変態

「こだわり」という言葉が悪い意味から良い意味になってしばらく経ちますが、昨今では「変態」も褒め言葉のようです。
ある鮮魚料理の店主は、自分の眼鏡にかなう魚が仕入れられないと店を休んでしまうそうです。
魚が仕入れられるかは、天候や波浪の加減で予測できませんから、結果、その店は席の予約ができません。客からの予約の申し込みを断ってでも、仕入れにこだわる、その店主は「変態」で、それは褒め言葉なのだそうです。
まあ、言葉は変異するものだから仕方ないですけどね。
時に、私も「変態」だそうです。
適サシ肉宣言」で提示した、肉の条件にこだわっていて、世間が「良し」としている肉=A5とか、有名産地ブランドをまったく無視しているところが「変態」なんだとか。
言われてみれば、私は以前から多数の人様の意見を無視しても平気でした。だって、世間に肉に本当に詳しい人なんて、ほとんどいませんからね。そんな「多数」に合わせる必要なんて、ないわけです。
それを本人は「変態」と思っていないのですが、さて、私は「変態」と言えるでしょうか?
そして、貴女は「変態」?

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公務員さんのセールス

県産品、市の産品、主として食材を売る展示会が目白押しで、私もお誘いいただいたり致しますが、正直、不毛だと思っています。
基本的に「♡県「♡市」という行政区域で美味いものが産出されるわけではないからですね。
「下仁田葱」というブランドがありますが、下仁田町全域から「下仁田葱」が獲れるわけではなく、一部の特定の土壌の区域が指定されていて、しかも栽培方法も揃えてありますから、それはある程度信用できるのですが、他の食材で県単位などの場合はバラツキがあると思わないといけません。
ついでに申しますと、県庁とか市役所の職員という方々は、悲しいかな、美味しさよりも首長さん・議員さんの指示の方を優先する方々です、例外も、まあ、おいでですけどね。
ですので、今どきの公務員さんのセールスは正直、不毛だと思っています。
地元のものを売り込みたいという熱意は結構ですが、熱意だけで突き進むのは、いかがなもんでしょう。

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なんか、違うよな。

なんか、違うよな。
なんか、変だよな。
と思うようになって久しいです。
肉の売られ方・買われ方について、なんか、違うよな、変だよなと感じるのです。
お客様が、肉を全く体感せず、情報だけ・記号だけで買っている気がするのです。
ネットの時代だから、そうなるのは当然だよ、
ランキングでどれを買うか決めるのは当然だよ
と割り切れないのは、私が昭和の男だからでしょうか。
一部の売り手や産地は、この傾向に素直に従っているようです。とにかくブランド産地として有名になることばかり考えておられる方がいて、失望させられることがあります。
2017年の、私の「適サシ肉宣言」は、肉のサシの話しではありましたが、背景として、情報だけ・記号だけで買う時代が、勿論ありました。
人々が「Ą5」というだけで大金を肉に払うので、
それはどうなの?
と私は言ったのでした。
なんか、違うよな。
なんか、変だよな。
を変えるには、たぶん、お客様がもっと肉にリアルに接する場を創るしかないですね。
これからの弊社の課題は、そこだろうと思っています。
具体的には、肉屋のバックヤード・ツアーとか、肉の教室とかでしょうか。
お客様が自分で肉を切るなんていうのも、面白いかもですね。
だいぶ遅れましたが、弊社の、今年の抱負でした。
オリンピックなんか、構っていられませんね。

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着物警察

毎年成人式の前後になると、「着物警察」を批判する声があがります。昨年は「ハレノヒ」事件がありましたから、なおさらです。
曰く、「着物警察」が「新たなライトユーザーの新規参入をつぶす役割」を担っているとか。
「着物警察」とは勿論、年配の、着物に詳しい女性のことで、若い子が着物で歩いているのを見つけると、アカの他人なのに、
「帯締めの位置がおかしいでしょ」とか、
「今の季節に着る着物じゃないわよ」とか、
「それって、ポリエステル製なのかしら?」とか言ってくるそうな。
おそらく既存の着物業界で着付け教師として働いている方々なのでしょう。文化を護りたいという過剰な使命感から、そういう言動をするのだろうと思います。
まあ、たしかに嫌なヤツであることは事実ですが、そうした「警察」が日本の着物産業を滅ぼすとまで言うと言い過ぎかと思います。
そして、もう一点私には気になることがあるのです、「着物警察」批判に続けて、浅草や祇園の「コスプレ着物」礼賛が続くことです。礼賛のポイントは、
・着物をファストファッション化させた。
・レンタルすわなち共有経済の発想を採り入れた。
・外国人という超ライトな客を取り込んだ。
はい、まあ、そうなんですどねえ、そうした誉め言葉を並べている方は、コスプレ着物店の経営者の多くが外国人だと知ったら、どういう気分になるんでしょうか?ツーリストが母国を出る前に、コスプレの予約をとっている模様です。送迎の白タクのドライバーも、その国の人。
着物らしきものが着られていることは結構かもしれませんが、収益が国外に流れています。
コスプレ礼賛派の方は、伝統産業で外国人が成功をおさめることまで愉快なんでしょうか。素晴らしく寛容なことで、どこかの大統領に聞かせてやりたいものです。
私は、と申しますと、二者の中間ですかねえ。
「着物警察」と「コスプレ着物」の間の、いい感じの商いは無いのかなあ・・・と思ってしまいます。

