十周年⓶

第30回『すきや連』例会を、十周年記念会を兼ねて浅草で開催しました。
北は帯広、南は鹿児島から100人以上の方々が参加し、すき焼き界の歴史において、空前絶後の集会でした。
今回の記念会の開催に当たりましては、大勢の方々にお手伝いいただきました。いつもの例会では私一人が、受け入れ店の方にお手伝いいただいて運営しておりますが、今回はなにしろ参加者が多く、時間も長く、懇親会は3会場に分かれますので、スタッフが必要でした。
まず受付は「築地さとう」佐藤理香さん、浅草もんじゃ「おすぎ」の清水祐子さんに、弊社員を統率していただきました。100人以上の人を30分間で席に入れ込むというのは至難の技でしたが、完璧に済ませました。GJ
記念セレモニーの司会は例によって私がしましたが、補佐をして下さった「ニューオータニ岡半」柴田伸太郎さん、ありがとうございました。時間通りの進行をするには、補佐はとても大事です。100人規模の会合となると司会補佐というより舞台監督のようなものです。おかげ様で大過なく終わりました。ありがとうございました。
ご祝辞を頂戴した「平凡社」の下中美都社長ありがとうございました。
10年を振り返る動画を創ってくれた、奈須野真弓さん、ありがとうございました。
記念セレモニーに続き、見学ツアーと懇親会を受け入れて下さった、「今半本店」の相澤二郎さん、「浅草今半」の高岡修一さん、ありがとうございました。
「今半本店」さんで司会進行をして下さった「伊勢重」宮本尚樹さん、ありがとうございました。「浅草今半」司会担当だった柴田伸太郎さん、「ちんや」司会担当だった「荒井屋」荒井亮一さん、ありがとうございました。
3会場巡回のアレンジをして下さった「今朝」藤森朗さん、ありがとうございました。
「番長」として進行を応援して下さった、奥井隆さん、鈴木直登さん竹内順一さん、西居基晴さん、三保達郎さん、米増昭尚さん、ありがとうございました。
二次会の司会担当だった「銀座吉澤」の吉澤裕介さん、ありがとうございました。二次会に燗酒を出して下さった月の井酒造店さん、ありがとうございました。
カメラの斎藤雄輝さん、今回も楽しい写真をありがとうございました。
浅草ビューホテルの担当だった岡崎守さん、いつもありがとうございます。今回も諸々スムーズでした。
ご参加いただいた皆さん、ありがとうございました。
それから十年間ご指導いただいた向笠千恵子先生、文末になりますが、本当に在り難うございました。

追伸⓵
東京商工会議所が主催する、第16回「勇気ある経営大賞」において、株式会社ちんやが「奨励賞」を受賞させていただきました。
受賞理由は、
「格付や等級ではなくすき焼きにあった肉の提供に向けた挑戦(適サシ宣言)」でした。
権威ある賞を弊社が受賞できましたのは、ひとえに皆様のご愛顧の賜物とあつく御礼申し上げます。

追伸⓶
今夏8月4日より「ちんや」ビル地下1階の「ちんや亭」が、
「肉の食べくらべレストラン」として再スタートしました。
今回すべての肉メニューに「ちょい食べサイズ」(ハーフサイズのこと)をご用意することに致しました。
くわしくは、弊ブログの8月4日号をご覧くださいませ。

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて3.154日連続更新を達成しました。
すき焼き「ちんや」六代目の住吉史彦でした。

十周年

第30回『すきや連』例会を、十周年記念会を兼ねて開催しました。
北は帯広、南は鹿児島から100人以上の方々が参加し、すき焼きの歴史において、空前絶後の集会でした。
そもそも「すきや連」は、新書『すき焼き通』(平凡社)(著:向笠千恵子)の出版を祝う会として、2008年10月15日に「ちんや」で始まりました。以来29回の例会を、北は米沢・南は熊本までの各地で開催し、また単行本『日本のごちそう すき焼き』(平凡社)(著:向笠千恵子+「すきや連」)を刊行するなどの取り組みをしてまいりました。
今回の第30回は、そういう次第で発足の地である浅草で開催しました。
第一部は記念セレモニー。
歴代の例会開催店主、『日本のごちそう すき焼き』の掲載店主が大集合致しました。当然記念写真を撮りました。この画像はレジェンドと申せましょう。
続いては「すき焼きの聖地・浅草巡礼ツアー」。
「今半本店」さん、「浅草今半」さん「ちんや」の3店を巡って見学しました。
その後は勿論、すき焼き懇親会。
100人以上の方々があつまりましたので、一軒のすき焼き屋には収容し切れず、三軒に分かれての大宴会でした。
さらにさらに二次会も。浅草ビューホテル25階の展望宴会場で、浅草寺やスカイツリーの夜景を眺めながら歓談。
燗酒をしこたま飲んで泥酔。
いやはや、疲れ果てましたが、最後は一大事業を遂行した心地よい疲れを感じて、深い眠りに落ちました。
ご参加いただいた皆さん、お手伝いいただい皆さん、それから10年間ご指導いただいた向笠千恵子先生、本当に在り難うございました。

