大和言葉
最近、警視庁の創設者・川路利良が書いた『警察手眼』を読んでいることは、このブログの1/21号に書きました。
読みますと、国家建設に邁進した明治人の、ストレートな言葉の数々に圧倒されます。
例えば、警察官というものは、
「おのおの、その陋心を断絶して、天然固有の良心に復すべし」
いやあ、よく言うよ!と突っ込みたくなる位ストレートです。しかもこれを言っている川路は当時40歳代。
最近では「大和言葉で美しく話しましょう」と呼びかける本が売れているそうで、たしかに「感動した」と漢語で言うより、「心にしみた」「心を打たれた」と言った方が、ニュアンスが伝わると思いますが、私個人は実は漢語がわりと好きです。
このブログも、読み易くするために漢語を減らしていますが、書いている本人は文語loverなんですよね。読んでいてリズムが良いですからね。
『警察手眼』では「陋心(ろうしん)」と「良心」という漢語が音感のポイントです。
『五箇条の御誓文』では、
「旧来の陋習を破り、天地の公道に基づくべし」
→「陋習(ろうしゅう)」「公道」がポイントですね。
ロシアとの日本海海戦では、
「本日天気晴朗なれども波高し」
→「晴朗」がポイントです。
好きなんですよね、こういう感じが。
理想を語る時って、どうも、漢語が合うような気がします。
しかし、その文語が昭和・戦前に下って来ると、「大風呂敷感」が出てきてしまいます。
太平洋戦争の開戦の詔書は、
「東亜永遠の平和を確立し、もって帝国の光栄を保全せんことを期す」
→「永遠の平和」「帝国の光栄」って、どうにも浮ついてますよね。理想と大風呂敷って違うと思うんです。
こういう昭和の漢語が嫌いで、それで漢語全体が嫌いになった人も多いのではないかと思います。
そう、私は明治の漢語が好きで、昭和の漢語が嫌いです。
司馬遼太郎が解明しようとした一大テーマは、明治がどうして昭和に変容したのか、でしたが、私なりに回答すれば、それは、そこに理想が在ったか、の違いだと思います。
要するに、言葉は表現ではなく内容なのではないのか、それが『警察手眼』を読んだ感想です。
追伸
一冊丸ごと「すき焼き大全」とも申すべき本が出ました。
タイトルは『日本のごちそう すき焼き』、平凡社より刊行されました。
この本は、
食文化研究家の向笠千恵子先生が、すき焼きという面白き食べ物について語り尽くした7章と、
全国の、有志のすき焼き店主31人が、自店のすき焼き自慢を3ページずつ書いた部分の二部で構成された本で、
この十年の「すきや連」活動の集大成とも言える本です。私も勿論執筆に加わっています。
是非是非お求めください。
弊店の店頭でも販売しますし、こちらからネットでも購入できます。
是非。
本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて1.793日連続更新を達成しました。
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