今年も帰って

浅草オペラが帰って来た!

が、今年も帰ってきます。

「浅草オペラ」は1917年から関東大震災(1923年)までの、ごく短い時期に浅草で上演され、一大流行をまき起こした興行です。

当時「オペラ歌手」は、今日のアイドル顔負けの人気があり、やや行き過ぎと思えるくらい、西洋音楽の大衆化を実現していました。

その1917年から100年目の2017年に、

「ああ夢の街 浅草!」

はスタートして、今年も10月10日から浅草「東洋館」で上演されます。

同窓の歌手・富永美樹さんが今年も出るので、私も応援に行くつもりです。 上演は10月25日(火)まで。皆様もご観覧を。

本日もご愛読賜り、誠に在り難うございました。 弊ブログは2010年3月1日に連載スタートし、本日は4.607日目の投稿でした

Filed under: 浅草インサイダー情報 — F.Sumiyoshi 11:11 PM  Comments (0)

初日

明日は「平成中村座」の初日です。

「平成中村座」は、江戸時代の芝居小屋「中村座」の雰囲気を再現したいという、中村勘三郎さん(十八代目)の夢を実現したものでした。最初は2000年に浅草で始まりました。

この方法は、演者と観客の距離が近くて大好評。

その後毎年のように、日本各地や海外へも進出しました。

途中で勘三郎さんが惜しくもなくなってしまいましたが、当代の勘九郎さんが遺志を継承しておられます。

今回は2018年以来の浅草での公演ですので、地元の飲食店としても支援しようということになり、

「ちんや」の店で「中村座」のチケットをご提示くだされば、ワンドリンクサービス致すことになっております。

どうぞ、おでかけ下さいませ。

本日もご愛読賜り、誠に在り難うございました。 弊ブログは2010年3月1日に連載スタートし、本日は4.602日目の投稿でした。

Filed under: 浅草インサイダー情報 — F.Sumiyoshi 9:43 PM  Comments (0)

中村座

「平成中村座」が来月浅草に帰ってきます。

「平成中村座」は、江戸時代の芝居小屋「中村座」の雰囲気を再現したいという、中村勘三郎さん(十八代目)の夢を実現したものでした。最初は2000年に浅草で始まりました。

この方法は、演者と観客の距離が近くて大好評。

その後毎年のように、日本各地や海外へも進出しました。

途中で勘三郎さんが惜しくもなくなってしまいましたが、当代の勘九郎さんが遺志を継承しておられます。

今回は2018年以来の浅草での公演ですので、地元の飲食店としても支援しようということになり、

「ちんや」の店で「中村座」のチケットをご提示くだされば、ワンドリンクサービス致すことになっております。

どうぞ、おでかけ下さいませ。

本日もご愛読賜り、誠に在り難うございました。 弊ブログは2010年3月1日に連載スタートし、本日は4.595日目の投稿でした。

Filed under: 浅草インサイダー情報 — F.Sumiyoshi 11:29 PM  Comments (0)

原点

浅草の飲食店主の人達が、コロナ中にどう考え、行動したかを聞き取る事業をしています。

週に一人のペースでお目にかかり、毎回2時間ほどの聞き取りをさせていただいています。

基本的には、衛生面や資金繰りなどの苦労話なのですが、2時間も話していると、不思議なもので、いつの間にか「良い話し」「勉強になる話し」に変わっていることが多いです。

コロナの最中に、飲食業の原点に回帰した、という方もおいででした。それは、

お客様との接触を地道に増やすこと。

お客様のテーブルに伺う回数を、とにかく増やすこと。

そうした繰り返しを通じて、「常連さん」になっていただくこと。

コロナ前の2019年はインバウンドが盛んでしたので、そうした原点を忘れてしまうこともあったようです。

しかし、コロナでインバウンドを含めた観光のお客様が去ったので、「常連さん」を増やさないといけない。その為には、とにかく「接触の回数だ」。

そろそろまたインバウンドが戻ってくるとかですが、以前と同じことをしてはダメですね。

本日もご愛読賜り、誠に在り難うございました。 弊ブログは2010年3月1日に連載スタートし、本日は4.590日目の投稿でした。

新規事業

浅草の飲食店主の人達が、コロナ中にどう考え、行動したかを聞き取る事業をしています。

週に一人のペースでお目にかかり、毎回2時間ほどの聞き取りをさせていただいています。

当然コロナの間に、

テイクアウト

デリバリー

などの新規事業を始めたかをお尋ねしています。その結果、

ほとんどのお店さんが新規事業に取り組んでおられますが、収益を上げるまでには至らず、ではやって良かったと思っておられないかと言いますと、そうではなくて、やって良かったと回答されます。