追伸⓵
東京商工会議所が主催する、第16回「勇気ある経営大賞」において、株式会社ちんやが「奨励賞」を受賞させていただきました。
受賞理由は、
「格付や等級ではなくすき焼きにあった肉の提供に向けた挑戦(適サシ宣言)」でした。
権威ある賞を弊社が受賞できましたのは、ひとえに皆様のご愛顧の賜物とあつく御礼申し上げます。

追伸⓶
今夏8月4日より「ちんや」ビル地下1階の「ちんや亭」が、
「肉の食べくらべレストラン」として再スタートしました。
今回すべての肉メニューに「ちょい食べサイズ」(ハーフサイズのこと)をご用意することに致しました。
くわしくは、弊ブログの8月4日号をご覧くださいませ。

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて3.153日連続更新を達成しました。
すき焼き「ちんや」六代目の住吉史彦でした。

浅草六区芸能伝~第10幕

月刊『浅草』に東洋興業会長・松倉久幸さんの「浅草六区芸能伝」が連載されていて、おもしろいです。
松倉さんは、2016年に刊行された拙著『浅草はなぜ日本一の繁華街なのか』の中で私が対談させていただいた、浅草の九人の旦那衆の一人ですが、その松倉さんの連載が、このところ『浅草』の巻頭に連載されているのです。
さて今月の「第10幕」は、
ビートたけしさんの師匠
「最後の浅草芸人」
「まぼろしの芸人」
深見千三郎(ふかみ ・せんざぶろう、1923-1983)の件です。
テレビにまったく出演することがなかったため、浅草六区以外ではその存在が知られておらず、「まぼろし」と言わています。私にとっても実は「まぼろし」でして、その芸に接していないことは痛恨と申すほかありません。舞台の映像記録も、ほとんど無いようです。
よって千三郎のことを知るには、松倉さんの口伝を伺うか、『浅草最終出口―浅草芸人・深見千三郎伝』(伊藤精介、晶文社、1992年)を読むか、たけしさんの本を読むか、になります。
伝わっているのは、
お笑いだけでなく、ギター、タップダンスなど多芸多才だったこと。
アドリブや時事ネタ、下ネタが毒舌で、冴えわたっていたこと。
観客との丁々発止のやりとりも面白かったこと。です。
もう一つ、千三郎が浅草で知られているのは、芸人たちの「師匠」だったこと、特にたけしさんの師匠だったことです。
「馬鹿野郎この野郎」が口ぐせで猛烈な悪口の人だったのに、風貌はどこか気品があったそうです。
芸人としての生き様やファッションには独自の美意識を持っており、弟子に口を酸っぱくして、
「芸人は良い服を着ろ。腹は減っていても見えないが、着ている服は見える。特に足元を見られるというように、靴には気を遣え。」と指導していたとか。
多くの若手芸人に慕われ、千三郎が舞台に立つ時、客席には多くの若手が観に来ていたそうです。
このように人望があったため、1971年からはフランス座の座長となり、また企画や営業成績にも責任を負う立場となりましたが、この時期は悪いことに、浅草興行街の最悪の時代に当たっていました。ストレスが死期を早めたかもしれません。
1983年に自分の寝タバコが原因で亡くなった時、マスコミは「笑いの師匠孤独な焼死」と大々的に報道。千三郎の名前がメデイア大きくで報道されたのは、この時が最初で最後だったと伝えられています。
連載はまだ続くようで楽しみです。
購読ご希望の方は㈱東京宣商さんへ。TEL:03-5827-1962

追伸⓵
「料理の鉄人」などで有名な市島晃生さんのプロデュースにより、
【J-WAVE 「OTOMESHI」】という、「ド深夜の飯テロ実験番組」に出演させていただきました。
2日放送が第一回で、第二回が9日深夜でした。
「その時間は寝ていて聞けなかった」という方は、放送終了後にネットから聴けますので、こちら(↓)を開けて、「タイムフリーで聴く」をクリックして下さいませ。
https://www.j-wave.co.jp/original/otomeshi/