Filed under: ぼやき部屋,浅草インサイダー情報 — F.Sumiyoshi 12:00 AM  Comments (0)

菌床栽培

突然ですが、椎茸に「原木栽培」されたものと「菌床栽培」されたものがあることをご存知でしょうか?
「ちんや」で使っているのは、勿論「原木栽培」されたもので、こちらが上等ですから、当然それを自慢たらしく説明するのですが、お客様からの反応は、
ゲ、ゲンボック・サバイバルって何かのゲーム???
ということが多いので、世間は椎茸の育て方などには無関心かと思っていました。「ゲンボク」っていう言葉自体が馴染みがないですしね。
ところが今月13日、YAHOO!ニュース経済版のヘッドラインに突如、
「シイタケ菌床 輸入量が過去最高 産地に危機感 「国産」で流通」
という見出しが出たので、私は驚きました。3連休の中日でビジネス関係のニュースが乏しかったからでしょうが、椎茸が主要ニュースになるとはねえ。
ここで念のため菌床栽培(きんしょうさいばい)をご説明しますと、
菌床(オガクズに米糠などの栄養源を混ぜた人工の培地)でキノコを栽培することですね。
原木は字の通り、薪のような形の木に椎茸を付けていく方法で、天然ではないですが、より天然に近いですから、食味は断然原木が勝ります。原木に慣れると菌床の方はナヨナヨしていて、椎茸とは別物かと思ってしまいます。
では、何故菌床で栽培するか、ですが、
・産業廃棄物つまりゴミであったオガクズを有効利用できる。
・種菌付けから収穫までの時間が半分程度で済む。
という理由です。
で、13日のニュースの内容ですが、これが実に酷い話しでして、
中国からの、安い菌床輸入が急増しているというニュースでした。
菌床が輸入であっても、それを国内に導入して、そこで育てた椎茸は「国産椎茸」として販売できる、というのがカラクリです。
食品製造の最終工程さえ日本で行えば、最初が海外であっても「国産!」と言える、というのは椎茸だけではありません。色んな分野で抜け道として利用されていますが、不誠実ですよねえ。
当然国内の椎茸産地は危機感を強めていて、国産菌床には、そのように表示をしようと動き始めたとかですが、どうなりますやら。
皆様、お気をつけを。

Filed under: すき焼きフル・トーク,ぼやき部屋 — F.Sumiyoshi 12:00 AM  Comments (0)

指導

なんだ、そういう指導ができるなら、もっと早くやっておけば良かったと思います。
報道によりますと、「恵方巻き」の販売最盛期を前に、農林水産省は11日、需要に見合った量を販売するようスーパーやコンビニエンスストアなど小売業界7団体に通知した、そうです。
毎年馬鹿馬鹿しく加熱する商戦のせいで、大量のフードロスが生じていて、今や「恵方巻き」は日本のフードロスを象徴する存在になっていますね。
何としても前年より盛り上げようと、近年は高級食材を使ったり、スイーツにしたりと、あの手この手で騒いでいますが、品物が変われば、当然販売数量の見込みが立ちません。それでも販売機会を逃すまいと過剰に発注するものだから、大量のロスが生じているというわけです。
そういう指導ができるなら、もっと早くやっておけば良かったと思います。
それと、もう1点。
この件を報じるメデイアの記事に、
「福を呼ぶとされる、節分の風物詩・恵方巻」
などとあるのが私は大変気になります。
恵方巻は、そのような神聖なものでも伝統的なものではなく、大阪の花柳界での、お大尽遊びの一つでした。それを戦前に鮨業界が利用したものです。
これには諸説あるようですが、ともかくも、そもそもお遊びなのであって、真剣にビジネスとしてやるものではないです。ましてや大量のロスを出すなんて、野暮of野暮です。
コンビニの経営者に、野暮を恥と思う人はいないんでしょうか、ね。

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肉について

忘年会や新年会の前に、5~6分で
「肉について」
話して欲しいというご依頼をいただくことがありますが、
随分ざっくりしたアイデイアですよねえ・・・
5~6時間いただければ、喜んでお話ししますけど。
5~6分の場合は、店主挨拶を謹んでさせていただきます。

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新年会の説教

新年会。
会社の経費で美味いものを食わせてやっているのだから、説教もたっぷりと聞いてもらうぞ!
という社長さんが今でもたまにおいでですが、かえって社員さんのモチベーションが下がらないかと心配になります。
今年は「ちんや」の新年会の説教で、やる気が盛り下がったよね・・・
ということになったら、私も盛り下がりますねえ。トホホです。
いや、間違えた、ご繁盛を祈念いたします。

