ロッパ
昨日コロナのことを書いていて、
「ろっぱ」を変換しようとしたら、ウチのパソコンでは「六波」と出ずに、
「ロッパ」と出ました。
おお、最近聞かない名前ですね。
古川ロッパ(緑波)(1903年~1961年)
1930年代を代表するコメディアンですね。
1933年に浅草で劇団「笑の王国」を旗揚げ、当時「エノケン・ロッパ」(榎本健一と古川緑波)と並び称されて、絶大な人気を誇ったと聞きます。
ロッパは喜劇役者として活躍するだけでなく、多数の著作をのこしており、大変な食通でもあったので、食に関する文をたくさんのこしています。
『ロッパの悲食記』(1959年)には「牛鍋からすき焼きへ」という一文があり、
「今でこそ、牛肉すき焼と、東京でも言うようになったが、すき焼というのは、関西流で、東京では、ギュウナベだったんだ。今でも、ギュウナベと言いたいんだが、そんなこと言ったら、映画を活動写真と言うのより、もっと嘲わらわれそうだ。いいえ、通じないんじゃないか、第一」
「本郷へ行けば、大学生相手の、豊国、江知勝。浅草まで飛べば、ちんや、松喜まつき、今半いまはん。僕は昭和八年から、足かけ三年間を、浅草で暮したので、随分、この辺の牛鍋も突ついている」
と、口語体で終始しているので、とても読み易く、昔のすき焼き屋の様子が良く分かります。
七波が来たら、読み方は「ナナハ」なのかな、「シチハ」なのかな。
追伸、すき焼き「ちんや」再開のおしらせです。
3月18日に、浅草花川戸「金泉ビル」(台東区花川戸2丁目16-1)で再開させていただきます。
すき焼き店のほか、精肉売店も併設致します。
「株式会社 WDI」さんとの御縁により、私の当初の見込みより早めに再開できることとなり、嬉しく思っております。
新店舗には旧店舗のスタッフも、私も従事致しますし、旧店舗の調度品を持ち込みますので、味や雰囲気を保てるものと考えております。
今後詳細が決まり次第順次こちらのサイトにて公開してまいります。ご期待いただけましたら幸いです。
本日もご愛読賜り、誠に在り難うございました。 弊ブログは2010年3月1日に連載スタートし、本日は4.365本目の投稿でした。
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