エアコン

故障していた個室のエアコンがなおりました。

エアコンというものは猛暑に壊れるものと相場が決まっております。今回もそうでした。

元々機械が古くなっているところへ猛暑で負荷がかかって壊れるのです。今年はコロナで換気などということをしなければならなかったので、故障という事態に至りました。これもコロナ禍の一つと申せましょう。

故障したのは屋上に置いている室外機の方で、

部品が手に入らなかった場合、室外機全体を取り換える必要があるかも・・・

と脅されました。大幅減収のおりにとんでもないと心配しましたが、無事、部品は調達できて、室外機全面取っ換えは免れました。

やれやれ。

故障中はご不便をおかけしましたが、復旧しましたので、どうぞ、ご利用下さいませ。

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猛暑新記録

「浜松市で41.1度 名物のウナギやスッポンへの影響は?」

という記事をネットで発見しました。コロナの話題ばかりの中で一服の清涼剤だなあと思い開けてみましたら、

「養殖の池は水温管理されています」

であまり関係ないそうな。シラスウナギについても、

「これまで夏の寒暖でシラスウナギの豊漁、不漁への影響は見られません」とのこと。

なあーんだ。

一方同じ記事の中に気になる一文が。

「静岡県西部家畜保健衛生所には、鶏や乳牛といった家畜の死亡報告が寄せられた」

そうなんです。猛暑は、ウナギにはあまり関係なくても、牛さんには結構関係あるんです。東京の屠畜場でも体調を悪くする牛さんがいます。

体調が悪化しなくても水を飲み過ぎて味に影響が出る場合があります。猛暑の頃に出荷された牛さんを熟成させる場合に気をつける点ですね。

とにかく猛暑が早く終わってくれることを願うばかりです。

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廃棄前提

話題の万座温泉「万座亭」さん、すき焼きコースをやっていたんですね。結構と思います。

「話題の」と言っても、「万座亭」さん自身が話題になることを望んだわけではなかったようです。

「GO-TO」の期間に、ネットでの炎上マーケティングがお得意な方で、なおかつネットリテラシーを子供に教える講師だという方が、たまたま「万座亭」さんに泊まり、料理の品数が多いことを批判したので有名になってしまいました。

品数の多さについて、さしたる根拠もなく「廃棄前提だ」と批判したので、批判した本人が炎上しました。「廃棄前提おじさん」と名前まで付けられて炎上していました。

またその方の関係者が横から参戦して、「万座亭」さんから炎上マーケティングを依頼されたのでやったと冗談を言ったので、その点も批判されました。

「万座亭」さんは炎上依頼の事実を否定しています。そういうコメントを出すとか、さぞ面倒だったでしょうね。

さて、その時炎上した料理の画像にすき焼きは載っていませんでしたが、すき焼きもあったことが最近明らかになりました。

8月下旬に投稿した別の方によれば、

「先日、ワーケーションを話題の万座亭でしてきました。夕食はすき焼きコースにしましたが、これでもかの質と量で攻めてきました。 廃棄前提とは言いませんが、凄い量で有るのは間違い無いので腹ペコで行く事をお薦めします。 温泉も気持ち良くて最高でした」とのこと。

群馬県はすき焼きの材料が県内で揃うので、「すき焼き応援県」を自称しています。それを出すのは体験結構と思います。

普通のマーケティングで売れて行けば良いなあと思います。

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鰹節商い始末

100年経営研究機構の月例オンライン研究会に、旧知の「にんべん」高津社長が出られたので、拝聴しました。「にんべん」320年の歴史を分かり易くまとめてあって、素晴らしいプレゼンでした。

その研究会の最後に100年機構理事長の後藤俊夫先生が、少し変わった推薦本を紹介して下さいました。経営研究の研究会ですから、経営や経済史の本かと思いきや、小説でした。

荒俣宏の、

『男に生まれて 江戸鰹節商い始末』(2004年)です。

私は不勉強でこれまで読んでおりませんでしたが、幕末維新期の日本橋の商人たちを描いた小説です。「にんべん」さんだけでなく、「榮太樓」さん、「山本海苔店」さんなども出ます。

維新は、江戸の商人にとって、迷惑この上ない事件でした。それまでのお得意様が江戸からいなくなってしまったからです。藩の御用で江戸住まいしていた武士たちが皆国に帰ってしまい、経済はドン底になります。人口減少即経済縮小ですから。

