです。逆に申せば、脱骨後すぐパックした肉を食べた場合は、旨味が15%ほど薄く感じるはずです。

最近とある県庁さんから試食用の肉を送ってもらったことがありましたが、まさにこの点が残念でした。おそらく、と畜後すぐ脱骨・パックしたので、水分が飛ばず、水っぽい状態のままだったのです。その県は、エサに力を入れておいでとか聞きましたが、エサに気を遣うヒマがあるのなら、扱い方にも気を使って欲しいです。

ここで皆さんは疑問に思ったはずです。なるべく水分を飛ばしてから(=旨味を濃縮させてから)パックした方が美味しいのなら、なぜ全員がそうしないのだろう?

答えは、飛んで行った水も仕入れたものだったからです。飛んで行った水も銭だったと言っても良いです。

仕入れる時には、単価×重量=仕入れ金額となります。だから水も仕入れているのです。パックして水を閉じ込めないと損してしまいます。だから水を閉じ込めるんです。が、それでは旨味が足りないんですよね。

すぐにパックしないで下さい!と卸屋さんに弊店が言えるのは、牛一頭を丸ごと仕入れているからです。銭より味を重視しているからなのです。

さて、この状態で、最適の食べごろになるまで、またしばらく置きます。

で、時期が来たら、ついに精肉します。

このように、

どの牛を買うか

いつ脱骨するか

いつ精肉するか

という判断をする必要があるわけで、それが「肉屋の仕事」です。

肉屋さんは、「肉を切るのが上手い(だけの)人」ではないですよ。

「肉を切るだけ」は「作業」と言います。

「作業」と「仕事」は違うんですよね。

美味しくするのが「仕事」です。

分かるかなあ。

分っかんねえだろうなあ。

ここで「肉屋の仕事」として書いた内容は、主に熟成の件です。「肉屋の仕事をしている肉屋」とは「肉を醸す肉屋」とも言えます。

そして、さらに同じ心構えで脂のことを考えますと、「適サシ肉宣言」に成ります。「作業」だけでなく「仕事をしている肉屋」だから「適サシ肉宣言」が出来たんです。

肉を食べたお客様に美味しいと感じていただきたい、それも「多幸感」を感じる位美味しいと思っていただきたい、それが肉屋の仕事だ、という前提で脂のことを考えたら「適サシ肉宣言」が出てきたのです。その前提=顧客志向が大前提としてなければ、「適サシ肉宣言」はなかったと申し上げておきます。

分かるかなあ。

分っかんねえだろうなあ。

追伸1

6/1発売の「婦人画報」7月号(創刊記念号)に載せていただきました。ありがとうございます。

今回の特集は、なんでも婦人画報社さんが「総力をあげた特集」だそうですが、題して、

「世界が恋するWASHOKU」。

旨味とか醗酵とかを採り上げた後、しんがりがWAGYUです。

 

追伸2

拙著は好評(?)販売中です。どうぞ、よろしくお願い申し上げます。

題名:『浅草はなぜ日本一の繁華街なのか』

浅草の九人の旦那衆と私が、九軒のバーで語り合った対談集でして、「浅草ならではの商人論」を目指しています。

東京23区の、全ての区立図書館に収蔵されています。

四六判240頁

価格:本体1600円+税

978-4-7949-6920-0 C0095

2016年2月25日発売

株式会社晶文社 刊行

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて2.678日連続更新を達成しました。

 

Filed under: すき焼きフル・トーク — F.Sumiyoshi 12:00 AM
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