追伸⓶
東京商工会議所が主催する、第16回「勇気ある経営大賞」において、株式会社ちんやが「奨励賞」を受賞させていただきました。
受賞理由は、
「格付や等級ではなくすき焼きにあった肉の提供に向けた挑戦(適サシ宣言)」でした。
権威ある賞を弊社が受賞できましたのは、ひとえに皆様のご愛顧の賜物とあつく御礼申し上げます。

追伸⓷
今夏8月4日より「ちんや」ビル地下1階の「ちんや亭」が、
「肉の食べくらべレストラン」として再スタートしました。
今回すべての肉メニューに「ちょい食べサイズ」(ハーフサイズのこと)をご用意することに致しました。
くわしくは、弊ブログの8月4日号をご覧くださいませ。

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて3.150日連続更新を達成しました。
すき焼き「ちんや」六代目の住吉史彦でした。

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浅草うねうね

ある夜、合羽橋のバー『ラ・ポポット』さんで飲んでおりますと、
隣の女性が漫画本を片手に、マスターの小川さんと談笑しています。見覚えのある本でした。マスターが、
住吉さん、この本ご存知ですか?と聞くので、
ああ、知ってます、知ってます。エキミセの、くまざわ書店の浅草本コーナーで私の本の隣に積んでありますよ。
と申しますと、
この方が、その本を描いたんです。
ええ? と、いうことは漫画家さんなんですか?!
女性のお名前は上野うねさん。
漫画の題名は、
『浅草うねうね食べある記 大衆娯楽&チョイ飲み編』
『浅草うねうね』シリーズは、2015年の第1弾、16年の「おみやげ編」に続いて、今回が第3弾で、「チョイ飲み編」の中に『ラ・ポポット』さんも出て来るという次第です。
今回もほんわかムードの楽しい本で、私が行ったことのない店も出ていました。
本日発売ですので、皆様もご購読を。

追伸⓵
「料理の鉄人」などで有名な市島晃生さんのプロデュースにより、
【J-WAVE 「OTOMESHI」】という、「ド深夜の飯テロ実験番組」に出演させていただきました。
2日放送が第一回で、第二回が9日深夜でした。
「その時間は寝ていて聞けなかった」という方は、放送終了後にネットから聴けますので、こちら(↓)を開けて、「タイムフリーで聴く」をクリックして下さいませ。
https://www.j-wave.co.jp/original/otomeshi/

追伸⓶
東京商工会議所が主催する、第16回「勇気ある経営大賞」において、株式会社ちんやが「奨励賞」を受賞させていただきました。
受賞理由は、
「格付や等級ではなくすき焼きにあった肉の提供に向けた挑戦(適サシ宣言)」でした。
権威ある賞を弊社が受賞できましたのは、ひとえに皆様のご愛顧の賜物とあつく御礼申し上げます。

追伸⓷
今夏8月4日より「ちんや」ビル地下1階の「ちんや亭」が、
「肉の食べくらべレストラン」として再スタートしました。
今回すべての肉メニューに「ちょい食べサイズ」(ハーフサイズのこと)をご用意することに致しました。
くわしくは、弊ブログの8月4日号をご覧くださいませ。
本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて3.147日連続更新を達成しました。
すき焼き「ちんや」六代目の住吉史彦でした。

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当然の判決

やっと判決が出ましたか。
良かったです。当然の判決です。
毎日ウチの前を暴走している「マリカー」が、任天堂さんの知的財産権を侵害していると認められました。
報道によりますれば、任天堂さんは、
「公道カートレンタル事業「株式会社マリカー」へ不正競争行為と著作権侵害を行ったとして東京地裁で訴訟を起こしていた件について、勝訴したことを発表しました。判決ではマリカーに対し、不正競争行為の差止めと、損害賠償の支払いなどが命じられています。」
当然と思います。
パーテイーでマリオの仮装をして盛る上がるくらいならまだしも、あの格好で天下の公道を走る行為が知的財産権の侵害でないならば、この国に知的財産などというものは、まったく無いのと一緒ですよね。
あれを認めたら、パクり放題の国に成ってしまいます。
当然の判決と思います。
それにですね、あの車は危ないです。
屋根がなくて「剥き出し」だし、車体はヤワだし。
事故るかもしれない行為に自社ブランドが使われることを阻止するのは、任天堂さんの自然な権利と申せましょう。
この上は、裁判所だけでなく、警察もお考えいただきたいと思います。