その理由は、お店で食べたいが食べられない常連さん達との関係性を維持できた。その手段として、テイクアウトやデリバリーが機能したということでした。

この事業、基本的には、衛生面や資金繰りなどの苦労話なのですが、2時間も話していると、不思議なもので、いつの間にか「良い話し」「勉強になる話し」に変わっていることが多いです。

本日もご愛読賜り、誠に在り難うございました。 弊ブログは2010年3月1日に連載スタートし、本日は4.576目の投稿でした。

Filed under: 浅草インサイダー情報,飲食業界交遊録 — F.Sumiyoshi 10:06 PM  Comments (0)

ネットでも「気」は伝わる

浅草の飲食店主の人達が、コロナ中にどう考え、行動したかを聞き取る事業をしています。

週に一人のペースでお目にかかり、毎回2時間ほどの聞き取りをさせていただいています。

基本的には、衛生面や資金繰りなどの苦労話なのですが、2時間も話していると、不思議なもので、いつの間にか「良い話し」「勉強になる話し」に変わっていることが多いです。

最近聞いた良き話しと言えば、

ネットでも「気」は伝わる

でした。逆に申しますと、

ネットは、映(ば)えなくても良い

ということでした。

コロナの緊急事態で始めたテイクアウトに関する話しの中で、この件は出ました。

思いおこしますと、2020年4月、日本人は初めて「緊急事態」というものを経験しました。

飲食店は、店内で料理を提供することが憚られるようになり、急にテイクアウトにシフトした店が多くありました。

急に取り組んだわけですので、用意できた製品は体裁の良くない=映えないものでした。

この時既に、ネット(特にSNS)=映えが至上命題

と皆が思っておりましたから、映えないテイクアウト製品をネットに投稿することを恥ずかしく思った店もありました。

でも、慣れないことに取り組んでいる、一生懸命やっていること自体が、実は大事で、それをネットで受け取ってくれるお客様もいらしたようです。

自然と拡散が始まり、浅草へテイクアウトを買いに来て下さる方もいらしたようです。それで助かったというお店がありましたから、

ネットは、映(ば)えなくても良い

ネットでも「気」は伝わる

良き話しと私は思いました。

本日もご愛読賜り、誠に在り難うございました。 弊ブログは2010年3月1日に連載スタートし、本日は4.567目の投稿でした。

Filed under: 浅草インサイダー情報,飲食業界交遊録 — F.Sumiyoshi 12:00 AM  Comments (0)

寅さんのイメージ

今日は「寅さんの日」すなわち1969年に映画「男はつらいよ」の第一作が公開された日ですが、浅草の路上に立っていますと、通りがかりの人から、

寅さん記念館はどこですか?!

と尋ねられることがあります。

と、寅さんですか、それは柴又なんですけどね・・・

たしかに浅草と柴又はイメージが似ているかもしれません。

・東京の下町

・大きなお寺がある

・川が流れている

観光客にとって大切なのはイメージなのであって、細かいことはどうでも良いことが分かります。

現に浅草では、インスタ映えする宇治抹茶アイスが流行っています。

う、宇治は東京じゃないんですけど、日本っぽいイメージですからね。

それでいいんです。

本日もご愛読賜り、誠に在り難うございました。 弊ブログは2010年3月1日に連載スタートし、本日は4.564目の投稿でした。

Filed under: ぼやき部屋,浅草インサイダー情報 — F.Sumiyoshi 9:43 AM  Comments (0)

実際的

浅草の飲食店主の人達が、コロナ中にどう考え、行動したかを聞き取る事業をしています。

週に一人のペースでお目にかかり、毎回2時間ほどの聞き取りをさせていただいています。

基本的には、衛生面や資金繰りなどの苦労話なのですが、2時間も話していると、不思議なもので、いつの間にか「良い話し」「勉強になる話し」に変わっていることが多いです。

