パン祖
もう、ウンザリですよね、「世界遺産」を観光誘致に結びつけるパターン。
結びつけるなとは申しませんが、私は結び付け方が気にいらないんですよ、例えば「大砲うどん」とか。
伊豆韮山の代官であり、洋学者でもあった第三十六代江川太郎左衛門英龍が、反射炉で大砲を造ったから⇒蒲鉾で大砲を模って⇒「大砲うどん」という次第です。
・・・
実は韮山では、既に江川と食に関わる、なかなか良いイベントをやって来たようです。「江川邸」で 「パンの日」というイベントがあって、パン焼き体験が出来たとか。
江川は本当に日本の「パン祖」でありますから、こちらはしっかりした由来があります。
江川の洋学の先輩に当たる高島秋帆の従者に、長崎のオランダ屋敷に料理方として勤め、製パン技術を覚えた作太郎という人がいたので、その作太郎を江川が呼び寄せて、屋敷にパン窯を作らせ、1842年4月12日に、記念すべき初パンが焼き上げられたそうです。
ですので、こちらは「世界遺産」と関係なくても、大いに推奨するべきものですが、テレビが採り上げるのは、「大砲うどん」の方なんですよね。トホホです。
今年はちょうど江川没後160周年で、今年の4月12日は地元としては力を入れていたようですが、報道したのは地元紙だけで私も知りませんでした。
その後「世界遺産」の勧告が出たので⇒「大砲うどん」です。
世界遺産!⇒盛り上がってます!
だけでは、なんだかなあ、ですよね。
だいだい、江川は美味しいものを食べたかったわけではありません。パンは兵糧として導入されたのです。
日本の海防について強い問題意識を持っていたので、それでパンと砲台なのですが、うどんの方を採り上げてしまうと、その脈絡が見えないと思うんですよね。
なお、今日江川の功績が広く知られているのは、我が義塾の福沢諭吉先生が洋学の先達として褒めたからでもあります。
現在地に移る前の義塾は江川家の江戸屋敷と近所で、江川の敷地を義塾が借りたこともあったそうです。それで先生は江川のことを良く知っていたのです。
ですので、江川の「パンの日」を義塾関係者は応援してあげるべきかもしれません。少なくとも「大砲うどん」よりは。
追伸
『日本のごちそう すき焼き』は、平凡社より刊行されました。
この本は、
食文化研究家の向笠千恵子先生が、すき焼きという面白き食べ物について語り尽くした7章と、
全国の、有志のすき焼き店主31人が、自店のすき焼き自慢を3ページずつ書いた部分の二部で構成された本で、
この十年の「すきや連」活動の集大成とも言える本です。私も勿論執筆に加わっています。
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本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて1.901日連続更新を達成しました。
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