追伸⓵
東京商工会議所が主催する、第16回「勇気ある経営大賞」において、株式会社ちんやが「奨励賞」を受賞させていただきました。
受賞理由は、
「格付や等級ではなくすき焼きにあった肉の提供に向けた挑戦(適サシ宣言)」でした。
権威ある賞を弊社が受賞できましたのは、ひとえに皆様のご愛顧の賜物とあつく御礼申し上げます。

追伸⓶
今夏8月4日より「ちんや」ビル地下1階の「ちんや亭」が、
「肉の食べくらべレストラン」として再スタートしました。
今回すべての肉メニューに「ちょい食べサイズ」(ハーフサイズのこと)をご用意することに致しました。
くわしくは、弊ブログの8月4日号をご覧くださいませ。

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて3.140日連続更新を達成しました。
すき焼き「ちんや」六代目の住吉史彦でした。

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今日もこれから

ある夜、玄関でお客様の送り出しをしていたら、通りすがりの人が私に気づき、
ご主人の『浅草はなぜ日本一の繁華街なのか』を読みましたよ。
あの本に載っているバーを巡り歩いていて、今日もこれから行くところですよ!
これは、かなり嬉しいですね。
ご購読ありがとうございました。

追伸⓵
東京商工会議所が主催する、第16回「勇気ある経営大賞」において、株式会社ちんやが「奨励賞」を受賞させていただきました。
受賞理由は、
「格付や等級ではなくすき焼きにあった肉の提供に向けた挑戦(適サシ宣言)」でした。
権威ある賞を弊社が受賞できましたのは、ひとえに皆様のご愛顧の賜物とあつく御礼申し上げます。

追伸⓶
今夏8月4日より「ちんや」ビル地下1階の「ちんや亭」が、
「肉の食べくらべレストラン」として再スタートしました。
今回すべての肉メニューに「ちょい食べサイズ」(ハーフサイズのこと)をご用意することに致しました。
くわしくは、弊ブログの8月4日号をご覧くださいませ。

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて3.136日連続更新を達成しました。
すき焼き「ちんや」六代目の住吉史彦でした。

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江戸の粋

久しぶりに、とんかつ「すぎ田」さんを訪ねました。
今や浅草を代表するとんかつ屋となった「すぎ田」さん、最寄り駅は実は浅草駅ではなくて蔵前駅ですが、私が若い頃は浅草通りにお店がありました。その後蔵前駅に近い現在地に移転したので、ウチから行こうとすると10分ほど歩かないといけないのですが、遠くなっても私にとっては身近なお店さんです。
普段は一人で行って、とんかつ定食を食べることが多いのですが、今回は仲間がいたので、とんかつだけでなく、エビフライ(これが迫力!)、オムレツも頼み、酒など飲みつつ食べました。
とんかつ=独りで一心不乱に食べるもの
というイメージがありますが、それは「孤独のグルメ」の視すぎというもの。仲間とシェアは、どんな料理でも楽しいものです。
ところで今回検索していて、有名グルメ評論家の方が「すぎ田」さんを評した記事をみつけました。
「さらり、粋な、江戸のとんかつ/すぎ田」
と題されています。
「すぎ田」でとんかつが運ばれると、どきりとする。胸が高まって、顔が赤らんでしまう。僕は、こんなに艶が漂うとんかつを、他に知らない。」
「箸をつけずに、しばし眺めていたいほど、皿から色気が立ち上っている。」
私にとって、「すぎ田」さんが最初から標準なので、「これぞまさしく、江戸の粋」と言われると、いささか戸惑ってしまいます。
とんかかつに限らず、何が「粋」かって、本当に分からないです。
よって粋を目指すより、野暮なことをしないようにするのを、当座の目標にした方が良いように思っています。悪しからずです。

追伸、
今夏8月4日より「ちんや」ビル地下1階の「ちんや亭」が、
「肉の食べくらべレストラン」として再スタートしました。
今回すべての肉メニューに「ちょい食べサイズ」(ハーフサイズのこと)をご用意することに致しました。
くわしくは、こちらです。

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて3.104日連続更新を達成しました。
すき焼き「ちんや」六代目の住吉史彦でした。

Filed under: 浅草インサイダー情報,色んな食べ物 — F.Sumiyoshi 12:00 AM  Comments (0)

弔問客

「すきや連」の用事で「今半本店」さんを訪ねましたら、
昭和8年(1933年)に初代店主・相澤半太郎氏(1877-1933)が亡くなった時の記録が、最近発見されたとおっしゃいます。
そして弔問客名簿の中に、私の曽祖父・住吉忠次郎の名があったとか。
また「すきや連」でご一緒する新橋「今朝」さんのご先祖の名もあったとか。
このご葬儀と同じ年に私の祖父・清が結婚し、翌々年の昭和10年(1935年)に私の父・滋夫が生まれます。
時代を超えて、その子孫が面会・打ち合わせをしていることの奇遇を想いました。
南観世音菩薩。