が、やはり、実際的な話題になって、一同、うーん・・・となることもあります。

例えば、人手不足。

飲食業の担い手がすぐ増えると思えませんから、少ない人数で店を運営しないといけません。

さしあたって思いつきますのは、デジタル技術を使った、オーダーエントリーシステムです。

テーブルごとに端末を置いて、お客様が自分で注文するように出来れば、係が注文を取りに行かなくて済んでしまいます。非接触ですから衛生的でもあります。

ファミレスや寿司チェーンなどでは既におなじみですね。

ここで問題になるのは、

それが浅草の雰囲気を損なうかもしれないこと。

店とお客様の関係が薄くなること。

新しい技術を、やがて取り入れることになるのは時代の趨勢です。そした今回はコロナがそれを加速させています。

年配者には一抹の寂しさが残りますけどね。

本日もご愛読賜り、誠に在り難うございました。 弊ブログは2010年3月1日に連載スタートし、本日は4.562目の投稿でした。

客層

浅草の飲食店主の人達が、コロナ中にどう考え、行動したかを聞き取る事業をしています。

週に一人のペースでお目にかかり、毎回2時間ほどの聞き取りをさせていただいています。

基本的には、衛生面や資金繰りなどの苦労話なのですが、2時間も話していると、不思議なもので、いつの間にか「良い話し」「勉強になる話し」に変わっていることが多いです。

そんな中で、

今年に入って、浅草の客層が随分変わったねえ。

という話しが出て来ます。それは、

若者が増えたということです。

今年というのは、つまりオミクロン株のことです。

若者はオミクロン株に感染しても死亡に至ることが少ないので、若者だけが来てくれています。

若い方は浅草のことをあまりご存じないので、浅草サイドから見ると「観光客」が増えたと見えます。昔から浅草のことを知っている年配の方つまり「常連さん」は、今も外出を控えているので、

若い観光客ばっかりになったねえ。

というのが今の実態です。

これに伴って時間帯も変わりました。

今の若い方は、あまりお酒を飲まれません。午前中にやって来て、夜は早く帰ってしまいます。

それからマナーも変わります。「歩き食い」は、私などから見るとマナーが悪くて、感染リスクもあると思ってしまうのですが、それは年配者の考えのようです。

同じ料理を提供していても、今の動向に合わせて行く必要はあるのだろうと思います。

本日もご愛読賜り、誠に在り難うございました。 弊ブログは2010年3月1日に連載スタートし、本日は4.556目の投稿でした。

Filed under: 浅草インサイダー情報,飲食業界交遊録 — F.Sumiyoshi 3:17 PM  Comments (0)

うなぎ登り

浅草の飲食店主の人達が、コロナ中にどう考え、行動したかを聞き取る事業をしています。

週に一人のペースでお目にかかり、毎回2時間ほどの聞き取りをさせていただいています。

基本的には、衛生面や資金繰りなどの苦労話なのですが、2時間も話していると、不思議なもので、いつの間にか「良い話し」「勉強になる話し」に変わっていることが多いです。

そんな中で、新しい料理を開発なさった方は少数でした。

テイクアウト、デリバリー、通販など新業態を始めたり、ネットでの発信方法を工夫した方は大勢いましたが、料理そのものを考え直した方は少数でした。

その少数の一軒が、鰻と釜飯の「江戸定」さんで、その料理は、

『うなぎ登り釜飯』でした。

はい、勿論、鰻の蒲焼と釜飯の合体(!)ですね。鰻と釜飯の両方を得意にされてきた「江戸定」さんだからこそです。

商標も申請されたと言います。

そもそもですが、浅草にオリジナルメニューというものは甚だ少ないです。

食材は何も獲れませんし、新たな料理方法を開発した実績は、ほとんどないです。

鰻屋も、釜飯屋も、すき焼き屋も、日本中にたくさんあり、特別珍しくはないですね。

浅草の人間が新たに出来ることと言えば、

・組み合わせることと、

・ネーミングを考えること位です。

ネーミングなら「電気ブラン」とか「雷おこし」とか、有名なものもあります。

今回の「江戸定」さんは、そんな中で、組み合わせとネーミングの両方ですから、浅草流の本道かもしれません。

『うなぎ登り釜飯』

日本中に知れ渡れば面白いと思います。

本日もご愛読賜り、誠に在り難うございました。 弊ブログは2010年3月1日に連載スタートし、本日は4.555目の投稿でした。