殿様が売掛金を踏み倒したこともあったようです。

江戸にいるのは新政府に仕官した薩長の田舎侍だけ。粋なことは何も分からない連中です。

都心に人がいないという点では、コロナ緊急事態の東京に近い感じかもしれません。

そんな時代に、鰹節のみならず甘納豆や味付け海苔といったイノベーションで、江戸商人は生き抜いていきます。

出版当時は、幕末と平成不況の比較が話題になったようですが、私にはコロナがちらついて仕方ありませんでした。

皆様もご購読を。

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OK範囲

今月19日に実施した肉の試食会の肉は「仙台黒毛和牛」でした。

宮城県産の黒毛和牛がA5やB5の5等級に格付けされると「仙台牛」として流通させることができますが、4等級以下だとそう名乗れません。仙台牛銘柄推進協議会では4等級と3等級を「仙台黒毛和牛」と称しています。

「仙台牛」も、仙台の黒毛和牛なんですけど、変な感じです。「仙台牛」は黒毛和牛じゃないの?と思ってしまう人がいるかもしれませんね。

それやさて置き、「ちんや」はご存知の通り「適サシ肉宣言」の店ですから、5等級の「仙台牛」は使いません。それが宮城県産の4等級の牛さんは、ブランドとしては「仙台黒毛和牛」に入るわけですが、「ちんや」ではブランドにはあまり固執せず美味しそうであれば、使わせていただきます。

で、今回は栗原市の那須さんという方が育てた牛さんでした。

牛のプロとしてインタビューされた記事をネットで発見したので、読んで行きますと、

60頭くらいの牛さんを飼っている中規模の農家さんで、

9割がメス。出荷時の枝肉重量は、だいたい370キロから420キロぐらいだと言います。重量の面でも「フォーティエイト宣言」をしている「ちんや」の「OK範囲」ですね。

飼料は、自分の田んぼから取る「ひとめぼれ」の稲わらを使っておられるということで、自給できているのは結構なことと思います。

今回の牛さんはメス、月齢30ヵ月、重量420キロ。美味しく頂戴しました。ありがとうございました。

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あおによし

コロナの時代に、この旅館が存続していたら、どうなっていただろうと思います。

奈良市登大路町に1995年まであった旅館「日吉館」のことです。

最近「すき焼き」とリアルタイム検索をしていたら、突然、「日吉館」のすき焼きのことがツイートされたので、思い出しました。

「日吉館(ひよしかん)」はテレビドラマ「あおによし」のモデルになった旅館で、女将の田村キヨノさんは名物女将として有名だったので、記憶しておられる方も多かろうと思います。

会津八一、志賀直哉、平山郁夫といった文化人に愛された旅館でしたが、設備にはまったく頓着しておらず、畳の間から草が生えていたとか、風呂場の戸の「たてつけ」が悪くて、「実力でお入りください」と掲示されていたとか、エピソード満載の旅館でした。

で、その「日吉館」の夕食がすき焼きだったのです。

しかも偶然泊まり合わせた、全く知らない人とすき焼き鍋をつつくのです。

「全く知らない」と言っても、メンバーはキヨノさんが宿泊を許可した、文化的素養のある方ばかりでしたから、それで会食が成立したのだろうと思います。

これはすき焼きの、一つの理想形だと思います。

が、コロナの時代には「とんでも」でしょうねえ。

つくづく、「すき焼き受難」の時代になったなあと実感します。

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スケボー

雷門横丁の一斉清掃は毎月第三金曜の午前に行う慣例になっています。

今月もカレンダー通り各加盟店舗から人が出て実施し、しかし猛暑の中でしたから、30分以内で終了しました。

その掃除の最中、私が雷門の広場の方へ目を向けると、なんと、

スケートボードをやっている少年が!

その様子を見て私が思いましたのは、

1こんな場所で不謹慎な!

2スケボーができるほど人がいないのか!

3炎天下でスケボーするほど体力があるなら、コロナに感染しても重症化しないだろうな・・・

最初の思いは1でした。そう言えば最近ウー♡ーイーツの自転車が仲見世を走り抜けるのを目撃して、その時も怒りを覚えました。実に危険です。

が、だんだんに3の思いが増してきました。

とほほです、まったく。

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過去最多

悲しいニュースであり、申し訳ないニュースでもあります。

「食肉の在庫が過去最多に コロナで外食需要が減少」

というニュースです。要するに、肉が余っているという件です。私達が営業不振で仕入れないからです。報道によりますと、

「6月末の食肉の在庫は、前の年の同じ時期と比べて牛肉は17%、豚肉は11.6%、鶏肉は11.3%増え、合わせて62万3000トンと、記録の残る1994年以降、最多となりました。一部の倉庫では使用率が100%を超え、運搬用の通路にも置かざるを得ない所もあるということです。」