追伸、
今夏8月4日より「ちんや」ビル地下1階の「ちんや亭」が、
「肉の食べくらべレストラン」として再スタートしました。
今回すべての肉メニューに「ちょい食べサイズ」(ハーフサイズのこと)をご用意することに致しました。
くわしくは、こちらです。

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて3.100日連続更新を達成しました。
すき焼き「ちんや」六代目の住吉史彦でした。

浅草六区芸能伝~第八幕

月刊『浅草』に東洋興業会長・松倉久幸さんの「浅草六区芸能伝」が連載されていて、おもしろいです。
松倉さんは、2016年に刊行された拙著『浅草はなぜ日本一の繁華街なのか』の中で私が対談させていただいた、浅草の九人の旦那衆の一人ですが、その松倉さんの連載が、このところ『浅草』の巻頭に連載されているのです。
さて今月の「第八幕」では、ついに「コント55号」が結成されます。浅草六区の全盛時代と言っても良い時期に入って行きます。
「55号」の、欽ちゃんと二郎さんには共通点がありました。なかなか芽が出なかった点です。
欽ちゃんは「東洋劇場」三代目座長の東八郎さんに弟子入り、この東さんが、親切丁寧に指導したことで腕を上げて行きますが、元々歌手だった二郎さんにも恩師がいて、それは当時「フランス座」の座長だった安部昇二(「アベショウ」)でした。
二郎さんは後に「55号」でのボケが有名になりますが、そのボケはアベショウ譲りだったと言います。
芸能の世界にほんの一握りのスターが登場する背景には、陰ながら貢献した人の存在があったのでした。松倉さんは、そういう人達を今回の「芸能伝」で紹介しています。
欽ちゃんと二郎さんには、もう一つ共通点がありました。
最初テレビで上手く行かなかったことです。
テレビには秒単位のカット割りがありますが、浅草では激しい動きやアドリブが芸のメインですから、合わなかったのでしょう。
二人とも別々にテレビに出て→失敗、そこで、たまたま、コンビになります。
「東洋劇場」と「フランス座」とで芸人を交換してみよう!という試みで、欽ちゃんと二郎さんがコンビになったと言いますから、人生何が飛躍のキッカケになるか分からないものです。
テレビ進出が失敗した後二人は浅草で腕を上げ、やげて日劇出演を契機に中央へ進出、昭和40年代前半に浅草を去って、時代の寵児になります。
そして、この時期に浅草六区興行街は全盛期から大きな転換を始めます。そして、ついでに申しますと、私がリアルに知っているのは、この辺りからです。
六区にとって、浅草にとっても辛いことの多かった、次の時期は、第九幕以降で語られるのでしょう。
購読ご希望の方は㈱東京宣商さんへ。TEL:03-5827-1962 

追伸、夏季の「ちんや」の、臨時営業のご案内です。下記の日は火曜ですが、営業いたします。どうぞご利用下さいませ。
8月14日(火曜、お盆)

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて3.085日連続更新を達成しました。
すき焼き「ちんや」六代目の住吉史彦でした。

Filed under: 浅草インサイダー情報 — F.Sumiyoshi 12:00 AM  Comments (0)

独演会

大学同期(129期)の落語家・立川談慶君が浅草「東洋館」で独演会をします。
談慶君は最近たて続けに本を出していて、作家さんのようですが、落語家です(笑い)
今回の独演会では、落語の前に、浅草芸能界の「生き字引き」松倉久幸・東洋興業会長とのトークショーもあるとかで、私はそちらがかなり楽しみですね。二人は信州上田出身なのです。
で、演目は?
・・・
演目はチラシに書いてないなあ。まあ、独りで噺しまくる、ということなんでしょう。
皆さま、よろしくです。
9月1日(土曜)18時開場。
詳細は「墨東キネマ」さんのサイトをご覧ください。
お問い合わせ・申し込みは、
bokutoukinema@gmail.com

追伸、夏季の「ちんや」の、臨時営業のご案内です。下記の日は火曜ですが、営業いたします。どうぞご利用下さいませ。
8月14日(火曜、お盆)

本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて3.083日連続更新を達成しました。
すき焼き「ちんや」六代目の住吉史彦でした。

Filed under: 浅草インサイダー情報 — F.Sumiyoshi 12:00 AM  Comments (0)