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ハットグ問題

その問題では浅草より新大久保の方が深刻なようです。
「歩き食い」問題のことです。
報道によりますれば、
「新大久保周辺では最近、「飲食、座り込みはご遠慮ください!」とか「飲食禁止」などという、歩道や路上での飲食行為の禁止を警告する張り紙があちこちに掲示されている。」
・・・そうですが、これはハットグ・ブームのせいだそうです。
ハットグとは韓国式ホットドッグのこと。
ハットグは普通のホットドッグとは違い、中身がソーセージではなくてチーズ。食べる際にチーズがビヨーンんと伸びる様子が「インスタ映え」するということで、大ブレークしているそうなのですが、それを売る店が、食べるスペースやゴミ箱を設置しないので、路上に人があふれ、通りづらくなっているそうな。
また、そもそも味わうことよりインスタ画像の撮影が目的なので、ハットグを食べ切らずに、路上にポイ捨てして行く輩が続出しているのだとか。
浅草でも、メロンパン、抹茶ソフト、メンチカツなどで同じような公害が起きていますが、食べ切らずに、路上にポイ捨てというのは、あまりないですね。浅草の場合、路上で他人と食べ物が接触したり、脂ギトギトの手で商品をさわられた店の人が怒っている、という話しは聞きますが、ポイ捨てとなると大久保の街の方がかなりお気の毒です。
こうした問題は、マナー改善を呼びかけるだけでは、解決しないだろうと私は思っています。
食品衛生行政の問題と捉える方が良いと思います。
そもそも、ハットグを売る店が食べるスペースを設置しないことが問題なのです。
彼らは、事実上の飲食店つまり、その場で食事できる店なのに、食品小売業として営業しているのが、おかしいです。食品小売業であるならば、客が食品を家まで持ち帰れるようパックしないといけませんが、ハットグもメロンパンも抹茶ソフトもメンチカツも、「剥き出し」で売られていて、かぶりつけばすぐ食べられます。そして、すぐ食べられるのに食べる場所がないので、客は路上や、人の家の前で食べ、そこにゴミ箱がないので、ポイ捨てして行くのです。
これは食品衛生行政の問題と捉えるのが良いと私は思いますが、現在の行政は、そもそも、食べるスペースのない飲食店を想定していません。客が路上で食べざるを得ないような、非常識な営業形態を採る店は無いだろう、というのが前提なのです。
しかし悲しいかな、客が路上で食べざるを得ないような店が、どんどん出来ています。築地場外でも問題になっていると聞きました。
客のマナーも勿論問題ですが、大勢の人が既に「歩き食い」していますから、その様子を見て、マネする人が出て来るのを禁止するのは、たぶん難しいでしょう。
この件は都市計画の問題だ、自治体が公立路上食事場?を設置すべきだ、という意見もあるそうですが、一部の業者の後始末に税金を投じる合意ができるとも思えません。
マナーの問題、観光の問題と捉えていては、ずっとこのままだと思いますよ。

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仕事はじめ

さて今日が事実上の年始という方も多いと思います。
4日も平日でしたが、休みにしてしまった方が多かったようです。店の玄関から外を観ておりましてもスーツ姿の通行人が例年よりもかなり少なく見えました。その分ご観光の方は多く、弊店の商いは、前年4日よりもかなり稼がせていただきました。
んで、仕事はじめですので、2019年にどう働くのか、ですが、世間は2020オリパラと2025万博を目指しているようです。
昭和の成長よ、もう一度!
っていう感じなんでしょう。
私は、もちろん、そういうことは致しません。昭和の再現は、さほど魅力がないというだけでなく、危険なことだと思っているからです。
人口増加社会と人口減少社会とでは、企業の在り方を、正反対に変える位でちょうど良いと思います。
昭和の人口増加社会を思い起してみますると、
・労働力は安く買えました。クビにしても、すぐ代わりを用意できました。
・労働者同志が競争するので、労働の質が高まりました。会社への忠誠心も高まりました。
・労働者自身が消費者としてモノを買ってくれました。
が、今では、この三箇条がまったく存在しません。
郵便局では、今でも配達員にノルマを課して、年賀状を売らせているそうですが、それは三箇条の三「労働者自身が消費者としてモノを買ってくれました」に当たります。郵便局の経営者は、労働者が反乱を起こさない程度に巧妙に圧力をかけていれば数字が出来ました。その、巧妙に圧力をかける行為そのものが仕事だったと言えましょう。
しかし、今は人口減少社会。配達員にノルマをかけるとすぐ退職して他所へ行かれてしまいますから、その手は使えません。年賀状の価値そのものを心から訴えて行くか、あるいは全く別の仕事に乗り出すしかありませんが、今まで「ノルマをかける係」しか経験のない経営者にできるでしょうか、ね?
このように、昭和の再現は、さほど魅力がないというだけでなく、危険なことだと私は思っています。同じ仕事をしていて前年を超えるということは、人口減少社会では、基本的には起きないと思わないといけません。
私自身も、どうしても、すぐ数字を前年同月や同日と比べてしまいますけど、そうした比較自体も、今後は馬鹿げたことと思った方が良いのかもしれません。
皆様の2019年が、良い年になりますように。

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