「日本冷蔵倉庫協会によりますと、新型コロナの影響で外食の需要が減り、業務用の出荷量が減っている一方、中国などからの輸入量は回復傾向にあるためだということです。」

余っているのに、まだ輸入しているというのは、安い肉を欲しいからです。

外出自粛が始まって五か月になりますが、スーパーさんは今でも輸入肉がメインで、和牛や国産牛は少ないです。外食禁止が長引く中、たまには美味しい肉を食べたいだろうと思いますが、そこは簡単に変わらないのですねえ。

悲しいニュースであり、申し訳ないニュースでもあります。

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読みやすさ

コイケ知事のすき焼き発言は後に削除されてしまったそうです。

批判を受けたので削除したのだと思われますが、正直にそう言わず「読みやすさ」を理由に削除したとかで、少し感じが悪い展開になっています。

知事が会見ですき焼きに言及したのは7月3日のこと。

「アクリル板を作ってすき焼きを食べて、おいしいかっていうのはよく分かりませんけれども」などと語りました。

この発言はいったん都庁のホームページの会見録に載ったものの、後日「読みやすさ」を理由に削除されたそうな。

直後から「ばかにしている」「飲食店の努力を嘲笑するのは良くない」などの批判が出ましたが、都の担当者によれば、それが削除の理由ではなく、「読みやすさを考慮した」「批判を受けたためではない」としているそうな。

実は知事はすき焼きがお好きです。そしてそれは、日本料理店をカイロで経営したことのある、知事のお母さまから継承した好みです。

食の楽しみの相当部分は同席者との懇親ですから、どんな料理でもアクリル板を立てたら、美味しくなくなりますが、その事例としてご自分の好きな料理を挙げたのだろうと思います。

私もこの発言が良いとは勿論思いませんが、口がすべった位の一件なのかなと思います。

飲食店に感染対策を要請する一方で、それ以上に医療体制・検査体制をビシバシと整備して下さっているのであれば、騒ぎ立てるほどの失言ではないような気がします。

本筋の行政努力が立派になされて、飲食店にアクリルが要らない日が早く来ることを願います。

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福澤先生と肉食③

タイトルは「福澤先生と肉食」ですが、今日は肉の話しは出ませんで、その余談です。

昨今話題の嗅覚障害に福澤先生もなっていた!という件です。

先生が明治3年にチフスにかかって、18日間人事不省という重態となり、病後の栄養補給に牛乳を飲んだ件は昨日の弊ブログに書きました。

そのくだりを『福翁自伝』で確認しようと読んでみましたら、以下のように書かれていました。

「慶應義塾が芝の新銭座を去って三田のただ今の処に移ったのは明治四年、是れも塾の一大改革ですから一通り語りましょう。その前年五月私が酷い熱病にかかり、病後神経が過敏になったせいか、新銭座の地所が何か臭いように鼻に感じる。また事実湿地でもあるからどこかに引き移りたいと思い・・・」

残念ながら牛乳の件は書かれていないのですが、久しぶりに読み返して「!」と思いました。チフスで嗅覚が変わり、転居したくなったと言うのです。

芝の新銭座(しんせんざ)というのは、現在の浜離宮庭園の近く。海っぺりの湿地だった所に銭の鋳造所が出来て、後に町屋になったところですが、そこを先生は臭いと思うようになってしまったとか。

福澤塾が「慶應義塾」と命名されたのは、新銭座にあった時代なんですけどね。

「地所が何か臭いように鼻に感じる」という所を私は以前スルーしていました。転居の理由としては何だか変だなあ・・・くらいに思っておりましたが、コロナの時代に読み返して、そういうことか!と思った次第です。

以来義塾は現在地の三田山上にあります。

山の上に移ったのは低地がイヤだったから。授業に遅刻しそうな時に教室まで駆け上がるのは私も苦痛でしたが、学生がそういうハメになったのは、そういうわけです。

その発端はチフスで嗅覚が変わったから。

チフスがキッカケで先生は牛肉・牛乳を推奨する文を書き、義塾は現在地に移転した。

塾員の皆さん、ご存知でしたか?

*追伸、「ちんや」が使っている千住葱の動画がNHKアーカイブスのサイトで見られるようになっています。この動画は、今年3月にNHK-BSで放送された「新日本風土記」を再編集した動画です。

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