銀座線物語
『三田評論』5月号の「三人閑談」のテーマは「銀座線物語」でした。
『三田評論』は慶應義塾の広報誌ですが、毎月「三人閑談」といって、三人の卒業生が対談するコーナーがありまして、私も2015年10月号に出演させていただいたことがあります。
その「三人閑談」の今月のテーマは、地下鉄浅草・上野間が1927年(昭和2年)に開通してから90年だということで、「銀座線物語」。浅草の先輩・富士滋美さん(浅草観光連盟会長)がお出になっているというので、早速拝読しました。
拝読しまして、この対談の一つの結論は、銀座線は「東京のローカリテイ」が保たれている貴重な路線だ、ということでした。なるほど、そうですね。
そして、そのローカリテイが保たれているのは、1964年のオリンピック前に出来た路線だからです。
戦前・戦後に営業していた地下鉄は銀座線だけでした。だから富士さんも子供の頃は銀座線のことを「銀座線」とは言わず「地下鉄」と言っていたそうです。
戦後1954年(昭和29年)に丸ノ内線が開業。ここまでは地下鉄が地下鉄だけで完結するスタイルでしたが、その次の日比谷線からは、オリンピックによる東京首都圏の膨張を見据えて、郊外の鉄道と相互直通運転するスタイルに変わります。
1961年(昭和36年)日比谷線が開業。翌62年には東武伊勢崎線と直通運転開始。64年には東急東横線に乗り入れます。
同じ64年には東西線が開業して、66年には国鉄中央線と直通運転を開始します。
当然車両も大型化します。
一方銀座線はローカリテイを保ったまま平成を迎えます。
冷房も1990年まで付いていませんでした。車両が小さいので、冷房を積めなかったのです。だから代わりにトンネルを冷やす形式で、駅は涼しいのに、車両に乗り込むとムッとするという奇妙な体験ができました。これは私も勿論覚えています。
2020年を控えて東京も変貌を遂げていますが、銀座線の「東京のローカリテイ」は残して欲しいものだと思います。
追伸1
「ブーストマガジン~人生の楽しさを加速するメディア~」(ネットメデイア)に「適サシ肉」の件を載せていただきました。ありがとうございます。
追伸2
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題名:『浅草はなぜ日本一の繁華街なのか』
浅草の九人の旦那衆と私が、九軒のバーで語り合った対談集でして、「浅草ならではの商人論」を目指しています。
東京23区の、全ての区立図書館に収蔵されています。
四六判240頁
価格:本体1600円+税
978-4-7949-6920-0 C0095
2016年2月25日発売
株式会社晶文社 刊行
本日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。御蔭様にて2.633日連続更新を達成しました。
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